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コモンビートの中心から代表が叫ぶ!りじちょーブログ更新中!

特別なことじゃないダイバーシティ&インクルージョンの日常を切り取るNPO法人コモンビートりじちょー安達亮のブログです。平日は毎日更新しています!


日々の生活で「違い」を感じ取ること [2015年02月10日(Tue)]
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おはようございます。NPO法人コモンビート、代表の安達です。

先日、アップリンク渋谷で映画「バベルの学校」を鑑賞してきました。
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違ってたっていい。違ってるからいい。
24人の生徒、20の国籍、24のストーリー。
フランス中を感動に包んだドキュメンタリー。
舞台はパリの中学校。世界の縮図のようなクラスが1年後にたどりつく先は…?
(公式HPより抜粋)
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今日は映画から感じ取ったり、日々の生活で感じていることを文章にしてみようと思います。

「違い」って普段日本で生活していると、同じ日本人同士ではあまり感じないものなのかもしれないと思いました。人によるとは思いますが、ほとんどの人が日本人同士で生活している環境にいると思うので、「同じ」まではいかないまでも「違い」を感じない生活をしているのでは?と思いました(自分自身そうだったりします)。

では「違い」を感じるときはいつなのか?
国籍、宗教、性別、年齢の違いを感じたときでしょうか?

そもそも人はひとりひとり「違う」わけなので、常に「違い」を感じる必要があるいうのが答えなのかもしれません。家族であってもひとりひとり違っているわけですからね。

「違い」には見えるもの(外見、性別、年齢、働き方の違いなど)と見えないもの(経験、育った環境、文化、宗教、学歴、地位、所属する組織)があるといいます。見える違いを取りか囲む大きな属性が同質的だと先ほど書いたような「同じ」感覚になってしまうのは当たり前で、その人の内側にある「見えない違い」を忘れてしまうということが普通だと思います。

映画「バベルの学校」の環境では見える違いと見えない違いが両方とも表出化しています。「見えない違い」も言葉にして伝えていく…そこには各自の個性の主張があります。全員が「違う」ことが明白な環境だから、表現しないと自身をわかってもらうことができないということなのでしょうか。クラスの先生も、自分の主張を忘れずに、彼らの言うことに耳を傾けている姿勢が見られます。互いに「違い」があることを認識した中でコミュニケーションをとっているわけです。でも、クラスはバラバラしているのではなく、だからこその一体感があるように見えました。

コモンビートも「個性が響きあう社会」の実現を目指すからには、「違い」と向き合っていかなくてはと思います。「違い=個性=人」となると思うので、「人と向き合うこと」がやはり大切な考え方だということが、「バベルの学校」を鑑賞して改めて思ったことです。自分自身を完璧にわかってくれる他人はいません。自分を全身で表現(言葉以外のものも含めて)していった結果、相手に伝わり(相手の個性による解釈で全部は伝わりませんが)ます。全部を伝えるのが難しいからこそ、コミュニケーションをとって都度調整しながら進んでいきたいと思います。

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