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resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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3月13日(月) [2017年03月13日(Mon)]

3月13日(月)

7:20 財団着

9:00 「ソーシャルイノベーションフォーラム」打合せ
           
10:00 「自殺対策」事業打合せ

10:30 川村泰久 国連代表部大使 

11:30 山口 昇 笹川平和財団参与

13:40 「国連決議について」打合せ

14:00 マツコ・デラックス様・対談

15:30 手嶋龍一 国際ジャーナリスト

16:30 渡邉秀央 日本ミャンマー協会会長

「ハンセン病制圧活動記」その40―インド チャティスガール州― [2017年03月13日(Mon)]

「ハンセン病制圧活動記」その40
―インド チャティスガール州―


1月30日、首都ニューデリーで列国議員同盟(加盟国166カ国)と日本財団は、ハンセン病の差別撤廃についての第12回グローバル・アピールを発表した。

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グローバルアピール2017宣言文読み上げ


列国議員同盟の会長はバングラディッシュのチョードリー国会議員で、同氏は100年続いたバングラディッシュに残るハンセン病差別法を撤廃した人でもある。モディ首相のビデオメッセージも戴き、近隣諸国やインドの国会議員も参加して、盛会裡に終了した。

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列国議会同盟のメンバーと回復者との意見交換


翌日、ハンセン病回復者の障害者年金制度の実現のため、チャティスガール州を訪れた。私は障害のあるハンセン病回復者が雇用の機会も無く、生きていくための最終決断として乞食をやらざるを得ない実態に心を痛め、乞食をゼロにするための活動を終生の仕事として活動している。そのためには、障害者年金をインド各州で制度化してもらうこと、既にある州では年金を増額してもらう活動も行っている。

過去には、交渉に不慣れなハンセン病回復者と共に各州の首相、保健大臣、社会福祉大臣と接渉して、ニューデリー特別区では500ルピーから1800ルピーへ、ビハール州では300ルピーから1800ルピーへ、ウッタルプラデッシュ(人口約1億8千万人)では3800ルピーの増額に成功した。しかし、回復者は今回訪問のチャティスガール州では5000ルピーを要求するという。内心大いに驚いたが、保健大臣、社会福祉大臣は回復者の話に耳を傾け、実現を約束してくれた。

ビハール州のように、月に2回も訪れたが、途中に選挙もあり、約束が実現するのに3年の月日を必要とした州もあったが、実現したことで多くの障害者の笑顔に出会えたことは、無上の喜びであった。ねばり強く、陳上が通るまで訪れるのが私の信念である。インド全州でハンセン病回復者の障害者年金実現のため、大いに汗をかいていきたいと思う。

私の訪問記事はチャティスガール州では新聞だけで20紙、ニューデリーでの「グロ−バル・アピール」の新聞報道を加えると40紙以上にもなり、テレビ、ラジオを加えるとハンセン病に対する啓蒙活動は大いに効果があったと思う。しかし、インドラ・ダラム・ダム・ハンセン病コロニーを訪れて驚愕した。何と!成人の全て、170人余りの全員が乞食で生計を立てていると報告を受けたのである。多くのコロニーを視察してきたが、このような情況は初めての経験で、一瞬、何とも言えぬ悲しみと深い落胆に体が硬直してしまった。

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このコロニーの住民全てが物乞いで生計を立てていると聞いて・・・


インド笹川ハンセン病財団が30〜50万円の小額融資を開始して10年。多様な商売で彼らの自立の道を探り、子供たちには奨学金で高等教育への道も開いているのにと考えたときに、私の力量不足を実感すると共に、新たな闘志が沸いてきた。

ダライ・ラマ師から「笹川さん、乞食をゼロにすることは難しいよ!!」と言われたが、「活動してみなければ何事も始まりません。生涯の仕事として取り組みます」と返事をした。その後、ダライ・ラマ師はハンセン病回復者の子弟の高等教育の機会をと印税を寄付して下さり、ダライ・ラマ奨学金も開始され、既に2年間で29人が高等教育の機会を得ている。いづれ、これらの若者がハンセン病回復者とその家族への差別撤廃活動の若き指導者として活動する日を夢見て、来月もオリッサ州で活動する予定である。

有難いことに、インド笹川ハンセン病財団の理事長に、長くCII(日本の経団連
のような組織)の名専務理事として活躍され、政界、経済界はもとより、インドに幅広い人脈のあるタルン・ダス氏が就任してくださった。これからのインドでの活動は、個人活動からダス理事長の人脈の協力を得て効率的な活動が展開出来るようになるので、私の夢であるハンセン病回復者の乞食ゼロ活動も、夢ではなくなる可能性が出てきた。いよいよ夢の実現に情熱が迸(ほとばし)ってきた。

*日本では『乞食』は差別語ですが、インドで『物もらい』では実感が出ませんので、あえて英語の『beggar』を訳しました。
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