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笹川 陽平
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11月2日(金) [2012年11月02日(Fri)]
11月2日(金)

7:40 財団着

10:00 フクモト・アベル ペルー日系人協会会長

ペルー日系人協会.jpg


11:30 駒崎弘樹(特)フローレンス 代表理事

13:00 渡邉秀央 日本ミャンマー協会会長

13:30 船越 真 ボートレース振興会常務理事

14:00 荒川博人 国際協力機構理事 

15:00 キムラ・グレック 全米日系人博物館館長

16:15 大島 巌 日本社会事業大学学長
本物の支援とは「希望」を与えること [2012年11月02日(Fri)]
リベラルタイム
2012年10月号

【石田紗英子のFree Talking】
日本財団 笹川 陽平


対談写真.jpg


今年三月のテイン・セイン大統領誕生によって、民主化が進捗するミャンマー。
しかし、山岳地帯に住む少数民族には、民主化の恩恵は届きにくい。
その少数民族に長年支援を行ってきた、日本財団の笹川陽平会長が六月、外務省から「ミャンマー少数民族福祉向上大使」に任命された。

本物の支援とは「希望」を与えること

<少数民族に民主化の恩恵を>
【石田】笹川会長は、世界中の人々の支援のために自らたくさんの国に行かれているのですね。

【笹川】2001〜11年に訪れた国の数が八十四ヶ国、複数回数訪れている国もありますので、延べ三百三十九ヶ国に行ったことになります。会談した大統領は二十九ヶ国、首相は十五ヶ国、保健大臣は四十四ヶ国。日本の外務大臣の外交は到底、私に及びません。三十年間の出張日数を計算すると、約七年間海外を旅していることになります。

【石田】今年六月に就任された「ミャンマー少数民族福祉向上大使」とは、どのようなお仕事なのでしょうか。

【笹川】ミャンマーは、ビルマ族が約七十%を占め、残りの三十%は百を超す少数民族で構成されています。この人達は、山岳地帯に住んでいます。
諸外国がミャンマーへ投資しますが、それは主に大都市で工場を建て、人を雇うことです。山岳地帯にいる人達は教育を受けていないので、工場で採用されません。山岳地帯に住む人達には民主化の恩恵がないのです。この不満から紛争が起きれば、ミャンマーは分裂の危機になります。
ですから私達は、少数民族に重点的に教育、医療を届けます。彼らに民主化の恩恵を享受させるためです。狭い農地を耕して生活している人達に、付加価値の高い薬草栽培を教えています。少数民族に重点的に手を差し伸べているのは、日本財団だけです。それを日本政府もよく知っているので、力を借りたいといわれました。日本政府が支援しようとしても、三年先になってしまいます。それでは遅いので、まずは、軍事政権時代から行っている我々の活動を拡大していきます。私達は先遣隊として、一年間で八億四千万円を支援します。

【石田】少数民族を豊かにすることで紛争を解決するという発想は、長年の経験があるからできるのですね。

【笹川】大事なのは希望を持たせることです。東日本大震災の後に、東北の漁師さんが「もう俺たちは海には戻れないんだな」と涙を流す姿をテレビで見て、十五年間無利息で船の購入や修繕費の貸し付けを決めました。すると漁師達は「海に戻れる可能性が出てきた」と元気になりました。
ゲリラでも反政府軍でも、小学校を壊したという前例は世界中どこにもありません。自分の子どもが勉強する学校だからです。学校建設を進めることによって、優秀な子どもは将来、大都市に出て、奨学金をもらって大学に進学し、国の指導者にもなり得る訳ですからね。

<足りないのは“チャンス”>
【石田】彼らには、豊かに食事ができるような、所得の創出が重要なのですね。

【笹川】それ以外はありません。人間は生きるのにまず食糧、そして医療が必要です。病気の初期症状はだいたい腹痛、下痢、風邪等ですから、それを伝統的な薬草等で治してあげれば、初期治療だけで済むのです。薬草は、生産方法を教えて、私達が全量買い取っていますが、農業支援でもあり、医療的な支援にもなっています。さらにミャンマー医師会と協力して、日本財団が寄付した中古の福祉車両を救急車や、移動式診療車に改造して巡回医療を行っています。
ミャンマー-に限らず、世界中で医師が不足しています。世界の人口は七十億人程度ですが、二十億人程度は、生涯で一度も医者に診られることがありません。いまでも、山間で病人が出ると戸板等に乗せて、男四人で病院まで運びます。何日もかかりますので、その間にだいたい死んでしまうというのが現状です。

