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「海と灯台」―文藝春秋社― [2023年01月23日(Mon)]

「海と灯台」
―文藝春秋社―


日本財団では「海と灯台」プロジェクトを実施している。

特に文藝春秋社がこのプロジェクトに関心を示され、「海と灯台学」(1600円)を出版。また、文藝雑誌「オール読物」で、灯台についての著名人の連載もスタートした。

いずれも誠に興味深い内容なので一読をお勧めしたい。

以下は、文藝春秋・新年特大号の私のグラビア記事を拝借しました。

****************

灯台の「灯り」は
日本の未来を照らし出す


 11月1日は「灯台記念日」。日本財団では、海洋文化資産としての灯台を未来に継承していくために、「海と灯台プロジェクト」を立ち上げた。日本人にとっての灯台とは、どういう存在なのか。

“危険な暗い海”を照らし続けてきた灯台の灯

 日本では、昔から映画や小説、絵画の題材として、灯台は繰り返し取り上げられてきました。わたしたちは様々な作品を通して、灯台に豊かな感情を育んでもらったのです。

 その灯台の役割が、変わりつつあります。 かつて“危険な暗い海”と呼ばれた日本の海を照らし、船舶交通の安全を担ってきた灯台ですが、GPSなどの先端技術の発達によって、航海そのものが進化した結果、灯台の中には役割を終えたものもあります。しかし、灯台の存在意義は、単なる航路標識だけではないと、わたしは考えています。

 1869(明治2)年、初めての西洋式灯台として、 この観音埼灯台が作られました。灯台ができたことで船舶の自由往来ができるようになり、そこからの近代化は始まったのです。明治の殖産興業というと、渋沢栄一の資本家としての活動ですとか、紡績産業による輸出の隆盛ですとか、そちらに目が行きがちです。しかし、 それを下から支える礎となったのが、灯台だったのです。そして、その灯りを守り、絶やさないようにつとめた人たち、いわゆる「灯台守」の人たちの献身的な働きは、日本の近代化の中で、大きな役割を担っていたのです。

 日本の近代化の象徴である灯台を、歴史的建造物として保存しようという動きもあります。2020年には犬吠埼(いぬぼうさき)灯台(千葉)、六連島(むつれんじま)灯台、角島(つのしま)灯台(ともに 山口)、部埼(へさき)灯台(福岡)の4基が、現役の灯台として初めて国の重要文化財に指定されました。ただ、国だけに任せるのではなく、先人たちが苦労して残して来たものをどうすれば次の世代に継承していけるのか、灯台のある地域の人たちみんなで考えてもらいたいのです。歴史的建造物として観光拠点にしてもいいし、地域活性化のシンボルにしてもいい。航路標識としての役割を終えたからといって取り壊してしまっては、そこで文化や歴史の継続性が絶たれてしまうのです。

灯台を活用して考える様々な海洋課題

 日本財団では、 40年近くに亘って、気候変動や海洋汚染といった海が抱える様々な問題に取り組んできました。わたしたちが海洋をきちんと管理できなければ、人類の存続そのものが危ういと考えるからです。

 灯台を有効に活用することで、多くの人が海洋課題を考えるきっかけになるのではないか。そこから「海と灯台プロジェクト」がスタートしました。今年 11月(昨年のこと)には、東京で「海と灯台サミット2022」が開催され、 灯台有識者や異業種・異分野で活躍される著名人、文化人が一堂に会し、活発な議論が行われました。

 日本を豊かな国にすべく、近代化の道程を照らし続けた灯台の灯。日本人の心の故郷として、わたしたちはその灯りを消してはらないのです。

灯台.jpg
「海と灯台学」を手に
観音崎灯台前にて


※日本財団会長。ハンセン病の制圧にむけて世界各地の療養所を訪問するなど現場での活動を続ける。そのほか、海事分野にも精通し、海の専門人材育成、平洋島嶼国への支援、海底地形図作成、海ごみ対策、日本国の海洋基本法制定など多岐にわたる。2018年にガンジー平和賞受賞。2019年に文化功労者、旭日大綬章を受賞。

産経新聞【正論】改めて問う「政治家とは何ぞや」 [2023年01月13日(Fri)]

一改めて問う「政治家とは何ぞや」―


産経新聞【正論】
2023年1月5日

 世界は激しく揺れ動き、政治の強い指導力が一層、求められる時代となった。しかし、筆者は日本の政治の現状に強い不安を感じている。このままで、この国は大丈夫かとも思う。

 ≪縮小する政党や政治家への期待
 各種世論調査を見ても、政治に対する信頼は著しく低下し、言論NPOが令和元年に行った調査で70.9%が「わが国を取り巻く諸課題の解決を政党や政治家に期待することはできない」と答えた。

 この傾向は若者層に顕著で、日本財団が同年秋に9カ国の17〜19歳各1000人を対象に行った調査でも、「自分の国が良くなる」と答えた日本の若者は10%を切り、約4倍の38%は逆に「悪くなる」と答えている。

 次代を担う若者が、低迷する政治の現状により敏感に反応しているということであろう。これでは社会を健全に維持していくのは難しい。背景には、急ぐべき諸課題の解決を先送りしてきた、この国の戦後政治がある。

 例えば世界の先頭を切って進む少子高齢化。働き手が減る一方で高齢者が増えることにより、担い手の負担は急増する。現に1人の高齢者(65歳以上)を支える現役世代(15〜64歳)の数は、昭和50年の7.7人が平成27年には2.3人になり、さらに令和47年には1.3人に減る。

 こうした数字の変化は総務省統計局の人口推計などで早くから予測できた。年金や医療など国の基幹システム維持が難しくなっている現状は、政治が手をこまねいて問題を先送りしてきた結果だ。国民に消費税増税など新たな負担を求める勇気と決意が欠けていた。

