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resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
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「小話再録」その17 ―人生笑いが必要― [2026年02月13日(Fri)]

「小話再録」その17
―人生笑いが必要―


■格差社会――上流と下流の違い

夜中まで残業する人は下流社会の人。
夜中まで麻雀に興じる人は上流社会の人。

報告書を書く人は下流社会の人。
報告書を読む人は上流社会の人。

個人に借金する人は下流社会の人。
銀行に借金する人は上流社会の人。

自宅で野菜を食べる人は下流社会の人。
レストランで野菜を食べる人は上流社会の人。

道路で自転車に乗る人は下流社会の人。
リビングで自転車に乗る人は上流社会の人。

飴を食べる人は下流社会の人。
糖尿病になる人は上流社会の人。

お酒の度数を見る人は下流社会の人。
お酒のブランドを見る人は上流社会の人。

土地を耕す人は下流社会の人。
土地を売買する人は上流社会の人。

豚を飼う人は下流社会の人。
犬を飼う人は上流社会の人。

配偶者を探す人は下流社会の人。
愛人を探す人は上流社会の人。


※本ブログは、拙著『紳士の「品格」2 雑学のすすめ』(2015年8月出版)より抜粋しています。

【私の毎日】2月12日(木) [2026年02月12日(Thu)]

2月12日(木)

7:30 朝食

9:30 ホテル発

10:20 空港着

12:25 台北発

14:30 香港着(空港待機約3時間)

17:40 香港発

21:30 インド・ニューデリー着

23:30 宿泊ホテル着

【私の毎日】2月11日 (水) [2026年02月11日(Wed)]

2月11日 (水)

7:30 朝食

9:30 蔡英文・前総統

@蔡英文・前総統.JPG
蔡英文・前総統


12:00 関係者との昼食

14:00 ハンセン病療養所・「楽生園」内に建設された笹川記念館開所式

A「楽生園」内に建設された笹川記念館の前で.jpg
「楽生園」内に建設された笹川記念館の前で

B「楽生園」には現在51人のハンセン病回復者の方々が暮らす.JPG
「楽生園」には現在51人のハンセン病回復者の方々が暮らす

C11歳の時から「楽生園」で暮らすと言う93歳の女性と.JPG
11歳の時から「楽生園」で暮らすと言う93歳の女性と

D回復者の方々と懇親.jpeg
回復者の方々と懇親


18:00 関係者との夕食

【私の毎日】2月10日(火) [2026年02月10日(Tue)]

2月10日(火)

7:00 朝食

9:30 頼清徳・総統

11:00 高羽陽・日本台湾交流協会副代表

12:00 関係者との昼食

14:30 邰中和・ACER共同創設者との対話

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邰中和・ACER共同創設者


18:30 吳マ豪 ・台新金融ホールディングス副会長との夕食会

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吳マ豪 ・台新金融ホールディングス副会長

【私の毎日】2月9日(月) [2026年02月09日(Mon)]

2月9日(月)

6:30 財団着

8:00 国家ビジョン2050研究会 於:東京財団

10:30 アンダーソン・ムタテンブワ タンザニア大使

13:00 森 まどか 医療ジャーナリスト

14:30 秋元諭宏 SPF・USA会長

15:00 渡邉祐介 日本ミャンマー協会代表理事

16:00 財団発

16:40 羽田空港着

18:10 羽田発

21:00 台北(松山)着

22:00 ホテル着

終日 財団内打合せ、原稿書き、寄付金への礼状書き

「台湾・インドへ」―隔週ごとに海外― [2026年02月09日(Mon)]

「台湾・インドへ」
―隔週ごとに海外―


このところ隔週ごとに海外活動です。

1月14〜17日までインドネシア訪問、プラボウォ大統領と会談。1月25日〜2月2日まで、ポーランドではワレサ元大統領と会談、ベルギーではハンセン病に対する差別撤廃に向けたグローバル・アピール発表のほかマティルド・デュデケム・ダコ王妃と会談、その後オマーン訪問。

