「オランウータンの森再生」―日本財団ボランティアセンター その2― [2024年09月18日(Wed)]
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「オランウータンの森再生」 ―日本財団ボランティアセンター その2― 前回マレーシアのサラワク州で日本財団ボランティアセンターによるオランウータンの森再生プロジェクトで大学生による10年間10万本の植林プロジェクトの初年は、計画通り1万本の植林達成したことを報告した。このマレーシアのサラワク州についてはあまり日本人になじみがないので若干説明をしたい。 サラワク州のあるボルネオ島は面積が北海道と四国を合わせたぐらいの面積で、この島にはマレーシア、インドネシア、ブルネイが存在する。インドネシアではこの島をカリマンタン島と呼び、最近首都移転で話題になっている島でもある。 かつてはサラワク王国(1841〜1946年)が存在し、サラワク王国はボルネオ島北部(現在のマレーシア・サラワク州とブルネイ)に存在した白人王国であった。ジェームズ・ブルック(在位1841〜1868年)が建国し、アジアでは珍しいブルック王朝3代の白人王が統治した。3代目のヴァイナー・ブルック(在位1917〜1946年)の治世の1941年の建国100周年に憲法が制定されて立憲君主国となった。その後太平洋戦争がはじまり日本軍が占領し、ヴァイナー王はオーストラリアに亡命した。 日本の敗戦後、ヴァイナー王は支配権を売却、イギリスの直轄植民地となった1963年、マラヤ、サバ、サラワク、シンガポールでマレーシア連邦を結成し、イギリスから独立した。これがサラワク州の簡単な歴史だが、サラワクはマレーシア連邦に参加する条件として高度な自治権を主張。その名残で、私たち一行もマレーシアの入国と、サラワク州の入国と、二度の入国審査を受ける必要があった。 現在サラワク州には120名程度の日本人が住んでいるとのことだが、その中の1人に「サラワクの母」と慕われ、50年以上サラワクに住んでいる酒井和枝女史がいる。酒井女史は我々のオランウータンの森再生プロジェクトの現地コーディネーターを務めてくださっており、現地住民との連携は勿論のこと、日本からの学生のお世話など、八面六臂の活躍をされている。今回筆者がサラワクを訪問した際も、植林現場の案内のみならず、サラワクの歴史や現状などについて丁寧に説明下さった。 酒井女史のように、現地に根差した活動をされている方がいることは我々がサラワクで事業を実施していくにあたっても大変心強い限りである。 |