 ≪与野党は政策を競い合うべき≫
 代わりに国債による財源確保策が優先された。今や地方債を加えた発行残高(借金)は国内総生産(GDP)の2倍を超え、将来に向けた政策投資の幅を狭め、社会の活気を奪っている。四半世紀前、世界のトップ水準だった日本人の年収は令和3年、世界22位=経済協力開発機構(OECD)統計=まで落ち込み、若者の閉塞(へいそく)感を一層、深めている。

 政治はポピュリズム(大衆迎合主義)の傾向を強め、与野党が聞こえの良い政策を競い合うようになった。各党が、それぞれが目指す日本の将来像を示し国民の支持を競うのが、政党政治の本来の在り方であり、その姿を取り戻すべきである。

 財源の裏付けなど、実現に向けた具体的な道筋がはっきり見えない提案では、本気度も分からず、有権者も政権選択の判断ができない。政治が健全に機能するには健全な野党の存在が欠かせない。野党第一党の支持率が7%前後にとどまる現実を各党は真剣に受け止める必要がある。

 わが国の議会政治に名を残す齋藤隆夫は昭和15年、帝国議会で行った“反軍演説”で「身をもって国に尽くすところの勢力が足らない」と不安定な政局を批判し、衆議院議員を除名された。政治が低迷する今こそ、議員バッジを外す決意を持って政治に向き合う真の政治家の登場を待ちたく思う。

 昨年、第2次岸田内閣の閣僚4人が不祥事や失言で相次いで更迭された。うち葉梨康弘前法相は問題となった死刑軽視発言のほかに、「法務大臣になってもお金は集まらない。なかなか票も入らない」と語っていた。パーティーでの“受け”を狙った発言だろうが、政治家の発言としてあまりに能天気で緊張感を欠く。

 国際社会はいまだ新型コロナ禍、ウクライナ戦争の終息が見えず、核使用の可能性さえ懸念されている。各国による食料やエネルギー資源争奪戦も激しさを増し、カロリーベースで自給率38%(令和3年度)の食料、同12.1%(令和元年度)のエネルギーの安定確保など喫緊の課題も山積している。

 若者層の負担増をどう抑え、労働力不足解消に向け優秀な外国人材をどのように受け入れていくか。いまだ「解」が見えない難題も多い。中国の軍事大国化、北朝鮮の相次ぐミサイル発射で安全保障環境も厳しさを増している。日本は戦後、安全保障を日米同盟に依存し経済を優先させてきた。現実的脅威が増す中、安全保障を「二の次」にする姿勢はもはや、許されない。どうすれば戦争や紛争に巻き込まれる危険性を減らせるか、国民も防衛費増額を巡る国会審議を見守っている。

 ≪力強い政治の再生を願う≫
 何ら手を打たなければ日本は国際社会の中に埋没し、存在感を失う。筆者は東日本大震災直後の平成23年、本欄に「これでいいのか、政治家諸君」を投稿し、混乱する政治の再生を求めた。

 政治に期待できなければ投票率は下がり、政治の劣化は一層進む。改めて政治の在り方を問うのは、力強い政治の再生を願ってのことだ。一人でも多くの政治家が、この国を背負って立つ覚悟と気概を新たにされるよう願ってやまない。

(ささかわ ようへい)


「海洋問題」―エコノミストと日本財団が協力― [2023年01月12日(Thu)]

「海洋問題」
―エコノミストと日本財団が協力―


世界的権威の経済誌エコノミストと日本財団は、喫緊の世界的課題である海洋環境問題の解決に向けて2021年3月に「Back to Blue」を創設し、協力を続けている。

※以下はソーシャル・イノベーション・ニュースの記事を拝借しました。

********************

 今、海洋問題が深刻化し、地球規模で待ったなしの状態となっている。そこで、この問題に取り組むためにイギリスのメディア企業・The Economist Groupと日本財団が創設したのが「Back to Blue」。

 日本財団は、7年目を迎え、全国で5000以上のイベントを行ってきた「海と日本プロジェクト」などを通じて、海の問題解決をオールジャパンで推進してきた実績がある。しかし、課題も抱えていたという。日本財団の海野光行常務理事は「海洋問題において、私達は全世界にネットワークがあり、科学者がいて、色んな事業をやってきているが、海外に対しての発信ツールがない」と話している。一方で、The Economist Group は、世界中に読者を持つ経済紙「The Economist」を発行する企業。また、毎年 海洋に関する国際会議「ワールドオーシャンサミット」を開催するなど、海の課題にも長年にわたり取り組んできた。実際に、The Economist Groupの編集主幹・チャールズ・ゴッダード氏は「海洋汚染の問題は、人類共通の課題と考えている」と語っている。そんな中、サミットが協働するキッカケだったそうで、海野常務理事は「The Economist Group は、各国でワールドオーシャンサミットをやってきていて、通常は開催国の政府と共催という形で実施している。日本で行う際に、彼らが官邸に相談したところ、共催なら日本財団しかいないと言われたそうで、お互い旧知の仲なので話を進めていった」と振り返っている。ただ、サミットはコロナ禍で中止に。しかし、海洋問題解決への想いを持っていた両者は2021年に「Back to Blue」を創設した。

 Back to Blueは、エビデンスの活用を重視し、さまざまな活動を行っていて、チャールズ氏は「最近『目に見えない化学物質汚染の波』というリポートを出したが、そうした調査や発信をさまざまな形で行い、化学物質やプラスチック業界がこの問題にどう関わるのかを伝えている」と話す。さらに、「プラスチック管理指数(PMI)」も作成。世界25カ国を対象にプラスチック管理体制や廃プラスチックの流出対策などを評価し、ランク付けしている。ちなみに、日本は高得点を獲得し、2位となっている。チャールズ氏は、プラスチック管理指数について「国連が2024年末までにプラスチック条約を制定するとして、その交渉が始まっている。それは地球環境と海洋における抜本的な削減を目指すものになるはず。私達が公表するプラスチック管理指数が、この歴史的な挑戦に役立てることを願っている」と期待を述べている。

