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「久しぶりの海外活動」―国際ハンセン病学会― [2022年12月09日(Fri)]

「久しぶりの海外活動」
―国際ハンセン病学会―


11月初旬、約3年振りにンハンセン病の現場活動ができるようになりました。インドのジャールカンド州を訪問して回復者団体との会議、テランガーナ州の州都であるハイデラバードで開催された第21回国際ハンセン病学会などです。

海外活動が出来ない中、世界のハンセン病関係者とウェビナーによる「”Don't Forget Leprosy”」(ハンセン病)のキャンペーンを活発に行ってきましたが、世界中から関係者が一堂に会して直接話し合うことは、ウェビナーとは異なる人間的な絆(きずな)を確認することができ、「面接なきところに理解なし」を実感しました。

世界には数多くの医学学会がありますが、国際ハンセン病学会は、病気からの回復者が参加して発言する唯一の学会でもあります。

以下は私の当日の挨拶です。

***************

「第21回国際ハンセン病学会」挨拶

2022年11月9日(水)
於:インド・ハイデラバード


ナラシムハ・ラオ・第21回国際ハンセン病学会組織委員会委員長、ロッチ・クリスチャン・ジョンソン・国際ハンセン病学会会長、お集りの皆さん。インドではモディ首相の卓越した指導力のもと、2030年までにハンセン病の感染停止を実現するという野心的な目標を掲げ活発な活動が行われています。そのインドで今回国際ハンセン病学会が開催されることを嬉しく思います。そして、90年以上の歴史を誇る国際ハンセン病学会が、ハンセン病との闘いに重要な役割を果たしてきたことは皆さんご承知の通りであり、長年の尽力に改めて敬意を表します。

我々ハンセン病と闘う関係者にとっては試練の3年間でした。コロナ禍という未曽有の事態が世界を襲い、我々のハンセン病との闘いにも大きな影響を及ぼしました。勿論、コロナの影響でウェビナーといったウェブ会議が発達し、世界中どこでもオンラインで一堂に会し意見交換が出来るようになりましたし、「Don’t Forget Leprosy」キャンペーンに代表されるように、世界中の当事者、医療従事者の声を届ける活動も積極的に展開されました。この困難な時期における皆さまの不断の努力に改めて敬意を表します。

一方、現場での新規患者発見の活動が停滞したのもまた事実であります。多くの国においてハンセン病対策活動の中断や遅延が発生し、例年に比べるとこの試練の3年間は3〜4割程度新規患者の発見数に落ち込みがあったと伺っています。新規患者の発見活動が停滞したことにより、治療を受けられず目に見える障害に苦しむ患者も増加してしまったかもしれません。「現場には問題点と答えがある」という信念のもと、40年以上にわたり世界120ヶ国以上の現場で活動をしてきた私と致しましても、この3年間は現場訪問が叶わず十分な活動が出来なかったことに忸怩たる思いでありました。

しかし、世界は落ち着きを取り戻し、本日のように再び皆さんに対面できる日常が帰ってきました。今こそ、試練の3年間での経験を活かしながら、WHOの定める「世界ハンセン病戦略」に基づき、ゼロ・ハンセン病に向けて活動を今一度強化していこうではありませんか。

ご存じの通り、私はハンセン病との闘いをモーターサイクルに例えています。即ち、前輪は病気を治すことであり、後輪は差別を無くすこと。この両輪がうまくかみ合わなければ、真のハンセン病の解決はありません。前輪である医療面の取組みについていえば、国際ハンセン病学会の貢献なしには世界的なハンセン病患者の減少はなしえなかったでしょう。そして、一層活動を強化していくためには、早期発見・早期治療の推進は不可欠であり、今回の国際ハンセン病学会のテーマである「知識の啓発と早期発見、そして質の高い治療へ」はまさに時宜を得たものであります。本学会が更なる医療面での取り組みに大きな成果を挙げることを期待しております。同時に、早期発見・早期治療の活動を強化していくためには、しっかりとした体制が構築されていなければなりません。例えば、ここインドにおいてはASHAと呼ばれる保健師が各家庭を回り、積極的に患者の発見を行っていますし、こうした活動には政府や当事者団体なども連携しています。このようなインドの素晴らしい事例を参考にしながら、新規患者の早期発見・早期治療活動の強化に向けて、当事者団体、政府、WHO、NGO、研究機関が一致団結して協力していく体制を構築して欲しいと思います。

そしてモーターサイクルの後輪である差別との闘いについては、特にハンセン病回復者の参画なしに進めることはできません。私は当事者の皆さんこそが、ハンセン病に対する偏見や差別を無くす主人公として、そして、社会を変える指導者として活躍して欲しいと願っています。回復者の中には「自分に人権などあるのか」とセルフ・ディスクリミネーションを持っている方も少なからずおります。しかし、2010年にはニューヨークの国連総会において192ヶ国全会一致で「ハンセン病の患者、回復者とその家族への差別撤廃決議」と「原則とガイドライン」が決議されている通り、正当な権利があるのです。是非とも自信と誇りをもって活動をしてください。勿論一人で活動することは心細いでしょう。しかし、皆さんは一人ではありません。インドのAPAL、エチオピアのENAPAL、ブラジルのMorhanなど回復者組織の積極的な活動の輪は世界中に広がっています。そして、今回の国際ハンセン病学会のプレイベントとして、11月6〜8日に世界ハンセン病当事者団体会議が開催されたことは画期的なことであり、ハンセン病を正しく社会に理解させる活動が更に強力になることを期待しております。当事者団体会議で議論された結果についても、この後APALのマヤ会長から報告されることになっておりますので、是非当事者の意見に耳を傾けてください。

皆さんの弛まぬ努力の結果、ハンセン病との闘いは最後の1マイルまで来ました。「100マイルの道のりは99マイルをもって半ばとす」という言葉の通り、残りのこの1マイルは大変難しい道のりであり、これまで以上の努力が必要で す。こうした活動の一環として、来年2023年はノルウェーの医者であるハンセン博士がらい菌を発見して150年という記念すべき年であり、ベルゲン市そしてベルゲン大学と共にハンセン病に関する国際会議が開催されます。皆さんの積極的な参加を期待しております。

最後に、ハンセン病のない世界という歴史的偉業に参加しておられる皆さんに心からの尊敬と敬意を表します。私自身、この活動に参加して成果をあげることに責任を感じておりますが、同時に、ゼロ・ハンセン病実現のために皆さんと共に活動できることを誇りに思っております。皆さん、ハンセン病のない世界が必ず実現されると固く信じ、これからも共に活動していこうではありませんか。ありがとうございました。

「国際海事大学連盟」―ジョージアにて総会― [2022年10月21日(Fri)]

「国際海事大学連盟」
―ジョージアにて総会―


国際海事大学連盟(IAMU-International Association of Maritime Universities)は1999年に設立され、本部は日本財団の支援で日本にある。

