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「新聞報道から」その95―プロゴルファー有村智恵が語る社会貢献活動への思い― [2021年01月15日(Fri)]
「新聞報道から」その95
―プロゴルファー有村智恵が語る社会貢献活動への思い―


 プロゴルファーの有村智恵が「HEROs AWARD 2020」(ヒーローズアワード2020)の女性賞を受賞した。「HEROs AWARD」とは、社会のためにスポーツマンシップを発揮した選手やチームを日本財団が表彰し、アスリートの社会貢献活動を促進させるため2017年に創設されたプロジェクト。有村は2014年から始めた「智恵サンタ」(子どもたちから叶えたい夢の手紙を募り、その夢を実現するプロジェクト)、2011年東日本大震災と2016年熊本地震の被災地支援、また、2019年よりインスタグラム「ladygo.golf」のアカウントを立ち上げ、多くの女子選手たちともに女子ゴルフ界の発展のためファン向けコンテンツの提供や女子ゴルフファーが実施するチャリティー活動・寄付の呼びかけなどの情報発信を行ったことが評価され、受賞に至った。

 子どもたちに何かを返したいという恩返しの気持ちでやってきた

 その授賞式で有村は、「このような名誉ある賞をいただいてすごくうれしい気持ちと、私がこれまで行ってきた活動は、自分がいろんな人たちにお世話になって育ててもらったからこそ、子どもたちに何かを返したいという恩返しの気持ちでやってきたことなので、とても恐縮しております」と喜びを語った。

 有村が初めて社会貢献活動を行ったのは、高校時代を過ごした第二の故郷・宮城県で起きた2008年「岩手・宮城内陸地震」がきっかけだった。「(2006年のプロ入り当初から)社会貢献活動には興味があったんですけど、最初は先輩たちのお尻を追いかけていく感じでした」

 その後、東北に再び悪夢が襲う。2011年3月11日に東日本大震災が発生。有村は高知県で開催されていたトーナメントに出場していたが、初日終了時点で競技不成立。開催中止となった。翌週以降の3試合も中止になり、スケジュールが空白になった有村を含む女子プロゴルファーたちは、3月20日に福岡県の博多駅前で復興支援を目的とした募金活動を行った。当時は津波による甚大な被害と福島第一原子力発電所事故などの影響で現地に入れる状況ではなかった。

 現地に入れる状況になると、有村は被災地の子どもたちの笑顔を取り戻すことを目的に小学校訪問を始めた。開始当初は体育の時間を使って子どもたちとスポーツ交流を行い、スナッグゴルフを寄贈する活動を行っていたが、ここ数年は震災の記憶がない子どもたちが対象となってきたため、震災の記憶を伝えるとともに、夢や目標を見つけることの大切さを伝える授業を実施している。

 アメリカツアー参戦によってたかまった社会貢献への意識

 災害が起こるたびに社会貢献活動を行ってきた有村だが、2013年から米女子ツアーに参戦したことで、その意識がさらに高まったという。「(米女子ツアーでは)みんな当たり前のように必ず何かをやっていました。もちろん文化も違うとは思うんですけど、自分と同じくらいの歳の子たちが素晴らしい活動をしているのを見て、自分は今まで何も考えてこなかったと恥ずかしい気持ちになったのを覚えています。感銘を受けて、自分もそういうことをやっていきたいという気持ちになりました」

 その思いを胸に、2014年に「智恵サンタ」プロジェクトを立ち上げた。「何がきっかけだったのかは覚えていないのですが、最近の子どもたちは夢を持って実現したいと思っても、どうせ願っても叶わないじゃん、みたいに感じている子が多いのかなと考えさせられる機会があって。夢を持つことの大事さを子どもたちに伝え、強く願えば叶うことを体感させてあげたいという気持ちからスタートしました」子どもたちの「智恵サンタ」への願い事は、一緒にクリスマスパーティーがしたい、水族館に行きたい、ボウリングをしたいといったささやかなものだったが、その願いをサプライズで叶え、子どもたちの目がキラキラする瞬間に触れることがシーズンオフの楽しみになり、自分自身にとってもプラスになったという。「そのときの子どもたちが試合を観に来てくれることもありましたし、ボウリングを一緒にした子どもたちの中で、当時まだ小学生くらいで緊張してほとんどしゃべれなかった子が、数年後にアマチュアの代表としてプロの試合に出ていたことがあり、一緒に時間を過ごした子と同じ試合に出るというのは、すごく感慨深い出来事でした」

