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「ミャンマー野党・国民民主勢力(NDF)党首との会談」 [2012年09月26日(Wed)]
「ミャンマー野党・国民民主勢力(NDF)党首との会談」


ヤンゴンの中心部より少し離れた町中の4階建の公団風アパートの2階の粗末な小部屋がNDF党の本部であった。

キン・マウン・スエ(Khin Mauwg Swe)議長は来訪歓迎の挨拶の後、「何しろ資金難で、同志の献金で何とか活動している」と現状説明の後、タン・ニェイン(Than Nyein)顧問、ソー・ウィン(Soe Win)副議長を紹介して下さった。

キン・マウン・スエ(右).jpg
キン・マウン・スエ議長(右側)


この3人はアウン・サン・スーチー女史の国民民主連盟(NLD)党の幹部だった人たちで、2010年の国政選挙に参加すべしと説得したがスーチー女史の反対によりやむなくNLD党を離れてNDF党を創設して総選挙に参加。12人の当選者を出した。

その後の2012年4月の補欠選挙でスーチー女史率いるNLD党は国政に参加。スーチー女史を含め43名の当選者を出し大勝した。

議会制民主主義には健全な野党の存在が必要だが、スーチー女史のNLD党との合同の可能性はどうかとの質問に、よくぞ聞いてくれたとばかりにキン・マウン・スエ議長は「再三再四スーチー女史に合同の申し入れをしているが、現時点では独自の活動を展開するとのことで拒否されている」と、残念そうな口ぶりであった。

仕方なくNLDを除く5つの民主政党と5つの少数民族政党が協力して野党としての力を発揮している。壁に貼られた10政党参加のポスターを指差して「我々のグループは何でも与党に反対するものではない。少数民族を含めた国家の統一・発展のために、与党のたらざる点を補完する重要な役目を遂行していく。しかし選挙制度の改革については小選挙区制を比例代表制にするよう連邦議会に提案しているところだ」との説明があった。

読者ご承知の通り、ミャンマー連邦議会の定数の25%は軍人枠として確保されており、次の選挙ではこの取扱いが最大の争点となることは間違いない。

ところで、ニェイン顧問は医者でスーチー女史のNLDの創設者の一人であり、タン・シェ軍事政権と長年闘ってきた筋金入りの闘士で投獄された経験もある。彼は「笹川さんが軍事政権下でミャンマーのハンセン病制圧に尽力したことは私も医者だったのでよく知っています。1980年にはマンダレーの北西300kmにあるアイアード(IAYARDW)というグループが秀れた公衆衛生活動でWHOの笹川健康賞を受賞したことも知っています。実は私の妹の夫はタン・シェ国家元首に追放されたキン・ニュン元首相で、彼とは国のあり方を巡ってよく喧嘩したものだが、今は仲のよい関係で明晩も会う予定です」と、外柔内剛の闘士は静かに意外なことを話してくれた。

開明派のキン・ニュン元首相は、現職時代、再三会見に応じて下さり、ハンセン病の制圧にはことのほか尽力され、ヤンゴンでの制圧式典には颯爽とした軍服姿で制圧宣言された。次回訪問の折には是非お目にかかりたいものである。

スーチー女史のNLDを除く下記の10の政党(議員数70名)がグループとして活動している。
@ 民主政党(ミャンマー)
A 国民民主勢力(NDF)
B 民主・平和党
C 連邦民主党
D 統一・和平党
E シャン民族民主政党
F パロン・パオ民主政党
G モン地域民主政党
H ラカイン民族発展党
I チン民族党
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