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resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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11月16日(金) [2012年11月16日(Fri)]
11月16日(金)

7:30 財団着

8:00 海野光行 日本財団常務理事

10:00 茶野順子 笹川平和財団常務理事

12:00 監査グループ職員との昼食

13:30 APIビデオメッセージ打合せ

16:00 松岡正剛 編集工学研究所所長
ジョン・バエズとフォーラム2000 [2012年11月16日(Fri)]
「ジョン・バエズとフォーラム2000」


中欧の古都プラハでハヴェル大統領と共に行ってきた国際会議フォーラム2000は今年が16回目。今回は主であるハヴェルが昨年逝去されてから初めての会議で、ハヴェル大統領追悼の意味も含めて開催された。夕刻から始まる開会式は、ハヴェル好みのクロスロードと呼ばれるこじんまりした簡素な元教会の建物で行われるのが恒例となっている。

私とハヴェルの弟である旧知のイワンがスピーチ、その後、スロヴァキアの元首相の挨拶が終わり、正面の上部にハヴェルのありし日の姿がフラッシュバックのように映写された。光栄なことに私の写真も二度使用されていた。最後に群衆の前でギターを持ったハヴェルが、「私が歌うのではありません、私の好きなジョン・バエズが歌うのです」と言って群衆の喝采を受けるところで映像は終わった。

その瞬間、ジョン・バエズがギターを持って舞台に立っていた。

Joan Baez演奏.JPG


なんとも粋なサプライズ演出である。ジョン・バエズといっても50代未満の世代は名前さえ知らない人が多いだろう。彼女は1941年生まれで当年71才。マーチン・ルーサーキング牧師の公民権運動やヴェトナム反戦活動を展開し、自由と平和を訴え続ける“フォークの女神”といわれ、1961年、1962年にリリースされたレコードはいずれもゴールド・アルバムを獲得している。しかし私は、どちらかというとそれ以前の「ドナドナ」や「朝日のあたる家」などの哀歌が好きであった。

1967年、バエズ来日公演当時の日本は安保闘争の激動期で、「私は歌手であるよりまず人間です。次に平和主義者です」と語り、「雨を汚したのは誰」、「サイゴンの花嫁」といった反戦歌を披露して多くの若者の感動を呼んだ。

今回のフォーラム2000の中に、アフリカの貧困をテーマに笹川平和財団の羽生次郎会長が主催した会議があり、アフリカからナイジェリアのオバサンジョ、ベナンのソグロ、モーリシャスのオフマンと、三人の元大統領が参加し、大盛況であった。

羽生さんは右顧左眄しない筋を通す剛直な人柄で、私の好きなタイプの人である。人事院(公務員試験)の面接で「あなたは学生時代、運動は何をしていましたか」との問いに「学生運動です」と答え、面接官を慌てさせた逸話の持主である。「歌は世につれ、世は歌につれ」というが、バエズの歌が終わった途端、感に耐えるように「もう一度学生運動がしたくなった」と年甲斐もなく真情を吐露して私を苦笑させた。

短めのブーツにスラックス姿のバエズは、往年を彷彿とさせるものがあった。気軽にツーショットに応じてくれたが、年齢とは申せ、目立つ一本の金歯が気にかかった。

Joan Baezと共に.JPG


アウンサン・スーチー女史の髪の白毛、バエズの金歯、自らの老醜を棚に上げて人の欠点に気づくのは、我ながらいやな性格である。しかしバエズや安保騒動の熱気を回顧すると、今の日本には、思想は別として、覇気や気概のある若者が少なくなったと思うのは私の年のせいなのだろうか。
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