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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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笹川 陽平
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11月2日(水) [2016年11月02日(Wed)]
11月2日(水)

7:30 朝食

9:15 鳥取県×日本財団プロジェクト顧問団団長 山田憲典氏(不二家代表取締会長)

10:00 鳥取大学医学部小児在宅医療センター開所式

@鳥取大学医学部小児在宅医療センター開所式JPG.JPG
鳥取大学医学部小児在宅医療センター開所式

A開所式にて挨拶.JPG
開所式で挨拶

B平井伸治県知事からもご挨拶いただく.JPG
平井伸治県知事からもご挨拶いただく


10:45 鳥取県×日本財団プロジェクト顧問団会議

C鳥取県×日本財団共同プロジェクト顧問団会議にて開会の挨拶.JPG
顧問団会議で開会の挨拶


12:15 平井伸治 鳥取県知事昼食会

13:10 オフィス型ジョブトレーニングセンター開所式

Dオフィス型ジョブトレーニングセンター開所式.JPG
オフィス型ジョブトレーニングセンター開所式


14:15 米子空港発

15:35 羽田着

16:20 財団着

17:00 迎賓館着

18:05 安倍晋三総理とアウン・サン・スー・チー国家最高顧問との首脳会談

E安倍総理とスー・チー国家最高顧問との首脳会談に同席.JPG
安倍総理とスー・チー国家最高顧問との首脳会談に同席

F首脳会談.JPG
首脳会談


19:20 安倍晋三総理主催・歓迎晩餐会陪席


「ハンセン病の語り部」―平沢保治さん― [2016年11月02日(Wed)]
「ハンセン病の語り部」
―平沢保治さん―


平沢保治さんは私の数少ない友人の一人である。14歳の初めにハンセン病を患い、多摩全生園に入園されて75年。今年89歳になったが矍鑠としている。ハンセン病の語り部として各地で精力的に講演されており、人間味豊かな語り口は多くの人たちに感動を与えている。

6月9日、バチカンと日本財団との共催でハンセン病についての国際会議を開催した折、スピーチの最後に平沢保治さんの言葉を引用した。

「自分はひどい差別を受けてきたが、私を差別した人たちを赦したいと思う。彼らを赦すことで、自分の人生は豊かなものになる。」

私は彼の言葉を聞いて、人間はこんなにも強く寛容になれるものかと思った。しかし彼は、茨城県の出身で地元でも多くの講演を行い茨城県の県民大使もつとめているが、いまだに生家にも父母の奉られている寺に行くことができないという。2〜3年前、親族から「あまりあちこちで話をしないようにして下さい」との手紙まで受け取ったという。偏見に基づく差別は根深いのである。それでも彼は悲観せず、頼まれればどこへでも出かけて体験談を話す。

どんな優秀な政治家より、彼の話には説得力がある。
来年は90歳、2人で焼酎を飲む約束をしている。

成田稔館長と平沢保治.JPG
成田稔ハンセン病資料館館長(中央)と平沢保治さん(右側)


下記は、平沢さんの話を聞いた2名の中学生が感想文を寄せてくれたと言って私にコピーを下さったので、掲載させていただきます。

****************


平沢保治様

 先日は、お忙しい中本校にお越し頂き、誠にありがとうございました。
 平沢さんが講壇に立たれた日から、僕は、“感謝の言葉”の大切さに気付かされて、目上の人に積極的にあいさつする様になる等、少しずつですが変化をとげようとしています。それほどまでに、平沢さんの話された一時間は有意義なものでした。改めて感謝致します。

 平沢さんは講演中、三つの約束を僕らに示して下さりました。その約束の三つ目に「両親から奇跡的に頂いた命を粗末にしない。もしどうにでもでもならない時があれば、他人の力を借りる」というものがありました。僕は、その約束が深く印象に残っています。人が生きる上で必要不可欠な言葉だからです。

 あとはもう一つ、忘れないものがあります。講演後、大講堂前で平沢さんは僕らと握手をして下さいました。その時の平沢さんの手の温かみです。それは、生来持ち合わせたのであろう優しさ、どんな逆境にも打ち勝つ心の強さを持っていました。もう思い出して書いているだけで涙が出そうです。

 僕は平沢さんの講演を聞いて、普段気付いていなかった他人の「優しさ」に改めて気付かされ、他人への感謝、優しくしてくれたことへの嬉しさ、あるいは自分も他人に優しくしなくてはという使命感等、様々な感情が心中を渦巻きました。でも、平沢さんの講演で少なからず成長したことは確かです。ありがとうございました。

平成二十八年五月三十一日
成蹊中学校二年A組一番 上村 泰平


****************


平林 保治さん

 先日はお忙しい中、私達の為にわざわざお越し頂き、ありがとうございました。
 実は、私は西東京市立中原小学校六年生の頃、平沢さんの講演を聞いたことがあります。しかし、六年生の頃に話を聞いたときと今回とでは、話を聞いたときの印象が大きく違いました。

 前はハンセン病について知ったばかりだったので、差別は自分たちの意識の問題だと分かっていながらも、どこか他人事のように思っていました。しかし、中一の終わり頃から再びハンセン病について学び、本を読み、更に最高裁判所がハンセン病元患者に対して謝罪したというニュースを知ってから話を聞くと、決して他人事ではないと気付きました。又、差別についての意識を変えるだけではなく、自分達に出来ることはないのかと、強く思いました。

 私は、平沢さんが私達と握手して下さっていたときに、思い出したことがあります。それは、六年生の頃に平沢さんの講演を聞いた日の放課後、平沢さんが下駄箱の前に立って同じように握手をして下さっていたときに、同級生が平沢さんに「医者になりたい」と話していたことです。当時の私は特に何とも思っていませんでしたが、今は彼女がそう言った理由が分かる気がします。なぜなら、先ほども書いた通り、自分達に出来ることがないのかと今は思っているからです。最近は私も、もともと少し興味のあった弁護士や心理カウンセラーなど、医療には関係ないものの、人の役に立てる仕事を将来はしたいと思うようになりました。

 今回、私は普通なら一生に一度あるかないかの経験を二度させてもらいました。そのことで、前には気が付くことが出来なかったことに気が付くことができ、更に新たな夢のきっかけを平沢さんから頂きました。本当にありがとうございました。これからもお身体に気を付けて、語り部の活動を頑張って下さい。

平成28年5月31日
成蹊中学校生徒代表 2年C組み31番 関口 奈央


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