世界海事大学(スウェーデン・マルメ市)の教授をされていた中澤毅氏に組織の拡大と運営を依頼し、彼の情熱と行動力で、現在36カ国69の大学やアカデミーが参加し、国際海事機関(IMO)のステイタスも獲得して積極的な活動を行っている。

国際海事大学連盟(IAMU: ai-ei-em-ju: )は、世界の海運業界のために船員の海事教育・訓練(MET)を行う主要な海事大学の世界的ネットワークです。IAMUの全メンバーは、次のような共通認識を持っています。

−国際海運の分野ではグローバル化が急速に進んでいる。
−安全、セキュリティ、環境保護が海運セクターの重要な課題であること。
−海事に関する技術や知識を次の世代に伝えることは、世界的な規模で達成されなければならないこと。

また、IAMUの全メンバーは、海事教育と訓練の重要性を認識し、次のことに留意しています。

−海運業はサービス業であり、その中で人材は重要な要素である。
−海運業はサービス業であり、人材が重要な要素であること、海運業において優秀な人材を確保し、維持するためには、効果的な教育訓練が不可欠であること
−海事産業における効果的な教育訓練は、科学的・学術的な厳密さと、実践的なスキル、管理技術、品質へのこだわりとの明確な関連性から生まれるものである。

この共通理解に基づき、以下のとおり相互に合意した。

−会員は、海事教育・訓練に関連する科学的・学術的研究、開発、実用化において互いに協力すること。
−会員は、IAMU の活動を通じて、海事教育訓練のための測定可能で価値のある成果を達成するよう努めなけ ればならない。
−会員は、その活動の成果を IAMU の内外に可能な限り広く公表し、国際海事社会のために科学的成果を蓄積するよう努めなければならない。
−それによって、海上安全、セキュリティ、環境保護の強化に貢献すること。

私の夢は、各大学バラバラの教科書を統一すること。また、船舶の積荷と構造の複雑化、例えばNLGや危険物の積載もあり、船員の能力向上のための世界統一の各種資格試験を実施し、船員の能力向上と資格取得により賃金の向上を期待することであった。

設立23年を経過し、各国別バラバラの船員教育も統一教材の方向に進み出したことは、私の夢の一つが実現することになった。

以下は10月19日、ジョージアで開催された国際海事大学連盟(IAMU)第22回年次総会へのビデオメッセージです。

***************

マータス・デヴァッゼ・バトゥミ州立海事アカデミー学長、グレン・ブラックウッド・国際海事大学連合(IAMU)会長、国際理事会の皆さん、中澤武・IAMU常務理事、事務局の皆さん、そして世界36ヶ国69の大学・機関からお集まりの皆さん。

まず始めに、デヴァッゼ・学長の卓越した指導のもと、昨年に続き年次総会が開催されましたことを嬉しく思います。また、我々の豊かな生活を支える素晴らしい船員の育成や海事安全管理に関する調査などに日々ご尽力いただいている関係各位の皆さまに心から敬意を表します。

今回総会のホスト国であるジョージアからは、これまでに世界海事大学などを中心に15名の優秀なササカワ・フェローが輩出されています。皆さん今は海事分野で大変なご活躍をされており、4年前に私が貴国を訪問した際も、熱烈に歓迎頂いたことを昨日のことのように覚えております。

ご承知の通り、海事社会は今、大きな変化に直面しています。例えば、外航海運業においても、無人運航船に代表される新たなテクノロジーが開発され始めるなど、未来志向の変化が訪れています。海事・船員教育も同様で、資質や役割が大きく変化していくなかで柔軟に対応していく必要があります。こうしたなか、グローバル・マリタイム・プロフェッショナル(GMP)の理念を体現する人材の育成にむけた環境醸成の一環として、今年から学部生や教員向けの奨学金事業が本格的に開始されたことを嬉しく思います。

また、こうした国際規模の活動には、IAMUが構築してきた海事系大学の世界的ネットワークが重要な役割を果たしていけると確信しております。この大きなネットワークを活用し、各海事大学が国際海事社会に対する発信力を強めることで、引続き新しい国際海事社会の仕組み作りに尽力されることを期待しております。ありがとうございました。

「草なぎ剛さんナレーション」―私の富士登山― [2022年10月20日(Thu)]

「草なぎ剛さんナレーション」
―私の富士登山―


8月3日に富士登山したことは既に報告しましたが、その映像にNHKの「ブラタモリ」のナレーションを担当している草なぎ剛さんがボランティアでナレーションを担当してくれました。

私自身、このような映像を作るとは全く聞かされておらず、息子が記念に撮影していると思っていました。でも有難いことです。

以下「日刊スポーツ」の記事を拝借しました。

***************

 日本財団会長の笹川陽平氏(83)がハンセン病制圧を願い富士登山に挑戦した映像で、パラサポスペシャルサポーターの草なぎ剛(48)がナレーションを担当した。

 笹川氏は今年8月3日、富士登山に挑戦し、ハンセン病制圧を願う旗を掲げた。ハンセン病制圧の活動をより多くに知ってもらうためにカメラが密着。このほど、動画が完成し公開された。

 日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)のスペシャルサポーターに就任し、パラスポーツの振興のため活動してきた草なぎがナレーションを担当した。

 笹川氏がライフワークとして取り組んできたのがハンセン病の制圧。社会から隔離され偏見や差別を生むハンセン病を制圧したいと、と半世紀にわたり、70カ国以上のハンセン病療養所を訪問。開発された治療薬の提供を行い、偏見、差別からの解放を訴え続けてきた。

 笹川氏が富士登山を決意したのは、今年5月に届いた1枚の写真ネパール山岳学会会長サンタ・ラマ氏から送られてきたその写真に写っていたのは登山家のミングマ・ギャブ・シェルパ氏がエベレスト山頂で「ハンセン病を忘れない」との旗を掲げる姿。笹川氏は、ネパール山岳界へのリターンエールとして、全世界からのハンセン病制圧を願い、富士山頂で「Don’t Forget Leprosy」の旗を掲げたいと決意したという。

 83歳には過酷な登山だったが、笹川氏は「友人が歴史上初の旗をエベレストの頂上で初めて揚げてくれましたので同じことを富士山で行いたいと思っています」と、挑戦に踏み切った。

 動画では、軽快なスタートを切るも7合目あたりから山の厳しさを痛感させられ、経験したことのない激痛、低酸素濃度状態の中ならではの苦しみ、時には激しいひょうにも襲われながら耐える、笹川氏の様子も紹介されている。

 富士山頂で笹川氏は「執念で来ました。世界の人々に知ってもらわなければいけない。ハンセン病をなくすために本当にがんばりました。ありがとうみなさん」と語った。

草なぎ剛(20年9月撮影).jpg
草なぎ剛(20年9月撮影)


以下「サンスポ」の記事を拝借しました。

***************

 元SMAPの草g剛(48)が、ハンセン病完全制圧を願う登山動画「富士登山への挑戦 ハンセン病制圧への願い」でナレーションを務めることが16日、分かった。同動画は、日本財団会長笹川陽平氏(83)がハンセン病完全制圧を願い標高3776.12メートルの富士登山に挑戦する姿に密着した作品。

