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中嶋れん(日本共産党 前宮城県議会議員)のブログ
日本共産党宮城県委員会政策委員長。
シエルの会(自閉症児の親の会)会長。
原発問題住民運動宮城県連絡センター 世話人。
東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター事務局次長。
青森県むつ市大畑町生まれ。青森高校、東北大学理学部物理学科卒。
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「新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか」ー押谷仁教授(東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野)の連続投稿に注目しています。[2020年02月24日(Mon)]
 「東北大学大学院医学系研究科・医学部」のサイトに医学系研究科微生物学分野教授の押谷仁氏の最初のメッセージ「新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか」がアップされたのは2月4日付でした。「嵐の晩 遠くに灯が 一つ見えた」思いで拝見しました。それ以来、注目してきました。
 2月22日付で連続投稿の第4回「想像する力を武器に」が掲載されました。
 以下は、その引用です。

 この文章を書いている2月21日は、2003年のSARSの国際的な流行にとって非常に重要な日であった。ちょうど17年前のこの日に広東省広州で患者から感染した医師が香港のホテルに滞在していた。その1人の感染者からこのホテルの9階に滞在していた宿泊客の多くが感染しており、これらの人たちが体内にウイルスを保持したまま、ハノイ・シンガポール・トロントなどに移動することでグローバルな流行となった。このホテルでのたった1つの感染拡大がなければ、SARSのグローバルな流行は起きなかったかもしれないと考えられている。
 それから17年後の今、我々は17年前よりもはるかに難しい問題に直面している。今回のウイルスの病原性は17年前のウイルスよりもはるかに低いものの、そのことが感染者の検知をはるかに難しくしている。さらにグローバル化の進展により、我々はこのウイルスに制御不能なほどの拡散スピードを与えてしまった。
 このような人類にとって新しい感染症、すなわち新興感染症が人類全体の脅威になることは1990年代には指摘されていた。21世紀に入って最初の新興感染症の流行はSARSであった。その後も鳥インフルエンザH5N1、新型インフルエンザH1N1、鳥インフルエンザH7N9、MERS、エボラウイルス、ジカウイルスなどの流行が相次いで起きてきている。人類はこのような自然からの警告をもっと謙虚に受け止めて、このような感染症への体制を整備してくるべきであったはずである。
 このような21世紀の問題に対峙するために最も大切なことは、他者を想う想像力だと私は考えている。武漢で自らの結婚式を延期して患者の診療にあたっていた青年医師が死亡したことが報道されている。どれだけの日本人が彼の無念さを想像できているのだろうか。
 湖北省を中心として中国でのこのウイルスによる死者数は毎日増えており、すでに2000人をはるかに超えている。WHOが緊急事態を宣言した日に、WHO事務局長のDr. Tedrosは増えていく死亡数について言及し、It’s people, not numberと述べている。数ではなく、このウイルスがなかったらもっと長く生きられたはずの人たちの人生があったことを想像する力がこのウイルスとの闘いには必要だと私は考えている。
 今、日本はこのウイルスとの闘いで重要な局面を迎えている。本来は国内問題ではなく、起こるべくして起きたことでもないクルーズ船という問題により、我々は大きなハンディを背負ってこのウイルスとの闘いをスタートせざるをえなくなっている。日本ではいったん見失っていた感染連鎖が2月13日から見つかってきている。本来はここから少しずつ増えてくる感染者に順次対応していけばよかったはずの医療機関が、一気に増えたクルーズ船の乗客・乗員の中の感染者の多くを抱えざるを得なくなっている。その中には集中治療を必要とする重症者も含まれている。
 今、感染拡大を許してしまうと首都圏を中心とした医療機関が一気に限界に達してしまうという危険性が現実のリスクとなりつつある。そうなると日本の医療をもってすれば救えたはずの命が救えなくなるという事態が起こらないとも限らない状況に我々は直面している。
 これまでほとんどの一般の人たちは自分がこのウイルスに感染しないためにはどうしたらいいかということのみを考えてきたはずである。政府やメディアの情報も、そういったものが多かった。手洗いやマスクがこのウイルスの個人の予防にどの程度効果があるかどうかは実はよくわかっていない。しかし、個人がこのウイルスとの闘いに確実に貢献できることがある。それは、ウイルスに感染した、もしくは感染したかもしれない人が最大限の努力をして他の人に感染させないようにすることである。
 このウイルスに感染しても多くの人にはちょっと長めのインフルエンザのようなものか、それよりも軽い人もいるはずである。しかし、その人が誰かに感染させそこから感染連鎖が始まってしまうとその先には確実に重症化する人がいる。さらに亡くなる人が出てくる可能性もある。そこで亡くなる人は「60代の女性」ではなく、もしかすると来月生まれてくる初孫の顔を見られていた女性だったかもしれないという想像力を持つことが必要だと私は考えている。
 これまでのデータから軽い症状しかない人でも他の人に感染させる可能性が十分考えられる。普通のインフルエンザではたいていの人は療養のために会社や学校を休んでいる。しかし、このウイルスでは、療養のためではなく風邪程度の症状であっても他の人に感染させないために自宅にとどまることが絶対に必要である。症状の軽い人にはインターネットなどを使って仕事・勉強などができる環境を整備することも早急に行っていただきたい。
 このウイルスは非常にしたたかなウイルスである。今後、日本でも厳しい局面があることも十分に考えられる。しかし、このウイルスの弱点も少しずつわかってきており、希望の光も見えてきている。私はこのウイルスを日本で早期にコントロールすることは十分に可能だと、今は考えている。この光を確かなものにするために日本に住むすべての人が今何ができるかを真剣に考えることが必要である。

 医学系研究科微生物学分野 教授 押谷仁

(以上、引用終わり)
これまでの投稿は、以下のアドレスにアップされています。

●第1回 新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか (2月4日)

●第2回 新たな段階に入っている新型コロナウイルスと人類の戦い (2月12日)

●第3回 新たなフェーズに入った日本での対応はどうあるべきなのか (2月15日)





「新しい歴史教科書」が異例の「不合格」に。[2020年02月23日(Sun)]
 「新しい歴史教科書をつくる会」系の自由社が発行する中学歴史の教科書が、文部科学省の検定で不合格に。過去に合格した教科書が、一転して不合格になるのは極 めて異例です。
 「つくる会」が 21 日に記者会見し、ホームページ上にも「見解」等を公開しました。
 「新しい歴史教科書」は、文科省によると2008年、2010年、2014年度の検定には合格していました。
 「つくる会」によれば、昨年11月、文科省から405カ所の「欠陥箇所」が指摘されたとのこと。うち175カ所について反論書を提出しましたが、全て認められず、昨年12月に不合格が確定しました。「理解しがたい・誤解するおそれ」という指摘が 7 割以上を占めたとのこと。

