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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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笹川 陽平
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11月13日(金) [2015年11月13日(Fri)]
11月13日(金)

7:20 財団着

9:00 「児童福祉法」改正に関する打合せ

10:00 河井克行 内閣総理大臣補佐官

10:30 紀伊国献三 笹川記念保健協力財団会長

11:00 スピーチ打合せ

12:00 鳥井啓一 日本財団参与

13:30 風岡典之 宮内庁長官

15:00 「就労支援フォーラム」事業打合せ

16:00 菅原悟志 B&G財団専務理事
「ミャンマー総選挙について」 [2015年11月13日(Fri)]
「ミャンマー総選挙について」


11月10日、ミャンマー選挙監視団長としての任務を終え、帰国しました。
既に9日に外務報道官談話が発表されていますので、下記、転載しました。

ミャンマーにおける総選挙の実施


1 11月9日(現地時間同日),ミャンマーに派遣されている日本政府からの選挙監視団より,ミャンマーで8日に行われた2011年の民政移管後初めての総選挙の投票は,国内外の多数の選挙監視団による活動の下,概ね平穏裡に行われたとの報告を受けました。選挙結果に関しての正式な結果発表はまだ行われていませんが,民主化進展に向けた重要な一歩として総選挙の実施を歓迎するとともに,ミャンマー政府による選挙監視団の受入れを評価します。

2 我が国は,笹川陽平ミャンマー国民和解担当日本政府代表を団長とする選挙監視団の派遣等を通じて選挙の自由かつ公正な実施を支援してきました。我が国は,今次選挙の結果が公平かつ適切な手続に従い確定され,今後,ミャンマーの民主化と諸改革が更に進展することを期待します。

3 我が国は,ミャンマーにおけるこうした改革に向けた取組を引き続き支援し,伝統的友好・協力関係を更に発展させていく考えです。

(参考1)我が国によるミャンマー総選挙支援
(1)笹川陽平ミャンマー国民和解担当日本政府代表を団長とする選挙監視団を派遣したほか,現地大使館も選挙監視に当たり,自由・公正な選挙実施を支援。

(2)非電化地域の投票所にて行われる夜間の開票活動に必要な太陽光ランプ及び二重投票防止のための特殊インクの供与をUNDPと連携して実施。供与額1億1,100万円。

(参考2)笹川陽平政府代表のミャンマーにおける活動
(1)笹川陽平氏は,日本財団会長として,ミャンマー少数民族居住地域における学校の整備,薬の支援,農業支援等に20年以上にわたり尽力。

(2)日本政府も,ミャンマーの改革進展には国民和解が不可欠との観点から,地域開発と平和の定着を促進し,ミャンマーの安定と持続的発展に貢献するため,少数民族地域に対する支援を積極的に実施。

(3)2013年2月,長年にわたりミャンマーの少数民族支援に取り組んできた笹川陽平日本財団会長をミャンマー国民和解担当日本政府代表に任命し,国際協調主義に基づく積極的平和主義の下,同政府代表とともに国内和平に向けたプロセスを当事者間の対話を促す等様々な形で支援。

*****************


又、若干手前味噌(自慢すること)で恥ずかしいのですが、遅まきながら10月30日、日刊ゲンダイの記事を併載します。

―ミャンマーを救え! 日本財団の支援プロジェクト―


日本財団は、ライフワークともいえるハンセン病制活動を40年以上展開してきた。122カ国あった未制圧国は、現在は残すところ1カ国まで制圧することに成功している。

日本財団は1974年から、笹川記念保健協力財団とともにミャンマーに対するハンセン病対策活動を開始。現地保健省を通じ、薬品・器材の供与を始め、医療面での支援を中心に行った。その活動は軍事政権時代も人道支援として続けられ、60年には人口1万人あたり250人とされた患者が、2003年には1人未満となりハンセン病の制圧を成し遂げた。

ミャンマーといえば、軍事政権の下、絶えず少数民族武装勢力と紛争が続き、西側諸国からの経済制裁を受けるなど、国内情勢が不安定な時代が長く続いた。日本にもアウン・サン・スー・チー女史の自宅軟禁など、その悲劇的な状態が伝えられたいた。そうした中でも、日本財団は民間外交として、人道支援の見地からミャンマー政府、武装勢力との対話を持ち、支援を続けた。

近年ミャンマーの民主化の動きが本格化し、10月15日にはミャンマー政府と武装勢力8グループが停戦合意し、60年以上続いた紛争解決に向けた大きな一歩を踏み出した。日本が和平プロセスにおいて証人国になったことは外交史上、意義深い出来事となった。

単なる金銭支援にとどまらず、そこに暮らす人々が自主性を持って暮らせるために、考え抜かれた方法を模索しながら、日本財団のミャンマ−支援は、暗黒の時代から今日まで多岐にわたり行われている。

ミャンマーも遠からず、安心して暮らせる国となることだろう。
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