 これまで、笹川氏がライフワークとして取り組んできたハンセン病の制圧。「長い間、社会から隔離され偏見や差別を生むハンセン病を制圧したい」と半世紀にわたり70カ国以上のハンセン病療養所をかけめぐり、開発された治療薬の提供を行い、偏見、差別からの解放を訴え続けてきた。今回の富士登山でも、山頂で「執念で来ました。世界の人々に知ってもらわなければいけない。ハンセン病をなくすために本当にがんばりました」と力を込めた。

 草gは日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)のスペシャルサポーターに2017年11月に就任。パラスポーツの振興のため活動してきた縁から、ナレーターに起用された。

※映像はこちらから

「日本財団創立60周年記念」―日本財団会長挨拶― [2022年10月14日(Fri)]

「日本財団創立60周年記念」
―日本財団会長挨拶―

2022年10月3日(月)
於:日本財団ビル2階

おはようございます。コロナ禍ではありますが、今日は全員集まり、特にこれから入会する方の歓迎を兼ねてこうした集まりが出来ることを嬉しく思います。創立記念日ですが、我々を指導して下さった方の多くは既に天国に召されています。こうした先輩方のご労苦、そして現在働いている皆さんの努力で、日本財団の社会的存在感は日増しに高まっていることは、皆さんも実感されていることでしょう。

長年にわたって諸先輩方、そして皆さんが努力してきた成果は、ここに勤める一人一人が理解しておくことが重要です。その上に立脚し、未来志向の日本財団はどうあるべきかを考えていきたいと思います。既に若い方からこれからの未来志向の日本財団はどうあるべきかについて意見を申し上げたい、発言をしたいと伺っています。私にとって大変嬉しいことです。役員がこうしようというのみならず、皆さんの総意の中からそれを集約し、未来志向の日本財団の発展を考えようと、先般役員会でも話題にのぼりました。来年の4月に各担当常務理事が皆さんの意見を集約し、役員で検討の上職員全てが理解した上で、未来に向かっての方向性を出します。皆さんには良く勉強し、きちっとした発言を期待しています。

時々漏れ伺うところで、なかなか担当者としては他の部署がどのようなことをしているかをあまり分からないという意見を聞きます。古い人間の私には「知らなかったら聞けばいいのでは」という安易な答えを出しますが、今やそれでは良くないとも伺っています。我々の仕事は機械を製作し販売するわけでもなく、財産はお集りの皆さんであり、その能力です。日本の抱える社会課題の解決への対策、又、広く気候変動や紛争解決などにどのように人道的立場からアプローチするかを考え実行するためには、皆さんの日頃の好奇心を高めていくことが大事です。日々出社をしてもらうのみならず、常日頃から社会問題についての好奇心を持ってもらいたいものです。

本日頂きました60年史、素晴らしいものを作っていただき感謝致します。私は何百という会社や団体の年史を頂きましたが、ほとんど読みません。なぜなら、それらのほとんどが字ばかりだからです。しかしこの日本財団の60年史は、写真を含め大変読み易くなっています。今回は、職員皆さん1冊ずつ持って帰っていただき、勉強して頂きたいと思います。この60年史だけでも日本財団の過去から現在までの活動が良くわかります。また、鳥海職員が頑張ってくださり、日本財団の活動をきちっとまとめて下さっています。役員がどうこうではなく、職員がどのように仕事をして努力しているかが、この「日本財団はいったい何をしているのか」に記載されています。職員の皆さんの必読の書であり、読んでいただきたいと思います。本書は先輩、同僚が苦闘した歴史でもあり、60年史、鳥海氏の著書は、皆さんがこれから何をするのか、何をしたいのか、そして何が社会の為になるのかを考えていただく基礎になるものであると確信しています。

昨今は皆さん情報をたくさんお持ちでいらっしゃいます。情報は我々が仕事をする上で重要ですが、単なる情報であってはなりません。情報を皆さんの日々の生活、そして日本財団の仕事としてどのように活かしていくかを常々考えなければなりません。良い事業を行うにはどうすれば良いかを考えた時、単なる情報だけでは足りません。情報はどこまで行っても情報にすぎません。そして自分なりに、或いは財団の仕事としてどのように具現化するかを考える時に必要になってくるのが知恵です。

知恵とは何でしょうか。事業の中にどれだけ知恵が入っているかというのが良い事業が出来たかどうかに影響します。知恵はどうやって出てくるのかと言えば、何事にも好奇心を持つことです。その為には、皆さん方に読書をして欲しいと願っています。今、年間30冊の本を読もうと皆さんに努力していただいていますが、各自素晴らしい本を読んで下さっています。中には本を読んでいても報告されない方もいますが、必ず30冊読まなければならないというものではなく、私自身、皆さんが読んでいる本に大変興味がありますので、冊数に関わらず報告をしていただければ幸いです。皆さんとの世代間格差を埋めるためにどのようなことに興味をもっているのかを私は知りたいのです。ハウツー本ではない本が心の栄養になるということです。知恵を出すためにも心の栄養になる本を読んで欲しいと思います。そうすることで、皆さんの情報と心の栄養の間に化学反応が起き、素晴らしい知恵となるわけです。勿論、本の中に書いてあることを一字一句赤線を引いて読む必要はありません。何となく「読んだ」というのが潜在的に脳のなかには記憶されています。情報と心の栄養による化学反応によって知恵が生まれ、初めていいアイデアが生じます。

私は考えるヒントも時々皆さんに提供していると思っています。例えば、資金援助のご要望が出てきたときに、それがいいかどうかを判断いただき、良いものを選んでいただいていると承知しています。しかし、そこに資金を提供するだけでなく、どのようにしたら更に良い事業になり、更に横に広げていけるのか、そしてそれを拡大し、いくつかの成功例を作ることが大変重要です。ヒントを得たものを横に広げれば、今度は立体的に組み立てる。そうすれば、行政や政府が素晴らしい仕事だから国の政策としてやっていくとなっていきますし、現に国の政策に我々の取組みが反映されている事業も幾つもあります。

毎月18歳の意識調査を発表している関係から、日本財団はシンクタンクかと思っておられる人もいます。それはそれで嬉しいことですが、世のシンクタンクは物を考えまとめて発信するだけなのが現状です。私たちは、東京財団政策研究所、笹川平和財団をつくりましたが、think&doでなければいけません。自ら動かなければなりません。考え、そして行動を伴って初めて社会の為になるのです。日本財団はdoがモットーですが、thinkもなければいけません。日本財団が可能な限り現場への出張を期待しているのは、現場には問題点と答えがあるというのが私の経験上の答えだからです。書類審査だけでなく、現場を見ることで責任者の人柄、友人関係も分かるかもしれません。これは生きた情報です。そこで見聞きした情報には書類にはない新しい発見が含まれていることでしょう。そういう意味で現場主義、難しい言葉を使えば知行合一、知識と行動が一致するということが大切です。知識と行動が一致するには現場に立って実際に案件を見学し、考えてみる必要があります。皆さは遠慮なく現場に立ってものを考えてください。そして良い事業を資金援助するだけでなく、どうやって広げていくのか、そして成功例をいくつか作り立体的に組み立てることで、行政の政策にも反映させていきましょう。