 さて、この記者会見がまた問題のようです。 文科省は、3月中旬以降となる検定結果の公表前に、「つくる会」が不合格になったことを明かしたことについて、「省の規則に明確に違反しており、何らかの指導と事情聴取をする」(同省教科書課)とのこと。おやおや。

  以前、教科書検定では、いったん不合格となっても、指摘された点を修正して再申請すればほぼ合格していました。
 2016年3月、欠陥箇所が 1 ページあたり 1・2 カ所以上あれば再申請ができなくなる、いわゆる「一発不合格」の新制度ができました。 今回は、この制度が小中高の全教科書を通じて初めて適用された事例とされています。
宮城県議会で女川原発問題の本格論戦。避難計画を天候に関わらず「十分機能する」と村井知事が強弁、女川町が孤絶した事実を無視して避難計画を正面から弁護したのは初めてです。[2020年02月22日(Sat)]
 2月21日、宮城県議会では代表質問が行われました。原発問題は、「県民の声」の坂下賢議員、日本共産党の三浦一敏議員の2人が取り上げました(自民党の高橋伸二議員は原発問題には触れませんでした)。

 女川原発2号機の審査書が了承されたら、いわゆる地元同意が焦点になりますが、村井知事は答弁で、再稼働の必要性、安全性、防災計画について説明する住民説明会をやったうえで、県内市町村長や宮城県議会の意見を聞くと表明。説明会についてはUPZ圏内Z(女川原発から30キロメートル以内)で数カ所の開催を予定していると答えました。

 県が設置している「女川原子力発電所2号機の安全性に関する検討会」の今後については、原子力規制庁の審査官を招いて審査の説明を受ける予定であること、85項目の論点ごとに意見をまとめてもらう(時期は未定)と答弁しました。

 三浦議員が、再稼働させるよりも再稼働をやめた方が経費が少なくなるのではないかとただしたのに対して、村井知事はそのような試算は「承知していない」と、答弁を避けました。

 天候により想定する避難計画がまったく機能しない心配があるという追及に対して、村井知事は「天候に関わらず避難計画は十分に機能するものと考えている」と答弁しました。
 大震災の地震で道路が寸断された2011年3月11日、そして昨年の台風19号に襲われた時も、町外に至る道路が寸断されて、女川町は長時間にわたって孤立しました。
 避難計画を正面から弁護した答弁は初めてだと思いますが、事実をねじ曲げたのでは破綻しますね。

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女川原発に26日にも「合格」、東北放送が速報。[2020年02月21日(Fri)]
 原子力規制委員会が26日の定例会合で、国民から寄せられたパブリックコメントの結果をまとめた上で女川原発2号機の審査書を了承するのではないかと、東北放送が速報しました。
 定例会後の議題になっていることをご確認ください。
 審査書が了承されると、これまでの例では直ちに経済産業大臣が東北電力が申請している設置変更の申請に許可を与えます。そして、その日のうちにエネルギー庁長官等を派遣して村井知事に「理解の確保」(いわゆる地元同意)を求めます。焦点は、地元自治体の対応に移ります。

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宿泊税、村井嘉浩宮城県知事が導入強行を答弁。修学旅行の減免等を実施すると、これは作戦どおりか。ヒドイなあ。[2020年02月21日(Fri)]
 2月21日は宮城県議会の代表質問の日。
 宿泊税について。自民党の代表質問に答えて、村井知事が修学旅行や部活動等の教育活動に伴い宿泊は幅広く課税免除すること、宿泊税を徴収することになるホテル・旅館等に特別徴収義務者交付金を一定割合で交付すること、会計システムの改修などに要する経費に配慮して交付金を上乗せすることを答弁した。
 村井知事は、自民党県議団や宮城県町村長会が要望した修学旅行非課税等を受け入れず、直前まで妥協しない姿勢を見せていた。「あれは、わざとであって、あとで折れてみせて、反対する世論の全体を抑え込むつもりだろう」と見ていたが、予想通りになった。「結果としてメリットが出る」と、あくまでも強行する姿勢を示した。
 質問者の高橋伸二議員は、初めに「県民の声を聴かない知事」と追及したが、第二問目で、そうではないことが示されたかのように描き出した。「やって良かったという結果を示してほしい」と発言。自民党は、知事と一緒に宿泊税を推進するいうことだね、これは。
 かつて中曽根康弘氏が「羊が鳴かないように毛をむしる、これが税の極意」と発言したが、羊にとって災難であることには変わりがない。

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女川原発の水蒸気爆発防止対策とベントによる放射能汚染を再検討するよう安全性検討会に要請、村井知事に「合格」させないよう緊急の申し入れを行いました。[2020年02月19日(Wed)]
 脱原発をめざす宮城県議の会と宮城県内の17団体が、村井嘉浩知事と若林利男・女川原発の安全性に関する検討会座長あてに、水蒸気爆発防止対策とベントによる放射能汚染の2つの問題について、検討会での再検討を要請しました。村井知事には合わせて「合格」させないよう原子力規制委員会に申し入れることを求めました。

 要請の1点目は、放射能を閉じ込める格納容器の機能保持に関わる、水蒸気爆発を防止する問題についてです。
 IAEA(国際原子力機関)は、炉心溶融への対応として、水蒸気爆発が起こらないように、溶融炉心と水が接触しない方法を推奨しているのに、女川原発でこれに反する対策が準備されています。2月7日の検討会で、脱原発県議の会の要請にこたえて、水蒸気爆発問題の再検討が行われましたが、東北電力は実験データの誤引用について、真実の実験データをいつ知ったのかという質問には回答せず、引用の初歩的なミスについても認めませんでした。
 この検討会に初めて外部委員として成合英樹氏(筑波大学名誉教授)が招かれましたが、思い出話を語っただけで、水蒸気爆発に関わる具体的な発言はなく、傍聴席から失望のため息がもれました。
 それなのに若林利男座長が報道機関の取材に答えて「論点整理は一通り終えた。それぞれの専門性を生かし、活発な議論が出来た。意見や要望の集約に入りたい」と、傍聴者が到底納得できない発言をしました。
 そこで、水蒸気爆発に詳しい高島武雄氏の意見書を提出し、再々検討を要請したものです。