 2016年には熊本地震で自らが被災したことにより、率先して復興支援の社会貢献活動を実施。「LADY GO」の立ち上げもプレーヤーズ委員会の委員長の立場として真っ先に取り組んだ。「今は女子プロゴルファーの中でも年齢が上のほうなので、自分たちがやることによって後輩たちが何を学んでくれるかという立場にもなっています。率先して声を上げたり、何かきっかけを作ったりするのは大事だと思います」

 アスリートの活動を知ることによって、プロゴルファーの意識も向上する

 だが、2020年は有村にとって考えさせられることが多い1年でもあった。新型コロナウイルスの猛威により、強く願っても叶わないことがあると思い知らされた。東京五輪が延期となり、女子ゴルフも37試合中23試合が中止となった。「私たちは試合がある時期も試合がない時期も、とにかくゴルフを練習し、上達するという部分は普段とやることは変わりません。でも、子どもたちは1年に1度の大切な試合がなくなってしまうことになるので、そういった子たちがこの時期を少しでも前向きな気持ちで乗り越えられるようにするにはどうしたらいいか考える機会が多かったです」

 今までの社会貢献活動であれば、困っている人がいたら会いに行って励ましたり、義援金や救援物資を集めて渡したりすることもできた。「今年に関しては、会うことも集めることもできなかったので、思いを伝えることしかできませんでした。『自分たちはこういうふうに考えていますよ』ということを伝えるだけでも前向きになってくれる人たちがいるのかなと思ったので、SNSでいろんな発信をしたり、クラウドファンディングを立ち上げたりもしました」

 ただ、その活動に手ごたえを感じていたわけではないという。今後どのような活動を行っていきたいか考えても、すぐには答えが思い浮かばない。「何かを企画するにしても、コロナが収束した場合と、収束していない場合の両パターンを考えながら、臨機応変にやっていかなければいけません。やっぱり私たちは、試合を通じて何か結果を残したときに思いを伝えるとか、今のところはそういったことしかできないのかなと思います」

 ただ今回、「HEROs AWARD」を受賞したことで、今後の社会貢献活動に新たな広がりが出てくる可能性もあると語る。「私たちプロゴルファーは個人スポーツなので、何かしたくても自分たちだけの発想だとできないことが多い。でも「HEROs AWARD」の力を借りることで、『こういうことをやってみたいけど無理だよね』と思っていたことがコロナ禍でも実現できるかもしれないので、選択肢が大きく増えると思います。また、他のアスリートの活動を知ることによって、プロゴルファーの意識も上がっていくのかなと思います」 2021年も新型コロナウイルスと人類の戦いは続くことになりそうだが、有村にとって第二の故郷である宮城県は東日本大震災から10年という節目の年でもある。「10年という月日が長いのか短いのか、私たちには何とも言えない部分はあるんですけど、毎年のようにいろんなことが起きるので、被災地の方は新たな災害が起きると忘れられてしまうんじゃないかという不安もあると思います。そういった方々が少しでも前向きな気持ちになれるように、継続して思いを伝えることも大事です」

 社会貢献活動への意識が高い有村が「HEROs AWARD」を受賞したことにより、新たな化学反応が生まれ、より多くの人々に勇気と希望を与えるプロジェクトが誕生することを期待したい。
保井友秀

