茅葺き農家群
[2008年11月04日(Tue)]
今回はちょっと授業で面白い体験をしたので、それを書きたいと思います
今期取っている授業の一つに「NPOと社会」というプロジェクト科目があるんですが、
これは普通の講義とは違って、実際にNPOで働いている人が講師となって
休みの日を利用してNPOについて学んでいきます。
今回は茅葺き農家群の保存活動を行っているNPOの方から色々お話を聞きました〓
場所は湯涌温泉というかなり山奥だったので、それぞれバスに乗って現地集合だったのですが、
僕はとりあえず財布を忘れてバスに乗り遅れたので、
仕方ないから1人で原付で30分ほどかけて行きました。
午前中は茅葺き農家内でNPO法の概論や、そこで働いておられる方の生きた話を聞きました。
茅葺きは昔からありましたが、当時の町で一番恐れられたのは「火」でした
つまり火災によって町が燃えてしまうことを恐れたために、多くの城下町では燃えやすい茅葺きという家の造りは禁止されていったそうです。
そのため茅葺きの家は農村部を中心に広がり、昭和40年くらいまではけっこう残っていたそうです。
しかし時代の流れで海外の文化が入ってきたり、
もっと便利な瓦やトタンの家が普及したり、様々な要因が重なって、
急激に減少していったそうです。
一方環境問題が深刻化している現在では、エコという面で茅葺きが注目されており、
イギリスやオランダでは国立大学で日本の茅葺きを取り上げた授業もしているそうです。

僕は日本文化大好きなので、茅葺きの家の中で授業していて、
間違いなく1人だけテンション高かったです
「匂い」とか「音」とか「光加減」とか「造り」とか、色々なものが合わさってとても厳格で質素で、うまく言えませんが、人間らしい気持ちになりました。
こういう家が再び注目されるのは喜ばしいことです
午後からは実際に石川県内の茅葺き師の方の下で茅葺き体験をしました。
侮ることなかれ、めちゃめちゃ「大変」でした。かなりの重労働です
この大変な作業を昔は「結い」と呼ばれる合理的な仕組みで行ったそうです。
つまり1家族ではとてもやりきれない作業なので、○○さんの家が終われば、次は○○さんの家をやってという具合に集落ごとに総出で1つの家の葺き替えをやるということです。
金銭でのやり取りではなく、労働力の貸借、持ちつ持たれずという仕組みで、
現在の希薄な人間関係の社会では考えられないもんだと感じました。
葺き替え作業はまず「端」と「平」に分かれます。
端ってのはその名の通り端っこで、まずはそこから茅を葺いて作っていきます。
その後真ん中の部分である平を作ります。
(↓こんな感じです)



足場は一本の竹を屋根に組んで、その上で作業します。隙間ができるとすぐに腐ってしまうので、
とにかくタイトに敷き詰めて、きつくきつく縄で縛ります。
釘やネジなどの金属は使いません。すべて自然の恩恵だけを利用して、あんなにも丈夫で綺麗な家が出来上がると考えると、すごいの一言に尽きました。
ちなみに1回葺くと、30から40年は持つそうです。
葺き師さんはこれを真夏のカンカン照りの中でやることもあるらしく、それは本当にしんどいとおっしゃってました
今回の授業で、茅葺き師さん達は特に理屈なんか関係なくこの仕事をしているんじゃないかと感じました。
NPOの方達は茅葺きの保存とか啓蒙活動とかする上で、周りの人達を巻き込むために、色々説明しなければなりません。そして相手の関心を買って納得させるだけの理屈が必要になります。だから授業でも「茅葺きは○○に役立つ」とか「○○の効果がある」といった「なるほど」と思う説明が多かったです。
でも茅葺き師の方達はNPOの人たちとは別ですから、仕事をする上で自分を納得させる理由だけあれば十分です。
そしてその理由は科学的や論理的な理屈ではなくて、「良いものだから」とか「大切なものだから」というような本能に近いものじゃないかと、あまり多く語らず黙々と仕事をする茅葺き師さんたちを見て感じました。
こういう生き方をしている人は本当にかっこいいなと思います。
バスに乗り遅れたり、トイレの鍵をかけ忘れて哀れな姿を見られたりもしましたが、
体験して初めてわかることは多いなと改めて感じた1日でした
今期取っている授業の一つに「NPOと社会」というプロジェクト科目があるんですが、
これは普通の講義とは違って、実際にNPOで働いている人が講師となって
休みの日を利用してNPOについて学んでいきます。
今回は茅葺き農家群の保存活動を行っているNPOの方から色々お話を聞きました〓
場所は湯涌温泉というかなり山奥だったので、それぞれバスに乗って現地集合だったのですが、
僕はとりあえず財布を忘れてバスに乗り遅れたので、
仕方ないから1人で原付で30分ほどかけて行きました。
午前中は茅葺き農家内でNPO法の概論や、そこで働いておられる方の生きた話を聞きました。
茅葺きは昔からありましたが、当時の町で一番恐れられたのは「火」でした
つまり火災によって町が燃えてしまうことを恐れたために、多くの城下町では燃えやすい茅葺きという家の造りは禁止されていったそうです。
そのため茅葺きの家は農村部を中心に広がり、昭和40年くらいまではけっこう残っていたそうです。
しかし時代の流れで海外の文化が入ってきたり、
もっと便利な瓦やトタンの家が普及したり、様々な要因が重なって、
急激に減少していったそうです。
一方環境問題が深刻化している現在では、エコという面で茅葺きが注目されており、
イギリスやオランダでは国立大学で日本の茅葺きを取り上げた授業もしているそうです。