●高島武雄氏の意見書はこちら右矢印1200219 安全性検討会への高島武雄氏の意見書 提出版.docx

 要請の2点目は、格納容器内部のガスを放出するベントについてです。
 重大事故がおきそうになったら、原発は「止める・冷やす・(放射能を)閉じ込める」という安全対策が基本でしたが、「止める・冷やす・(ガスと放射能を)放出する」という、ベントを多用する方針に大転換しました。県民の被曝と県土の放射能汚染を招くことがないのか、きわめて慎重の検討されなければならない問題です。
 内部のガスを直接放出する耐圧強化ベント管を使用したら、規制基準の3.6倍の360TBqのCs-137が放出されることが判明しました。東北電力は、耐圧強化ベントは「炉心損傷が始まった後は使用しない」と言っていますが、炉心損傷の時期を正確に把握できるのか、とくにフィルターベントが100%確実に機能するのかの厳重な確認が必要です。
 放射能が引き起こす汚染についての評価は避難計画ともかかわる大事な問題なのに、2月7日の検討会では単純化した不正確な説明が行われ、納得できないものでした。

●安全性検討会への要請書はこちら右矢印1200219 安全性検討会に関する要望書.docx

 女川原発で耐圧強化ベントを使用することは、県民の生命と財産に取り返しのつかない危害を及ぼします。
 こうした結果を招いているのは、そもそもベントという手法が、放射能を閉じ込める装置である格納容器に「風穴」を開けるものであること、住民の被ばくと環境汚染を前提にしていることに由来しています。根本的には、炉心損傷事故を防ぐことができない危険な技術である原発を使い続けようとしていることに、問題があります。
 県民の被ばくと県土の放射能汚染を防ぐ確実な方法は、再稼働を中止することであり、それ以外の確かな道はないことがハッキリしました。
 そこで村井知事に、東北電力女川原子力発電所2号機の設置変更許可申請書に関する審査書案を撤回し、女川原発を「不合格」にするよう原子力規制委員会に求めるよう要請しました。

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原子力規制委員会への要請行動に参加しました。原発問題住民運動全国連絡センターの代表委員として。[2020年02月17日(Mon)]
 原発問題住民運動全国連絡センターが2月16日に川崎市で開催した第33回総会・交流集会に参加しました。翌17日、東京電力、電気事業連合会、原子力規制委員会への要請に参加しました。
 東京電力との意見交換では、ADRの和解提案さえ拒否して、東京電力が最後の一人までとした「3つの誓い」を破って損害賠償に背を向けていることをめぐって激しい議論を闘わせました。
 電気事業連合会には、脱原発政策の先頭に立つよう求める初めての問題提起をしました。
 原子力規制委員会には、深層防護の第5層の「住民避難」が新規制基準に盛り込まれていない こと、「世界の最高水準とはとても言えない」ことをめぐって議論しました。伊東達也・筆頭代表委員は、「必ず更田豊志委員長に伝えてください」と、要望書を規制庁職員に手渡しました。

<原子力規制委員会への要望書>
 福島第一原発事故から今年で10年目を迎えますが、原子力事故災害は、「五輪で終わり」「10年区切りで終わり」というものではありません。今なお8万5000人もの福島県民が故郷に戻ることができていません。
 私たちは、福島第一原発事故による被災者・被災地対策が事故は終わったとして、その打ち切りさえ行われています。断じて許されないことです。
 また、事故収束対策が容易に進んでいません。事故収束は、福島復興の前提条件であり、その遅れは復興の遅れにつながるものです。その事故収束対策は多義にわたりますが、住民への不安・心配を新たに増大させるようなことがあってはなりません。
私たちは、東電と国に、原子力災害が続く限り、真摯に被災者・被災地対策に取り組むことを求めています。合わせて、福島第一原発事故の検証、原子力政策の検証のないままに、原発依存・固執を続けることは、福島第一原発事故再発の道であり、東芝の経営危機に示されるように日本の経済を大きく歪め、日本の将来のエネルギーの主流たるべき再生可能エネルギー開発を大きく抑制するものであることを強調しています。
 私たちは、国と電力会社が福島第一原発事故の発生の加害責任を率直に認め、躊躇なく原発依存・固執をやめ、再生可能エネルギーへの転換を求めています。
 私たちは、ここで、原発再稼働に中心的役割を果たしている原子力規制委員会へ抗議するとともに、下記の申し入れを行うものです。



1、福島第一原発事故から10年目を迎えます。原子力規制委員会は、原子力災害についてどのような検 証を行ったのか簡潔に説明ください。また、規制委が安全規制上、特別に検討した主な内容について、簡潔に説明ください。
@、私たちは、
@)、規制委の新規制基準が福島原発事故の検証にもとづいたものではないこと、
A)、規制委の新規制基準が世界で有数な火山国・地震国の災害に対して十分な備えとなっていないこと、  
B)、国際原子力機関(IAEA)は「深層防護」の第1層〜第5層まで各層の防護対策を提起していますが、新規制基準は、第4層前半までの技術的措置に限定されています。実際には、第4層前半の措置でも危うさが指摘されます。つまりIAEA基準に違反していること、
C)、規制委の新規制基準が事実上、原発の再稼働のためのものであるとの疑惑を持っていること、などについて、これまでも機会がある度あるごとに指摘してきました。
これらの指摘は多くの住民が共有しているものと考えます。この間、規制委はこれらの指摘にど う対応しましたか!?

A、広島高裁は伊方原発について、「地震火山の想定が不十分」として、3号機の運転を再び認めない仮処分を言い渡しました。規制委の新規制基準に基づく判断について「その過程に過誤ないし欠 落があったといわざるを得ない」としました。当然、規制委の適合審査全体を見直すべきです。規制委の見解を求めます。

B、安倍晋三首相は「日本の規制基準は世界一厳しい」と謳い文句のようにいいます。これを言わせ ているのは規制委しかあり得ませんが、どこが世界一厳しいのですか!?
日本の原発立地は世界一危険でなものです。それを首相に言わせることも規制委の責任ではない ですか!?

