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プロボノをはじめたきっかけ [2016年08月01日(Mon)]

プロボノをはじめたきっかけについて書いていきたいと思います。

人生最初のプロボノは、ちょうど10年前にさかのぼります。
2006年にはいくつかのプロボノをやらせていただいたのですが、
後年のプロボノ観に大きな影響を与えることとなったのは、サービスグラントのプロジェクトでしたね。
支援先は、アムネスティ・インターナショナル日本。アムネスティ・フィルム・フェスティバルという映画祭のロゴを担当させていただきました。

詳しくはこちらのブログ記事に書いております。
【ロゴ】アムネスティ・フィルム・フェスティバル


では、そもそもなぜプロボノをやりたいと思うようになったのか。
それはさらに時計を逆回転して、、、今から19年前の1997年まで振り返らないといけませんね。
高校を卒業して、大学入学までの春休み。
福井県三国町沖のナホトカ号重油流出事故に、人生初の災害ボランティアとして赴いたときが、私のスタート地点と言えるかもしれません。

ボランティア登録のため、受付へ。
その際に聞かれた質問が「林田さん、何かできることはありますか?」
この質問にガツーン!という衝撃を受けた記憶があります。

高校は体育会系の部活に所属していた程度で、特に「これができます!」と言えるものがありませんでした。ですので、私の回答は「いえ、ありません。体力くらいです」というものでした。

重油回収ボランティアをさせていただくなかで、周りを見渡せば、たくさんの社会人ボランティアが職能を活かしてキビキビ動いていらっしゃいました。

タクシーの運転手さんは、ボランティアの送迎を。
整体師さんは、肉体労働で疲れたボランティアのマッサージを。
Webサイトをつくれる人は情報発信、リーダーシップのある人は会議を仕切り、
料理をつくれる人は炊き出しをしていました。

「ああ、僕もいつか、これができます!と言えるような人間になりたい」
そんなコンプレックスが生まれた瞬間だったと思います。


その後、親切な方のご厚意のおかげでデザイン会社で修行させていただくことができ、
会社に置いてあった雑誌ソトコトの連載記事で、サービスグラントのことを知りました。
その連載記事を執筆していたのが、サービスグラントの創設者、嵯峨さんです。


私にとってのプロボノ10周年を記念する今年、
なんと今週末に広島県福山市で、プロボノ経験者として
お話をさせていただくことになりました。
嵯峨さんや、その他のプロボノワーカーさんも登壇されます。
とても楽しみです!


「プロボノ」って何?入門セミナー
日程:2016年8月6日
場所:まなびの館ローズコム 4階
http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/machisapo/73151.html