 The Economist Groupと日本財団が創設した「Back to Blue」について、The Economist Groupの編集主幹・チャールズ・ゴッダード氏は「Back to Blueはグローバルなレベルで、政府や企業に働きかけることができる」と話し、日本財団の海野光行常務理事が「世界を変えるようなプロジェクトを生み出せるのではないか」と語るこの取り組みは、2021年から始動。プラスチックの管理について、世界25カ国を対象に各国の取り組みと現状を評価する「プラスチック管理指数(PMI)」の公表など、さまざまな活動を行っている。

 中でも力を入れているのが、海洋酸性化の周知・啓発。海洋酸性化とは、二酸化炭素が海水に溶け込み、アルカリ性の海の水質が酸性の方向に変化する現象のこと。チャールズ氏は「海洋酸性化が海中の生態系にダメージを与えている。これも私たちがとても憂慮している海の問題のひとつ」と語っている。日本近海でも進行している海洋酸性化について、海野常務理事は「3年ぐらい前から漁師の方が『なんか牡蠣がおかしい。養殖の牡蠣が軽い』と話していた。酸性化が進むことによって、甲殻類や貝類などの稚貝や幼生が育たなくなる。これは大きな問題で養殖にも関係してくる」と危惧している。そこで、日本財団は、2020年4月から海洋酸性化適応プロジェクトを実施。幼生の時期に海洋環境の影響を受けやすいという牡蠣に着目し、定点観測を行っている。海野常務理事は「アメリカ・西海岸でも酸性化の影響が起きていて、すでに対処しているという事例があるので、日本のモデルをつくって、アメリカのモデルがひとつあれば、他の地域でもし酸性化が進んでも対処できるかもしれない。そういうモデルとして、このプロジェクトを進めていく価値があると思う」と話す。また、Back to Blueでも、酸性化に関するドキュメンタリー映像を制作するなど、広く世界に警鐘を鳴らしていく予定だという。

 今後のBack to Blueについて、チャールズ氏は「これまでの活動を通じて、本当にたくさんのことがわかってきた。ただ、海と私たち人間や生き物との密接な関係を、我々はまだ学び始めたばかり。その上で、日本財団と緊密な関係のもと仕事ができるのは素晴らしいことで、海洋問題に関する議論を深めていくことに貢献していきたい」と語っている。そして、海野常務理事は「Back to Blueで変化を起こすということ。各国政府の政策や企業の取り組み、あるいは市民の認識、消費者の行動変容などに良い影響を及ぼすような形までいきたい。そこを目指して進めている」と抱負を述べている。

素材提供:日本財団「海と日本プロジェクトin東京」
     「海と日本プロジェクトin岡山」
協力:株式会社テレビ東京ダイレクト 山陽放送株式会社


「HEROs AWARD 2022」―表彰式典― [2023年01月11日(Wed)]

「HEROs AWARD 2022」
―表彰式典―


日本財団では、アスリートの皆さんが子どもたちは勿論、国民に大きな夢や希望を与えてくれる力に注目し、社会貢献活動を積極的に行っているアスリートを表彰し、更に彼らの社会貢献活動が大きく広がることを夢見て毎年、年末に表彰式典を行ってきた。

昨年末の20日、ホテルオークラで開催された式典の詳細について、木村英里さん(フリーアナウンサーでバスケットボール専門のWEBマガジン「balltrip MAGAZAINE」副編集長)の記事を以下の通り拝借しました。

*********************

 社会貢献活動に取り組むアスリート・チームを表彰する国内最大の式典「HEROs AWARD 2022 表彰式」(主催:日本財団)が20日、The Okura Tokyoで行われた。アスリートが行う社会貢献活動を促進する取り組みの一つであり、より一層、アスリートの社会貢献活動を推進し、多くの人の関心や行動を生み出すことを目的とし、毎年12月にロールモデルとなる社会貢献活動に取り組むアスリートを表彰、今年で6回目を迎えた。

 式典のはじめ、日本財団の笹川陽平会長からは「もともと(元サッカー日本代表)中田英寿さんの考えから始まったもの。アスリートの力がどれくらい影響を与えているのか。みなさんの力は、皆さんが思う以上に夢や希望、自信を持たせてくれている」と出席したアスリートに激励の言葉を贈った。
今年の表彰式では、アスリート部門でサッカー選手の鈴木武蔵、元プロボディボーダーの堀由美恵、元バレーボール日本代表の益子直美が受賞。団体部門では川崎フロンターレ、アーティスト賞は森山直太朗が受賞。

■「現役のアスリートは確実に影響を与える」と鈴木武蔵
Jリーグ村井満・元チェアマンから表彰を受ける鈴木武蔵(右).png
Jリーグ村井満・元チェアマンから表彰を受ける鈴木武蔵(右)


 アスリート部門を受賞した鈴木は、ジャマイカ人の父と日本人の母の間に生まれ幼少期にいじめや差別を受けた経験から、同じく境遇にいる子供たちの力になりたいと「Hokkaido Dream」を創設。サッカー大会「MUSASHI CUP」の開催や、農業支援サイト「レスキューヒーロー」やコロナ禍におけるフードロス問題の解消を行うなど多岐にわたる活動が評価された。

