「老妻の一言」
―第三の居場作り―
我が家は孫10人の臨時託児所を開設する時以外は老妻と二人だけである。といっても、食事が終われば書斎に直行となる。
この短い食事の時間が曲者である。老妻は食事中、私の海外旅行中に報道された時事問題の説明となる。私は旅先でも同行の富永夏子のパソコンから大概の時事問題は承知しているが、老妻がどのような解釈をして説明するかが楽しみで、知らぬ顔で聞くことにしている。というより、聞く振りをして酒を味わっている。
私は結婚前に家庭では仕事の話は一切しないと約束しているので、一方的な聞き役である。たまには相槌の一つでもと思い
「なぁ!!和代(老妻の名前)、オレはもうすぐ78歳になるが、この歳まで世界中を飛び廻って仕事が出来るとは実に有難いことだね。本当に日本財団に感謝しているよ。そう思わないかい。」
「何をおっしゃってるの?世界を飛び廻っているのはあなたを乗せた飛行機でしょう」
「????」
「あなたは機内で好きなお酒を飲みながら読書して、あとは寝るだけでしょ。」
「????」
老妻になって私への愛を失ったのかと一瞬疑ったが、正気に戻って反省するに、前述の通り、家庭内では仕事の話は一切しないので、老妻の知識は機内までなのである。現地でマラリヤと闘いながら6時間も9時間もかかる腸捻転を起こすような悪路の中での車の移動や、朝食は勿論のこと、夕食さえ食べられないような過酷な活動は知らない。時には詳しく説明してやりたいとも思うのだが、男の意地はこれを許さない。
ところで、最近日本財団では第三の居場所作りを実現したいと考えている。現在の大半の子どもたちは学校と家庭の往復だけのようだ。
昔は下校したらカバンを家に投げ込んで米屋の店先や消防ポンプを格納している小屋の前に集まり、上は中学生から下は幼稚園児まで、缶蹴り、鬼ごっこ、縄跳びなどで日暮れまで遊んだものだ。時には縁台で年寄りの話を聞いたり将棋を教わったこともある。あまり遅くまで遊んでいると、オバサンたちに「早く帰りなさい」「宿題はやったの」と叱られ、都会でもこのようなコミュニティーが存在していた。
しかし今は、大人でも退職すると行くところがなくなり、家でブラブラしていると妻との関係が悪化する人も多いという。退職者には「教養と教育」が必要だと知人に聞いたことがある。「教養とは、今日用事がある。教育とは、今日行くところがある」ということらしい。
様々な経験のある退職者には、社会への奉仕活動をしていただくことが健康上も精神衛生上もよろしいのではないだろうか。第三の居場所は、このような子どもたちが学年差を超えて集い、一緒に遊んだり勉強したり、シングルマザーの子どもたちには食事も出来る場所を提供し、退職者や高齢者も子どもたちのために協力してもらう施設のことで、ボーイ&ガール、バアチャン&ジィチャンから「B&G」という名前をつけた。世代間を超えた新しいコミュニティー作りは、近々、埼玉県戸田市に第一号施設がオープンする。
残念なことか幸運なことか、私は当面現役なので、第三の居場所は飛行機の中である。