「牡蠣の養殖は大丈夫か」―忍び寄る気候変動― [2022年05月23日(Mon)]
「牡蠣の養殖は大丈夫か」 ―忍び寄る気候変動― かつて、カナダのブリティッシュコロンビア大学のポーリー博士と共に、「このままではいずれ日本沿岸の甲殻類(海老、蟹、シャコ)や牡蠣、ハマグリなどは、海洋酸性化の影響を大きく受けるだろう」との見解を記者発表したことがあった。 また、3月29日のブログでも「海洋酸性化適応プロジェクト」記者会見の内容を発表しましたが、以下は4月19日付、毎日新聞の三股智子記者の詳細な取材の記事で、全文掲載しました。 *************** 手遅れになる前に・・・カキ養殖に忍び寄る気候変動の影響 日本のカキ養殖の現場で気候変動の影響が表れ始めている。二酸化炭素(CO2)濃度上昇に伴う「海洋酸性化」が進行し、一時的にカキの生育に適さないレベルに達していることが初めて確認されたと北海道大の研究者らのチームが発表した。今のところカキの生育への影響はみられないが、関係者は観測と対策の重要性を訴えている。 「海洋酸性化はじわじわと進行している現象で、『気づいたときには手遅れ』となってしまうことが怖い」。日本のマガキ生産額の約8割を占める宮城、岡山、広島の3県の養殖海域での調査や分析に参加した藤井賢彦・北海道大准教授(環境科学・海洋学)は話す。 海洋酸性化は、大気中のCO2を海洋が吸収して、現在は弱アルカリ性の海水の酸性化が長期にわたって進行する現象。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書(2013年)によると、数値が小さいほど酸性度が高いことを示す「水素イオン指数(pH)」は、CO2増加により海の表層水で産業革命前に比べて0.1程度低下した。酸性度が高くなると、貝や甲殻類などは炭酸カルシウムの殻や骨格などを作りにくくなる。米国西海岸では05〜09年、海洋酸性化の影響とみられる養殖マガキの幼生大量死が発生し、世界的に注目が集まった。 日本での調査は、日本財団とNPO法人「里海づくり研究会議」が中心となって進める「海洋酸性化適応プロジェクト」の一環。3県の養殖場や周辺海域で、20年8月(広島県は21年6月)〜21年12月、pHや、生物の炭酸カルシウムの作りやすさを示す「アラゴナイト飽和度」を調べた。アラゴナイト飽和度はpHや水温などから算出するもので、値が1を下回ると化学的に炭酸カルシウムを作れなくなるとされる。 米国のマガキ幼生の飼育実験によると、アラゴナイト飽和度が1.5という指標を下回ると、殻の形の異常などの悪影響が出始めるとされる。今回の観測・分析での最低値は、岡山で0.6、宮城では1.4。広島も1以下になるときがあり、3海域すべてで1.5を下回る場合があることが確認された。藤井准教授によると、夏に大雨が降った後などに一時的にpHやアラゴナイト飽和度が下がることがあった。大雨で淡水が流入して塩分濃度が低下したり、流れ込んだ有機物を微生物が分解する過程でCO2が発生したりしたことで、短期的にアラゴナイト飽和度が1.5を下回った可能性があるという。長期的にはアラゴナイト飽和度は、海洋酸性化によって押し下げられ低下傾向にあるとみられる。 ただし、3海域のうち最もアラゴナイト飽和度が低くなることがあった岡山でも、マガキの幼生に殻の異常などの被害は見られなかった。藤井准教授は「自然環境ではpH以外の要素も複合的に関わる。日本沿岸のpH観測態勢も充実すべきだ」と話す。 では、さらに気候変動が進行するとどうなるのか。藤井准教授らは、岡山と宮城のデータを基に、今世紀末の世界の平均気温が産業革命前より4度程度上昇するという仮定で海水温や酸性度を予測した。その結果、岡山では海水温に大きな変化がないものの、宮城は現在より上昇してマガキの産卵期が現在(8〜10月)より2カ月近く長くなると予測された。アラゴナイト飽和度は両海域とも1年を通して現在より低下。特に宮城では1.5を下回る期間が長期化し、産卵期間と重なる可能性が示された。 プロジェクトの助言役を務めた水産研究・教育機構の小埜(おの)恒夫・水産資源研究所主幹研究員によると、既に影響が確認されている米西海岸では、酸素の乏しい深層の水が表層に移動しやすく、貧酸素化との相乗効果などで海洋酸性化による生物への影響が出やすい。一方、日本近海は、酸素が豊富な水の層が厚く、今までのところ酸性化の影響は見られていないという。 小埜主幹研究員は「海洋酸性化が地球全体で進むことは確実で、日本近海でも生物に影響を与えるアラゴナイト飽和度を下回る頻度の増加や期間の長期化が考えられる。短期的には海に流れ込む排水の水質改善などの適応策が必要だが、CO2排出量の削減が一番の対策だ」と話す。【三股智子】 。 【三股智子】 |