2、規制委は万が一の事故時の避難計画について、指針は出しながら審査対象としていません。当然規制の対象とすべきものです。見直しを求めます。
 福島原発事故以前、国際原子力機関(IAEA)の安全勧告にある苛酷事故対策と緊急時対策を日本だけは公的規制の対象から外していました。このことが福島第一原発事故を誘発したと言っても過 言ではありません。事故後、規制委は、苛酷事故対策は規制の対象としましたが、「1」項にあるように、IAEA基準をクリアしたものではありません。緊急時対策は依然として規制対象から外しています。これは福島第一原発事故の教訓を無視するものです。

3、汚染水対策を糺します。
@規制委は当初から「処理水の海洋放出」を主張しているとされますが、それは事実ですか!? 「放出基準以下なら放出」は問題のごく一面にほかなりません。これに絡む問題の多面的な検討を要する問題です。
A規制委が主張するとしたらどのような権限に基づいているのですか!? その根拠は!?
B処理水には除去不能のトリチウムだけではなく他の放射性物質も混じっているとされます。それ らも「基準以下に希釈すればいい」ということですか!?
C元原田義昭・環境相は処理水について「(海に)に思い切って放出して,それを希釈するという選択肢しかない」と発言しました。これは希釈して放出ではなく、処理水をそのまま放出するという違法発言です。規制委はこの違法性を指摘しましたか!?
D阿武隈山系の太平洋側に降る雨の大半は地下水となって太平洋に放出されます。ここに立地する福島原発は建設時から地下水流入に対処を余儀なくされてきました。この地下水が事故機の原子炉建屋に流入し、汚染水増加を招いています。このことは初めからわかっていたことです。とすれば、処理水タンクは1,000d級ではなく石油備蓄で経験済みの10万d級で対応すべきものです。10万d級タンクで貯蔵し、トリチウムの自然減衰を待って放出すれば問題はありません。
 規制委はこの初歩的な対応もできないのですか!?

4、原発訴訟への規制委の干渉を糺します。
@、福島原発群馬訴訟の東京高裁で国は準備書面で避難指示区域外からの自主避難者について、2012年1月以降の避難継続の相当性を肯定して損害発生を認めることは「(避難指示区域外に)居住する住民の心情を害し、ひいては我が国の国土に対する不当な評価となる」から「容認できない」と主張しました。国による暴論きわまれりといえるものです。
A、これに規制委が関与したとされます。規制委が損害賠償を求める裁判にかかわることはあ ってはなりません。それは事実ですか!?

5、いくつかの事項について糺します。
@、東電・柏崎刈羽原発は山形地震発生時(6月18日)、新潟県内の自治体並びに規制庁に対 して「電源異常有」の誤ったFAXを送信しました。改善策をとった後も、訓練用FAXを規 制庁に発信(10月28日)しました。原発の管理運営の基礎的資質を欠いているといわねばな りません。規制委は2018年末、東電の原発の運営管理能力を了としましたが、この評価を見直し、改善を求めるべきです。見解を求めます。
A、中部電力・浜岡原発の「H断層系」の審査会合(2019年12月20日)が開かれましたが、このような審議では結論が出る前に原発使用期間40年が過ぎてしまう懸念を持たざるを得ません。
規制委は春と秋の2回、新規制基準適合審査の状況を公表し、「審査の現状及び課題」を示し、「備考」で補足説明していますが、簡潔すぎます。これでは審議内容がわかりません。もう少し審査内容を開示することを求めます。

6、私たちは、規制委について、当初から「規制」と「推進」の相反任務をおわされて設置されてきたことを指摘してきました。規制委はIAEAが勧告する規制機関の国際基準にまったく反するものです。
 私たちは、「申し入れ」の度に、規制委が名実ともに規制委となるよう努力を求めてきましたが、この間、規制委としては、この指摘にどう対応しましたか。
以上
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自由と民主主義の確立をめざし、議会の多数を得て社会の改革を進めることが日本共産党の一貫した方針、結社の自由を侵害している公安調査庁と一言一句まで同じデマを首相が口にするとは!?[2020年02月13日(Thu)]
 2月13日の衆議院本会議で日本維新の会の議員が、日本共産党が破壊活動防止法の調査対象団体となっている理由を質問したのに対し、安倍総理大臣は「昭和26年から28年ごろにかけて党組織や党員が殺人などの暴力主義的破壊活動を行った疑いがあり、現在も暴力革命の方針に変更はないと認識している」と答弁しました。
 これについて共産党の志位委員長は記者会見で「かつて党が分裂した時期に一方の側が取った誤った行動があったが、党を統一した段階で『間違っていた』ときっぱり否定している。暴力革命とわが党とは全く無縁だ。断固、抗議する」と反論しました。
 そのうえで安倍総理大臣の答弁は去年、衆議院総務委員会での公安調査庁長官の答弁と同じ内容だと指摘し、「本会議の場で総理大臣が壊れたレコードのような反共デマ、掛け合い漫才を性懲りもなく繰り返した」と批判しました。
 昨年3月に同様のことが起った際の声明を以下に紹介します。

野党共闘の分断をもくろむ日本共産党へのいわれなき攻撃
2019年3月23日 日本共産党国会議員団事務局

 いま一部の国会議員から、国会内で日々発展・深化している野党共闘に、荒唐無稽な攻撃が加えられています。「共産党と連携しながらまっとうな政治とうそぶく、あの面々」というものです。共産党はまっとうな政党ではないから、連携する政党もまっとうでなくなるという言いがかりです。
 言いがかりは、公安調査庁が日本共産党を破防法にもとづく調査対象団体に指定していることを根拠にしています。
 3月7日、衆院総務委員会では、「総務行政とは関係のない発言に対しましては、ご遠慮願います」「話を変えてください」という総務委員長の制止の声を振り切って、足立康史議員(日本維新の会)が、共産党の破防法の指定の経緯などを質問しました。それに対し横尾洋一公安調査庁総務部長は、日本共産党について「現在においても、破壊活動防止法に基づく調査対象団体である」とし、戦後、「暴力主義的破壊活動を行った疑いがある」とか、「現在においても…『いわゆる敵の出方論』に立った『暴力革命の方針』に変更はない」などと述べました。
 これは日本共産党の綱領路線を百八十度ねじまげ、歴史の事実を歪曲(わいきょく)した悪質なデマです。

