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笹川 陽平
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【私の毎日】9月8日(火) [2020年09月08日(Tue)]
9月8日(火)

7:00 財団着

9:00 ポール・デイトン卿 ザ・エコノミストグループ会長 ビデオ会議

10:00 理事会

14:00 「性教育」事業説明

14:30 日本財団役員会議

    寄付金令状書き

16:50 退出
「笹川平和財団」―目指す方向性― [2020年09月08日(Tue)]
「笹川平和財団」
―目指す方向性―


下記のスピーチは即席雑駁、しかも長文なので読者諸氏には失礼極まりないと自覚しておりますが、記録として掲載させて頂きました。

***************

2020年7月13日
於:笹川平和財団

こういう時節に皆様方にお集まりいただくのは大変失礼であり、若干非常識の極みでもあるわけですが、皆さんには安全をきちっと保ちながら集まりいただき、恐縮致しております。笹川平和財団が新しい執行部でスタートし、これを契機に職員の皆さんに情報を共有していただき前に進んでいくために、お許しをいただきたいと思います。

新しい理事長に角南さんが就任され、担当常務理事にはJICAから経験豊富な安達さんにお越し頂き、常務理事の茶野さん、菅井さんと共に執行部を形成しております。会長職は当面空席です。これからの時代、変化に対応していくためにはスピード、スピードということで、スピードをもった意思決定が大変重要と思われますので、それでもやはり会長職が必要であると皆さん方の声が上がれば、そこでまた考えればよいのではないかと思っております。

笹川平和財団USAは、ご承知の通り秋元諭宏さんが積極的に活動されています。これからも日米関係は最重要です。外務省など政府関係はホワイトハウスや国務省、防衛省は国防総省と緊密な連携があるようですが、正直なところ、日米間の議員交流はあまり深みのある交流ではありません。今までワシントンではマイク・イノウエさんが非常に協力的でしたが、彼も亡くなり、日米議員交流は停滞気味です。

アメリカの政治はホワイトハウスが中心のように見えますが、現実は議員が法律を作っているわけで、日本のように議員立法は極わずかで、ほとんど各省庁が法律を作るというのと全く違うわけです。笹川平和財団でも交流を行っていますが、各州議員の力も想像以上に強いようです。従って、国レベル、州レベルの議員交流の強化が今後益々必要になっていくでしょう。

ご承知のように、笹川平和財団はいくつかの基本的なポリシーを持っているわけです。第一番目に、今申し上げました日米の機軸ということ、特に安全保障を中心として日米関係を更に強化していく。ともすれば民間レベルの活動は停滞気味です。かつては「日米閣僚会議」がありました。毎年アメリカの閣僚が箱根に来て日本の閣僚と会議するというもので、山本正さんという方が日米間の関係を長くおやりになってきたわけですが、現在のように日米間交流が非常に停滞しているなかで、笹川平和財団は日米間の機軸のために何をすべきか、特に安全保障を中心に活動頂くのが一つ目のポリシーです。

二番目に、世界の情勢を見た時に、アジア、特に東南アジアからインドまで含めて、これから非常に経済成長が望めるなかで、特に東南アジアの首脳陣からみますと、今日の経済発展は日本の力によって成り立ってきたのですからもっと日本は発言をして欲しいという強い要望があります。しかし、日本は自分たちのした良いことは余り言わない、自分たちのした良いことを人に言うことは人間としていかがなものかという文化がありますね。これは、世界を例にとると逆に日本人の欠点になっているのです。

