「暴走老人?活動記」 ―ゴルフ三日間4ラウンド― [2025年11月19日(Wed)]
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「暴走老人?活動記」 ―ゴルフ三日間4ラウンド― 家族の中では、私のことを秘かに「暴走老人」と呼んでいるらしい。自動車免許証を持っているわけでもなく、法を犯したこともない。ただ、昨年の2月にアフリカ最高峰・キリマンジャロに85歳で登頂成功したあたりから、陰では「親父」と言わず「暴走老人」と呼んで話しているらしい。 確かに、もうすぐ87歳という年齢からすると、私の行動は多少「暴走」と言われても仕方ないところもある。私にとっては、幸いにも健康に恵まれた生活をしているので、「親父元気で留守がいい」といった意味合いの誉め言葉と、勝手に解釈している。 先週11月14日(金)は、久しぶりに休暇を取ってゴルフとなった。午前中は神奈川県茅ケ崎にある、かつて東急グループの総帥であり、日本商工会議所会頭も務められた五島昇氏が設立した、300人限定のスリーハンドレットクラブで1ラウンドをプレー。11時には終了したので東京に戻り、今度は小金井カントリークラブで午後1時からさらに1ラウンドをプレー。後半のハーフは日没も近く、走りながらのプレーとなり、わずか1時間5分で終了した。 土曜日は、兄の卒寿の祝いの会で狭山カントリー倶楽部にて1ラウンド。日曜日は再びスリーハンドレッドクラブで1ラウンド。午後4時頃には孫と自宅で野球練習。夜9時にはベッドに入り、楽しみの読書。山本七平の『日本教の社会学』を読むも5ページほどで眠りに入る。 翌朝4時半に起床。ストレッチ体操のあと入浴。6時半には日本財団に到着し、寄付金を頂戴した方々への礼状書きから一日が始まる。その後、秘書の中安さんと週内の予定の打ち合わせ。彼は気の毒にも、毎朝6時20分には出社している。誠に申し訳ないので、9時出社を勧めているが、「仕事ですから」と頑張ってくれている。 今週は、土曜深夜に出発してミャンマー入り。各少数民族武装勢力の考えを軍事政権側に伝えるため、国軍司令官、国境大臣、内務大臣らとの会談を予定。なんとか和平交渉への道筋をつけたいと、これまで157回にのぼる「ネバーギブアップ」の調整交渉は、まさに「アヒルの水かき」のような「沈黙の外交」である。 ミャンマーに2日間滞在後、インドへ移動。世界のハンセン病制圧を人生最大の仕事とする私にとって、ご理解とご協力を賜っているダライ・ラマ猊下へのお礼のご挨拶のため、山岳地帯のダラムサラへ。その後、ニューデリーにて外務大臣、保健大臣との会談を予定。可能であれば、ハンセン病回復者が集団で生活されているコロニーへも訪問。帰国は11月30日(日)の予定。 |