日本財団の有難いところは、NGOでも非営利組織でも一番社会で苦労されているのはお金を集めることですが、その一番大変なところをほとんどやらずに済んでいることです。勿論、モーターボートレースだけでなく、浄財を集める努力をすることで、寄付者が人様の役に立ちたい、自分もささやかな寄付をすることで社会参加しているといった小さな幸せを持つ国民が増えることにもつなげていきたいと考えています。この総体として、日本国民の心の豊かさと同時に国づくりに全ての人が参加するという形を作るために寄付の重要性を申し上げています。だからこそ私は早朝から礼状を書いています。こうした寄付に興味を持った人が増えてほしいという気持ちからです。国民との連帯を増やしていくことが日本財団の使命であり、我々の存在感をゆるぎないものにしていくのではないでしょうか。

未来志向の日本財団がどうあるべきかについては、各常務理事を中心にして検討し、皆さんの意見を集約し、私たちの考えも加えて、来年の4月には行動計画を出したいと思います。時代は激しく変化しています。日本の国が停滞、特に産業界が停滞しているのは企業においてイノベーションが起こらないからです。小さな企業ではイノベーションは起こりますが、世界的なものにはなりません。なぜでしょうか。これは、日本の和の精神、「和をもって貴しとなす」という聖徳太子の考えに基づき、皆が良いと考えるものをやっていくという文化に根差しているからではないでしょうか。私は聖徳太子の精神を尊重しております。しかしそれではイノベーションを起こし社会を変えるアイデアは出てきません。イノベーションを起こす人は概して未来を先取りして考えているので、一般には理解されないからです。又、こうしたイノベーションが日本の大企業で起こりづらいのは、トップが責任を取らないからです。みんながいいと思う安全な方法しかとらないからです。これからのリーダーはリスクを取る覚悟を持ってやっていくことが大切です。ただ、独断専行であってもいけません。皆さんの意見を反映させつつ、それをいかにうまく活用して発展していくかにかかっています。

未来志向は変化、変化また変化です。今日と明日は違います。明日の為に何をするか。10〜20年先の未来をどうするのか。まさに、この恐るべき変化の時代に日本財団が何をすべきかを皆さんに真剣にお考えいただき、素晴らしい方向性のあるものが来年4月に発表出来あることを期待しています。

「ウクライナ避難民支援活動」―学生報告会― [2022年10月04日(Tue)]

「ウクライナ避難民支援活動」
―学生報告会―

2022年9月12日(月)
日本財団会長 笹川陽平
於:日本財団ビル

(参加学生の所属)
長崎大学(文化人類学)、東京大学(教養学部)、京都産業大学(ロシア語)、青山学院大学(国際政治経済学部)、関西学院大学(人権福祉学部)、熊本大学(法学部)、明治大学(法学部)、神田外語大学、兵庫県立大学(看護学部)、東北医科薬科大学(医学部)、獨協大学(外国語学部)、東洋大学(国際看護学部)、甲南女子大学(看護学科)、都留文科大学(文学部)、南山大学(国際教養学部)、長崎大学(医学部)、立教大学(文学部)、東京慈恵医科大学(医学部)、横浜市立大学(国際教養学部)

代表者2名より活動概要について報告があり、その後、学生より私に対し、何故紛争地のウクライナではなく、隣国ポーランドで外国人である日本人が活動することに支援してくれたのかとの質問があり、以下の通り返答しました。

素晴らし質問を嬉しく思います。皆さん個人個人が現場において非常に感受性強く仕事をしていただいたと思います。予想以上に頑張って取り組んでいただいた印象ですが、正直申し上げて、今回の皆さんの活動は避難民救援活動の領域に入るものではありません。皆さんご自身も、言葉を選ばずに申し上げれば「この程度」と思われたと思います。

私自身、当初どうしようか迷いましたが、第一番目に皆さんの安全確保を考えた時、危険地域に入るのは避けたいと思いました。しかしながら、本当の避難民救援活動とはいかないまでも、現場で皆さんに何かを感じ取ってもらえればと考えていました。だからこそ皆さんの旅程にアウシュビッツ強制収容所を見ていただく時間を設けました。皆さんはウクライナから避難してくる方々の救援活動を中心に考えていらっしゃったと思いますが、アウシュビッツ強制収容所を見れば、人間はなぜこんなに残酷なことが出来るのかと深く考えるきっかけになったと思います。

地球に住むすべての生物で人類だけが理性を持っているといわれています。しかし、理性を持っている人間がああいった残酷なことを行うのです。私は1939年生まれなので、第二次世界大戦の終戦の時分には6歳で、戦争を本当の意味で記憶している最後の世代です。私は反米主義者ではありませんが、当時、アメリカは何の軍事施設でもない山梨県、山形県などあらゆるところを爆撃しました。田んぼのあぜ道を通学している学生を、アメリカの艦載機がゲームのように撃ち殺していきました。そうした場所では未だに慰霊祭が行われています。先の大戦でアメリカは、こういった戦争と関係の無辜の日本国民を殺していたのです。

私は6歳の時に浅草の浅草寺そばの寺町に住んでいました。東京大空襲が行われた夜、たった2時間30分で10万8000人が殺され、数十万戸の家が灰燼に帰しました。アメリカは、木造建築が立ち並ぶ東京を油性爆弾である焼夷弾で焼き払う戦法をとり、まず東京を円形に焼き払い、その次に円を十の字に焼きました。形としてはちょうど鹿児島の薩摩藩島津家の家紋と同じ具合です。私の町内会の避難所は菊谷橋の郵便所でしたが、そこにもすぐに火の手が回って来て危ないので第二の避難場所である隅田川に行くことになりました。しかし私は水が怖かったので、その場に座り込み駄々をこね、町内会長をはじめ町内会の皆さんは「また生きて会おう」と墨田川の方に向かい、私と母の二人は上野の山に逃げました。この時母親は39度の熱があり、6歳の私は毛布を頭から被った母親の手を引いて逃げました。私と母は奇跡的に助かりましたが、あの時隅田川に避難した町内会の皆さんはほとんど亡くなりました。なぜなら、焼夷弾の油で川は焼け、火の海となったからです。

悪夢のような一夜が明け、お寺に続々と死体が運ばれてきました。大人たちを手伝って、亡くなった仏さまに知っている人がいたら名札に名前を書き込むという作業をしました。町内会のおばあさんが孫を抱きかかえて黒焦げで死んでいました。おばあさんは自らが黒焦げになってもお孫さんをしっかり抱きかかえていたので、お孫さんに傷はありませんでしたが、残念ながらお孫さんも亡くなっていました。空襲を命からがら生き延びましたが、その後は食べるものもなく、町に生えている草をゆでて食べました。ほどなく栄養失調でおできが体中に出ました。そしておできにハエが止まって蛆を産みます、それが嫌で、蚊帳をいつもかぶって移動していました。私にはそうした戦争体験があります。

