不況下における介護・福祉人材確保の課題景気が悪くなっても、なぜ人材確保に苦しむのか?不況と福祉人材確保との関係 現在のような不況に陥るまで、「介護人材が確保できないのは、好景気で「福祉なら働ける人」がいなくなったからだといわれていた。しかし、不況下でも人材確保の状況は一向に好転していない。社会福祉士、介護福祉士、保母などの社会福祉専門職の有効求人倍率は、好不況とは関係なく05年から1を上回る状況が続いていたが、リーマンショック後の09年1月には1.82を示し、不況下においても人材確保難は解消されるどころか激しさを増している。
福祉人材難の原因 好不況の波と関係なく福祉人材の確保が難しい原因は以下の諸点にあると考えられる。
第一は、福祉・介護職員の高い離職率である。(財)介護労働安定センターの調査によると平成20年度における施設介護職員+訪問介護員の離職率は18.7%、全労働者離職率8.2%を大きく上回っている。 介護職はすべての福祉従事者の6割を占めると言われる。毎年2割近い職員が退職していく状況を放置していては人材確保難は解消できない。
第二の原因は、切り下げられ続けてきた人件費である。福祉分野の常用介護労働者の平均年収は下がり続けている。筆者が厚生労働省毎月勤労統計から算出した福祉職の平均年収は、2001以後下がり続けている。この間は、非正規職員や派遣労働者の増加が全産業に広がり、全産業労働者の平均年収も下がっているが、福祉職の平均年収は全産業を超えて下がり続けている。筆者の試算では2001年全産業労働者(常用)平均年収422万円に対し、福祉職383万円(対全産業比91%)であったものが、2007年には396万円に対して285万円(同72%)になっている。
契約社員の増加や、正規職員の賞与の減額などが平均値を下落させた原因と思われる。介護労働安定センター調査では介護職の月平均実賃金(手当含む)は全国平均で月給者235,693円、日給者142,345円である。
第三の人材確保難の原因は、経営者の姿勢に起因する企業文化(職場風土)が良くないことである。
介護労働安定センター調査によると、介護職の退職理由の第一位は「法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満」23.4%、第二位「職場の人間関係に不満」23.0%、第三位「収入が少ない」21.8%、第四位「他に良い仕事があった」20.0%である。退職者のほぼ半数が退職の理由に、法人の経営姿勢や職場の人間関係を理由にあげている。好ましくない企業文化を改善しない限り、人材の確保・定着は好転しない。
人材確保難にどのように対処するか 人材の確保はそれだけで単独に存在する問題ではない。調達(採用)・教育・定着・考課・給与・昇格・昇進・福利厚生など一連の人事施策の一部である。また、法人・事業所の人事施策は、法人の理念・目的に基礎をおく経営全体の一部である。このような基本的な視点に立って、弥縫的対策に止まらない対応が必要である。そのための基本は以下の諸点であろう。
1)理念を基礎におく経営を徹底
福祉・介護職の多くは、人の役に立ちたいなど利他的な気持ちを持って入職してくる。ところが、実際のサービス提供場面で人格の尊厳や人権の尊重がないがしろにされているなどの場面に遭遇しているのではないだろうか。一部の職員による利用者への拘束や「いじめ」に疑問を呈したところ「おむつ交換もきちんと出来ないのに生意気を言うな!」と一蹴されてしまった。こうした事態を経営者や管理者は見て見ぬふりをしている、などといったことが、入職者の志を阻喪させる原因になっていることが散見される。
離職原因についての調査結果を他山の石とすることなく、法人の社会的責任に立った理念・目標の実現に向けた日々の経営が求められるところである。
2)人件費抑制
福祉・介護職の平均年収の下落傾向をとどめなければならない。金銭面での処遇を向上さえすれば人材は集まるというわけではないだろう。一方で、給与も人材の確保・定着の重要な要素であることは間違いがない。生活することができる給与水準の確保が大きな目標とならなければならない。
介護保険創設以来、営利企業の参入など競争下での経営に目を奪われるあまり、多くの法人が「経営改善=人件費抑制」という呪縛に囚われてきているように思える。中年世代からの昇給停止など極端な制度改定の実施や、大卒初任給を14万円台に設定しているなど極端な例も見られる。
介護保険創設後2002年、2005年に実施された経営実態調査において、介護施設におけの10%超の利益が明らかになった。この結果2003・2006年の改訂において施設介護報酬が大きく切り下げられてきたのではないだろうか。