 「周りの子供たちや人々を幸せにするため活動してきた。現役のアスリートは引退後より確実に影響を与えられる。他のアスリートとも協力し社会貢献活動を続けていきたい」と、今後の取り組みへも意欲を見せた。

 同じくアスリート部門を受賞した堀は、両耳の聴力がない自分とボディボードとの出会いから、海は障がいの有無に関係無く平等な世界があると気が付いた経験から、引退後に障がい者が活躍できる社会の実現を目指し一般社団法人「陽けたら海」を立ち上げ、子供たちにボディボードやヨガを教えている。「私は小さい頃、人の後ろに隠れて過ごしていた。今こうして人前で話せるのは、スポーツと海の力があるから」と、受賞後に喜びを語った。

■「他の競技へも活動を広げたい」と益子直美
元バレーボール日本代表 益子直美.png
元バレーボール日本代表 益子直美


 また益子は、幼少期から怒られる指導を受けてきたため、自信を持てずスポーツを楽しむことができなかった経験から、一般社団法人監督が怒ってはいけない大会を立ち上げた。スポーツが子供の成長に重要な役割を果たすこと、現場の変化や教育の観点から社会にポジティブな影響を与える意義のある活動と評価を受けた。

 「来年1月で9年目を迎える活動。本当にこの活動は正しいのかと悩みながら続けてきた。益子が甘い活動をするから日本は弱くなるという声も届いた。子供たちが楽しそうに、もっと練習したいという声をかけてくれるので細々と活動を続けてこられた」と明かした。さらに今後、「他の競技へも活動を広げるために続けていきたい」と意欲を見せていた。

 プレゼンターを務めた日本バレーボール協会・川合俊一会長は、「体罰がまだバレー界には蔓延していると思う。指導者のせいで子供に夢を諦めさせてはいけない。スポーツは楽しいものと先頭に立って伝えて欲しい」と益子へエールを送った。

■フロンターレは川崎の誇り
団体部門で受賞した川崎フロンターレは、25年前のクラブ創設期から、クラブが地域へ根付くため自分たちが地域へ関わることをはじめた。クラブと地域は一体となり発展してきた歴史、築き上げられた文化があり、選手たちが主体的に社会貢献活動に取り組む姿勢が評価を受けた。「当時は社会貢献活動という言葉はなかった。創設期から続けてきた取り組みが、結果的にSDGsだった」という中村憲剛のコメントも会場では紹介された。

スピーチする川崎フロンターレ吉田明宏社長(左)と中西哲生.png
スピーチする川崎フロンターレ吉田明宏社長(左)と中西哲生


 地域貢献度第1位を10年連続で獲得し、川崎のブランドイメージを変えるほどの継続的な活動はプロスポーツチームのロールモデルと評された。プレゼンターとして登場した後援会長を務める福田紀彦川崎市長は、「本当におめでとうございます。地域で地道に続けてきた活動。フロンターレが強いから好きなだけでなく、生活の中にフロンターレがある。活動は数えきれず、このようなクラブが、日本に我が街にあることを誇りに思う」と、受賞をともに喜んだ。

 川崎フロンターレの吉田明宏社長は「東京と横浜に挟まれ、なかなかスポーツが根付かない街だった。川崎市民からはまたどこかへ出て行ってしまうのだろうという冷ややかな反応を受けた」ことを明かした。地域に貢献することで、根付き愛されるクラブになり、現所属選手たちも受け継ぎ活動している。「現役世代やこれからの子供たちにも励みになるだろう」とコメントした。

 中西哲生は、「川崎の方々を笑顔にする活動を続けた結果、フロンターレというチーム名を覚えてもらうことができた。一人で始めたブルーサンタ活動(クリスマスに家に帰ることができない子供たちに笑顔を届ける取り組み)を今も選手たちが続けてくれている。より強く大きく活動していく」と力強く今後へ向けても語った。

 アーティストの森山は、「教員の方から届いた一通の手紙からはじまった」企画で、コロナ禍で当たり前の学生生活を送ることができない子供たちへ名曲「さくら」を届ける取り組みが評価されての受賞となった。「当事者や最前線で頑張る人々をどう励ますか、企画を通して学ぶことができた」と受賞後にコメントした。

■日本のアスリートは「至れり尽くせり」と井本直歩子
左から司会を務めたハリー杉山、井本直歩子、鳥海連士png.png
左から司会を務めたハリー杉山、井本直歩子、鳥海連士


 また式典では、元競泳選手でアトランタ五輪にも出場した井本直歩子と、車いすバスケットボールの鳥海連士によるトークセッションも行われた。中学2年生から日本代表として戦い続けた井本は、「国際大会で、発展途上国の選手と出会い、私は至れり尽くせりの環境で親やコーチの支えを受け恵まれていると知った。引退後は、国連で働きたいと思うようになった」といい、現在は、紛争や自然災害の影響で教育を受けられない子供たちのために、緊急状態の中で教育システムをいかに早く立ち上げるかをユニセフの一員として取り組む一方、一般社団法人 SDGs in Sportsを立ち上げ社会貢献活動に取り組んでいる。

 また、「東京パラリンピックに出場し、知っていただき声をかけていただくことが増えた」という鳥海は、義足での日常において「階段や坂を下るなど普段の少し難しいことは、競技を通しては表現できない」という気づきから、母校での講義を通して「障がいがあってもなくても、隣の友達の手を借りて問題を解決することは変わらない。苦しいことがある時は友達が手を差し伸べればいい」と伝えている。

 また、車いすバスケットボールの3×3の大会を主催。試合の横で子供達が車いすの体験をした。これが共生社会で助け合う社会の体現だと感じ嬉しかった」と明かしていた。今後の活動についても、「街中で親しみのある車いすバスケットボールの大会を目指し、色々な人がともにその地域で生活していることを表現していきたい」と意欲を見せた。