※2020年12月29日付「VICTORY」です。


「新聞報道から」その94―瀬戸内「海ごみゼロに」― [2021年01月14日(Thu)]
「新聞報道から」その94
―瀬戸内「海ごみゼロに」―


瀬戸内「海ごみゼロに」
岡山、広島、香川県など 調査、啓発へ連携組織


 瀬戸内海で問題となっている海ごみの削減に向け、岡山、広島、香川、愛媛の沿岸4県と日本財団(東京)は25日、連携して対策を進める組織「瀬戸内オーシャンズX推進協議会」(事務局・香川県)を設立した。調査・研究や啓発活動といった共同事業に取り組み、「海ごみゼロ」を目指す。

 海洋保全活動を続けている同財団によると、瀬戸内海では年間に4500トンのごみが発生しながら、回収量は1400トンにとどまっている。協議会では発生源や回収方法の調査、実態把握、清掃イベントやシンポジウムなどを行い、ごみの流入量の7割減と回収量の1割増を図る。

 当面の活動期間は5年間で、その間に見込まれる約15億円の事業費は同財団が全額拠出する。

 発足に当たり、4県の知事と同財団の笹川陽平会長が出席して、協力協定の締結式がオンラインで開かれ、それぞれ協定書に署名した。岡山県の伊原木隆太知事は「各県だけでは対策に限界があったが、協力することで大きな成果につなげられる」と歓迎。広島県の湯崎英彦知事も「連携を国内外の先進例にしたい」と述べた。
(洞井宏太)

※2020年12月26日付「山陽新聞」です。


産経新聞【正論】正念場を迎える日本の国連外交 [2021年01月13日(Wed)]
―正念場を迎える日本の国連外交―


産経新聞【正論】
2021年1 月8日


 2020年、創立75年を迎えた国際連合をめぐるニュースのうち気になった一つに米国の民間調査機関ピュー・リサーチ・センターが行った国連に対する好感度調査がある。昨年6〜8月に先進14カ国を対象に行われ、13カ国が59〜80%の高い好感度を示す中、日本は29%と突出して低く、国際協調に対する支持率も最下位だった。

 前年調査に比べ18ポイントの減少。パンデミック(世界的大流行)となった新型コロナウイルスに対する世界保健機関(WHO)の初動対応のまずさが大きく影響したと想像するが、わが国は1956年の加盟後、国連中心主義を外交3原則の一つに掲げ、国連に対する好感度もかつては60%を超えていた。なぜ、これほど落ち込んだのか、不思議な気さえする。

 ≪顔が見えない日本の資金負担≫
 筆者は国連との協力が国益につながると信じて長年、活動してきた。世界のハンセン病の制圧、危機にひんする海の再生に向けた取り組みなど、どれをとってもWHOや国際海事機関(IMO)など国連との密接な協力なしに進まない。

 好感度が低迷する原因の一つとして、わが国が国連に負担する巨額の資金がどこで、どのように活用されているのか、国民に実感できない点があろう。世界には主要な国際機関だけで100近くあり、わが国は分担金や任意の拠出金、出資金など2017年度で約4800億円を負担している。

 うち分担金は国連通常分担金と国連平和維持活動(PKO)分担金の2種類があり、日本は19年から3位になったとはいえ全体の8.56%、20年は双方合わせ最終的に約830億円が拠出される。全加盟国に課せられる義務的拠出金で、3年に1度、各国の国民総所得(GNI)に応じて国連総会で分担率が決まる。額の多寡が国会で審議されることは少なく、国民に見えにくいのは、ある程度やむを得ない面がある。

 ≪常任理事国よりトップ人事≫
 しかし、任意の拠出金や出資金などに関しては、どの国のどんな事業に提供され、どのような成果があったのか、日本の貢献が実感できるよう一層の工夫が必要ではないか。資金協力の実態、顔が見えない現状では国民の理解は進まない。

 わが国は長く国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指し、国連60周年に当たる05年にはドイツ、インド、ブラジルとともにG4改革案を提出したが不発に終わった。