本日より台湾に向かい、頼清徳総統との会談、ハンセン病笹川記念館を訪問。その後香港経由でインドに入り数名の閣僚との会談の後、人口2億人を超えるウッタル・プラデッシュ州で州首相と会談のほか、ハンセン病回復者の全国組織との会議に出席、コロニー訪問。帰国は2月16日です。

「遺言セミナー」 ―人生の締めくくりに遺言書の作成を― [2026年02月09日(Mon)]

「遺言セミナー」
―人生の締めくくりに遺言書の作成を―


日本財団は本人が亡くなられた後も平和で幸せな家庭を続けていただきたいと願い、全国で遺言書の作成セミナーを展開しています。先日横浜でセミナーを開催し、冒頭挨拶を致しました。

*******************


私がなぜこの遺言書の運動を始めたかと申しますと、私も多くの友人知人がおり、そのご本人がご健在の時には、大変穏やかで幸せなご家庭であったのに、ご主人様やお母様が亡くなられた途端に、家族の中で争いが始まってしまうというケースをたくさん見てきたからです。そういうことで、やはりご本人様が亡くなられた後も、お元気な時と同じように残された家族が穏やかな生活を続けていくためには、しっかりとお気持ちを遺言書という形で書き残しておいていただくことが、残された家族が平和に過ごす方法だと思います。

中には、私の知っている人でも、20年以上も裁判で争っているという方もいらっしゃいました。例えば、亡くなられた途端に、葬儀の時の写真をどれにするかで、もうアルバムをひっくり返して、あれだこれだと言い合いになります。大概、女性と男性で選ぶ写真が違い、悲しみの中で感情も高ぶっておりますから、そういう写真一つからいさかいが始まり、もちろん残された財産をどうすべきかで争いになって、中には裁判沙汰にまでなっています。兄弟が口をきかないどころか絶交状態で、会うのは裁判所だけ、なんていうケースもありました。やはり残された家族のために、きちっと書き置くというのは、外国では当然のこととされておりますが、日本ではまだまだ普及しておりません。ですので私は全国を回って、遺言書をきちっと残しましょうという運動をさせていただいているわけです。

私自身も87歳にもなりました。今から81年前、私が6歳の時、1945年3月9日、10日の夜にアメリカによる大空襲がありました。まだ私は6歳でしたけれども、母親が高熱で寝ておりまして、たまたま家には母親と私の2人だけでした。空襲警報が鳴り、防空頭巾をかぶって、水筒をかけて、そしてお米を一升、背中に背負い逃げました。私は浅草の雷門の近くに住んでおりました。第一次避難所は菊屋橋郵便局で、今もありますし覚えておりますが、油の爆弾でしたから木造の家屋を全部焼き尽くし、火災が起こると非常に強い風が吹いて、立ってもいられないような状態の中で、雨あられと焼夷弾が降ってくる。我々の町内会はみんな、第一次避難所の郵便局が危ないから次の場所へ、ということで、隅田川に第二避難所として逃げましたが、私自身はどういうわけか水が怖くて、行くのが嫌だということで、座り込んでしまいました。町会長さんがいろいろ説得してくださったんですが、私は何としても嫌だということで、結局、「じゃあ明日の朝また会いましょう」ということで、地面に私が座り込んでいるところで、皆さん手を振ってくださった。その笑顔が、80年以上経っても、時々夢の中に出てきます。

雨あられと降ってくる焼夷弾で、行き交う人はみんな背中に火がつきました。焼夷弾が落ちるとポーンという音がするのですが、バーッとはね返ると火がついて、生きているまま焼き殺される悲鳴も、時々まだ、80年も過ぎて夢に出てきます。幸い道路の隅の方を逃げていたものですから、ことなきを得て奇跡的に助かりました。町内会の多くの人が亡くなりました。たった2時間半で10万8,000人が殺され、数十万戸の家が焼けるという悲惨な、いわばホロコーストを生き抜いてきたわけです。そういう幼児体験が、この日本財団というところに勤め人道活動をさせていただくきっかけになりました。