世界は今、EUを含めてそれぞれの地域がバラバラの状況になりつつあるなかで、かろうじてASEANが成り立っているわけです。中国問題は別にお話しすると致しまして、投資家のジョージ・ソロスによるタイ・バーツの空売りをきっかけとする金融危機に対しても、果敢な日本の行動によって彼らを助けてきました。もっと遡れば、大東亜戦争、日本の正式名称は大東亜戦争という名前でしたが、GHQの要請によりこの言葉は禁句とされ、太平洋戦争という名前になったわけです。批判は色々ありますが、アジアを開放しよう、アジアを更に強化していこうという戦略もあったわけで、その結果、例えばインドネシアにおきましても、日本が敗戦した後1000人を越える日本兵が残り、日本が敗戦で撤退した後、オランダが植民地として二度にわたって侵攻して植民地にしようとする中で、スカルノ大統領を助けて残留日本兵が闘い、インドネシアの独立国家誕生が生じたわけです。また、フィリピンもご承知の通り、フィリピンの国父といわれたホセ・リサールの銅像は皆さん見たことありますか。日比谷公園に今でも建っていますよ。そういう歴史的な関係、或いは先般ベトナムの梅田大使が帰ってこられましたけれども、ベトナムにおいても日本人が沢山残り、ベトナムを植民地からの解放・実現に協力したようです。

もっと大きな話は第二次世界大戦で、日本が、私は戦争論を話すつもりはないですけれども、事実だけを申し上げますと、シンガポールを落としました。そして、その時に英国の旗艦・ウェールズを撃沈したんですね。イギリス軍はシンガポールから撤退するわけですが、その時、インドもミャンマーも英国の植民地でした。75年前です。彼等は5万人のインド兵捕虜をシンガポールで取ったんです。日本はその人達に、「あなたたちは祖国の解放のために闘いなさい」「英国の植民地であってはいけません」ということで、彼らを指導するにはどうすれば良いかということで、ドイツに亡命しているチャンドラ・ボースを、その前に新宿の中村屋のお嬢さんと結婚したもう1人のボースさん、ビバリー・ボースさんがいるんですけれども、彼ではなくチャンドラ・ボースになるわけです。彼をドイツ潜水艦でアフリカのマダガスカルまで運び、日本の潜水艦が迎えに行き、アフリカまで潜水艦で行ったんですよ。彼を指導者に仰いで、インド軍が出来るわけです。ですから今のインド・ナショナル・アーミーは実は日本が作ったのです。インドの軍人さんはこのことをよく知っています。知らないのは日本人です。

牟田口中将は、無謀といわれるインパール作戦を行いました。白骨街道と言われるくらい多くの日本兵が亡くなりました。そこにチャンドラ・ボースも参加していたんですね。ただ、命を落としてはいけないということで、殿軍−軍隊の一番後ろにいる部隊のことを言いますが―に参加して、そして日本が負けます。チャンドラ・ボースは台湾で飛行機事故で死んでしまうわけですが、日本軍について参加したかつて英国の捕虜であった人達は、日本が敗戦したために戦争犯罪人としてインドの法廷にかけられるわけです。ところが、インドの人たちはおかしいじゃないか、私たちの国の解放のために闘ってくれた人を裁判にかけるのはけしからんということで、当時国の独立を望んでいたガンジーやネルーたちが抗議活動を積極的に展開し、英国は彼らを刑務所から解放せざるを得なくなったわけです。当然無罪で裁判所から出て行くということです。そして、インドはイギリスから独立を勝ち得たわけです。

先般私たちは、現地の人達が日本のことを忘れてはいけないと、インパールに平和資料館を作りました。笹川平和財団の皆さんのご協力で、小さいものですが立派なものが出来ました。彼らは日本に憧れを持っています。私たちは戦後75年、戦争した贖罪意識みたいなものが長く胸の中に残っていることと、もう一つははっきり申し上げて、政治家の皆さんにアジア諸国に興味を持つ政治家が少なかったんです。先ほど申し上げました通り、インドと日本が良い関係になったというのは、そういう根っこの部分があるんですね。

チャンドラ・ボースは最後にネルーと少し路線争いで、強行派でしたから排除され、またカルカッタの人ですから嫌われていたんですけれども、近年、インドの国会の中にはガンジー、ネルーそしてチャンドラ・ボースの肖像画もかけられました。ということで、インドの知識人にとって日本というのは忘れ難い、国軍、インド・ナショナル・アーミーをはじめ、インドのために尽くしてくれたという気持ちを持っているわけです。