「敵の出方論」=「暴力革命」が成り立たないことははるか前に決着ずみ

 「敵の出方論」をもちだして「暴力革命」の根拠とする議論が成り立たないことは、1989年2月18日の衆議院予算委員会における不破哲三委員と石山陽公安調査庁長官(当時)との論戦でも決着ずみのものです。
 同委員会で不破氏は、国民多数の支持のもとに政権を目指す日本共産党の綱領路線を説明し、「敵の出方論」について、日本共産党など統一戦線勢力が選挙で勝って政権についたとき、これに従わない勢力が暴挙に出た場合に、政府が取り締まることは憲法に基づく当然の権利であることを解明しました。これに対し、石山長官は、「政権を確立した後に、不穏分子が反乱的な行動に出てこれを鎮圧するというのは、たとえどの政権であろうとも、当然行われるべき治安維持活動です」と答えざるをえませんでした。
 その一方で、石山長官は、「敵の出方論」について、「民主主義の政権ができる前にこれを抑えようという形で、不穏分子をたたきつけてやろうという問題」もあると答弁しました。
 これに対しても、不破氏は、1970年の第11回党大会決議の「人民の政府ができる以前に、反動勢力が民主主義を暴力的に破壊し、運動の発展に非平和的な障害をつくりだす場合には、広範な民主勢力と民主的世論を結集してこのようなファッショ的攻撃を封殺することが当然の課題となる」との文言を読み上げ、反論しています。
 日本共産党が、かつての一連の決定で「敵の出方」を警戒する必要性を強調していたのは、反動勢力を政治的に包囲して、あれこれの暴力的策動を未然に防止し、社会進歩の事業を平和的な道で進めるためであって、これをもって「暴力革命」の根拠とするのは、あまりに幼稚なこじつけであり、成り立つものではありません。
 日本共産党は綱領で、「『国民が主人公』を一貫した信条として活動してきた政党として、国会の多数の支持を得て民主連合政府をつくるために奮闘する」こと、さらに将来の社会主義的変革についても、「国会の安定した過半数を基礎として、社会主義をめざす権力」をつくるのをはじめ、「社会の多数の人びとの納得と支持を基礎に、社会主義的改革の道を進む」ことを明らかにしています。
 「議会の多数を得て社会変革を進める」――これが日本共産党の一貫した方針であり、「暴力革命」など縁もゆかりもないことは、わが党の綱領や方針をまじめに読めばあまりに明瞭なことです。

党の正規の方針として「暴力革命の方針」をとったことは一度もない

 公安調査庁は、日本共産党が「暴力主義的破壊活動を行った疑いがある」と述べました。
 1950年から55年にかけて、徳田球一、野坂参三らによって日本共産党中央委員会が解体され党が分裂した時代に、中国に亡命した徳田・野坂派が、旧ソ連や中国の言いなりになって外国仕込みの武装闘争路線を日本に持ち込んだことがあります。
 しかし、それは党が分裂した時期の一方の側の行動であって、1958年の第7回党大会で党が統一を回復したさいに明確に批判され、きっぱり否定されました。
 日本共産党が綱領路線を確立した1961年の第8回党大会では、日本の社会と政治のどのような変革も、「国会で安定した過半数」を得て実現することをめざすことを綱領上も明確にしました。これは外国の干渉者たちが押しつけてきた武装闘争方針を排除したことを綱領上はっきり表明したものでした。それ以来、度重なる党大会や、綱領の改定で、この方針はいっそうゆるぎないものとして確立しています。
 日本共産党が、安倍政権を退場に追い込むために、本気の野党共闘を提唱し、市民と野党の共同を、党本部から草の根で頑張る地方や職場の支部、個々の党員にいたるまで、誠実に努力しているのも、長い間に培ってきた、この綱領路線があってのことです。
 日本共産党は、戦前も戦後も党の正規の方針として「暴力革命の方針」をとったことは一度もありません。歴史の事実を歪曲(わいきょく)した攻撃は成り立ちません。

憲法が保障する結社の自由に対する重大な侵害行為こそやめるべきです

 政府・公安調査庁は、このような使い古しのデマをもとに、今もなお日本共産党を「破壊活動防止法に基づく調査対象団体」だとしています。
 しかし、前述の1989年2月18日の衆院予算委員会での不破氏の追及の前に、石山公安調査庁長官は、当時までの36年間にわたって、「現実に規制の請求を致したことはありません」と述べ、「暴力革命」の「証拠」がそれまでに一つとして見つからなかったことを認めました。
 その後も、30年間が経過していますが、公安調査庁が多額の国民の税金を使い、不当な手段を弄(ろう)して日本共産党への「調査活動」を行っているにもかかわらず、「暴力革命」の「証拠」など、一つもあげることなどできません。
 天下の公党である日本共産党に対して、「暴力革命」という悪質なデマにもとづいて、不当な監視、スパイ活動を行うことは、憲法の保障する結社の自由にたいする重大な侵害であり、ただちにやめるべきです。
 政府・公安調査庁の、不当な行為を悪用して、野党共闘にくさびを打ち込もうという卑劣な行為は、維新の会の、安倍・自公政権への補完勢力という本質を自ら露呈するものというべきでしょう。
(2019年3月23・24日「しんぶん赤旗」掲載)
オスプレイが2月10日仙台空港に緊急着陸、ジャーナリストの半田滋氏が「低温に弱い欠陥」を指摘、寒冷地訓練だった可能性も。「オスプレイはいらない」の声をさらに大きく![2020年02月13日(Thu)]
 「東京新聞」に在籍していた当時、長く防衛省を担当していた半田滋氏が、「スクープ オスプレイが仙台空港に緊急着陸、露呈した『弱点』」をアップしました。以下はその引用です。

 北海道で行われていた陸上自衛隊と米海兵隊による日米共同訓練「ノーザンヴァイパー」の参加に、8日も遅れた米海兵隊の垂直離着陸輸送機「オスプレイ」。その訓練に参加した2機のうちの1機が、千歳基地から帰還する途中の10日、仙台空港に緊急着陸していたことがわかった。
 仙台防衛局によると、米軍から「『凍結警告灯』が点灯したので予防着陸する」との連絡があったという。この日、仙台空港では民間航空機がふだん通りに飛んでおり、筆者が2月9日の「現代ビジネス」記事(オスプレイが「日米共同訓練に大遅刻」した本当の理由は何か?途中で引き返し、機体入れ替えもhttps://gendai.ismedia.jp/articles/-/70321)で指摘した通り、「寒さに弱いオスプレイ」が米側の「証言」によって裏付けられた。