「プロスポーツ20ゲーム」―片瀬海岸でごみ拾い― [2023年01月10日(Tue)]

「プロスポーツ20ゲーム」
―片瀬海岸でごみ拾い―


日本財団の「海と日本プロジェクト」は、今年で7年目を迎えた。

この関連の活動は延べ234万人に達し、新しい魚料理や缶詰を作成して子どもたちのアイデアで販売したり、「海の民話」の作成も、今年度中に15編が完成して42編になる。

特に「世界一美しい瀬戸内海」の実現には、岡山、広島、香川、愛媛の4県の協力を得て活発に活動している。海岸のごみ拾いも全国的な展開となってきており、来年は史上初の「スポーツごみ拾い・ワールドカップ」も計画している。

近年、スポーツ選手も社会貢献活動に積極的に参加して下さるようになった。
以下は「スポーツニッポン」12月17日の記事です。

******************

 「海にゴミは行かせない!」を合言葉に、サッカーJ1湘南をはじめ、野球、バスケットボールなどのプロスポーツ20チームと合同で実施する「LTO(LEADS TO THE OCEAN) WINTER EVENT2022」(スポニチ後援)が17日、神奈川・片瀬東浜海岸で行われ、約800人が参加した。

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江ノ島片瀬東浜にてスポーツ選手らを交えた清掃イベントを実施
約800人が参加しました


 日本最大の民間財団として半世紀以上、海の問題や社会課題の解決に取り組んでいる日本財団と、湘南・江の島で05年からビーチクリーンを行い、清掃活動のイノベーションを起こしてきたゴミ拾い団体・NPO法人 海さくらが、プロスポーツ20チームと共に行う年に一度の合同でのゴミ拾いイベントだ。

 海さくらの古澤純一郎代表は「LTOは、海につづくプロジェクトとして15年から湘南ベルマーレさんと始めたプロジェクトです。海のゴミのほとんどが川や町からやってきますが、毎試合後にスタジアムでゴミ拾いをするものです。現在は20チームと活動の輪が広がり、ゴミ拾い発祥の地・片瀬東浜海岸に集まってのイベントになります」と、イベント開催の趣旨を説明した。

 続けて「スポーツの可能性とこの環境活動を力合わせて、この20チームが本気で海をきれいにさせようと頑張れば、年間250万人に町からゴミがやってくるということを伝えられます」と、古澤理事長は参加者たちに熱いメッセージを送った。

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海にゴミは行かせない!


「ちょっといい話」その210―ランドセルを一年生に寄贈― [2022年12月29日(Thu)]

「ちょっといい話」その210
―ランドセルを一年生に寄贈―


日本財団の「海と日本プロジェクト」の活動の中で、あまり話題にはならなかったが、破棄処分された漁網の一部は海底にゴミとして存在していることがわかった。

この漁網の循環再利用の可能性を模索し、小泉進次郎環境大臣(当時)も出席されて記者発表したカバンで有名な兵庫県豊岡市の皆さんが素敵な各種バッグとして再生させたことは、2021年8月20日のブログで報告した通りである。

その製造販売会社の一社である「アートフィアー」社が漁業の町である北海道の厚岸町の来年の一年生にカバンを寄付してくれた。

以下「Forbes JAPAN Web-News」を拝借しました。

*****************

 鞄づくりの町として知られる兵庫県豊岡市でバッグの企画、製造、販売を行うアートフィアーは、廃漁網を原料としたナイロン製の軽いランドセル(スクールリュック)「UMI」(ウミ)を製造販売しているが、このたび、廃漁網の回収拠点である北海道厚岸町の新1年生にこれが寄贈されることになった。

 UMIは、1180グラムと軽量で、最大容量が15リットルという高機能なリュックです。100人を超える子どもや保護者の要望をもとに、試作とモニターを10回以上繰り返して完成されました。1.5リットルの水筒が入る大容量で、アートフィアーが独自開発した荷重分散ベルト「ZeRoG」により、子どもの肩への負担が軽減されます。ファスナーで全面が開けるので、中の物を取り出しやすく、タブレットの収納スペースもあります。これら、何かと荷物の多い子どもの利便性を考えた23の機能を備えています。

 「UMI」は、海洋プラスチックゴミの削減を目指して日本財団の支援で設立されたAlliance for the Blue(アライアンス・フォー・ザ・ブルー:AfB)によって、海洋環境にやさしいProject for the Blue商品に認定されている。

写真@漁網.png
破棄された漁網


材料は、厚岸町の漁網回収企業、山本漁網が回収した廃漁網を、AfBの協働企業であるリファインバースがプラスチックに再生、さらにAfB協働企業モリトの子会社であるモリトアパレルが、スクールリュックに適したナイロン生地に加工したものが使われています(生地には廃漁網が25パーセント含まれています)。まさに、オールジャパンのリサイクル製品ということです。しかもこれは、豊岡市で作られ、厳しい審査を通過した高品質な鞄にのみ与えられる「豊岡鞄」ブランドの製品でもあります。ブルー、ブラック、レッド、ピンクの4色があり、価格は4万9500円。

写真Aランドセル.png
素敵なカバンに変身しました


 アートフィアーは、「UMI」を厚岸町の新1年生に寄贈することを決め、12月16日に贈呈式を行います。これには、子どもたちの地域の環境意識を高め、豊岡市と厚岸町が協力してリサイクル活動の輪を広げ、2023年9月に開催予定の「全国豊かな海づくり大会」の機運を高める狙いがあります。

「沈黙の外交」―今回は例外?― [2022年12月27日(Tue)]

