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「人生の最期の迎え方」 ―大切な家族の近くにいたい、でも家族には迷惑をかけたくない― [2025年11月10日(Mon)]

「人生の最期の迎え方」
―大切な家族の近くにいたい、でも家族には迷惑をかけたくない―


「終活」という言葉が広まり、元気なうちに財産や持ち物の整理を進める人が増えています。しかし、自分がどのような最期を迎えたいのかを家族と話し合っている人は、まだ多くはないかもしれません。

日本財団が2021年に公開した『人生の最期の迎え方に関する全国調査』では、
67〜81歳の人に「死期が迫ったとき、どこで最期を迎えたいか」を尋ねたところ、58.8%が「自宅」を選びました。一方で、「絶対に避けたい場所」として「子の家(42.1%)」や「介護施設(34.4%)」が挙げられています。また、「人生の最期を迎える際に重要だと思うこと」では、95.1%が「家族の負担にならないこと」と回答。一方、子世代(35〜59歳)の多くは「家族と十分な時間を過ごせること」(85.7%)を重視しており、親世代と子世代のあいだに思いの違いがあることも明らかになりました。

こうした最期の迎え方をめぐる心の揺れを描いた記事が、「資産形成ゴールドオンライン」に掲載されましたので、以下にご紹介します。

※日本財団による全国調査の詳細はこちらをご覧ください。


*******************


「終活」という言葉が浸透し、「家族に迷惑をかけたくない」と万全の準備を進める人は増えています。しかし、財産や持ち物の整理はできても、「最期をどこで、どう迎えるか」という問いは簡単ではありません。

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(※写真はイメージです/PIXTA)




自宅も処分し老人ホームへ…82歳の完璧な終活のはずが
田中幸子さん(82歳・仮名)。介護付き有料老人ホームに入居し半年が経ちます。5年前に3歳年上の夫を見送ったあと、都内の自宅で一人暮らしを送っていました。2人の子どもたちとは離れて暮らし、それぞれが家庭を築いています。

幸子さんは月15万円の年金を受け取り、誰かを頼ることもなく、慎ましやかに暮らしていました。「家族には迷惑をかけたくない」という思いが強いという幸子さん。それは自身の最期においてもそう。

「あの子たちも50も後半。自分の老後のことを考えると、余裕はありませんよ。私のことで負担を感じてほしくなかったのです」

幸子さんは少しずつ身辺整理を行い、エンディングノートを作成。葬儀やお墓の準備を行い、財産を整理。遺言書も作成しました。そして自宅の売却を決め、終の棲家として老人ホームへの入居を決めたのです。

「これで、もう思い残すことはない。持ち物もすべて整理しましたし、いつお迎えが来てもいいように、死ぬ準備はすべて整ったと思っていました」

老人ホームでの生活は快適そのもの。栄養バランスの取れた食事が3食提供され、アクティビティも充実。入居者には同年代かつ、同じような境遇の人も多く、毎日、何気ないおしゃべりを楽しんで時が過ぎていきます。「こんな年になって、新しく友だちができるなんてね」と幸子さんは笑います。夜間も職員が見守ってくれますし、看護師も24時間常駐しています。自宅で一人暮らしていたときのような不安感はまったくありません。

そんな毎日のなかで、ふと、寂しさを覚えるときがあるといいます。

「ここでの生活は本当に快適だし、楽しいし、安心だし、文句のつけようがありません。しかし、“自分のうち”ではない−−たまに、そう思うと、理由も分からず寂しくなることがあります。決して叶うことではないのですが、『うちに帰りたい』と思ってしまうのです」

そのように感じたとき、亡くなった夫も同じ気持ちだったのかもしれないと思うのだとか。幸子さんの夫・正一さん(仮名)は、在宅介護の末、自ら介護施設に入ることを望み、入居から2年後に亡くなったそうです。

「介護でしんどそうにしている私を見て、あの人から『介護施設に入る』と強く言ってきたんです。お互いに良い方法を見つけたと思っていましたが……やっぱり自宅への想いは強いもの。すでに自宅を売却してしまった私だって、そう思うのですから。夫もうちに帰りたかったんじゃないかと」

老人ホームに入居して以来、正一さんは一度も自宅に帰ることなく亡くなりました。そのことを、今さら後悔したところでどうしようもない。それでも、自分が同じ「施設」という場所で日々を過ごすなかで、夫が当時抱えていたであろう心情が何となくわかる……そして、涙が止まらなくなるのだとか。

「面会に行くと、満面の笑みを見せてくれました。でも、本当は寂しかったんじゃないかな……」


最期の希望をどう叶えるのか?
田中さんのように「家族に迷惑をかけたくない」という思いは、多くの高齢者に共通するものです。

日本財団『人生の最期の迎え方に関する全国調査』によると、「人生の最期を迎えたい場所は?」の問いで最も多かったのは自宅(55.8%)。理由としては、フリー記述で「安心できる・馴染みがある」、「最期まで自分らしくいられる」、「自分で建てた家だから」、「家族に囲まれていたいから」、「自然だから」、「余分なお金がかからないから」といった声があがりました。

一方で、「死期が迫り人生の最期をどこで迎えたいかを考える際に、あなたにとって重要だと思うことは何ですか。」の問いに対して、最も多かったのが「体や心の苦痛なく過ごせること」。「「家族等の負担にならないこと」」が続きました。

−−最期は大切な家族の近くにいたい。でも、家族には迷惑をかけたくない

複雑な心境が伺えます。終活というと、持ち物の処分や葬儀の準備といった「モノ」の整理に目が行きがちです。しかし、「自分自身がどのような最期を迎えたいか」という本人の希望と、「家族の負担」という現実的な問題の狭間で、何を大切にすべきか、簡単に答えを出せるわけではなさそうです。

介護する側とされる側、両方の視点を想像することは難しいかもしれません。だからこそ、心身ともに元気なうちに、万が一の時に「どこで」「誰に」「どのようなケアを受けたいのか」を家族と具体的に話し合っておくこと。それが、本人にとっても家族にとっても、「後悔」を減らすための一歩になりそうです。

[参考資料]
日本財団『人生の最期の迎え方に関する全国調査』
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コメント
できることならば、自宅で最期を迎えたいという高齢者の希望について、以前にもご提案申し上げたことがありましたが、機会がありましたら、また一度お話しすることができないでしょうか。私は、高齢期の方たちの望みについて、それをただ単に、コストパフォーマンスだとか、権利義務の関係だとかいったものだけで、割り切ってはならないもののように思っています。高齢期の人々の幸福論みたいな学問の樹立が求められてきているのではないでしょうか。
Posted by: 小野晋也  at 2025年11月10日(Mon) 15:40