世の中には、なかなか目に触れにくい困難な生活をされている方も、実はたくさんいらっしゃいます。例えば先般私は新聞を見て「これはすぐ応援しなきゃいけない」と言ったのは、私の知人も先般子どもがたった7歳で小児がんで亡くなり本当に家族が悲嘆に暮れていましたが、そういう小児がんの子ども、難病の子どもたちの支援も、日本財団の一つの柱でもあります。かつては目の不自由な人たちの支援として盲導犬をたくさん育成した経験もありますが、その犬を小児がんの子どものベッドのそばに置いてあげると、本当にその犬を可愛がって、寂しさを紛らわすのです。けれども、なかなか寄付者がいない。寄付が足らないということで活動がうまくいかないということがあり、昨日は電話をしましてそういう犬をたくさん養成してくださいとお願いしました。

複雑な社会になってまいりましたので、国でも行政でもできないような問題が数多く存在いたします。特に日本財団は未来を背負う子どもたちのための活動をしておりますが、小学生100人のうち34人の子どもが傷ついてるのです。日本財団の「18歳の意識調査」にも出てきますが、100人のうち34人の子どもが、何らかのハンデキャップを背負っている。もちろん、ひとり親で、お母さんが夜のお勤めだから夕ご飯はもう一人で食べなければいけない、朝はお母さんが寝てるのでその間に学校へ行き、帰ってくると家ですることがないからスマホを見ながら過ごして、カレーライスが食べられない、そういう子もいました。また別の子は500円玉一つもらって生活をしてましたから、焼きそばばっかり食べていたので栄養も不良状況ということもありました。

そういう子どもたちのために、第三の居場所という、学校でもない、家庭でもない場所で、素敵な施設を建てました。そこで食事もできれば、宿題も教えてくださるというような施設を作っております。あるいは不登校の子どもたちもたくさんいますし、様々な病気を抱えている子、あるいは両親が病気で、ヤングケアラーといって、お母さんやお父さんのお世話をするために学校に行けない子もいます。実は私もヤングケアラーを経験してきました。私は母親が病弱でしたので、小学校4年から薪を燃やしてご飯を作ることをちゃんと覚えました。皆さんなら「竈(かまど)」という言葉もご存知かと思いますが、竈に薪をくべてご飯を作ったり、料理をするということをしてまいりました。そんな経験もありますから、何か世の中のためになることをしたいということで、この財団に勤めさせていただいております。しかし本当に様々な困難な生活をされている方がたくさんいらっしゃるのが現状です。

しかし、大変ありがたいことに世界で日本だけかもしれませんが、日本には「利他の心」があります。外国では宗教心に基づいて教会に寄付をしたり、お寺に寄付をするという習慣はありますが、一般の社会に対して寄付をするというのはあまりありません。日本は昔から「利他の心」といって、自分がまあまあ生活をしているのは社会の一員として生活しているんだから、何かやっぱり社会のためにも奉仕をしたいという、日本人の持っている美徳があります。2年前の能登の地震の時には、日本財団になんと17万人の方からご寄付をいただきました。沢山の若い方々が300円とか500円を、テレビの放映を見て「自分は何もできないけども、何か人様の役に立ちたい」ということで、ご寄付をしてくださるわけです。大阪には八百八橋といいまして、800を超える橋がありますが、その9割近くは個人の寄付でできた橋だと、かつてアサヒビールの社長を勤められた樋口さんから聞いたことがあります。世界で日本だけが、宗教心に基づかない「利他の心」、すなわち社会の一員として生活してきたんだから社会にも一部還元をしなければいけないな、という気持ちを持っている方々が多く暮らしているのです。

