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leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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8月3日(水 [2011年08月03日(Wed)]


サムリーWHO・SEARO事務局長


8月3日(水)

7:30 蒲 章則・WHO・SEAROオフィサー

8:50 サムリーWHO・SEARO事務局長

9:10 バルアWHO・SEAROオフィサー

12:30 Indian Express インタビュー 

13:20 Business Standard インタビュー

14:00 Hindustan Times インタビュー

14:30 PTI インタビュー

15:20 Business Line インタビュー

18:30 コシヤリ陳情委員会Chairman

19:30 在インド駐在員夕食会




コシヤリ陳情委員会Chairman

「日本駆け込み寺」 [2011年08月03日(Wed)]



「日本駆け込み寺」
―知る人ぞ知る玄 秀盛さん―


玄 秀盛さんは1956年、大阪市西成区生まれ。在日韓国人として生をうけ、“4人の母”と“4人の父”のともを転々として育つ。中学卒業後、自動車修理工を皮切りに寿司職人、トラック運転手、葬儀屋、キャバレーの店長など28業種に及ぶ職業を経験した後、不動産、金融、調査業など10社あまりを起業する。また、33歳で酒井雄哉大阿闍梨のもとで得度するなど、特異で壮絶な人生をくぐりぬけてきた。2000年の献血の際、白血病であることが判明したのを機にそれまでの人生を180度転換。世のため人のために全てを捧げる決意をする。

表と裏の社会を知り尽くした自分の「生きた証」を残すため、2002年から、日本一の歓楽街・新宿歌舞伎町の片隅で、徒手空挙で引きこもり、多重債務、家庭内暴力、刑務所出所者等々の社会のセイフティーネットの外に存在し、行政、法律、警察も解決不能な悩める人々の相談に真正面から立ち向かい、難問の多くを解決してきた気骨ある尊敬に値する人物である。

日本財団では、福田英夫を中心に、刑務所出所者の再犯防止の実践活動はどうあるべきかを研究する中で玄 秀盛さんに巡り合ったわけで、彼のNPO法人「新宿歌舞伎町駆け込み寺」の組織強化と財政支援のため、新たに一般社団法人「日本駆け込み寺」として発足することになった。日本財団からは瀧道子を派遣して玄 秀盛さんを盛りたてる。

近い将来は、宮城県仙台市国分町を皮切りに、北海道札幌ススキノ、愛知県名古屋市栄町、大阪市南区宗右衛門町、広島県広島市流川、福岡県福岡市中州など、全国の歓楽街に相談所「日本駆け込み寺」を開設し、悩める人々を一人でも多く助けたい一念で、筆者と玄 秀盛さんは心が一つになった。

国や行政に頼るだけでなく「民の力で民を支える活動」は筆者の行動哲学の一つである。皆様方からの浄財を活動資金にと願っておりますので、広くご伝声願いたいものです。なお、筆者も悩める方々の一相談員として椅子に座る計画です。

「日本駆け込み寺」設立については、下記の方々が役員としてご協力下さることになった。改めて感謝を申し上げたい。

<理事>
玄 秀盛(一般社団法人日本駆け込み寺 代表)
日下公人(評論家)
工藤美代子(作家)
さかもと未明(漫画家)
中村克夫(陽光株式会社取締役社長)
新田 勇(元大阪府警察本部長)
宮崎 正(元共同通信社)
矢田次男(弁護士、元特捜部検事)

<監事>
高野角司(高野総合会計事務所)
大内隆美(構想日本政策スタッフ)

一般社団法人「日本駆け込み寺」
住所:東京都新宿区歌舞伎町2−42−3
電話:03−5291−5720
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