僕は日本文化大好きなので、茅葺きの家の中で授業していて、
間違いなく1人だけテンション高かったです
「匂い」とか「音」とか「光加減」とか「造り」とか、色々なものが合わさってとても厳格で質素で、うまく言えませんが、人間らしい気持ちになりました。
こういう家が再び注目されるのは喜ばしいことです
午後からは実際に石川県内の茅葺き師の方の下で茅葺き体験をしました。
侮ることなかれ、めちゃめちゃ「大変」でした。かなりの重労働です
この大変な作業を昔は「結い」と呼ばれる合理的な仕組みで行ったそうです。
つまり1家族ではとてもやりきれない作業なので、○○さんの家が終われば、次は○○さんの家をやってという具合に集落ごとに総出で1つの家の葺き替えをやるということです。
金銭でのやり取りではなく、労働力の貸借、持ちつ持たれずという仕組みで、
現在の希薄な人間関係の社会では考えられないもんだと感じました。
葺き替え作業はまず「端」と「平」に分かれます。
端ってのはその名の通り端っこで、まずはそこから茅を葺いて作っていきます。
その後真ん中の部分である平を作ります。
(↓こんな感じです)



足場は一本の竹を屋根に組んで、その上で作業します。隙間ができるとすぐに腐ってしまうので、
とにかくタイトに敷き詰めて、きつくきつく縄で縛ります。
釘やネジなどの金属は使いません。すべて自然の恩恵だけを利用して、あんなにも丈夫で綺麗な家が出来上がると考えると、すごいの一言に尽きました。
ちなみに1回葺くと、30から40年は持つそうです。
葺き師さんはこれを真夏のカンカン照りの中でやることもあるらしく、それは本当にしんどいとおっしゃってました
今回の授業で、茅葺き師さん達は特に理屈なんか関係なくこの仕事をしているんじゃないかと感じました。
NPOの方達は茅葺きの保存とか啓蒙活動とかする上で、周りの人達を巻き込むために、色々説明しなければなりません。そして相手の関心を買って納得させるだけの理屈が必要になります。だから授業でも「茅葺きは○○に役立つ」とか「○○の効果がある」といった「なるほど」と思う説明が多かったです。
でも茅葺き師の方達はNPOの人たちとは別ですから、仕事をする上で自分を納得させる理由だけあれば十分です。
そしてその理由は科学的や論理的な理屈ではなくて、「良いものだから」とか「大切なものだから」というような本能に近いものじゃないかと、あまり多く語らず黙々と仕事をする茅葺き師さんたちを見て感じました。
こういう生き方をしている人は本当にかっこいいなと思います。
バスに乗り遅れたり、トイレの鍵をかけ忘れて哀れな姿を見られたりもしましたが、
体験して初めてわかることは多いなと改めて感じた1日でした
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本当に貴重な体験でめっちゃ面白かったです
役割はそれぞれ違いますけど、
その産物を守っていこうという気持ちだけはみんな同じものを持ってるのが、なんというか、
素敵でした