しかし、そこで問題が一つあります。それは、そういう方々のお気持ちを十二分に理解しないで、お金だけ寄付していただいて、何に使ったかの説明もなければ、いくらお金が集まったという説明もない団体も正直沢山あるということです。例えば新聞社だとか放送局が災害のときに募金活動されますよ。しかし一体いくら集まって何に使ったかっていう説明は、聞いたことがありません。寄付者に対して大変失礼なことですし、その一方でメディアの人は「日本には寄付の文化がない」と偉そうなことを言います。そうではありません。寄付をいただいた側に責任があるのです。私は自慢ではありませんが、朝6時半から仕事をしております。6時半から何をしているか。お礼状書きです。1万円以上いただいた方には必ずお礼状を書く、これは当然なことだと私は思っていますが、なかなかそういうことはされません。いただいたお金はお預かりしたお金ですから、私たちが使うのではなく、それぞれの寄付者のご希望に沿ったところに使わせていただくわけです。つまり一時預かりをしているわけですから、それをどのようなものに使ったということは、きちんと説明する責任があります。

この前、トンガで海底地震がありました。多くのメディアもお金を集めました。一体どこに行ったか、一切発表はありません。日本財団は決して現金では渡しません。というのは、現金は関係者の懐に入ってしまう可能性が高いからです。ですからトンガの場合には、我々は品物で渡すために首相にも会いました。そして担当者が3回も現地に足を運び「何が住民のためになるか」を確認し、最終的には、村人が集まるコミュニティホール、そして災害によって漁師が船を失ったので、小さな船を30隻作ってほしい、ということが確認されました。結局、寄付者に対する説明責任を果たすのに3年半かかりました。しかしトンガに行ってみると、あれだけ日本中でお金を集めたのに、何か建物が建ったのかいまいちわからない、というのが現状です。従いまして、私たちはお預かりしたお金というものが、いかにきちっと寄付者の気持ちを汲んで使用されることは勿論、説明責任と透明性を持って、しかも人件費には使用しないということが大事であると思っています。日本財団は間接経費には一切使わないということを徹底しています。

先ほど申し上げましたように、穏やかな生活を後々までご家族の皆さんができるように、遺言書だけはぜひともお書きをいただき、もしお気持ちがあって、社会のためにも使ってほしいというお気持ちがありましたら、遺贈という形で使わせていただきます。日本財団には現在400通を超える遺贈寄付の書類をお預かりさせていただいています。最近、「遺贈」という言葉が様々な広告にも出るようになりましたが、これを始めたのは日本財団であります。しかし、この遺言書を書くのがまた大変な作業であります。心の中でモヤモヤモヤして「早く書かなきゃいかん」と思いながらも、なかなか手がつきません。遺言書を書くためには、実は決断がいるものです。年末、あるいは正月休みに、いろいろ考えるのですが、「まだ元気だからいいや」となり、先延ばしになってしまいます。しかし、ひとたびお書きになると、胸の内、頭の中に残っていたことにケリがつくということもあり、遺言書を書かれた方はみんな元気になります。胸のつかえがすっと降りたというようなお気持ちになるそうで、「もういつ死んでもいいわ」というような気持ちが、逆に元気にさせるようです。

ですから、幸せなご家庭をお持ちの方、またお一人様の方もいらっしゃいますが、皆さん社会の中で本当に艱難辛苦を乗り越えて、いろいろ辛いこと、悲しいこと、人生いろいろあったと思います。しかし人間には大変素晴らしい能力があると私は思っています。それは、ご苦労されたこと、辛かったことは、時間が経つと、「記憶の美化作用」で懐かしい思い出になるのです。幸せなことが長く続くと、記憶に残るようなことはあまりありませんが、辛かったこと、悲しかったこと、嫌だったことが、時間が経つと、それが記憶の美化作用で、「よく人生頑張ってきたな、ここまで来たな」という気持ちになります。そういう意味でも、ぜひとも皆さん方にこの遺言書を書くことをお勧めします。

