「ちょっといい話」その120―もう一つの甲子園― [2019年11月18日(Mon)]
「ちょっといい話」その120 ―もう一つの甲子園― 「もう一つの甲子園」をご存知 だろうか。白球を追う野球の話ではない。毎年秋、全国から予選を勝ち抜いた高校やろう学校の生徒たちのチームが集まり、手話を取り入れたダンスや演劇などの技を競い合っている「全国高校生手話パフォーマンス甲子園」と呼ばれる大会だ。 2014年に始まった。日本財団は第一回大会から特別協賛の形で支援し、出場高校チームの旅費などを助成している。高校球児たちの熱戦の舞台は甲子園球場だが、こちらの大会の舞台は日本海に面した鳥取県である。しかし、パフォーマンスの白熱度ではけっして高校野球にも劣らない。 第六回大会となった今年は9月29日、鳥取市内の文化会館で行われた。予選の審査を経て出場したのは北海道から沖縄までの15校。その中で、沖縄が抱える環境問題を手話のラップとコメディタッチの軽妙な演技で表現した沖縄県立真和志高校手話部チームが優勝し、大会史上初の連覇を果たした。 日本財団賞が贈られた地元の鳥取県立米子東高校チームは、手話で表現するダンス演劇を披露した。あるクラスが、コミュニケーションがとれないろう者の転校生を仲間はずれにしてしまうが、クラス全員で手話を学ぶことによって次第に打ち解けていく。そんな物語をシンガーソングライター米津玄師さんの曲「アイネクライネ」に合わせて踊るパフォーマンスに仕立てていた。 手話パフォーマンス甲子園の舞台が鳥取となったのは必然といえる。鳥取県は2013年10月、手話の普及によって聞こえない人(ろう者)と聞こえる人がお互いを理解し、一緒に生活することができる社会を築くことを目指す全国初の手話言語条例を施行した。前提となっているのは、手話は言語であるとの確固とした認識である。この条例を提案し、実現にまで漕ぎ付けたのが2007年に初当選した平井伸治知事(現在四期目)だった。 手話パフォーマンス甲子園は無論、この条例の理念に基づくものだ。手話は補助的な伝達手段ではない。時には音声の言語をも凌駕し、体全体を動かして発する堂々たる言葉なのである。手話パフォーマンス甲子園に出場した高校生チームの熱演を見れば、それが実感できる。ユーチューブでも見られるから、ぜひ一度視聴していただきたい。 ところで、全国都道府県の中で人口が最も少ない鳥取県(2019年9月の県推計で55万5900人)は、少子高齢化や過疎化という日本全体が背負う問題の最先端部に直面している。予算も少ない鳥取県はどうしたらいいのか。平井知事は障害者や高齢者という社会的弱者のための施策に取り組むあたって、民間パワーの活用によって地方創生を目指す柔軟な思考をもっていたようだ。 第一回手話パフォーマンス甲子園からちょうど1年後の2015年11月、日本財団と鳥取県は協定書を締結し、「みんなでつくる暮らし日本一≠フ鳥取県」を目標に掲げた共同プロジェクトに乗り出した。日本財団が助成する事業は、中山間地域の住民や難病の子供と家族の生活支援、働く障害者の工賃三倍増を目指す取り組み、将来の担い手を育てる人材育成プログラムなど多くの分野に及ぶ。手話がごく当たり前のコミュニケーション手段として受けとめられる社会を作っていこうという理念を込めた手話言語条例の制定は、日本財団と鳥取県の共同プロジェクトの先駆けでもあった。 手話言語条例の制定は現在、北海道、神奈川、埼玉、千葉、愛知、大阪など27道府県に市区町村を加えると計285自治体に及んでいる。究極の目標は「手話言語法」制定だ。2006年に国連総会で採択された「障害者権利条約」には手話が言語の一つであると明記されているし、わが国の「障害者基本法」にも「言語(手話を含む)」ときっちり書かれているのである。 ところが、国はなかなか動かない。言語となると、学校で教えなければならなくなり、大変な対応が必要となるから文部科学省は手を出したがらない。厚生労働省は「言語は福祉の課題ではない」との理由で距離を置いている――とも聞いた。 そこで、高校生手話パフォーマンス甲子園である。毎年、全国の40〜60校の参加申し込みがあり、予選審査を経て15〜20校の生徒たちが身につけた手話を駆使したパフォーマンスを競い合う。手話のレベルが年々向上しているのは言うまでもない。 優勝してもしなくても、大会に出場したこと自体が誇りになる。そんな手話高校生OBが大会を重ねるたびに増え、やがては社会人となる。手話言語法の制定への大きな力になるのは間違いないだろう。 夏の甲子園だけでなく、秋の「もう一つの甲子園」にも注目、である。 (2019年9月30日付の日本海新聞、および朝日新聞デジタル版の記事を参考にしました) |