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「キリマンジャロ登頂」― 文藝春秋に寄稿― [2024年06月10日(Mon)]

「キリマンジャロ登頂」
― 文藝春秋に寄稿―


コロナ禍の為停滞せざるを得なかったハンセン病の制圧活動を、特に世界の中でも多数の隠れたハンセン病患者と深刻な偏見・差別が存在するアフリカにおいて、再度強化するため、本年2月にアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに登頂し、”Don’t Forget Leprosy”のバナーを掲げて参りました。この時の話を文藝春秋5月号に寄稿しました。

**********************

頂上を目指して


笹川陽平
日本財団会長


私がハンセン病制圧のための活動を始めてから、半世紀が経とうとしている。この病気の撲滅と差別撤廃は元々、父・笹川良一の夢だった。私とハンセン病との出会いは、一九七六年に父が韓国に設立した療養所の完成式典に随行したこと。最初は膿だらけの手足の患者の姿に身がすくんだ。しかし同時に、「これは自分が将来やるべきことなんだ」と感じ、気づけば、ハンセン病制圧は、私の生涯の目標の一つとなっていた。二〇〇一年にはWHO(世界保健機関)のハンセン病制圧大使に就任。これまでに五百七十七回の海外出張をし、約二千人の要人と病気や差別の問題について話し合いを重ねてきた。

ハンセン病はらい菌によって引き起こされる慢性の感染症だが、特効薬が開発され、今では早期治療をすれば、完全に治る病気になっている。公衆衛生上、患者数が人口一万人あたり一人未満になれば「制圧」したことになるが、ハンセン病未制圧の国は一九八五年には百二十二ヵ国。それが現在ではブラジル一国を残すのみとなった。今年一月末には、スイスのWHO本部を訪れ、テドロス・アダノム事務局長とともにハンセン病差別撤廃を誓う共同声明を出した。そして、私はその足でアフリカ大陸最高峰キリマンジャロに向かった。勿論、この山に登るためだ。

キリマンジャロへの挑戦は、ハンセン病制圧と差別撤廃を世界にアピールするのが目的だ。八十五歳の私には不可能だと思われているからこそ、チャレンジする意味があると思った。登頂を決めたのは、一年半前に遡る。

二〇二二年五月、世界的に著名な登山家ミンマ・ギャブ・シェルパ氏がエベレスト山頂で「Don’t Forget Leprosy(ハンセン病を忘れないで)」と書かれたバナーを掲げてくれた。これはネパール山岳会会長で私の長年の友人でもあるサンタ・ビール・ラマ氏がミンマ氏に託してくれたものだ。当時はコロナ禍で約二年間制圧活動ができず、ハンセン病の患者数の増加が見込まれていた。そんな時期だっただけに私はいたく感動した。自分も何かできないかと考え、同年、まずは富士山の山頂で「Don’t Forget Leprosy」を掲げることに成功した。そして次の目標をキリマンジャロ登頂に定めた。この山に決めたのは、アフリカにはハンセン病の調査が未だ行き届いていない地域が多く存在するからだ。

キリマンジャロの登頂成功率は約五十パーセント。しかし私は七十三歳の時に心臓異変でペースメーカーの移植手術を受けている一級障害者。ハンセン病未制圧国が残り一国となった現在、「そこまでやる必要があるのか」という声も聞こえてきた。だが、中国の諺に「百里の道は九十九里を半ばとす」という言葉がある。最後まで気を緩めてはいけない。未制圧は残り一国とはいえ、現在この病気は多くの人から忘れ去られている。一方で、ある国の大統領には「療養所の前を通る時は車の窓を閉じてスピードを上げさせるんだ」と言われたこともある。未だに偏見や差別で苦しんでいる人々が大勢いる。

登山開始から六日目。頂上アタックの最中に高山病の症状が出始め、同行した医師には下山の可能性も告げられた。徐々に足取りは重くなり、眠気も襲ってきた。これまでの疲労の蓄積もある。しかし、頂から世界にアピールしたいという思いに突き動かされて、最後の数百メートルを登り続けた。脳裏には世界中でハンセン病に苦しむ人々の顔が浮かび、私を奮い立たせる。

朝五時半、ついに山頂にたどり着いた。現地ガイドの祝福の声が響き、「Don’t Forget Leprosy」のバナーが真っ赤な朝陽に照らされる。万感の思いであった。

今回の登頂が制圧活動に一層の拍車をかけることを願っているが、道のりは登山のように険しい。ハンセン病制圧という頂を目指して、私の命がけの山頂アタックはまだ始まったばかりだ。

「頂点を目指して」笹川陽平(「文藝春秋」2024年5月号)
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