社会福祉法人など非営利法人にとっても、事業経営にあたり利益を上げることは決定的に重要である。赤字経営では、法人の社会的責任を果たすことはできないからだ。しかし、非営利法人にとっては、利益をあげることが法人の目的ではない。適正な利益を上げその利益で何を為すのか、何をもって社会(地域)に貢献するのかが重要なのである。
経営=人件費抑制という誤った方策に走った結果、職員の定数を確保できず、人材不足による経営難に陥ってしまったのでは本末転倒であろう。繰り返すが、「人件費ダウン⇒高利益⇒介護報酬ダウン⇒人件費ダウン⇒人材確保難⇒経営難…」という負のスパイラルを生んできた呪縛から離れた経営姿勢が求められている。
給与の水準では、都市部であれば初年度年収300万円前後を目指すべきと考えている。現実に大卒初任給21万円台、初年度年収300万円という水準でも安定的な経営を行っている社会福祉法人は存在していることを付け加えておこう。
3)専門性を重視した人事施策
介護サービスの質は介護職の質に左右される。社会福祉士・介護福祉士制度が発足して20年経過したが、残念なことにこの間報酬などにおいてその位置づけが不十分のまま推移してきた。本年4月の介護報酬改定で、介護福祉士の配置が報酬体系に「加算」として加えられたが、医療保険における看護師の配置への評価と比べると未だ不十分なものと考えている。
介護報酬の次期改定では介護の質をさらに重視した改定が行われる方向であり、長期的な視点で専門職の採用、資格取得への援助などを重点課題としなければならないであろう。
4)組織をあげてサービスの質の向上を
介護職は利用者・家族の喜ぶ顔を見ることで成長する。誰もが良いワーカーになろうと夢を抱いて就職してきている。このような人材を、研修・教育を通じて定着させ「人財」に成長させることが重要な課題である。
例えば、介護は歴史が浅く、そこには解決すべき課題が未だ多く残されている。解決すべき課題はケア(介助)場面で多く見られるが、その他にも、記録などケアに付随する業務の効率化・合理化の課題も山積している。業務の改善によって生まれた時間をより利用者のために使っていくことが重要である。
サービス向上のために、職場内外の研修が行われているが、これに加えて現場発想で行う職員の研究活動が重要である。研究活動は職場の活性化、福祉・介護職の成長など大きな成果が期待できる大変重要な取り組みと言える。
5)環境を把握し、事実に基づく対応でクオリティ・マネジメントを実践
組織の経営管理においては、理念に基づき、環境を把握し、戦略を策定し、行動計画を立て、それを実施し検証するというマネジメントサイクルを回し続けることが大切である。法人・事業所の事業展開のすべての場面で、サービスの質を高めるための取り組み(クオリィティ・マネジメント)が意識的に展開されなければならない。
人材確保に関して言えば、例えば以下のことについて、事実に基づいて徹底的に検証見直しを図る取り組みが行われなければならないだろう。。
・法人・施設の離職動向を把握、原因の分析
・入職前の期待と入職後のギャップについての調査
・離職者が決定してから求人を始めるという「アテツギ」的方法の見直し
・求人広告の内容の見直し
・・・など
何よりも、担当者任せにせず、法人の課題として組織のトップが関与しなければならない。
1法人1施設で職員総数60名台という規模で、毎年早期に新卒定期採用を行い、良い結果を残している法人もある。退職者が出る都度行っている広告や面接等に要する費用(職員調達費)も改善すべき課題であろう。
おわりに 「景気が悪くなれば人は集まる」は事実ではないこと、現状をしっかりつかみ、狙いを定めて、法人力・経営力を発揮して人材確保に取り組まなければならないことを述べてきた。
「不況待望論」では人材確保はできないし、そもそも福祉の仕事が「福祉なら働ける」というたぐいのものではなく、そのような認識では優秀な職員を確保することはできない。福祉職への社会的評価をあげるためにはどのようにすべきかというソーシャルアクションの考えにも立って、それぞれの法人・事業所の真摯な取り組みが望まれていると言えるのではないだろうか。
(以上)
【参考資料】
・介護労働安定センター「平成20年度介護労働実態調査結果」
・厚生労働省「平成20年上半期雇用動向調査」
・堀田聰子「訪問介護員の定着・能力開発と雇用管理」東京大学社会科学研究所人材ビジネス研究寄付部門研究シリーズNo.11,2008.3.
・全国社会福祉協議会「介護施設・事業所のための戦略的な採用と初期の定着促進の手引き」2008.12.