 率直に言って、常任理事国入りは今後も難しい。米国、中国など5常任理事国が拒否権を含めた既得権を手放すことは考えにくいからだ。

 国連各機関の幹部ポスト獲得に力点を移すのが現実的な対応と考える。日本人スタッフが然(しか)るべきポストで活躍すれば国連に対する親近感も上がる。残念ながら15の専門機関でみると、現在は4機関のトップを中国出身者が占め、この10年間で日本人がトップを務めたのはIMOの事務局長ら2人にすぎない。最近の世界貿易機関(WTO)事務局長選でも「適任者がいない」との理由で候補者擁立が見送られた。

 背景には当選第一主義がある。結果にこだわりすぎると、育つべき人材も育たない。政官財界から幅広く人材を求め、育成すべきである。アントニオ・グテレス事務総長は1995年から7年間、ポルトガル首相を務めた。わが国も閣僚経験者を国連に送り込むぐらいの気概があっていい。

 ≪信頼できるが力強さを欠く≫
 わが国は財政面だけでなく、平和構築、人権、環境、開発など幅広い分野で長く国際社会に貢献してきた。国連の枢要なポストを目指す資格は十分ある。その意味で、シンガポール国立大学東アジア研究所が2019年、日本、中国、米国、インドなど8カ国について行った調査結果が興味深い。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の識者に「どの国が信頼できるか」聞いたところ、日本を肯定的に評価する声は61.2%と1位を占めた。米中対立の中で「連携すべき信頼できる戦略的パートナー」「自由貿易のリーダーシップをとる国」でも1位の評価を受けている。戦後の平和外交の成果として誇りにしていい。

 しかし、「政治、戦略面で影響力がある国」では、中国が圧倒的なトップ。日本に対する支持は1.8%にとどまった。日本を「信頼できない」とした21.3%の約半数も、その理由を「日本はグローバルリーダーシップをとる能力あるいは意思がない」を指摘した。

 日本に高い信頼を置く一方で、いざというときの力強さ、頼りがいに疑問符が付けられた形だ。グローバル化で大きく変わりつつある世界はコロナ禍でさらに大きく変わる。その中で国連の在り方も役割も当然変わる。わが国が新たな国連外交をどう構築していくか、正念場を迎えている。
(ささかわ ようへい)


「二院制は必要か」―国会論戦の体たらく― [2021年01月06日(Wed)]
「二院制は必要か」
―国会論戦の体たらく―


たまにテレビで国会中継を見て思うことがある。相撲に例えると、効果のないツッパリや小股すくいのような技ばかりが目立ち、堂々たる押し相撲もがっぷり組んだ四つ相撲もほとんど見当たらない気がする。

首相や大臣に対する質問も、品格のない下品な言葉があまりに多く、聞くに堪えない。米大統領選でのトランプ・バイデン論争も醜かったので、決して日本だけでなはいと考える人がいるかも知れない。しかし日本は日本であり、日本には礼節を重んじる良き伝統がある。

どの議員も国家・国民のために滅私奉公したいとの崇高な信念のもとに政治家になられたと思う。然るにその言動や振る舞いは如何なものであろうか。今や国会の在り方に対する国民の疑問は常態化している。

かつて私は、国会議員の定数削減を提案し、参議院は100人で十分と論じた。その後、国会審議の在り方を見て参議院不要論に転じた。

読売新聞によると、イタリアで9月20〜21日に国会議員の定数削減の是非を問う国民投票が行われ、賛成が7割に達した。この結果、上・下院合わせ945の現在の議席は2023年の次回選挙から600議席に削減され、上・下院合わせ年間約70億円の費用が抑えられるそうだ。

わが国では憲法改正の国民投票の見通しも立たない状態が続いている。国会議員削減の国民投票こそ、主権在民の意思を確認する最高の機会ではないだろうか。低迷する国会の姿にそんな思いを強くする。