隣のミャンマーは、現在20の少数民族武装勢力が存在して国軍と紛争状態にあります。そしてこの20がお互いに仲が悪く、その上リーダシップをとる人がいない。また、アウン・サン・スー・チー女史はこの少数民族問題に残念ながら具体的成果をあげていない。日本政府代表として、私は大変辛い活動を続けておりますが、幸い国軍はその辺を理解しております。やっと10の少数民族武装勢力と停戦をしました。国軍に理解を求めて一方的停戦を9ヶ月間やっていただきました。世界の世論からは、ミャンマーは軍事政権が長かった、人権を抑圧していると強い批判を受けています。ミャンマーは大変日本人と良く似たところがあるのは、弁明や反論が下手糞なんですね。今もアラカン・アーミーというのが大変戦闘的で、闘いが激化しておりますが、軍が一方的な停戦を長きに亘ってやったのは世界の紛争の歴史の中でも初めてのことで、もう少しうまく宣伝したらよいのではと思うのですが、その辺が下手なのです。

ミャンマーは軍事政権が長く国を支配してきました。しかし、シビリアン・コントロールということが民主主義社会における軍のあり方としては常識になっておりますので、彼らがシビリアン・コントロールを学ぶために、日本の自衛隊はこうやっているのだというのを、来て頂いて勉強して頂いているわけです。笹川平和財団でも同じようにベトナムの軍人さんとやっているわけですけれども、来たら必ず最初に行くところが静岡なのです。それは、ミャンマーから日本が負けて撤退する時に、南機関という機関に鈴木大佐という人がいらっしゃいました。この人は亡くなって少将に上がるのですが、彼がミャンマーの優秀な青年将校30人を集めて、「あなたたちはイギリスから独立するために闘わなければならない」と育て上げて日本に帰られて亡くなられたわけですけれども、その人のお陰でイギリスから独立が出来たということで、まず日本に来たら鈴木大佐の墓参りをしてからでないと仕事をしないと、国軍司令官も行って深々と頭を下げられた。そして今日ミャンマーがあるのは日本の鈴木大佐をはじめ皆さん方のお陰ですと、こういう感謝の気持ちを持っておられるわけです。

話が随分広がってしまいましたけれども、アジア諸国が私たちの後ろにはいつもちゃんと日本が面倒みてくれるんだという信頼関係を確実なものにしたいと強い気持ちをもって活動されていらっしゃるわけで、そういう意味合いからも、未来志向で行けばアジアの経済成長は確実で、あと3年もあれなGDPで日本よりもインドネシアの方が大きくなるでしょう。そういう意味で笹川平和財団には、アジアとの連携強化を二番目の基本的な政策としてお願いをしているわけです。

そして三番目は、あと30年くらいでしょうか、イスラムの人口が世界一になるでしょう。日本には色々な専門家がいらっしゃいますが、残念ながらイスラム研究というのは非常に限られた方です。日本財団もヨルダンのアンマンで随分長い間イスラムのネットワーク作りに努力をしてきました。勿論原理主義的な中東のイスラムと、インドネシア・マレーシアを中心とした穏健・開明派と言われるイスラムと、相当な違いはございますけれども、イスラムはイスラムです。従いまして、イスラム社会との具体的な仕事も大切ですが、特に人的ネットワークをきちっと作っていくことがこれからの日本にとって重要だと思います。

政治家の皆さんは肩書き同士のお付き合いが多く、本音ベースでの議論は中々出来ず、「私は外務大臣の●●です」「懸案事項はこういうことです」とテーブルの上で議論する。そうではなくて、やはりテーブル以外のところで信頼関係ができる、そういう人間関係を是非イスラムとの間で作っていただきたい。イスラムとの間の具体的な仕事というよりも、人的ネットワーク、或いはイスラムの勉強をしていただきたいというのが皆さん方へのお願いです。

