月刊Boss「失われた覚悟と倫理」―日本人の本質に立ち返るとき― [2019年05月27日(Mon)]
「失われた覚悟と倫理」 ―日本人の本質に立ち返るとき― 月刊「BOSS」 2019年6月号 笹川 陽平 改元の意義 「令和」は万葉集のなかからとった言葉ですね。いままでの年号は中国の古典から引用されていたのですが、今回は大化の改新以来はじめて、国書から選ばれました。- その背景には稀にみる活発な元号論争があったのですが、これは私が最初に問題提起したことなんです。どうして元号を他国の文献からとらなくてはならないのか? 日本の古典から選べばいいし、造語でもいいではないかと言ったら、予想以上に反響を呼びました。 万葉集は貴族だけでなく、防人など一般の人々も含めた、生活の中のあらゆる営みが組み込まれた歌集です。そうした意味でも、出典が万葉集だったことはとてもよかった。安倍政権にも限られた階級ではなく国民みんなが参加した書物から元号を選びとりたいという意思があったのでしょう。 日本は中国から漢字をもらい、中華文明を受け継いで今日に至ると思っている人も多いでしょうが、初期に中国の文化を取り入れたあとは独自に咀嚼し、固有の文化を築いてきました。福沢諭吉・西周・中江兆民などが新しく日本語をつくりあげてきたわけです。 一例をあげると、ロシア革命当時には、その資料はまず日本語に翻訳され、「資本家」「経営者」「利潤」など、もともと中国語にはない言葉が日本で新たに作り出されました。それを中国語に訳したことによって、中国の現代語には日本語がたくさん入っています。 実は「中華人民共和国」という国名の「人民」も「共和国」も、日本人が作った日本語なのです。私は今年も中国の5つの大学で講演をする予定なのですが、この話をすると現地の学生だけでなく教授たちもびっくりしますよ。 このように、文化とは互いに刺激し合うことで発展していくものです。だからこそ日中間の相互理解をもっと進めていこうと話しているわけです。 商人道を見失うな 新元号の発表時に安倍首相は平成を「変化と改革を求められた30年」と総括しましたが、いつの時代もそうなんです。ダーウィンの進化論が「強い種より変化に適応した種が生き残る」と教えているように、企業や組織もとどまることなく、常に激しく変化していかなくてはなりません。 そのために、もっとも必要な条件は、指導者の覚悟です。平成の時代がもたらした日本の現代社会の欠点は、指導者が自らの責任でリスクをとらなくなってしまったことだと考えます。リスクをとらないところにイノベーションは決して起こりません。若い世代の人々は果敢にリスクをとって起業しているじゃありませんか。ところが、大きな会社になればなるほど馴れ合い人事で、誰から見ても異論の出ない人だけがリーダーに祭り上げられ、何の仕事も進まない。これでは変化に対応できなくなります。 新しい時代には、各人が責任を持って自分の仕事にあたってほしい。私の希望はそれだけです。平成の時代には不正会計や改ざん事件がいくつも起きました。良品廉価の精神や、近江商人の「三方よし」に代表されるような日本伝統の企業倫理は消え去りつつあります。グローバリゼーションの悪しき影響で株主至上主義に陥り、四半期ごとの決算報告で利益を出さなくてはならなくなったために倫理破綻を起こしてしまっている。 数字や品質をごまかした企業は、商売を辞めなくてはいけません。謝罪会見で経営者が30秒も頭を下げるなど、こんなに恥ずかしいことはない。昔のように切腹しろとは言いませんが、そのくらいの覚悟を持てと思いませんか。 逆に、覚悟があれば日本人は必ずいい仕事をするし、イノベーションも起こせます。そのことは歴史が証明していますよ。 もうひとつ、これからは政治家でも企業人でも、世界を知らなくては指導者になれない社会に変える必要がありますね。海外の会社と戦っていくためには、敵をよく知らなくてはいけませんから。特に若者はグローバルな立ち位置を求めていってほしい。そのために、私の世代がしっかりと状況を作っておかなくてはならないと思います。「近頃の若い奴らは」なんて愚痴を言わないで、優秀な若者たちを応援してあげないといけません。 とはいっても、グローバルに活躍する人材をつくるというのが、実はもっとも難しい課題だと思います。なぜなら、若い人はみな旅行で外国に行きますね。そこで夜は一人で外出することもできないし、ホテルの部屋にも厳重なロックが必要な国が圧倒的に多いという現実を知れば、日本こそが世界一暮らしやすい国だということが肌身に染みてわかってしまう(笑)。海外に優れた大学や研究環境を求めている学者たちならともかく、一般の方がわざわざ危険と隣り合わせで生活せざるを得ない海外で働きたいと思うでしょうか。 オリンピックへの希望 日本がどれだけ素晴らしい国なのか、世界中の人はみんな知っています。人種も宗教の対立もありません。テレビのニュースでは最近殺人の話題が多くて、いかにも危険に思えますが、日本は世界中でも殺人が非常に少ない国ですよ。少ないからニュースになっているのです。2016年のオリンピックが行われたリオでは、この年だけで1万1000件を超える殺人、殺人未遂事件が発生しています。たったひとつの都市の話ですよ。 来年に行われる東京オリンピック・パラリンピックは、世界の人々が日本の良さを実感する最高の舞台になるでしょう。私たちは日本人として誇りをもたなくてはいけないのですが、だからといって傲慢になってはいけません。「おもてなし」という日本ならではの心で海外からやってくる人に接すれば、東京オリパラもその後に続く大阪万博も必ずうまくいきます。何にも心配することはありません。 東京オリパラは、日本財団も全力で支援しています。参加する11万人のボランティアの方々のとりまとめをしているのは、東京都でもオリンピック委員会でもなく、当財団です。日本財団が降りると言ったら東京五輪は成立しません(笑)。 なかでも私が特に期待しているのは、パラリンピックです。長らく障害者問題に取り組んできた当財団では、社内のワンフロアを解放してパラリンピック種目の団体を集めました。そして、競技内容の変更や帳簿の処理、英文資料の翻訳までをトータルで支援しています。パラスポーツでは、車いすが床を傷つけるなどの理由で公共の練習場が借りられないことが多い。そこでお台場に専用競技場も建設しました。ここに全国から見学に訪れる人が絶えないのです。子供たちが車いす体験を通じて、障害者への理解を深めたりしている。新時代には、さらに理解が進むはずです。 現在、日本には財政や少子高齢化など、様々な問題があります。しかい過去1000年の歴史を振り返ってみれば、私たちは大変な飢饉や天変地異を幾度も乗り越えてきました。関東大震災、第二次世界大戦。江戸の振袖火事のように江戸中がほとんど燃えてしまったときにも、3日も経たないうちに新しい建設の槌音が上がりました。こんなにすさまじい生命力を持っているのが日本人なのです。 令和の時代にも、もっと日本を明るくする力を、私たちは持っていると信じます。 |