何遍も申し上げますように、心の重荷が下りると非常に楽な生活になりますので、思い切って遺言書を書きましょう。出来ればその中に遺贈を入れて頂くと尚有難く、日本財団は公益財団法人ですから遺贈には税金がかかりません。どうぞ皆さん、遺言書を一日も早く書くようにいたしましょう。私の拙いご挨拶でしたが、私の経験も含めてお話をさせていただきました。今日は寒い中、ありがとうございました。

【私の毎日】2月6日 (金) [2026年02月06日(Fri)]

2月6日 (金)

6:20 財団着

8:50 財団発

9:10 東京駅着

9:30 東京駅発

12:14 新神戸駅着

13:00 神戸新聞遺贈セミナー挨拶

14:30 新神戸駅発

17:14 東京駅着

「世界初の自動運行船」―商業化開始― [2026年02月06日(Fri)]

「世界初の自動運行船」
―商業化開始―


日本財団が推進する無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」において、岡山県の離島航路で運航する旅客船「おりんぴあどりーむせと」が、一般旅客を乗せた定期船として世界で初めて自動運航による商業運航を開始します。離島航路の維持や船員不足への対応に向けた、大きな前進です。

以下に、1月16日付「電波タイムズ」の記事を掲載します。

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日本財団は、無人運航船の実現と人や物資の安定的な輸送を目指すプロジェクト『MEGURI2024』を推進しているが、同プロジェクトに参画する離島航路客船「おりんぴあどりーむせと」が国内初となる「自動運航船」として国の船舶検査に合格し、一般旅客が乗船する定期船としては世界で初めて、自動運航機能(自動運転レベル4相当)を活用した商用運航を開始することになった。国内には400以上の有人離島があり、船員不足等で生活航路の維持が課題となる中、今回の運航開始を皮切りに船の自動化が加速することで、離島における定期的な人・モノの輸送手段の確保が期待される。

日本財団では、2022年1月から3月にプロジェクト『MEGURI2024』の第1ステージの一環として、船舶交通量の多い輻輳海域に選定された東京湾での運航や、北海道苫小牧から茨城県大洗まで約750qの長距離・長時間(18時間超)の無人運航を成功させ、現在進行中の第2ステージでは、より環境負荷が小さい輸送手段へ転換する「モーダルシフト」を担う一翼として、旅客船やコンテナ船、貨物を積んだトラックやトレーラーが自走して乗り降りするRORO船といった様々な船舶を商用運航させ、社会実装を目指している。

今回(第2フェーズ)の「おりんぴあどりーむせと」は、2025年度中に商用化予定の自動運航機能搭載船舶4隻のうちの第1弾で、一般乗客を運ぶ旅客船としては唯一となり、残る3隻の自動運航技術の実証など、日本財団では引き続き技術開発を進めながら、自動・無人運航に係るルールや法整備、社会的理解も促しながら、2040年には内航船の50%の無人運航化を達成したい考えである。

12月10日(水)に実施した、岡山県岡山市中区の新岡山港における自動運航デモ・船内見学会において、プロジェクト概要説明した日本財団の海野光行常務理事は「無人運航の社会実装に向けて最も重要なのは、実例や実績をとにかく積み重ねて行くこと。今回の挑戦や、今後の商用運航から得られた知見をもとに、船員の負荷軽減を通した物流の安定や航行の安全はもちろん、国際的なルールづくりへの貢献も進めていく」と意欲を示した。また、小嶋光信両備ホールディングス代表取締役CEO兼グループCEOは「離島を結ぶフェリーが商業運航可能な自動運航船として認められたことの意義は非常に大きく、海運の新時代を示す第一歩。この技術は、安全性の向上、海難事故の削減、船員の労働負荷軽減という価値を築いた。社会実装を進め、業界と共に未来の海上輸送を築いて行きたい」と話した。

【私の毎日】2月5日(木) [2026年02月05日(Thu)]

2月5日(木)

6:30 財団着

8:00 トレーニング 於:有明

10:00 林 振江 明治大学教授

13:00 東洋経済新報社 取材

終日 財団内打合せ、原稿書き、寄付金への礼状書き
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