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「ミャンマー閣僚会談」その4 ―国防大臣― [2012年09月12日(Wed)]
「ミャンマー閣僚会談」その4
―国防大臣―


国防大臣1.jpg
ラ・ミン国防大臣


長くミャンマーの軍事政権の指導者であったタン・シュエ国家元首は、民政移管のために深い考慮の末、一人で独占してきた権力を大統領、与党USDP、国軍司令官の三人に分割して権限移譲を行った。

タン・シュエ国家元首率いる軍事政権が世界中の民主派勢力から厳しい批判にさらされてきたのは当然のことである。2003年4月30日、サーズが流行している中、マスクをかけて森喜朗元首相にご足労願ってのタン・シュエ国家元首との会談と夕食会は3時間半を超える異例なもので、夕食会の席上、タン・シュエ国家元首は問わず語りに「私だって軍事政権が良いとは思っていない。ただ、ミャンマーの国内事情は複雑で多くの少数民族問題を抱え、民主化するには時間がかかるのです。その点を考慮してもらいたい」との発言があり、正直なところ当時は「ほんとかなぁ」と、リップサービスだろうぐらいに思ったものである。

03.04.30 タンシュ議長と森元総理.jpg
タン・シュエ国家首と森喜朗元首相との会談は、夕食をはさんで3時間半に及んだ


しかし、世界の歴史でこれほど見事に独裁者が引退した例はない。「院政を行っているに相違ない」とは、ミャンマーに関心のある人々の常識でもあった。しかし、民政移管後、一度も公式の場には現れず消息は不明で、私の推測では若干の報告程度は行われているかも知れないが、院政であればこれほど急ピッチで大胆な民主化は不可能であり、完全に引退したに相違ないと思う。

仏門に入ったとの噂もある。今思うと、タン・シュエ国家元首のあの時の発言は案外真実を吐露したのかも知れない。

以下はラ・ミン(Hla Myint)国防大臣との会談記録の抜粋である。

【笹川】私は一民間人だが、中国の人民解放軍と日本の自衛隊との交流を10年以上続けてきた。政府間交流がストップした時も継続され、トラック2(トラック1は政府間)といわれる民間が介在する交流は相互理解のために有効である。
希望があれば交流の協力の用意はある。
 ところで日本財団では、カンボジア、ベトナム、スリランカで義手・義足の学校設立と障害者に義手・義足を提供してきた。ベトナムでは5万人に提供したし、スリランカではシンハリ、タミルの民族紛争終結を機会に和平の象徴として傷ついた双方の人々に義手義足を提供している。ここミャンマーでも長い少数民族との戦いの中で傷ついた軍人や地雷の被害に遭遇して手足を失った人々も大勢いる。その人々のために協力する準備を進めている。

【大臣】義手・義足の配布は国軍としても大変嬉しい。地雷被害は軍人だけでなく民間人もいる。この分野での支援は非常に良いニュースで、我が国軍も最大限協力したい。みなさんがミャンマーの重要閣僚と会っているのはよく存じている。私としても嬉しいことで、日本への敬意は忘れていない。ミャンマーは日本と異なり各国と国境交わって難しい少数民族の問題も残ってしまった。
 ラカイン州の紛争問題は、1942年、英国植民地政府が移送してきたイスラム教徒の問題がいまだに続いているわけで、ラカイン州での治安を良くすることが国軍の懸案事項である。ミャンマー政府としては特別な民族をひいきにしている事はなく、この問題の解決に最も力を入れている。ミャンマー国軍は国民の生命・財産を守るためにレベルを高くキープする必要がある。現在の課題は、自然災害の救援活動や国民の安全確保のために法律に基づいて出動できるよう憲法を作ることである。


軍事政権下では世論の弾圧のための軍の出動は当然であったが、民主化が進み、軍の出動は法律に基づいた出動に限定すべく、国軍も大統領の指導のもとで法律の整備を進めているらしい。

過去、世界中の軍事政権といわれる国々に行った経験があるが、ミャンマーほど徹底した国はなかった。小さな行政単位の役所にも多数の軍服姿の軍人が闊歩していた。しかし民主化以来、短期間に軍服姿は珍しくなった。かつての軍事政権下、「政治行政にかかわる軍人は、軍服を脱いで民間人の服装にすれば軍事政権の印象も多少は良くなる」と指摘したことがあるが、彼等は軍人の象徴である軍服に誇りを持っており、一顧だにしなかったことを思うと隔世の感がある。
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