そして四番目は、海に守られた日本から世界の海を守る日本にならなければならないと考えています。私は、海洋基本法の制定に汗を流した一人ですが、法律は作りましたが全く魂が入っていないような状況です。これから海洋問題は、世界のトップイシューになると私は30年前に思いました。

皆さん考えてみて下さい。私たちの歴史は常に陸を中心とした歴史ではありませんか。海の歴史というのはほとんどないんですね。先般、笹川平和財団の海洋政策研究所で一冊本を出していただきましたけれども、フランスの小説家トーマス・マンの娘で海洋専門家のボルゲーゼ女史を招待して海洋問題の国際会議を開催しました。そして、ニュースレターの配布を始めましたが、当時は送り先がなかったのです。そのくらい、海洋の専門家というのは、政策を含めて、社会科学的なアプローチが出来る海洋学者は少なかったのです。技術屋さんばっかりでした。

思い初めて30年経ちますが、1400人、146カ国の途上国の専門家を日本財団は養成をして参りました。先般、海底地形図作成という作業を立上げました。地球から7500万キロ離れた火星の精密な地図はあるのに私たちが住んでいる地球の海底地形図は存在しません。陸の地形図はありますが海の底の地図はありません。キャプテン・クックの時代の航図をまだ使っているのです。これはあらゆる意味で気候変動の原因、或いは海水面の上昇、九州でそうですが、たった1℃海水温が上がっただけで日本沿岸の海水温が上がり、1℃上がっただけでああいった災害が多発し、魚類はどんどん北上し、富山で獲れていたブリが北海道で獲れるようになって生態系もガラッと変わってしまうわけです。

世界人口はまもなく100億人時代を迎えるでしょう。海洋の健康な状態における保存なくして人類の生存はありうるのでしょうか。私は国連を批判するわけではありませんが、国際機関になると、機関のトップが任期の4〜8年の間に何か良い仕事を残したいということで色々と計画致します。珍しくSDGsは20年という計画でした。これは最長ですね。しかしそれ以上は考えない。人類の生存を考えた時に、海洋問題というのは500年、1000年先を予測し、ウォッチして警報を出すくらいのスパンのことをやらなければならないと私は考えます。そういう意味で、笹川平和財団は世界の海洋問題のリードオフマンになりうるということで、角南さんが今度理事長に就任された大きな意味合いがあります。海洋の世界のネットワークの中心に笹川平和財団がいるようになっていただいたいと思います。

今の働き方改革ではありませんが、相当のことがこれからはネットを使って話し合いが出来るわけです。世界のそういった中心に笹川平和財団の海洋政策研究所はなりうると思っておりますし、500年、1000年先の地球の健康を保つためにはということで、大いに研究者を集めて頂き、日本発の情報を積極的に出していただきたいと願っております。

先ほど少し触れましたが、海底の地形図との作成を日本財団が協力していますが、先般19%まで解明が進みました。これは世界ニュースとして発信されました。36カ国、約400の主要の新聞・テレビで日本財団の名前が取り上げられました。また、海底地形図を作るための世界的なコンペティションをアメリカのシェルが主催したのですが、26カ国から参加をしまして、日本財団はネットワークを活かして見事優勝し、世界的ニュースとして流れました。4億円の賞金は今、日本財団の預金通帳の中に入っています。

日本財団が養成してきた世界の優秀な人を集めてネットワークを組み、日本財団は単なるプラットフォームではなく、最先端技術を駆使して世界をリードしていきたいと思います。、