<気温が上がってから離陸>
 ノーザンヴァイパーに大遅刻したオスプレイは、この予防着陸に至るまでの帰路にも曲折があった。
 訓練に参加した米海兵隊普天間基地所属の第262飛行隊の2機は7日、そろって千歳基地から帰還する予定だったが、飛び立ったのは「ET03」1機のみ。北海道防衛局は残った「ET02」は3日後の2月10日に帰還すると発表した。
 そして当日の10日。「ET02」は千歳基地を午後5時9分に離陸したものの――仙台防衛局の説明通りならば――途中で「凍結警告灯」が点灯したため、午後6時40分に仙台空港に緊急着陸した。
この間、北海道上空、津軽海峡を経て仙台空港へ至るまでの飛行時間は、わずか1時間半。翌11日、気温が高くなった午後2時30分になって、ようやく仙台空港を離陸した。
筆者が入手した米海兵隊作成のオスプレイ操縦士のための「飛行マニュアル」によると、「エンジンとブレード(羽根)をつなぐギアボックスの温度を示す『低温ランプ』が点いた場合」は、(1)重要な機動性が減じる(「まともに飛ぶことができない」の意)ことから、(2)できる限り早く着陸することが奨励されている。
 そして、この状況下で「飛行をしていはいけない理由」として、(1)−15℃以下で羽根の防氷箇所の1もしくは2が故障する、(2)−10℃以下で羽根の防氷箇所の3が故障する、などとなっている(防氷箇所の1、2などの部位は不明だが、翼端などを指すとみられる)。
 要するに「羽根に着氷すると飛行できない」との趣旨が書かれ、最後に「着氷したまま長時間飛行すると、羽根に氷が堆積し、機体の振動が増加する可能性がある」として、着氷を放置して飛行を続けないよう注意を促しているのである。
 今回、点灯したとされる「凍結警告灯」と「低温ランプ」が同一のものかはわからない。しかし、民間航空機が問題なく飛行できる程度の低温であっても、オスプレイは飛べない可能性が高いことは、もはや明らかだろう。
 ちなみに、ノーザンヴァイパーに参加していた米海兵隊の攻撃ヘリコプター「AH1Z」2機と輸送ヘリコプター「UH1Y」2機はいずれも予定通り、10日に帯広駐屯地を離陸し、帰還した。
これらの軍用機と比べても、オスプレイの「ひ弱さ」は突出しているのではないだろうか。

<訓練らしい訓練には参加せず>
 あらためてノーザンヴァイパーでのオスプレイの様子を振り返ってみたい。
 訓練は1月22日から始まり、オスプレイ2機は27日に千歳基地に飛来する予定だった。ところが、2機が千歳基地に飛来したのは予定より8日も遅い2月4日。さらに驚かされるのは、やっと来たオスプレイが2機とも、訓練ではごく短時間の飛行にとどまったことだ。
 オスプレイ2機は2月5日午前9時35分、そろって離陸し、5分間の飛行で北海道大演習場に着陸した。1機は午前10時13分に北海道大演習場を離陸し、同20分に千歳基地に帰着。残る1機は午後12時4分に離陸して同32分に千歳基地に着いている。
 また、千歳基地に戻ったうちの1機が午後1時20分に再び飛び立ち、午後2時55分まで1時間35分にわたり、千歳市に隣接する苫小牧市上空まで飛行。千歳市と苫小牧市の住民はすさまじい騒音に驚かされることになった。
 しかし、オスプレイ2機がそろって飛んだのはこの5日だけ。6日は1機が千歳基地と北海道大演習場の間を往復した。往復の飛行時間を合計すると11分間。7日は1機が同様に飛び、飛行時間は合計10分間だった。

 「ノーザンヴァイパー」は2月4日から総合訓練に入り、オスプレイは5日に慣熟訓練を行った上で6日から総合訓練に合流し、兵員空輸やパラシュート降下を実施する計画だった。だが、実際には6日以降、1日1機が10分程度飛行しただけ。
 総合訓練は7日に終了したため、オスプレイは2機とも訓練らしい訓練に参加しないまま、終わったことになる。
 とはいえ、ヘリコプターとも違う独特のエンジン音や風切り音はすさまじく、千歳市では5日に最大値91.6デシベルとパチンコ店内と同じくらいの騒音を記録したほか、6日は90.6デシベル、7日は85.8デシベルを記録した。
 今回の訓練でオスプレイが北海道に残したのは「なぜ大遅刻したうえ、あまり飛ばないのか」という疑問と「飛んだら飛んだで、すさまじくうるさい」という迷惑だけだったのではないだろうか。そして同時に、沖縄の負担軽減の必要性を印象づける結果になった。

<防衛省は把握できているのか>
 より大きな問題は「米軍の秘密体質」と、その秘密体質に唯々諾々と従う「防衛省のことなかれ主義」にある。
 オスプレイがノーザンヴァイパーに大遅刻した理由について、防衛省は「米軍から『運用上の理由』と聞いている。それ以外の説明はない」とまるで子どもの使いのような回答。踏み込んで聞き出そうとしないから、米軍のやりたい放題は広がるばかりだ。
 陸上自衛隊には「悪天候が理由」とやや踏み込んだ回答があったもようだが、これが正式な通告かどうかははっきりしない。
 実は、オスプレイが千歳基地に到着する予定の1月27日には第262飛行隊の「ET01」「ET02」が山口県の米海兵隊岩国基地に飛来していた。燃料の補給を受け、この日のうちに千歳基地へ向かう計画だったとみられる。
 しかし、2機とも動くことはなく、30日になってなぜか「ET01」だけ普天間基地に引き返した。そして日付は不明だが、入れ替わるようにして「ET03」が普天間基地から岩国基地にやってきた。
 その後、この「ET03」は神奈川県の米海軍厚木基地へ移動。2月4日になって厚木基地を離陸して三沢基地へ向かい、岩国基地からやってきた「ET02」と三沢基地で合流、2機は燃料補給を受け、千歳基地へ向けて離陸した。

<「悪天候」では説明がつかない>
 こうしてオスプレイの行程を振り返ると、「悪天候が理由」というだけでは説明がつかないことがある。なぜ機体の入れ替えがあったのか、なぜ1機だけ厚木基地へ向かったのかの2点だ。
 防衛省は、この2点の事実さえ承知していない。これらオスプレイの動向は、地元の監視グループの連携によって確認された動かしようのない事実である。防衛省の情報収集力はこと在日米軍の動向に限っては、一般市民より劣ると言わざるを得ない。
 ノーザンヴァイパーにおける顛末から、オスプレイは寒さに弱いことがはっきりした。オスプレイを採用した米海兵隊は、温暖な米本土南部や暑い中東で運用しているからまだいい。
 陸上自衛隊が米政府から購入するオスプレイの場合は、そうはいかない。演習場は今回のノーザンヴァイパーで使われた北海道大演習場や矢臼別演習場など北海道のほか、仙台の王城寺原演習場など寒冷地が多いからだ。