「女性天皇はなぜ駄目か」―皇統連綿の終わり― [2021年01月05日(Tue)]
「女性天皇はなぜ駄目か」
―皇統連綿の終わり―


メディアによる女系天皇や女性天皇論が、間欠泉のごとく報道されている。単なる男女平等論からか、どこまで深い知識の元で書かれているのか不明である。

以下は、私の好きな動物行動学者の竹内久美子氏が12月11日の「正論」に掲載された記事で、この問題をやさしく論じておられる。

参考までに無断で拝借した。

―突如現れた「皇女」なる奇妙な制度―

 先頃、秋篠宮皇嗣殿下の立皇嗣宣明の儀が終わり、殿下が皇位継承順位第1位であることが広く、正式に伝えられた。
 かねて言われてきたのは、この行事が終わったら、安定した皇位継承のための議論がいよいよ本格化するということだった。
 私は旧宮家の皇籍復帰という、安定した皇位継承のために最も有効な手段についての議論が始まるはずだと期待した。旧宮家の方々は戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって皇籍離脱となる前には、まさに安定した皇位継承のために存在した人々だからだ。

 ≪女系天皇につながる懸念≫
 ところが、11月24日、菅義偉政権が提示したのは「皇女」なる制度だった。
 皇女とは本来、天皇の娘を指す言葉である。しかしここで言う皇女とは、民間に嫁いだ皇族の女性を指し、しかも公務を一部負担し、国家公務員扱いであるという。当然、給料も支払われる。
 なぜ皇女なる制度が提出されたかというと、女系天皇につながるという、女性宮家の危険性を回避するためだという。
 私は、ちょっと待った、と言いたい。皇女もまた、女系天皇につながる危険性があるではないか!
 女性宮家と皇女の危険性を述べる前にそもそも現代では女性天皇も女系天皇につながり、皇室の終了を意味することを説明したい。
 女性天皇はかつて8名おられた。うち2名は2度天皇になられたので、8名、10代の女性天皇が存在した。たいていは天皇の娘だが、祖父、曽祖父が天皇という例もあった。後者の場合でも父は皇室の男系男子であり、皇位継承権を持った方の娘である。
 そして女性天皇は未亡人か生涯独身を通すという厳しい条件がついた。天皇となってから誰かと結婚し、子を産み、その子が次の天皇になる、などということはなかった。次の天皇(男系男子)につなぐためのただの中継ぎ登板であり、そうであるからこそ皇室は男系が保たれたのだ。

 ≪欧州王室の歴史をみても≫
 しかし今、女性天皇が現れたとしたらどうか。皇室典範によると天皇は男系男子とされているので法改正が必要となるが、もし女性天皇も可であるということになったとしたらどうか。
 生涯独身を貫いてくださいとはとても言えない。いや、そもそも世論がそれを許さないだろう。
 「お可哀(かわい)そう」と。
 すると、誰かと結婚され、お子さんも生まれるだろう。このお子さん(男女を問わない)が次の天皇になられるとしたら、これこそが女系天皇である。これまで一度も現れなかった存在だ。
 ここで肝心なのは女系天皇がどの家に所属するかといえば、もはや皇室ではないということ。女性天皇の旦那さまの家に所属する。
 こうして一説には2680年続いたわが国の皇室は滅び、新しい王朝が始まることになる。新しい王朝が「佐藤王朝」や「鈴木王朝」なら、まだよい。恐ろしいのは外国人の王朝になることだ。
 こういうことを言うと陰謀論だとか、そんな恐ろしいことがあるわけない、と言われる。しかし過去の歴史においてその例がある。
 著作家の宇山卓栄氏が2019年5月25日に「プレジデントオンライン」に寄稿された記事によると、ヨーロッパの王室で女系を認めたために国が合法的に乗っ取られるケースが相次いだという。
 最も有名な例がスペインで、1496年、スペインの王女、フアナがハプスブルク家のフィリップと結婚し、長男を産んだ。その後、スペイン王家に然(しか)るべき男性がおらず、この長男が母から王位を継ぎ、カルロス1世となった。まさしくスペインは合法的にハプスブルク家のものとなったのだ。