戦争というのはどこの国もやりかねません。民主主義の国だから戦争はしない、社会主義だから戦争をする、ということはありません。20世紀は戦争の世紀と言われ、21世紀は平和の世紀になるというのが著名な政治学者を含めた世界中の学者の意見でした。しかし現実はどうでしょうか。世界を巻き込む大規模な衝突はないかもしれませんが、小規模な戦争は世界中いたるところで発生しています。日本で新聞を見ると「平和」と書かれていない日はありません。これは日本独特の行動の仕方といえるでしょう。「平和」と言っていれば平和が来るのでしょうか。

私たちは中東でシリアの問題が浮上した際、中東和平を考えるシンポジウムをヨルダンで5年間実施しました。笹川平和財団が中心的な役割をしてくれましたが、ヨルダンのハッサン・ビン・タラル王子が笹川平和財団を紹介する時に、「笹川財団」と紹介しました。私は「笹川平和財団」である旨申し上げたところ、「中近東で平和という言葉を出した途端信用できない口舌の徒という印象を与えるので、敢えて平和を外した」とおっしゃっていました。これが世界の状況です。

シリアから多数の難民がヨルダンに入っていますし、ミャンマーでは100万人を超えるロヒンギャと呼ばれる人々がコックスバザールに避難しています。少し前になりますが、スリランカのシンハラ人とタミル人による紛争の停戦後の難民キャンプなどいたるところに紛争の現場があります。本来であれば、こうしたところで皆さんに活動してほしいのですが、こうした場所は大きな危険も伴います。ですから、ウクライナからの避難民の方の支援活動の一環として、アウシュビッツ強制収容所を見ていただき「人間とは何か」、そうしたことを深く考えていただくきっかけになればというのがそもそもの発想でした。私の想像以上に皆さん方が感性豊かに仕事をし、感じ取ってきたことを伺い、大変嬉しく思うと同時に、皆さんを送り出して良かったと思っています。

先々週日本政府のTICAD8に出た後、35年以上にわたりエチオピア、マリ、ナイジェリア、ウガンダなどで貧しい農民に食料増産を指導している現場を訪問してきました。ウクライナ侵攻の影響で世界規模の食料危機が懸念される中、再びエチオピアにおいて飢餓が発生する可能性があります。こうした状況下、我々が行ってきた農業指導は新ためて高く評価されています。

このアフリカ滞在中に、現地のテレビを拝見しました。バングラデシュの水害、パキスタンの水害、アメリカのミズーリ州で干ばつになり水不足で軍隊が出動し水を配布していること、中国の圧力による中台間の緊張の高まりで台湾では自国を守るために戦車・ミサイル・戦闘機を用いた軍事演習を実施していること、ウクライナ侵攻に関連してロシアからの最大のガスの輸入国であるドイツのロシアへの制裁に対する反応、そしてロシアからのガス供給が止まることで今冬を乗り切るために原子力発電の再開をせざるを得ない状況であること、など世界情勢に関するニュースがひっきりなしに放送されていました。しかし日本の報道はどうでしょうか。日本の報道は鎖国時代に入っているのではないでしょうか。

今やグローバリゼーションの中で、世界あっての日本です。世界の中の日本として位置付けなければ生きていけません。物価高が進み、円安が進行し1ドル150円を越えるなどは私が3年前から主張している通りです。日本が世界の中で情報で孤立してきているのは恐ろしいことです。こうした状況下、若い皆さんが国際感覚を身につけられたというのは何にも増して大切なことです。将来の日本の為に、若者に投資をすることが国としても最も重要な仕事の1つであり、そういう意味からも簡単な気持ちで皆さんに、ウクライナから避難してくる方への支援をしましょうとお声掛けをしたわけではありません。皆さんの経験が将来日本のリーダーとして生きてくると考え、決断をしたわけです。

もう1つの問題は、ウクライナから避難している人を日本の政治家は「避難民」「難民」に分けて区別していることです。これは政治家特有の詭弁であり、ごまかしです。これからの時代、ご承知の通り、あるアメリカの学者は「日本はそのうち滅びる」と警鐘を鳴らしています。「ローマ帝国衰退史」という本を読めばわかりますが、あれほど栄えたローマ帝国が滅んだのは人口減少によるものと分析されています。日本の現在の出生率は1.4ですので、恐らくこのままの数値で出生率が推移すれば1000年後に日本人は1人になってしまいます。以前、出生率が1.8の時に計算した時は1500年で日本人が1人になってしまうという結果でした。何を申し上げたいかというと、好むと好まざるとに関わらず、日本に外国人が入ってきてくれなければ日本国が存在できない時代になってきているということです。

今、ベトナム、ネパールなどを中心とした東南アジアを中心に300万人の労働者を受け入れ、仕事を手伝ってもらっています。これは日本における労働者不足の解決のためにやっていることですが、受け入れが増えるにつれベトナム人の犯罪が増え、今や一番多くなっています。一番の親日国であるベトナムが、です。彼らは、日本に来るために多額の借金をし、日本で思っていたほど稼げず、失意のまま母国に帰国し反日になってしまっています。大変由々しき状態であります。

こうした労働者のみならず高度な専門性を持つ方々にも日本に魅力を感じてもらい、来ていただく必要があります。ですから「避難民」と「難民」を区別するような言葉遊びではなく、制度的に移民を受け入れる制度設計をする必要があります。そうすれば、例えば、ウクライナの方で大学教授に適する人もいるでしょうし、コンピューターサイエンスで能力を存分に発揮する人も出てくるでしょう。なぜなら、旧ソ連においては武器の研究・発明など最先端の科学を担っていたのは今のウクライナだからです。このように、将来を考えた時に高度な専門性を持つ人を受け入れられるようにならなければ日本が持ちません。皆さんの実社会で中心的な役割を果たし始める時に、こうした悲劇的状況になっていることは何としても避けたいと思っています。

サミュエル・ハンチントンの名著「文明の衝突」では、世界には8大文明があると定義されています。その中で世界的に見て小さい島国が日本文明として位置づけられています。日本の文明は中国からもたらされたと勘違いをしている人がいますが、影響は受けたことは事実ですが、日本流にこれを変えて今日の日本があるのです。今日の中国の発展は日本の協力のお蔭であります。それは、日本の言葉を使わないと中国で話が出来ないことを見ても明らかです。例えば、戦前日本ではロシア文学の研究が盛んで、マルクスやレーニンの本を翻訳していました。資本、労働者、賃金、哲学、美術、芸術、空間、時間、質量などは全て日本語です。そして、1000年以上前の仏閣建築が残っているのもまた世界では珍しいのです。加えて、江戸時代には三百諸侯があり、がそれぞれの町に文化と習慣が残っているのも世界中ひろしといえども日本だけです。今でも、駅ごとにお土産が違う国は日本だけでしょう。こうした独自の国づくりを遂げてきた日本に誇りを持ち、世界に存在感のある日本を作っていって欲しいと思います。