「沈黙の外交」
―今回は例外?―


少数民族武装勢力のアラカン軍とミャンマー国軍との停戦交渉は、双方からの要請もあり極秘で話し合いを進めてきたが、アラカン軍が何らかの事情により「笹川氏の仲介により」と、停戦を発表した。

外国メディアも多く報道されたので、西日本新聞・稲田二郎氏のインタビューに答えたのが下記、12月16日の記事です。

参考までに掲載しました。

************

国軍と少数民族の停戦仲介
「民主的な国家」夢は同じ


 武力衝突を繰り返してきたミャンマー国軍とラカイン州の少数民族武装勢力アラカン軍(AA)が11月、停戦することで合意した。仲介したのはミャンマー国民和解担当の日本政府代表を務める笹川陽平日本財団会長(83)。これまで「沈黙の外交」を貫き、多くを語らなかった笹川氏だが、西日本新聞のインタビューに応じ「民主的な連邦国家の建設という夢は一致しており、これが希望」と今後の和平交渉に意欲を見せた。

 笹川氏はこれまで130回以上、ミャンマーやタイのミャンマー国境付近に入り、政府や少数民族などと対話を重ねてきた。2013年に和解担当日本政府代表に任命された。今回の停戦合意は一昨年の総選挙からの関わりが実を結んだという。

 「日本政府の選挙監視団長として訪問した際、ラカイン州では国軍とAAとの戦闘で投票が見送られた。州代表が議会に参加できないのは憂慮すべきこと。互いに囲っている政治犯の解放などを働きかけ、同州での追加選挙を実施する環境を整えたが、選挙は行われなかった」「最近、緊迫した状況が再燃し、稲刈りの時季を迎えた農民らの平和と安定を望む声に応え、再び双方に働きかけた」
 こうした行動はほとんど公にしてこなかった。「私は途中経過をあれこれ言う政治家ではなく、民間人。問題解決が仕事であり『沈黙の外交』を続けてきた。今回はアラカン軍が停戦を発表したので発信することにした」

 ミャンマーでは1948年の独立以来、少数民族武装勢力と国軍が衝突を繰り返してきた。そのミャンマーに熱心に寄り添う理由には戦争体験があるという。

 「約10万人が犠牲になった1945年の東京大空襲で私は生き地獄を見た。この体験で得た人命尊重の信条から、ミャンマーでも説得を重ねている」「幼少時、ミャンマーから日本に送られたコメで生活をつないできたという思いもある」

 国軍と、民主派や少数民族武装勢力との戦いにより、多くの命が失われているミャンマー。「少数民族の武装勢力だけで約20ある。政府と反政府という二項対立の単純な話ではない。ただ、人間がしたことは人間が解決できると思う」「アジアはキリスト教の精神の西洋とは違う。西洋流の民主主義のやり方、あるいは力だけでは和平は訪れない」

 目指すミャンマーの将来像は「民主的な連邦国家」。「ミャンマーでは独立を希望する少数民族はなく、連邦国家の建設という目標で一致している」とみる。その上で「目標に向け、説得など懸命に努力している。財団としても困っている人たちの人道支援を続けていく」と力を込めた。
(バンコク稲田二郎)

(注)ミャンマー情勢 昨年2月のクーデターでミャンマーの全権を掌握した国軍は、反発する民主派や少数民族武装勢力と交戦を続けており、人権団体「政治犯支援協会」によると、国軍の弾圧による死者は2500人を超える。
 ラカイン州の少数民族武装勢力アラカン軍は自治権拡大を目指して国軍と衝突。笹川陽平氏の仲介で2020年に停戦したが、今夏から再び戦闘が激化。笹川氏が11月25〜27日に現地に入って再び停戦合意をまとめた。
 内戦では、国軍側がクーデター後に全少数民族武装勢力との停戦を一方的に宣言しながら各地で衝突が続いてきた。5月から一部の少数民族側とは和平協議を進めており、来年実施する総選挙に向け情勢を安定させる狙いがあるとみられる。

「ウクライナ支援と派遣大学生」―大学生の感じた領土と戦争― [2022年12月26日(Mon)]

「ウクライナ支援と派遣大学生」
―大学生の感じた領土と戦争―


日本財団のウクライナ避難民支援は、当初1,000名と予想して準備を進めてきたが、予想外に希望者が多く、本来の財団の活動費をやりくりして2,000名の受け入れを発表した。

  ・生活費の支援    60億円(1人100万円/年 ×3年間 ×2,000名)
  ・航空運賃の支援   3億円(15万円 ×2,000名)
  ・住環境整備支援  7.5億円(50万円 ×1,500戸)
  ・受け入れNPO支援  15億円

合計85億5,000万円の予算を計上したが、今年中に2,000名に達する予定である。日本財団が実施したアンケートによると、約25%が定住の意向であり、65%が長期の日本滞在を希望していることが分かった。そのため、これからは避難してきた人の生活就業支援に力点を移す必要性を感じている。日本財団では常に連絡を取り合い、避難民の方々の心配事や悩みに心を配り、安心して生活が送れるように担当職員が懸命に努力している毎日である。

今後、日本は急速な少子化と実労働者の減少、高齢化社会の到来の中で、20〜30年後には外国人の働き手なくしては国家自体が急速に弱体化することは避けられず、外国人の優秀な働き手を求めざるを得ない時代の到来となるでしょう。今回の当財団のウクライナ避難民受け入れの経験を一つのモデルとし、外国人の受け入れと日本社会での活躍の為の制度検討を至急願いたいものである。

ところで、国際感覚と戦争の事態を大学生に知ってもらいたいと、多くの優秀な大学生の中から10倍以上の競争を経て選ばれた101名を、7回にわたりポーランド、ウクライナの国境に派遣してもらった。