 ≪中途半端な状態に世論は≫
 わが国の場合は、ヨーロッパの王室のように王室同士が交流することはないので別の形の乗っ取りとなるだろう。出自を隠した人物が内親王殿下に近づき、結婚。お子さんが生まれ、そのお子さんが女系天皇となった暁に正体を現す。日本国が自分の国のものであると宣言するのである。
 −ともあれ、女性宮家が女系天皇につながる危険性があるというのは、生まれたお子さんがお相手の家の子であり、その方が天皇となると女系天皇になるからだ。
 では今回の「皇女」はどうなのかというと、結婚されてもご夫婦で公務を行うわけだから、半分皇室に残っておられるような存在である。そうこうするうちに、そんな中途半端な状態はよくない、旦那さまともども、皇籍復帰してもらおうではないかという世論が高まるだろう。
 となれば、「皇女」という制度は女性宮家と何ら変わるところがない。具体的には秋篠宮家の眞子内親王殿下がお相手のK氏と結婚し、ご夫婦で公務をこなすが、世論の高まりによってお相手ともども皇籍復帰。K氏はK殿下となってお手振り。生まれたお子さんが次の天皇となったら、女系天皇であり、皇室終了。そんな未来があってよいはずはない。
(たけうち くみこ)

「新聞報道から」その93―恋する灯台― [2020年12月25日(Fri)]
「新聞報道から」その93
―恋する灯台―


恋する灯台を照らす
住民が電飾1500個
「星空とコラボ楽しんで」


 恋人の聖地「恋する灯台」に認定されている能登観音埼灯台(七尾市鵜浦町)に23日、地元住民がイルミネーションを飾り付けた。灯台付近には民家が少なく、晴れた日には満天の星を眺めることができ、七尾湾の穏やかな波の音に耳を傾けながら、電飾とのコラボレーションでロマンチックな雰囲気を楽しんでもらう。
 
 恋する灯台の認定は日本財団(東京)が進める「海と日本プロジェクト」の一環で、昨年8月に日本ロマンチスト協会(長崎県雲仙市)から七尾市へ認定証が贈られた。県内ではこのほかに禄剛埼(ろっこうさき)灯台(珠洲市)が認定されている。

 23日は崎山半島渚泊推進協議会のメンバーら6人が灯台を囲む柵や遊歩道に、青や黄色のLED電球約1500個を取り付けた。太陽光発電パネル付きで、日中に太陽光で発電・蓄電し、暗くなると自動的に点灯する。
 
●案内看板やベンチ整備へ
 同協議会は恋する灯台の認定を受け、能登島や七尾湾を一望できる眺めを楽しめるように周辺の樹木を伐採するなど環境整備も進めており、今後、案内看板やベンチを設け、観光地の魅力を高める。

 電飾を担当した新田恭平さん(36)は「静かな場所で星空とイルミネーションを楽しんでほしい」と来場を呼び掛けた。

※2020年11月24日付「北國新聞」です。


「新聞報道から」その92―難病の子どもたちにおもちゃを― [2020年12月25日(Fri)]
「新聞報道から」その92
―難病の子どもたちにおもちゃを―

難病と闘う子におもちゃを
NPOが施設・病院へ贈呈


 難病と闘う子どもたちに夢中になって遊んでもらおうと、東京おもちゃ美術館(新宿区四谷4丁目)などを運営するNPO法人「芸術と遊び創造協会」が、おもちゃセットを全国約90の施設や病院に贈っている。

 事業は日本財団(港区)から費用の助成などの協力を受けて実現した。
 保護者や医療、保育などの専門家の意見を踏まえ、昨年からおもちゃ選びを進めてきた。手作りのものもある。約50個を四つの木箱に納めたセットで、「あそびのむし」と名付けた。

 踏むと音の出るマットや皿回しなど、様々な興味を引き出し、人とコミュニケーションをとれるものを選んだという。

 箱詰めと発送は、知的障害者らを支援する小茂根福祉園(板橋区小茂根3丁目)が担う。11日に作業をした園の利用者の相良貴司さん(25)は「楽しそうなおもちゃがいっぱい。自分の子どものころを思い出した」と話した。40セット前後をクリスマス前までに、残りも来年2月末までに届ける予定だという。