今の日本は戦争をすることは不可能です。ですから、新しい生き方の中で日本がどうあるべきかを皆さんにも真剣に考えてほしいと思います。このままでは存在感のない「平和、平和」と口で言うだけの民族に本当に成り下がってしまいます。徳川家康は「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」という言葉を残しています。現代は「幸せ論」や「幸福論」などが人気になっていますが、私は人生は苦難に満ちたものであると解釈しています。苦難の中のその一瞬に幸せはあり、継続するものではないでしょう。

皆さんは若いですからチャレンジが出来きます。失敗は成功の母と言われるくらいですから、何事にもチャレンジしてほしいと思います。勿論座学も重要ですが、座学だけでは不十分です。私は「現場には問題点と答えがある」と、陽明学の「知行合一」の精神で活動しています。122ヶ国、アフリカのジャングルからアマゾンの奥地までハンセン病の患者探して現場を訪問してきました。現場に立ってみないと分からないことが沢山あります。皆さんにはぜひ発言と行動が一致する人間になっていただきたいと思います。

皆さんの時代はこれからですが、私のように死亡適齢期に入ってきますと「人生とは何か」を考えるようになります。私は、死は全ての人に平等であり、国王や大金持ちであっても、死は平等に訪れ最後は裸一貫で死ぬことになると考えています。ですから「良く生きた」と死ぬとき思えるように生きることが大事であると考えています。「あの時こうすれば」と後悔して死ぬ人生は残念極まりないといえるのではないでしょうか。私は「懸命に生きた」と人生の最後に納得して死ねるのが最大の幸福という死生観で生きています。

「アフリカ開発会議」―スピーチ2本― [2022年10月03日(Mon)]

「アフリカ開発会議」
―スピーチ2本―


8月28日から、日本政府主催の三年に一度の「東京アフリカ開発会議」がチュニジアの首都チュニスで開催された。

合計4本のスピーチを行ったが、本会議での3分間スピーチとアフリカにおけるブルー・エコノミーの2本を参考までに掲載しました。


【本会議挨拶】

議長、ありがとうございます。
私は、アフリカの潜在的な可能性を信じ、アフリカこそ世界の希望であるとの想いから、40年近くアフリカ諸国の皆さんと共にアフリカ社会の繁栄の為に汗を流してきました。

我々は共に、小規模農家の食料増産を通じた豊かな社会の実現を目指してきました。

我々は共に、ハンセン病という公衆衛生並びに差別を伴う人権問題の解決を通じたインクルーシブな社会の実現を目指してきました。

我々は共に、若者に対する教育機会の提供を通じた能力を発揮できる社会の実現を目指してきました。

そして、我々は持続的な海洋開発を基礎とするブルーエコノミーを通じた成長する社会の実現をめざしてきました。

正直に申し上げてこうした努力はまだ道半ばです。しかし私は「現場には問題点と答えがある」という信念のもと皆さんと共に現場で活動してきたからこそ、アフリカの皆さんのもつ情熱と能力を誰よりも理解しています。

私は、情熱と能力のあるアフリカの皆さんと共に、豊かで、インクルーシブで、能力を発揮でき、そして成長するアフリカ社会の実現に向けて可能な限り協力を継続して参ります。そして、こうした社会をアフリカに実現することは、この複雑に混乱した世界において、社会の安定そして平和の実現に向けて大きな希望となるのではないでしょうか。”One World One Family”の精神をもって、これからも共に努力して参りましょう。ありがとうございました。


【アフリカにおけるブルー・エコノミー】

マフムード・エリェス・ハムザ・チュニジア共和国農業・水資源・漁業省大臣、ヘクミ・ミサウイ・チュニジア国立海洋科学技術研究所所長、お集りの皆さん。

日本財団は40年以上にわたり、アフリカの皆さんと共に歩んできました。ハンセン病の制圧活動、海洋の専門家を含む人材育成事業、そして小規模農家への農業指導を通じた食糧増産活動などです。特に農業支援については、1984年に発生したエチオピアの大飢饉をきっかけに、ジミー・カーター・元アメリカ合衆国大統領、緑の革命を指導しノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーローグ博士、そして私の父・笹川良一の3名が中心となり開始され、今日まで途切れることなく続いています。

40年前の大飢饉と同様、現在アフリカをはじめ世界は、食料安全保障の確保という大きな課題に直面していると申せましょう。今、ウクライナ侵攻の影響で食料供給網の遮断が食料不足や高騰を引き起こしています。こうした不安定な世界情勢に加え、気候変動の影響、そして2050年には人口が現在の2倍の25億人に達すると言われるアフリカにおける急速な人口増加などにも対処していかなければなりません。食料安全保障の確保は喫緊の課題であります。今こそアフリカが、これまでの経験を活かし、人類が直面する食料危機に対して大きな役割を果たすことができるのではないでしょうか。

これは農業分野での貢献に留まりません。アフリカ諸国が昨今国際的な議論をリードし始めたブルー・エコノミーの分野も大きな可能性を秘めているといえるでしょう。例えば、2018年に開催された「持続可能なブルー・エコノミーに関する国際会合」そして今年の6月に開催された第2回国連海洋会議などは、アフリカ諸国がブルー・エコノミー分野で一致団結して取り組んでいく大きな一歩とであったといえます。是非ともアフリカ諸国の皆さんにおかれましては、ブルー・エコノミーの実践に引き続き尽力いただき、ひいては現在世界が直面する食料危機の解決に貢献されることを期待しております。そして、その為に不可欠なアフリカにおける海洋分野の研究や人材養成について、日本財団は引き続き笹川平和財団海洋政策研究所や世界海事大学などと連携して支援して参ります。これからもアフリカそして世界の繁栄の為にネバー・ギブアップの精神で共に努力して参りましょう。ありがとうございました。

「中央アジアの奨学生」―筑波大学で修了― [2022年09月27日(Tue)]

「中央アジアの奨学生」
―筑波大学で修了―


中央アジア諸国というと日本ではなじみが薄いが、旧ソビエト連邦に属し、その後、連邦の崩壊と共に独立したキルギス、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、アゼルバイジャン、トルクメニスタンのことを言う。

独立後、これらの国々の若者の教育に日本財団が協力してきたことは私の挨拶の中にあるので省略しますが、新たに筑波大学の協力を得て奨学生事業が開始され、最初の学生の修了証書授与式が日本財団で行われた。

以下は私の挨拶です。

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中央アジア笹川奨学生との対話


私は昔から中央アジアに興味を持っており、以前、キルギスからカザフスタンを通ってウズベキスタンまで車で移動をしたことがあります。その後、私の友人である小渕恵三氏(後に首相)に、中央アジアと日本の関係の重要性を説明したところ理解をいただき、チャーター機に実業家や研究者を乗せて訪問されました。