今申し上げた四つ、日米の関係の強化・拡大、アジアに対するアプローチ、イスラムに対するアプローチ、そして海洋、その上にこれからは女性に活躍してもらわなければならないので、女性の皆さんに大いに、特にアジアには素晴らしい女性の活動家が沢山いらっしゃいますし、アフリカに行けば閣僚の大体半分は女性で、北欧に行けば閣僚の7割くらいは女性ですし、首相が女性のところも多く、ノルウェーなどは伝統的にそうです。アジアの女性をエンカレッジすると共に、日本の女性にも大いに国際舞台で活躍いただきたいという、この5つの問題プラス、個別にいえば何と言っても隣国であります中国との関係が重要です。先般岩波書店から、政治・経済・文化などの分野で戦後の日中関係の土台作りに貢献したキーパーソンのインタビューを纏めた本が出版されましたが、その中で笹川日中友好基金の歴史的な役割について触れられており、本の書評は日本経済新聞にも出ていました。こういった個別対応の組織、これはフランスには日仏財団が30年以上活動しており、イギリスにはグレイトブリテン・ササカワ財団があり、北欧5カ国であるスウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク、アイスランドにはスカンジナビアニッポン・ササカワ財団が30年以上の長きに亘り仕事をしてきてくれております。

こういうネットワークが存在しますが、皆さんの5つの基本的な考えのもとに、今後、世界の中の笹川平和財団ということで、日本を代表する財団として皆さん方に是非活躍をしていただきたい。そのために私たちはどうしたらいいのかを考えていかなければなりません。勿論笹川平和財団には優秀な人材が揃っていらっしゃいますが、この皆さん方がどのように活動するのが良いのかと考えてみますと、1つは先ほど申しあげました通り、日本財団はプラットフォームを目指して、世界的な人的なそれぞれの分野のネットワークを作る、海のネットワーク、或いは障害者のネットワーク、日本語教育の世界的なネットワーク、というようなネットワーク作りをしているわけです。皆さん方はそれぞ
れの分野で専門的な見識をお持ちですので、これからは上手に日本財団との連携によって更に皆さん方の仕事を拡大する、或いはもっと良いアイデアが出てくる可能性がある、日本財団は専門家がおりませんので、皆さん方の方からアプローチして頂ければ、お互いが協力し合ってよい仕事が出来るのではないかと思いますので、どうぞ皆さんが方も日本財団との関係を上手に構築することを執行部同士でやっていただいて、世界的により大きなインパクトのある仕事をして欲しいと思います。

笹川平和財団は、世界の笹川平和財団を目指していただきたい。そのためにもう一つ大事なことは、皆さん方の仕事のアウトプットをどのようにするかです。非常に大事なことだと思いますが、良い仕事をしているからそれでよいというわけにはいかないのです。良い仕事をしたらどのように情報発信をしていくかということが大事なんですね。日本財団は、既に1100近くになりますか、世界の各大学或いは研究所に、現代の日本を知る100冊の本を送っております。これを読めば大体現代の日本が分かりますが、100冊の本のうち日本人が英語で書いた本が何冊あるでしょうか。たった2冊です。それも、古い、新渡戸稲造の武士道、現代ということになれば、緒方貞子さんの1冊だけ。40数冊は日本の専門家が書いた本を外国人が翻訳したもので、残りの50数冊は外国人が日本を見て書いた本なのです。考えられますか。自然科学の分野ではわりと英文で発信されていますけれども、社会科学系はまだこういう状態が続いていています。皆さん方には才能がおありなので、これからの笹川平和財団は、英語での情報発信、ウェブサイトももっと充実していただいて、英語での広報を含め情報発信を強化して下さい。

手前味噌の話ですが、幻冬舎から出版した私の半生を書いた「残心」という本の中の、特にハンセン病の話を書いた部分を中心に英訳していただき、英国の出版社から出しました。そうしましたら、世界的な科学雑誌、1つは自然科学の分野で有名なネイチャーという雑誌、もう1つは著名なお医者さんなら必ず読むランセットという医学雑誌、ここに論文が出るか出ないかで大変な評価に繋がるわけですが、私のは論文でも何でもないわけですが、その書評がランセットとネイチャーの両方に出ました。それから、色々な方がお手紙下さった。英文に出しておこうかなといった程度のものが、思わぬ反響を呼んだわけです。

