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「マイケル・ソマレ氏逝去」―初代パプア・ニューギニア首相― [2021年03月05日(Fri)]
「マイケル・ソマレ氏逝去」
―初代パプア・ニューギニア首相―


筆者の年齢になると、お世話になった方や知人の多くが天国に召されていく。
世の常とはいえ、淋しいことである。

マイケル・ソマレ氏もその一人で、2月26日に逝去された。

1975年9月、パプア・ニューギニアの独立とともに初代首相となり、通算5期の首相を経験。国民から「祖国の英雄」として尊敬されていた。

父・良一が激戦地ラバウルに戦没者の遺骨収集に訪れた折に協力して下さった方で、地元の酋長から将来の国を担う若者で、英国でも勉強してきたとマイケル・ソマレ氏を紹介された。英国植民地からの独立直前で、まだ30代であった。父は陰ながら彼を激励・支援し、選挙の折には現地では珍しいカラーポスターを作成し、当選した。以来、陰に陽に彼を支援し続けた。

ソマレ氏はそんな父を尊敬し、生まれた長男に「リョウイチ」の名前を付けた。中曽根首相が訪問の折、その話をソマレ首相から聞いたと、後日話して下さったことがあった。

彼の出身地のラバウル近海はマグロがよく捕れ、筆者が訪問した折もスシミ(彼の発音)に醤油、ワサビまで準備して歓迎してくれた。当時、リョウイチ氏は30代前半で、比較的やせ型の長身で、ずんぐりした体形のソマレ首相とは異なり、物静かな紳士であった。

ある時、外務省の高官が父を訪れ、「マイケル・ソマレ首相を国賓として迎える準備が整っています。受けていただけるよう先生(父のこと)から説得して欲しい」との依頼であった。「国賓は日本の飛行場に着陸した瞬間から国賓となるので、日本政府が作成したスケジュールで行動していただくことになっています。ところが、ソマレ首相は日本に到着したら第一番にササカワ先生に挨拶に参上できなければ訪問しないとおっしゃって、外務省も困っています」とのことであった。

早速、現地に電話を入れ、「名誉なことだから心配しないで来日しなさい。私(父)は外務省と相談の上、赤坂の迎賓館に君を訪ねるから心配するな」の一言で、問題は解決した。

その後、訪日の度にテーブルを囲んでスシミを食べることが常となった。

乾杯.png
在りし日のソマレ首相と


2015年旭日大綬章受章、享年84歳 合掌

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