残念ながら、その後は様々な事由で中央アジア諸国と日本の関係が若干薄れてしまいました。そこで日本財団では、皆さま方の先輩にあたる優秀な方々に新しい社会体制の中での国づくりの方法を学んでいただこうと、最初は日本にお招きして勉強して頂こうと思いました。しかし、ソ連から独立した事情もあり、同じイスラム国家でもあることから、日本よりもマレーシアの方が、また、マラヤ大学は非常に優れた大学であったこともあり、マラヤ大学での勉強の機会を提供しました。

その後、トルコ政府から依頼で、中央アジアからトルコに来ている学生への支援が財政上困難ということで、日本財団が協力することになりました。これまでに300人を超える方が卒業して活躍されていますが、やはり中央アジアと日本の関係をもっと親密なものにするためには、日本で皆さんに学んでいただくことが良いだろうと考えました。そして、日本の著名な大学である筑波大学が中央アジアについて大変広い見識をお持ちということで、このプログラムが誕生しました。

こうした経緯があって今に至っています。不幸なことに、コロナウイルスの蔓延により皆さんが十二分に日本での滞在が出来なかったようですが、3ヶ月くらいは滞在できたと伺っていますし、本日修了されたと聞いて心からお祝いの言葉を述べたいと思います。

世界でも大変ユニークな国が日本です。小さな島国ですが、2000年以上独立を続けてきた国は日本以外ありません。世界には学問的に8大文明が成立していますが、その中にこの小さな島国の日本がその1つに入っています。国が出来た当初は若干中国の影響を受けましたが、その後独自の文明を築いてきたということがあり8大文明の一つとなりました。現在中国で使われている近代科学、社会科学に関する言葉は日本から輸入された日本語です。また、日本には様々な古い文化が残されており、木造建築で1000年以上健在なものもあります。それぞれの地方に行けば独自のお祭りがあり、伝統的建物や歴史が残されていますので、大学の勉強の合間に日本の地方にも旅をしていただきたいと思います。

日本財団は未来を背負う若者たちに教育の機会を持っていただきたいと思っています。様々な奨学金制度を提供し、これまでに40,000人を超える方が我々の奨学金で世界中で勉強してきました。私たちの基本的な考え方は、皆さんに勉強の機会を提供するだけではなく、卒業した後こそ日本財団との関係を強化し、一生繋がっていきたいと思っております。卒業した後も日本財団との関係を深化させていきたいと願っていますので、皆さんにご理解いただければ幸いです。

私のところには世界中の多くの奨学生から就職した、昇進した、結婚した、子供が出来たという手紙を頂いています。必ず返事を差し上げますので、皆さんからの手紙も楽しみにしております。幸いにも「離婚をしました」という手紙が一度も来ていないのは有難いことです。(笑い)そうした考えですので、お帰りになる皆さんとの関係構築には、日本財団も努力しますので、皆さんにおかれましても、帰国後は筑波大学は勿論のこと、日本財団との関係維持にご協力を頂きたいと思います。

改めて卒業された皆さんにお祝いを申し上げると共に、日本に来た皆さんを歓迎致します。

記念撮影.JPG
記念撮影


※筑波大学国際公共政策学位プログラム(修了生)
 Abdullayev Ramil(アブドゥラエフ・ラミル)Azerbaijan
 Mukhamejanova Aizhan(ムハメジャノヴァ・アイジャン)Kazakhstan
 Nurlan kyzy Aliia(ヌルラン・キジ・アリヤ)Kyrgyzstan
 Osmonova Gulzada(オスモノヴァ・グルザダ)Kyrgyzstan
 Ospanova Sofya(オスパノヴァ・ソフィヤ)Kazakhstan
 Rajabova Manizha(ラジャボヴァ・マニジャ)Tajikistan
 Suiunbekova Saikal(スイウンベコヴァ・サイカル)Kyrgyzstan
 Geldiyeva Mivegozel(ゲルディエヴァ・ミヴェゴゼル)Turkmenistan

※新奨学生
 Bazarova Asal(アザロヴァ・アサル)Uzbekistan
 Malakbozova Munira(マラクボーゾヴァ・ムニラ)tajikistan
 Mavlonova Maftunakhon(マヴロノヴァ・マフトナホン)Uzbekistan
 Nyussupov Assylzhan(ニュスポフ・アシルジャン)Kazakhstan
 Smanova Nargiza Asankyzy(シマノヴァ・ナルギザ・アサンクズ)Kazakhstan
 Suvanova Yulduzkhon(スヴァノヴァ・ユルヅズホーン)Uzbekistan
 Aizada Badiyeva(バディエヴァ・アイザダ)Kazakhstan

「ケイティ・ペリー来日」―True Colors Festival THE CONCERT 2022に参加― [2022年09月14日(Wed)]

「ケイティ・ペリー来日」
―True Colors Festival THE CONCERT 2022に参加―


東京オリンピック・パラリンピックが終わり、一年が経過した。
ご高承の通り、日本財団ではパラリンピックを全面的にサポートしてきた。

オリンピック憲章には、文化芸術活動の重要性もうたわれている。日本財団では、世界的な障がい者の舞台芸術家の参加を得て「True Colors Festival」の集大成となるコンサートを計画してきたが、コロナ禍で開催延期が続き、やっと11月19日(土)・20日(日)の両日、有明の東京ガーデンシアターでの開催が決定した。

入場券は8,000円、5,000円、3,000円の3種類。
世界的スターのケイティ・ペリーさんも参加されます。
是非、驚くべき障がい者の舞台芸術をお楽しみください。

ケイティ・ペリー.png
ケイティ・ペリーさん


以下、9月7日に行われた記者会見でのスピーチです。

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私たち日本財団は、急にこの「True Colors Festival」といった催し物を始めたわけではありません。日本財団は、障がい者も社会の一員として活躍できる社会を夢見てこれまで長年にわたり努力しています。

先日、成功裏に閉幕したパラリンピックを日本財団が全面的に支援したのもその一環です。例えば、私は世界中を飛び回って活動しておりますが、東南アジアの障がい者の皆さんは、自宅から表に出にくいという社会的な立場に置かれている方も多くいらっしゃいます。我々は、彼らが気兼ねなく外に出て活動できるようにしたいと考え、様々な活動をしております。その一つに、障がい者の芸術祭というものがあり、これまベトナム、ミャンマー、ラオス、シンガポールなどで開催してきました。これをもっと広めることによって、全ての人が障がいのあるなしに関わらず社会の中で活躍できる世の中にしていきたいと思っています。

障がい者の皆さんが日々どのような努力をされているかは、残念ながら中々理解されていません。こうした舞台芸術を見てもらうことで、古い表現になりますが、「アッと驚く為五郎」といった調子で、障がいを感じさせない、感動的な歌や踊りに触れてもらうことが出来ます。こういうことを本日お集りの報道陣の皆さんの力を借りて、日本国民の皆さんに知っていただきたいと思います。