 自衛隊版オスプレイは、まず今年6月に2機が千葉県の木更津駐屯地に配備されるのを皮切りに、来年3月までに合計5機となり、21年度からは4機ずつ3年間にわたって配備される。防衛省が見込む佐賀空港での受け入れ態勢が整わない限り、合計17機が木更津駐屯地に置かれることになる。
 防衛省は、オスプレイが「欠陥機」といわれる理由のひとつである「オートローテーション機能(ローターが停止しても緊急着陸できる機能)がない」との米国の専門家の指摘を否定し、「ある」と説明している。オスプレイの「真の姿」をどこまで見極めたうえで導入を決めたのだろうか。

 以上、引用は終わり。

 半田滋氏は、2月9日付で、以下の記事を明らかにしていた。
 以下は、その引用。

オスプレイが「日米共同訓練に大遅刻」した本当の理由は何か?
途中で引き返し、機体入れ替えも。

 一体、どうなっているのだろうか。
 北海道で行われていた陸上自衛隊と米海兵隊による日米共同訓練「ノーザンヴァイパー」が8日、終了した。沖縄から飛来する予定だった垂直離着陸輸送機「オスプレイ」は8日も遅れて千歳基地に着き、訓練らしい訓練に参加しないまま終わった。
 防衛省によると、遅延について米海兵隊は「運用上の理由」と言うだけで、まともな説明をしていないという。陸上自衛隊には「悪天候が理由」とやや踏み込んだ説明をしているもようだが、千歳基地に隣接する新千歳空港の民間航空機はこの間、問題なく運航している。
 筆者が独自入手したオスプレイ操縦士のための「飛行マニュアル」からは「寒さに弱いオスプレイ」の実像が浮かんでくる。

<予定より8日も遅れて>
 「ノーザンヴァイパー」は2017年8月以来2回目で、冬の実施は初めて。前回は青森県の米空軍三沢基地がオスプレイの整備・補給拠点となったが、米軍側が「三沢基地は海に面しているため霧が発生して飛行の障害となり、予定通りの訓練ができなかった」と主張したことから、今回、防衛省は道内の千歳基地を整備・補給拠点として提供した。
 訓練は1月22日から始まり、オスプレイ2機は27日に飛来する予定だった。予定通りであれば、慣熟訓練を経て、本格的な総合訓練に参加する段取りになっていた。
だが、現実にはそうなっていない。オスプレイの動向は、千歳市のホームページに詳しい(https://www.city.chitose.lg.jp/docs/6586.html)。
 千歳市は、「北海道防衛局から『1月27日、日米共同訓練(ノーザンヴァイパー)に参加するオスプレイ2機が航空自衛隊千歳基地に飛来する予定です』との情報提供がありました」という1月24日の告知から始まり、27日には「オスプレイは飛来しません」と順延を告知。以後連日、オスプレイの「飛来情報」と「飛来中止」が繰り返して掲載されている。
 結局、オスプレイ2機が千歳基地に飛来したのは、予定より8日も遅い2月4日になってから。米海兵隊普天間基地の第262飛行隊所属の「ET03」が正午ごろ、同「ET02」が午後12時25分にそれぞれ着陸した。

<なぜ引き返したのか?>
 実は、千歳基地に到着する予定だった1月27日には「ET01」「ET02」が山口県の米海兵隊岩国基地に飛来し、待機していたことが地元の監視グループの視認調査でわかっている。燃料の補給を受け、この日のうちに千歳基地へ向かう計画だったとみられる。
 しかし、2機とも動くことはなかった。30日になって、なぜか「ET01」だけ普天間基地に引き返し、日付ははっきりしないものの、入れ代わるようにして「ET03」が普天間基地から岩国基地にやってきた。
 その後、この「ET03」は神奈川県の米海軍厚木基地へ移動。2月4日になって厚木基地を離陸して三沢基地へ向かい、岩国基地からやってきた「ET02」と三沢基地で合流、2機は燃料補給を受け、千歳基地へ向けて離陸した。
 こうしてオスプレイの行程を振り返ると、「悪天候が理由」というだけでは説明がつかないことがある。なぜ機体の入れ替えがあったのか、なぜ1機だけ厚木基地へ向かったのか、だ。疑問を解消しようにも、筆者のメールによる問い合わせに米海兵隊からは返事さえなかった。
 岩国市に対する岩国基地へのオスプレイの飛来情報は、昨年8月24日に「オスプレイ4機が飛来する」との連絡が米軍から中国四国防衛局を通じてあったのを最後に途絶えている。
 今回の「ノーザンヴァイパー」に参加する2機について、岩国市基地政策課は「1月27日に2機の飛来を視認した」と言うだけで、その後の動向は「わからない」という。
 普天間基地所属のオスプレイは、過去に2機が墜落して3人が死亡、またエンジン不調による予防着陸が絶えない。しかしその動向を知るには、米側の気まぐれな「好意」による情報提供を期待するか、市民の監視に頼るほかないのだ。

<飛行はきわめて短時間>
 驚かされるのは、やっと千歳基地へやって来たオスプレイが2機とも短時間の飛行にとどまったことだ。
 オスプレイ2機は2月5日午前9時35分、そろって離陸し、5分間の飛行で北海道大演習場に着陸した。1機は午前10時13分に北海道大演習場を離陸し、同20分に千歳基地に帰着。残る1機は午後12時4分に離陸して同32分に千歳基地に着いている。
 また千歳基地に戻ったうちの1機が午後1時20分に再び飛び立ち、午後2時55分まで1時間35分にわたり、千歳市に隣接する苫小牧市上空を飛行。住民はすさまじい騒音に驚かされることになった。
 苫小牧市は昨年12月、北海道防衛局などに市街地上空の飛行や低空飛行を避けるよう申し入れていたが、何の効果もなかった。
 オスプレイ2機がそろって飛んだのはこの5日だけ。6日は1機が千歳基地と北海道大演習場の間を往復した。往復の飛行時間を合計すると11分間。7日は1機が同様に飛び、飛行時間は合計10分間だった。
 「ノーザンヴァイパー」は2月4日から総合訓練に入り、オスプレイは5日に慣熟訓練を行った上で6日から総合訓練に合流し、兵員空輸やパラシュート降下を実施する計画だった。だが実際には、6日以降は1日1機が10分程度飛行しただけ。これで総合訓練に参加したといえるのだろうか。