 東京おもちゃ美術館の石井今日子副館長は「普段は、リハビリや医療的ケアに追われる難病の子どもたちや家族に、時間が経つのも忘れるほど楽しく遊んでもらいたい」と話す。
(上沢博之)


※2020年11月13日付「朝日新聞」です。


「新聞報道から」その91―重文 現役灯台に脚光― [2020年12月24日(Thu)]
「新聞報道から」その91
―重文 現役灯台に脚光―


犬吠埼など4件答申

文化審議会が16日、重要文化財への指定を文部科学相に答申した16件の建造物には、犬吠埼(いぬぼうさき)灯台(千葉県銚子市)、六連島(むつれしま)灯台(山口県下関市)、角島(つのしま)灯台(同)、部埼(へさき)灯台(北九州市)の計4件の灯台が含まれる。海上保安庁が管理する現役の灯台として初の重文指定となる。

 このうち、犬吠埼灯台は、関東平野最東端に建設され、1874年(明治7年)に初点灯した。高さ31メートルの煉瓦(れんが)造で、北太平洋航路における最初の灯台としての価値が認められた。

 また、重要伝統的建造物群保存地区として高岡市吉久(富山県)、津山市城西(岡山県)、矢掛(やかげ)町矢掛宿(同)の3地区の選定を答申した。
 文化審議会の答申は通常、年2回行われるが、今年度は新型コロナウイルスの影響で、1回のみとなった。

※2020年10月17日付「読売新聞」です。

「新聞報道から」その90―縄文人はグルメ― [2020年12月24日(Thu)]
「新聞報道から」その90
―縄文人はグルメ―


土器に海藻「縄文人はグルメ」
北大・安井名誉教授 小学生向け講座


 はこだて海の教室実行委(菅原雅仁会長)はこのほど、はこだてみらい館で、北大大学院水産科学研究院の安井肇名誉教授の講座「縄文人と海藻のお話」を開き、小学生と保護者ら約50人が聴講した。

 日本財団(東京)の「海と日本プロジェクト」の一環。安井教授は、2万年前から現在までの津軽海峡の海流や水温の変化を紹介し、函館近海で採れるガゴメコンブについて「寒かった時代は広い範囲に繁茂していたが、温暖化の影響で冷たい水が上がってくる場所にだけ残った」と説明した。

 また、函館で出土した縄文土器に海藻が入っていたことに触れ「魚のうま味成分と海藻のうま味成分は非常に相性が良く、函館の縄文人は非常にグルメだったと思う」と話した。

 講座後は、実行委主催の「子ども海藻アカデミー」に参加した「子ども海藻大使」9人が、アオノリやガゴメコンブを使った商品のPRもした。
(金子真人)


※2020年11月7日付「函館新聞」です。

「新聞報道から」その89―子ども海藻大使― [2020年12月23日(Wed)]
「新聞報道から」その89
―子ども海藻大使―


子ども海藻大使がコンブPR

 はこだて海の教室実行委(菅原雅仁会長)7日、コープさっぽろ湯川店内の北海道どさんこプラザで海藻商品のPR活動を行った。子ども海藻大使の児童が買い物客に試食品を配布しながら海藻の魅力をPRした。

 日本財団(東京)の「海と日本プロジェクト」の一環。この日は、函館産の「函館春採り昆布」「北大ガゴメ」、新商品の「北海道あおのり」の3商品をPR。海藻大使の北斗市浜分小学校5年生の上野大飛君と七飯町大中山小学校3年生の小林優空さんがゴメンコンブのあめと春採りコンブの試食品を配布しながら、海藻の魅力を伝えた。

 小林さんは「健康にいいあめを配れてうらしかった」、上野君は「ガゴメコンブのねばねばが肌にいいので、もっと知ってほしい」と話していた。
(木村京子)


※2020年11月8日付「函館新聞」です。


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