アフター・コロナの時代は、全ての人が活躍できるようなインクルーシブな社会を実現するという夢の第一歩として、大掛かりなフェスティバルを開催致します。約100人の舞台芸術家の方々が12ヶ国から参加下さいますし、私は芸能関係に疎いので存じ上げませんでしたが、世界で1億人近いフォロワーがいらっしゃるケイティ・ペリーさんも、この催し物に協力したいと参加して下さるということです。

どうか「障がい者の」という言葉がない時代にするべく、芸術家のアートを広く国民の皆さんにもご覧いただきたいと思います。

我々日本財団は、こうした芸術祭に加え、障がい者の働く場所づくりもしております。現状は障がい者の平均賃金が約月1万3000円と言われておりますが、これを3〜4倍にするべく努力をしております。障がい者の皆さんは働く情熱や能力もあります。しかしその機会がないのが最大の問題なのです。

どうぞ皆さんの協力を賜りたいと切に願います。

かんばらけんたさん.JPG
かんばらけんたさん

ハリー杉山さん・乙武さん・ryuchellさん.JPG
ハリー杉山さん・乙武さん・ryuchellさん



「コスプレで海ごみゼロへ」―私はルフィで参加― [2022年09月13日(Tue)]

「コスプレで海ごみゼロへ」
―私はルフィで参加―


日本財団(東京都港区、会⻑ 笹川陽平)は環境省(大臣 ⻄村明宏)と共同で、世界的に深刻化して いる海洋ごみ問題の周知啓発とごみの削減を目的とし、9 月 17 日(土)から全国⼀⻫清掃キャンペーン「秋の海ごみゼロウィーク 2022」を開始します。これを受けて、パシフィコ横浜や横浜駅周辺 等でキックオフイベント「コスプレ de 海ごみゼロ大作戦」を開催します。本イベントには、⻄村明 宏環境大臣や⼭中⽵春横浜市⻑、石井昌平海上保安庁⻑官も参加し、清掃活動を⾏う予定です。

「秋の海ごみゼロウィーク」初⽇に開催する本イベントは「コスプレ de 海ごみゼロ大作戦」と題 し、コスプレイヤーをはじめ、協力企業・団体、関係省庁など約300人が、横浜駅周辺や伊勢佐木 町商店街等、人通りが多く散乱ごみも目立つエリアで清掃活動を実施します。本イベントを通じて「海のごみは陸(街)から出ていること」を訴えます。

日時2022 年 9 月 17 ⽇(土)11:00〜13:30
場所:パシフィコ横浜ノース3F
   及び 横浜駅⻄⼝周辺、伊勢佐木町商店街、臨港パーク

私は写真の通り「ルフィ」で参加します。

東京タワーのマスコット「ノッポン」も登場!.JPG
東京タワーで行ったコスプレ・イベント
マスコット「ノッポン」とルフィ(私)


なを、「コスプレ」と「仮装」は異なります。
コスプレのイベントでは、仮装で渋谷のハロウィン等で毎年話題になっているような騒音や迷惑行為が発生したり、イベント終了後に大量のごみが散乱したりすることはありません。

コスプレは名古屋で世界大会が開催されるように、マンガ、アニメ等に登場する人物になることで、世界的には医者をはじめ、知識人が多く参加されるのも特徴です。

*ルフィとは、少年漫画『ONE PIECE』の主人公で、海賊王になることを夢見る青年のことです。


「全国道場少年剣道大会」―日本武道館― [2022年08月10日(Wed)]

「全国道場少年剣道大会」
―日本武道館―


7月28日、日本武道館で「全国道場少年剣道大会」が開催された。

ご存知の通り、剣道とは剣道具を着用し、竹刀を用いて一対一で打突しあう運動競技と思われていますが、それだけではなく、稽古を続けることによって心身を鍛錬し、人間形成を目指す「武道」であると定義され、単なる剣術訓練や競技ではなく、日本における価値観(道)が重視されている。

道とは一つの物事を通じ、生き方、真理の追求。自然な完璧な振る舞いとなるべく体現を目指しつつ自己の精神の修練を行う事とある。日本の武道には剣道、柔道、弓道、空手道、芸道には茶道、華道、書道、歌道、香道などがある。

私は夏の日盛りに全国各地で勝ち進んできた日焼けした顔に涼しい目をした少年少女剣士たちのきりっとした姿を見るのが好きだ。夏休みの一日、学校のクラブ活動ではなく、町の剣道場で修業に励んだ少年少女が各都道府県で勝ち上がり、あこがれの武道の聖地「日本武道館」に集まってくる。

昔、冬の寒稽古に3人の息子の朝食、昼食の6個の弁当を持ち、早朝の一番電車で剣道場へ連れて行ったことを思い出す。90歳近い老人から10歳くらいの子供まで、凍て付くような道場を素足で裂帛の掛け声で打ち合う姿は頼もしく、私の少年時代は貧しくてその機会のなかったことを残念に思いながら、息子たちの気合の入った稽古を眺めていたものである。

コロナ禍ではあったが、全日本剣道道場連盟の皆さんの努力で開催されたことは誠に有難いことだった。

以下、私の挨拶です。

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三笠宮瑤子女王殿下をお迎えし、ここに第56回全国道場少年剣道大会が開催されることに心からお慶び申し上げます。関係者の皆さんの大変なご努力があったものと拝察いたします。

久しぶりに少年少女の剣士の皆さんのお顔とお姿を拝見しました。礼儀正しく目が輝いており、厳しい訓練に耐え抜いてきた姿に、私自身嬉しく思うと同時に、皆さんから元気を頂戴した気持ちです。

皆さんそれぞれの地域で先生方にご指導を受け、またご両親の深い愛情のもとに剣道の道に励んでいらっしゃることに心から尊敬申し上げます。皆さんの夢であった日本武道館で試合が出来るということ、そしてここで感じる床の感触は、これから皆さんが大きく成長して大人になっても忘れないと思います。また、皆さんがこれから成長していく過程のなかで、この日本武道館で行われる大会に参加したこと、そして剣道をやってきたことがどれほど役に立つかということは、いずれお分かりになるかと思います。どうぞ、日ごろの鍛錬を十分に発揮されることを心から願っております。

そしてご父兄の皆さん、本当に素晴らしい剣道の道にお子たちを進めて下さったことに感謝を申し上げますと同時に、出来ますれば皆さんの友人、そして知人のお子さんに対しても、剣道の道に入られるようにご推薦やお誘いをお願いしたいと思います。

最後に、全日本剣道道場連盟をはじめ、関係者の皆さんのひとかたならぬご尽力と多くの方のお力添えがあって困難な社会情勢の中で開催できますことは、感謝に堪えない次第です。どうぞ選手の皆さん、思い切った試合をしてください。そしてこの日本武道館での思い出をいつまでも大切にしてください。今大会の開催を心からお祝いを申し上げます。

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