産経新聞【正論】2期目の最大課題は民族の和解 [2020年11月30日(Mon)]
―2期目の最大課題は民族の和解― 産経新聞【正論】 2020年11 月27日 ≪総選挙でスー・チー与党が大勝≫ アウン・サン・スー・チー国家顧問が率いる国民民主連盟(NLD)が約半世紀続いた軍事政権に代わって政権に就いて約5年、その信を問うミャンマー総選挙が11月8日に実施され、NLDが上、下院計476の改選議席の8割を超す396議席を獲得し大勝した。 スー・チー政権の2期目の最重要課題が少数民族との和解による統一ミャンマーの実現であるのは言うまでもない。筆者は2013年2月にミャンマー国民和解担当日本政府代表を拝命して以来、130回近く現地を訪れ政府や国軍、少数民族武装勢力の幹部らと接触・交渉を重ねてきた。本稿ではその経験を基に、複雑なミャンマー情勢と課題を中心に報告させていただく。 今回の選挙で筆者はまず、日本政府の監視団団長としてコロナ禍でロックダウン中の最大都市、ヤンゴンで総選挙を視察、いったん帰国後、25日からは国民和解担当日本政府代表として再度、訪問している。選挙は当初、新型コロナウイルスの感染拡大で投票率の低下が心配されたが、投票所拡大や高齢者の期日前投票の導入で70%を超え、大きな混乱もなくおおむね順調に行われたと感じている。 ≪問題を残す一部で投票見送り≫ ただし、問題もあった。バングラデシュと国境を接するラカイン州やシャン州の一部で、「治安」を理由に投票が見送られたからだ。年内に投票が行われないと5年後の次回総選挙まで議席が空席となり、国際的な人権NGOなどから「欠陥選挙」の指摘も出た。特にラカイン州は15〜18世紀にこの地に栄えたアラカン帝国の血を引くアラカン族が人口の多くを占め、前回総選挙で地元のアラカン民族党(ANP)が上、下院合わせ全29議席のうち22議席を獲得、計5議席のNLDを圧倒した。 しかし、今回は同州北部地域の計16選挙区の投票が見送られたことから上、下院合わせ8議席にとどまった。これに対し武装組織アラカン・アーミー(AA)は投票の早期実施に向け、「戦闘を当面、中断する」旨の声明を出した。国軍も歓迎の意向を表明しており、今後、NLD政権、とりわけスー・チー国家顧問の対応が注目される事態となっている。 ラカイン州の選挙の行方がこれだけ注目されるのは、AAが中国と国境を接するカチン、シャン両州のカチン独立機構(KIO)など3組織と「北部同盟」を形成、ともに国軍と交戦状態にあり、事態への対応を誤ると、今後の和平構築プロセス全体に悪影響が出かねないからだ。この州にはイスラム系少数民族、ロヒンギャの難民問題もある。 加えて中国も雲南省とインド洋を結ぶ線上に位置するこの地域にかねて強い関心を示し、AAが使用する武器も中国製といわれている。13年には雲南省・瑞麗とインド洋に面したラカイン州の港町チャオピューを結ぶガス・パイプラインも完成している。 今後の投票の扱いは州の将来だけでなく、統一ミャンマーの実現、国際社会との関係にもかかわる重大な要素を含んでいる。国民和解担当日本政府代表の立場からも投票の早期実施に向け最大限の努力が必要と考えている。 人口5300万人、100を超す少数民族が住むこの国では日本政府代表に就任当時、少数民族武装勢力20組織が国軍と内戦状態にあった。うちカレン民族同盟(KNU)など8組織がNLD政権誕生直前に、さらに18年2月に新モン州党(NMSP)など2組織が停戦に合意している。 スー・チー国家顧問も5年後には80歳を迎える。統一ミャンマーの実現は「ビルマ建国の父」とされる亡父、アウン・サン将軍の夢であった。投票直後、スー・チー氏の求めで首都ネピドーの自宅を訪れると、引き続き日本政府の協力を要請された。 思いは筆者と同じと確信する。国防、治安、国境問題をコントロール下に置く軍との協力も必要になろう。残る武装組織との早期の停戦合意は、75年にわたり紛争・内戦が続いてきたこの国の発展に何よりも欠かせない要件である。 ≪「インド太平洋構想」要衝の地≫ 停戦が成立した地域で日本財団は、日本政府の資金を活用して紛争被害者や帰還民に対する食糧支援のほか住宅や学校、診療所、橋などのインフラ整備が進められている。住民に「平和の果実」を実感してもらい和平を加速させるのが狙いだ。 原理主義的な欧米流の対応より、きめ細かい日本流の取り組みこそ、平和の構築につながると確信している。 ミャンマーは世界でも有数の親日国。日本に対する期待も大きい。同時にこの国は日本政府が目指す「自由で開かれたインド太平洋構想」の要衝の地に位置している。日本は現在、最大の支援国であり、引き続き和平の実現に積極的に協力していく方針に変わりはない。筆者も老骨にむち打ち日本政府代表の職責を最後まで全うする覚悟でいる。 (ささかわ ようへい) |