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「ちょっといい話」その48―ミャンマーの平野喜幸さん― [2015年02月02日(Mon)]
「ちょっといい話」その48
―ミャンマーの平野喜幸さん―


日本財団では、ミャンマーの軍政時代から少数民族地域や貧困地域で小学校建設を行ってきた。今年3月末日までに総計301校になる。その建設に携わるパートナーの一つが『れんげ国際ボランティア会』の平野喜幸さんである。

村人と話す平野さん1.jpg
村人と語り合う平野さん(右側)


平野さんは『情熱と志』の人で、単に学校建設を手伝ってくれているのではない。学校建設を通じて村人に自助努力を促し、一貫して自立のための協力に汗を流されている。

学校を建設するだけでなら、予算に基き建設業者を選定すれば終わりである。ミャンマーが民主化を模索する中で、多分、彼は一度も民主主義とは何かを村人に教えたことはないはずである。しかし、村人たちの自助努力という行動によって、結果的に民主主義とは何かを学ばせている。

学校建設の決定には父兄の熱意がどれだけあるかが重要なポイントで、希望があればどこにでも建設するわけではない。村人たちは何回も会合を聞き、代表者を選び、自分たちの役割分担を決める。その多くは建設現場での労働力の提供の役割分担であり、単に与えられた学校ではなく、会合の参加や労働提供によって、父兄に自分達の学校であるとの自覚を芽生えさせる。

建設現場訪問.jpg
建設現場にも足しげく通う


今では子供たちを小学校だけで終わらせるのではなく、中学・高校も建設して、子供たちは勿論のこと、父兄たちも上級学校への進学を夢見て懸命に努力するようになった。

ミャンマーの近代化には、大幅に遅れた教育制度の改革による人材養成が急務である。しかし待っていても何も変わらない。平野さんは黙々と、毎日、村人たちに説明して歩いている。ある小学校では、併設して中学教育を実現させるため、遠隔地からの子供たちの生徒寮の寮費を賄うための手段として籾殻発電を村人に教え、その電気料収入でサポートしている。又、あるところでは、7つの集落の協力で建設した橋の通行税収入で診療所の開設を目指している。

籾柄発電(パウッコン).jpg
籾柄発電(パウッコン)

20年来の悲願の橋が開通.jpg
20年来の悲願の橋も開通


極めつきは、自主型奨学金制度の運用開始である。薄給の1,400名の教師が、1人毎月50円(500チャット)をこの奨学金に寄付して優秀な生徒を上級校へ進学させるために設立した。1,400名×50円(500チャット)は1ヶ月で7万円(70万チャット)、7万円(70万チャット)×12ヶ月で84万円(840万チャット)になる。高校生1人につき月2,000円(2万チャット)×20名で4万円(40万チャット)、1年間で1人2万4,000円(24万チャット)、合計20名で48万円(480万チャット)である。

薄給の教師が自腹を切って向学心に燃える生徒に奨学金を提供する国が、世界のどの国、どの地域にいるだろうか。平野さんの情熱が教師を動かしたのである。私はこの話を直接テインセイン大統領に報告し、ミャンマーの世界に誇り得る教師たちを是非、表彰してほしいと願い出た。

平野さんは、建設された学校が『仏作って魂入れず』」にならないよう、新しい指針である4H(Hardworking、Humble、Honest、Hospitable)の精神で、生徒と共にゴミを拾い、花壇を作り、トイレ掃除等の実践活動を通じて心豊かな人間性を育みたいと目を輝かす。

この地域は郷土の偉人ウー・タント(U .Thant第3代国連事務総長)誕生の地であり、日本財団では彼の自伝を出版して生徒に配布する予定である。平野さんはウー・タントを学ばせ、彼を目標とする志の高い国際人の育成をはかりたいと望みは高い。

さらに「開発は、目に見えるものと目に見えないものの2つの側面から成り立っています。学校を造ることや土着菌の堆肥つくりを教えることは目に見える部分で行うことですが、それ以上に重要なことは事業の実施過程の中で、村人の自立、自助の精神や団結力などの目に見えないものを育むことです。私はこれこそが開発の本質だと考えています。そして、この目に見えない部分の開発がなければそれは単なる建設であり、技術指導に過ぎません。なぜなら、人の気持ちが自立に向かわなければ、学校を何校建設しても貧しい地域は依然として貧しいままであり、地域の発展向上はあり得ないからです」という。
正論である。

援助・協力は金の額ではない。溢れる情熱、耐え忍ぶ忍耐力、そして継続性。このことにより、自主の精神を村人の心に刻印することではないだろうか。そして、このような人材の海外派遣こそ、ソフトインフラとして日本の得意分野ではなかろうか。

日本財団は第2、第3の平野さんの出現を望み、協力していきたいと願っている。
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コメント
笹川会長 平野喜幸さんのお仕事は素晴らしいですね。シェアさせてください。やはり日本財団が応援しているAEFAの谷川 洋さんとお話した時のことを思い出しました。学校の卒業生が、その学校の先生になるところまで「魂」を入れないといけませんね。昨日「KANO〜1931海の向こうの甲子園」という映画を見て涙しましたが、台湾の弱小野球部員を率いた近藤兵太郎さんの教え子が、台湾の教師や野球指導者となり国の宝になったエピソードも思い出しました。

▼AEFA 谷川 洋さん
http://www.nippon-aefa.org/about_aefa/group/greeting.shtml

▼KANO〜1931海の向こうの甲子園
http://kano1931.com/
Posted by: 久米 信行  at 2015年02月02日(Mon) 15:37