【石田】学校を中心に保健衛生教育をされていますが、これは病気にならない方法を教えるということですね。

【笹川】初めて子ども達に、手洗いやうがい等の衛生教育を徹底したのは日本です。それをミャンマーの子ども達にも教育します。
西側の支援では、学校をつくるとしたら、地図上に等間隔で印をつけて、そこに建物を建てるだけです。私達はまず村人に、学校が欲しいか欲しくないかを聞きます。それから、何を手伝ってくれるのか、何人手伝いに来るのかを聞きます。手伝いに出てくれたら、その分の人件費を払いますが、それは直接本人にはあげません。計算すると二十万〜三十万円ですが、そのお金を使って、何をするか聞きます。豚を買うとか牛を買うとか。それによって出た利益は、学校の先生の月給にしたり、学校に本を買うために貯金する等します。
そのようにして「村人の学校である」と指導しているので、継続性があります。彼らには、働く意欲や能力はあります。ないのはチャンスです。ですから働く機会をつくってあげます。

【石田】少数民族を支援すると、ビルマ族は反発しませんか?

【笹川】国が分裂するというのは、ミャンマーがなくなってしまうということなので、何が何でも少数民族の支援はやらなければなりません。今年十二月に、長く紛争が続いているカレン州に入ります。テイン・セイン大統領が、その時に一緒に行きたいといっています。大統領自ら危険地帯に入ろうという意識がありますが、これが大事です。リーダーが現地に入らなければ、何も進みません。危険を覚悟しないと得られないものもあります。問題点も解決点も現地にあるというのが、私の哲学です。

<経験より情熱>
【石田】例えば学校をつくる時、何人くらいで、どのくらいの期間で作業するのですか。

【笹川】一つの学校で七〜八人。一ヶ月程度でできます。お金だけを出して現地政府につくらせた小学校だと、女の子は年頃になると誰も来なくなります。学校にトイレがないからです。現地政府は、野原で済ませるものだと思っているので、トイレはつくらない。しかし私達が建てた学校は、子ども達がちゃんと来ます。私たちにとっては、トイレをつくるのは当たり前ですからね。
大事なのは、経験より情熱です。言葉はわからなくても、情熱は相手に通じます。威張ったり、命令したり、「お前達は知らないから教えてやる」という態度は一番いけない。村人と同じ目線に立って一緒に汗をかき、車座になって同じ晩ご飯を食べたところで喜びが広がります。しかし頭ではわかっても、身体はなかなか動きません。毒蛇やタランチュラがいるような場所に行くのですから。

【石田】ミャンマーの民族性は日本に似ていますか?

【笹川】世界で最も親日的な国です。敬虔な仏教徒で、非常に優しい国民性です。以前、都市から一時間くらいの郊外で、私達が乗っていたミニバスが故障しました。そこで通りがかりのトラックの運転手にお願いしたところ、快く乗せてくれました。自分の帰る方向と逆なのに、ホテルまで送ってくれて、お礼をわたそうと思ったら「厚意でやったんだから、いりませんよ。私がしたのは普通のことですから」と。そういう人々なのです。

【石田】ミャンマーの少数民族が豊かになるのには、どのくらい時間がかかりますか。

【笹川】十年はかかるでしょう。しかし実際に豊かになったかどうかではなく、「我々もやればできるんだ」ということを教えてあげることが大事です。

【石田】国家が平和になっていく過程を見る喜びがありますよね。

【笹川】そんな大きなことでなくても、感動することばかりです。例えばベトナムでは、聴覚障がい者は小学校までしか行けませんでした。医学的な知識がないので、耳が悪ければ頭も悪いと思われていたからです。我々が2000年から聴覚障害者の支援を始めましたが、初めて九人が今年大学を卒業します。卒業した学生達は、聴覚障がい者の学校の先生になります。
このようなことがあるので、いつも感動ばかりです。日本財団の奨学生は世界中に何万人もいます。
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