以下は産経ニュース、12月11日の記事です。

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 戦禍から逃れたウクライナの避難民を支援しようと、5月末からボランティアとして日本の大学生計101人が欧州に派遣された。ロシアの軍事侵攻から間もなく10カ月。戦闘の長期化に伴い、いまも各地では避難生活を送る女性や子供も多い。「日本でもウクライナへの関心が薄れつつあるが、今も混乱の中で困っている人たちが大勢いる」。今秋に活動に参加した大学生は、帰国後も防寒着を送る活動に取り組み、広く支援の必要性を訴えている。

写真ウクライナ@永井氏.jpg
ウクライナ周辺国でのボランティア経験を語る京都大4年の永井風花さん
=京都市左京区


今も避難民が到着

10月中旬、ポーランド東部のメディカ。国境沿いの検問所では、ウクライナからのバスが次々と到着していた。パスポート検査(入国審査)を受けるために、車内から姿を見せる避難民の多くが女性や子供、高齢者。疲れや今後の不安からか、常に重苦しい空気が漂っていた。

「侵攻から8カ月たっても慣れ親しんだ土地を離れ避難する人の多さに驚いた」。10月4日から約2週間にわたり、オーストリアとポーランドで活動した京都大4年の永井風花さん(22)は振り返る。深夜でも途切れることなくバスが到着する検問所で、水や食べ物を提供する活動に従事した。

メディカ近くで鉄道の要衝でもある都市、プシェミシルでも駅で誘導や荷物の運搬に当たった。祖国から逃れる人、祖国へ戻る人−とさまざまな理由を抱えるウクライナ人で駅構内は混雑。「大量の荷物を持ち、疲れた様子の人やイライラしている人もいたが、優しく接することで落ち着いてくれた」と語る。

101人の学生を派遣

将来的に国際支援に携わりたいとの目標を持つ永井さんは連日報じられるウクライナ情勢に心を痛め、今回の活動を志望。英語の試験や面接など倍率10倍以上の狭き門を突破し参加した。

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祖国から逃れる人、祖国へと戻る人など、多くのウクライナ人で混雑するプシェミシルの駅
(日本財団ボランティアセンター提供)

写真ウクライナBプシェミシル駅その2.jpg
多くのウクライナ人で混雑するプシェミシルの駅
(日本財団ボランティアセンター提供)


 同情して暗い表情になるのではなく、前向きになってもらうようにと明るく笑顔で避難民と接することを心掛けたほか、片言だったがウクライナ語も覚えた。

 それでも、夜中に避難し、不安そうな表情を浮かべる幼い子供たちや、涙ながらに感謝を伝えてくる人々の姿に胸が痛んだ。「取り乱すような人は見なかったが、心の中でそれぞれのつらさと葛藤していたはず」と思いを寄せる。

 2月末の軍事侵攻後、最大1500万人ものウクライナ人が国外に避難。その多くを受け入れた欧州各国ではボランティアらが避難民受け入れに奔走した。

 永井さんら日本人学生を派遣した日本財団ボランティアセンター(東京)は、これまで東日本大震災や西日本豪雨などに学生を派遣。今回初めて、ウクライナ周辺国への派遣に踏み切った。5月末から7回にわたり、京大のほか、東京大や立命館大などの学生計101人が参加。活動中は学生の主体性を尊重し、あえて細かい指示を出さなかったという。担当者は「派遣で学んだことを次のステップに生かしてほしい」と期待する。

日本帰国後も支援

 戦況は膠着(こうちゃく)状態が続く中、本格的な冬を迎えたウクライナ国内は厳しい冬を迎えている。

 永井さんは10月20日の帰国後、ウクライナ国内での避難生活を支援しようと、欧州でともに活動した仲間約20人と学生団体「Student Charity for Ukraine」を設立。メンバーの所属する大学で子供用から大人用までさまざまなサイズのセーターやコートなどの防寒着565着を集め、ウクライナ国内で避難生活をする人々に送った。団体は来年1月上旬に再び防寒着を現地に送る予定で、輸送費としての協力金を募っている。

 自分に軍事侵攻を終わらせる力はないが、少しでも誰かの役に立ちたい−。現地で感じた強い思いが、背中を押している。
(太田優)




「第三の居場所」―128カ所目オープン― [2022年12月23日(Fri)]

「第三の居場所」
―128カ所目オープン―


日本財団では、将来の日本を背負う子ども達へのさまざまな支援を行っている。

今後も続くと思われる厳しい少子化の中、日本財団の調査によると、小学生100名の内、何と、34名が引きこもりや不登校、ヤングケアラー等の問題があることが判明した。日本の将来をこの子ども達に託さなければならない状態は、正に危機的状態にあるといっても過言ではない。

スマホの発達により子ども達はより孤立傾向にある。家庭でも学校でもない、子ども達が集える第三の居場所作りこそ、異世代間の交流や親しい仲間作りのための楽しい場所になると考えている。ともすれば愛情に飢えている子ども達に「やさしさ」のある場所を提供し、夢や希望をもった元気な子ども達を1人でも多く育てたいと願って活動している。

ご希望の方は日本財団にご連絡ください。

下記の記事は2022年10月14日付大分合同新聞の記事です。

第三の居場所.jpg


 大分県豊後大野市三重町内田のNPO法人「しげまさ子ども食堂―げんき広場」(首藤義夫代表理事)は、市内の小学校低学年児童が放課後に過ごせる「子ども第三の居場所しげまさげんき広場」を開設した。子ども食堂と同じ建物を使い、家庭環境などで困難を抱えた児童らにさまざまな体験の機会を提供。学習や生活習慣の定着を支援する。