笹川平和財団のウェブサイトの英文をもっともっと充実させていかなければならないと同時に、世界は広いですから、投稿するチャンスというのがあるんですね。皆さん方には積極的に海外の新聞・雑誌に投稿してもらいたいのです。かつて私はたった一回だけですが、ウォールストリート・ジャーナルに投稿しました。これはハンセン病と人権問題ということで、たまたま採用して下さったのだと思います。

インドの新聞では、インディアン・タイムスにしてもヒンディー・タイムスにしても、通常6人、多い時は8人の投稿欄があります。色んな人が投稿します。ご承知の通りアメリカの新聞もそうです。勿論依頼されて書く場合もあるでしょうが、ほとんどの場合、特に外国の場合は依頼ではなく投稿です。だから、皆さん方のそれぞれ研究なさっていることを、それぞれの国で投稿なされば、採用される可能性も大いにあるわけで、どんどんそういうことを個人個人がやっていただくということも大変重要で、広報は財団の広報部がやっていますというのではいけないので、お一人お一人が広報マンになったつもりで、或いは自分の研究テーマ、或いは自分がやっている事業をそれぞれ国でどのように評価されているのかということは、そういった投稿を通じてやることによって、より多くの人達の目に触れることによって、人間関係が出来ていくわけです。私たちの非営利の組織は、実社会でもそうでしょうが、最後は人間と人間なんでしょうね。だから、ネットワークを作っていく上で、皆さん方の仕事は人と人とのつながりをどのように作っていくか、私も40年間、この仕事をやっていますが、良い人に会ったときに、良い仕事ができます。ところが良い組織とやっても良い人がいなければうまくいかない。良い組織と良い人は違うのです。ここを間違えないで下さい。

世界には、有名ではないけれども素晴らしい人がいらっしゃる。自分のキャリア・アップに使うのではなくて、世の中を少しでも良くしたいんだという情熱家が世界には沢山いらっしゃるわけです。そういう良い人と出会った時に、仕事は上手くいくのです。ですから、眼力、眼の力、人を見抜く力、そのためには皆さん方が研究で机の前に向かうだけではなく、出来るだけ多くの人と知り合いになっていただき、あの人どうですかと色々な人に聞いてみた時に、素晴らしい人でよくやっていますよとか、あの人は名前を有名にしたいだけで中身はありませんよとか、どのような人かリサーチする人的なネットワークがあれば、割と正確に可能になってくるのではないでしょうか。

重ねてお願いしますが、笹川平和財団はこれから新執行部のもとで、世界の笹川平和財団に、そのためには世界的なというよりも、主に5つの問題・基本的テーマについて、皆さんがどうアプローチするか、。そして可能な限り英文で情報発信をするウェブサイトの充実は当然のことながら、皆さん方自身もチャンスがあれば、あちこちに投稿して下さい。

日本財団では、若い人達が色々なところに投稿しています。日刊紙は勿論のこと、専門誌の国際開発ジャーナルやJICAの広報誌、日本海事新聞や日本教育新聞など、色々な業界紙にも掲載されています。そういったところに書いていくことで、文章の作り方も上手になりますし、多くの人にこんなことがあるのかと知ってもらうことは大変重要なことです。

日本財団との連携を強化して頂いて、1+1が3にも5にもなるように、既に国際社会の中で日本を代表する組織になっていらっしゃいますけれども、更に世界の人達とのネットワークを構築し、日本を代表するというよりも世界で著名な、それはつまり実質の伴ったと組織になって欲しいと思います。

どうぞ皆さん方は新しい執行部のもとで、自信をもってこれから世界になくてはならない笹川平和財団を目指してください。皆さんに私の気持ちをお伝えしたいということで無理やりお集まりいただき恐縮していますが、これからは皆さんの時代ですから、アフター・コロナで世界は激変すると言われている中、私も皆さん方に教えていただき、刺激を受けて、青年になったつもりで仕事をさせて頂きたいと願っております。
ご清聴ありがとう!

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