 子ども第三の居場所は、日本財団(東京都)が2016年から全国で展開する事業。「しげまさ」は全国128カ所目で、県内では杵築市内の施設に次いで2カ所目となる。

 毎週月、水、金曜にオープンし、児童は午後3時前に徒歩や送迎で来所後、シャワーや宿題をしたりおやつを食べる。自然体験などの活動を楽しみ、同6時から食事。歯磨きや片付けなどをして、同7時半に保護者に迎えに来てもらう。法人のメンバー8人で対応し、利用料は1日300円。

 開設に伴い、建物の床の張り替えや調理室の拡張、シャワー室新調といった改築もした。

 9月下旬にあった開所式には関係者ら約40人が出席。首藤代表理事(68)が「子ども食堂を始めて7年目。家庭や学校以外の第三の居場所も提供する組織として再出発する」とあいさつ。出席者は施設内を見学するなどした。

 同法人は子ども食堂の運営や学習指導、舞台パフォーマンス発表、弁当作り・配達などに取り組んでおり、新事業により地域の子育て支援を強化する。首藤文江事務局長(56)は「みんなにとって居心地がよく、たくさんの好きと出会える場所にしたい」と話した。

「これこそ本当の後の祭り」―True Colors Festival― [2022年12月22日(Thu)]

「これこそ本当の後の祭り」
―True Colors Festival―


日本財団では、障がい者への支援を主力活動の一つにしている。

オリ・パラでは、競技以外にも芸術・文化活動も大切にしている。日本財団パラスポーツ・サポートセンターの活動は、パラリンピックの啓発活動に大きな役割を果たしたとの評価を頂いたが、同時に、世界の障害のある一流の舞台芸術家に東京に参集願い、「True Colors Festival」の名のもとに有明の会場で世界で初めて披露する予定だったが、コロナの関係で断念。ようやく11月19日と20日の二日間、同会場で開催することが出来た。

読者の皆さんには予告も事後報告もせず「本当の後の祭り」になってしまったが、画期的な催しでもあったので、記録に留めるために記載しました。

※以下「こここ」の記事を拝借しました。

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 本イベントの見どころは、障害のある歌手や演奏者、ダンサーなどのパフォーマー約100人が12カ国から集まること。コンサートを通して、日本から世界に向けて、新たな価値観を発信します。

 日本からはこれまで「True Colors Festival」でも活躍してきた車椅子ダンサーのかんばらけんたさん、ダンスチームのBOTAN & DAZZLE、ゴスペルグループのザ・ソウルマティックス、日本語と英語でハイブリッドに表現する歌手の遥海さん、カラオケ世界大会で2度もチャンピオンに輝いた海蔵亮太さん、若手実力派ダンサーによるコラボレーションチームTokyo NAKAMA Dancersが出演。

 4人の日本人ブレイクダンサーBboysは、世界的に有名な多国籍のブレイクダンスチーム、イル・アビリティーズとダンス・バトルを繰り広げます。

写真TCF@イル・アビリティーズ.png
「True Colors Festival THE CONCERT 2022」に出演する
ブレイクダンスチームのイル・アビリティーズ
写真は2022年9月22日(木)に〈NHKホール〉(東京都渋谷区)で開催された
「True Colors SPECIAL LIVE」より


 さらに海外からは、足を使ってドラムやトロンボーン、ピアノなどを演奏するアルヴィン・ロウさん、視覚に障害があり複数の楽器を同時に操るラウル・ミドンさん、ロンドンパラリンピック閉会式でパフォーマンスを披露し注目を浴びたアーティストのヴィクトリア・モデスタさん、インド古典舞踊を取り入れた障害のあるダンスチームであるウィー・アー・ワンなど、世界を舞台に活躍するパフォーマーが来日します。

 また、スペシャルゲストとして、ケイティ・ペリーさんときゃりーぱみゅぱみゅさんが登場!多様な違いを認め合える社会に向けて発信し、お互いにファンであることを公言している二人が、初めてライブで共演します。フィナーレでは、世界各地から集まったパフォーマーたちともステージをともにする予定です。

 総合司会を務めるのは、日本語、英語、中国語、フランス語の4カ国を操る、タレントのハリー杉山さん。さらにTA-netによる日本手話と、アンバー・ギャロウェイ・ガジェゴさんとダニー・ゴングさんによる国際手話がステージ上で、アーティストの多彩な表現を同時通訳します。

写真TCFA手話通訳.png
「True Colors FestivalTHE CONCERT 2022」に出演する
手話通訳者のダニー・ゴングとアンバー・ギャロウェイ・ガジェゴからのメッセージは
特設サイトから見ることができます


鑑賞サポートについて

 車椅子をご利用の方、介助犬同伴の方のために、鑑賞サポート席がどの席種にも用意されています。介助を必要とし、それに付随する同伴が必要な方は、ご本人と介助者1名までは1名分のチケット代金のみで入場することが可能です。

 また、難聴者の聞こえを支援するヒアリングループ(磁気ループ)対応席や、手話や字幕が見えやすい席、出口が近く、出入りがしやすい席なども用意しています。

 その他、先にご案内した手話パフォーマーによる手話通訳、日本語・英語の「リアルタイム字幕」表示のほか、ステージ上の出来事をお伝えする「音声ガイド」、10ヶ国語程度の「多言語字幕対応のタブレット」の貸出なども行っています。会場内には、視線を避け、気分を落ち着かせる「カームダウン・クールダウンスペース」があり、同伴者とともに利用することも可能です。

 本イベントのエグゼクティブ・プロデューサー、シドニー・タンさんは述べます。

 「私たちの中にある「限界」という考え方自体を手放せば、信じられないような才能や能力に気がつき、驚かされる経験を得られます。コンサートでは素晴らしいパフォーマンスを見せることに加え、ほんの少しでもアーティストたちの驚くべき人生を垣間見てもらいたいと考えました。」

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