<オスプレイは低温に弱い?>
 筆者の手元に米海兵隊が作成したオスプレイ操縦士のための「飛行マニュアル」がある。全て英語、しかも略語だらけだが、専門家のアドバイスを受けて読み解いた。
 その中で「エンジンとブレード(羽根)をつなぐギアボックスの温度を示す『低温ランプ』が点いた場合」という項目には、(1)重要な機動性が減じる(「まともに飛ぶことができない」の意)と書かれ、(2)できる限り早く着陸することが奨励されている。
 そして「飛行をしてはいけない理由」として、(1)−15℃以下で羽根の防氷箇所の1もしくは2が故障する、(2)−10℃以下で羽根の防氷箇所の3が故障する、などと記されている(防氷箇所の1、2などの部位は不明だが翼端などを指すとみられる)。
 要するに「羽根に着氷すると飛行できない」ということだ。そして最後に「着氷したまま長時間飛行すると、羽根に氷が堆積し、機体の振動が増加する可能性がある」として、着氷を放置して飛行を続けないよう注意を促している。
 オスプレイに詳しい陸上自衛隊幹部は「オスプレイには他のヘリコプターや航空機と同様、防氷装置が付いている。米国のアラスカでも飛行しており、寒冷地で飛べないということはない」と解説する。
 ただ、千歳市の最低気温をみると、オスプレイ2機が飛来する予定だった1月27日は−14.4℃、翌18日は−13.5℃と寒かった。その後、最低気温は零度まで上がった日もあるが、飛来して訓練を開始した2月5日は−15.4℃、6日−18.7℃と極寒が続いた。上空の気温はさらに低いため、オスプレイにとって過酷な環境であったことは間違いない。

<費用は日本側の負担なのに>
 岩国基地の監視を続ける「岩国基地の拡張・強化に反対する広島県住民の会」共同代表の坂本千尋さんはこう言う。
 「オスプレイは岩国基地にたびたび来ているが、冬場はやって来ないので今回は異例。ノーザンヴァイパーに参加するまでの飛行ルートをみると、普天間基地から来て岩国基地で燃料補給するだけで十分なはずなのに、厚木基地や三沢基地にも立ち寄っている。やはり冬場の飛行に不安があるのでは」
 「ノーザンヴァイパー」におけるオスプレイの訓練は、2016年9月1日に日米合同委員会で合意した訓練移転の枠組みで実施されている。日本側が提案した「沖縄の基地負担の軽減」を実現する目的から、訓練移転の費用はすべて日本政府が負担している。
 本年度の訓練移転にかかる総額はノーザンヴァイパーを含めて約28億円。その費用は、今回のオスプレイに限っては「寒冷地における飛行の実証実験」に使われたとしかみえない。
原発再稼働中止の街頭署名−引き続き強い支持があります。[2020年02月05日(Wed)]
 「雨男ですか?」と訊かれました。
 女川原発の再稼働中止を求める街頭署名の日が先月に続いて雨。異常な暖冬の影響です。
 医療労働組合が、「地域医療を守ろう! 公的病院の再編・統合の押しつけを許すな!」と訴えで宣伝・署名活動。脱原発の署名はその後になりました。
 乳母車を引いた仙台市在住の女性が署名し、その想いを尋ねたところ「南相馬市から移住したんです」。「あんなにヒドイ目に遭ったのに。なぜ再稼働させるの?理解できません」と。
 30分だけの活動になりましたが、32筆の署名を寄せていただきました。

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たまたま北門を通ったら東北大学の「雇い止め」を告発して職員組合のみなさんが訴えていました。頑張れーっ![2020年02月04日(Tue)]
 東北大学は2018年3月に、280人を超える「雇い止め」を発生させました。東北大学職員組合は「実際には1000人を超える人が職を追われた」と、見ています。
 宮城県労働委員会は不誠実団交があったと認め、救済命令を出しましたが、大学が応じないため労働争議が続いています。
 学生の時に講義を受けた理学部物理学科、実験をやった1000kvの電子顕微鏡施設は、当時は片平構内にありました。現在は本部と研究所が置かれています。
 その北門前で、東北大学職員組合のみなさんが市民にチラシを配り、訴えていました。
 よりによって大学が不当労働行為を働いていいのか。
 がんばれー️!

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女川原発2号機。再稼働よりも、直ちに廃止する方が経費が年329億円もお得です(大島堅一氏の試算結果)。誰のためにもならない再稼働はもう止めましょう![2020年02月03日(Mon)]
 東北電力の幹部は「女川2号機が再稼働すれば、年間350億円程度の火力燃料費が低減できる」と、しばしば発言しています。火力の燃料費だけを論じているところにトリックがあります。
 本当に再稼働させた場合に経費全体が少なくなるのであれば、関西電力のように「女川原発が再稼働したら電気料金を引き下げます」と、宣言したらいいのですが。

 大島堅一・龍谷大学教授が、1月24日の仙台での講演で、原発の維持を続けている現状と、再稼働した場合の経費の全体、再稼働を中止した場合の経費の全体とをそれぞれ比べるべきだと指摘。実際の試算結果を示しました。
 なるほど、火力発電の燃料費は、女川原発2号機を再稼働させれば約300億円を低減できるという試算結果です。東北電力幹部の発言と、おおむね一致しています。
 再稼働した場合と、原発ゼロを決断した場合と、全体の経費を比較した結果は電力会社によって異なります。
 女川原発2号機の場合は、再稼働を中止した方が329億円もお得だという試算結果でした。 再稼働を中止して「原発ゼロ」を決断すれば、年平均554億円を要している原発の維持費が不要になります。この経費削減の効果が、女川原発2号機の場合は、再稼働させた場合の火力発電の燃料費代の節約効果よりも、大きいのです。再稼働させれば発生する原発の燃料代などのバックエンド費用も、原発ゼロにすれば不要になるので、ここでも経費に違いがでます。
 廃炉の経費は、すぐに着手しても、将来に着手しても、同じだとして取り扱っています。
 以下にその試算経過を図で示します。
 この試算について、誤りがあれば、教えてください。

比べるべきは原発ゼロと再稼働.jpg



























実績.jpg















再稼働.jpg















原発ゼロ.jpg
女川原発2号機の発電コストは1kwhあたり18.6円以上、「採算がとれないのでは?」(大島堅一・竜谷大学教授)[2020年02月01日(Sat)]
 電力会社は福島第一原発事故前までは「原子力発電は安い」と、ことあるごとに宣伝してきていました。図は電気事業連合会が発行している「原子力コンセンサス」の2010年度版で、1kwhあたり5.6円という数値が掲載されています。これは2004年に「コスト等検討小委員会」が示したものですが、その後の数年おきに試算した結論も、ほぼ同じです。

原子力コンセンサス2010より_blog.jpg
























 福島第一原発事故の後、1kwhあたり10.1円以上という数値が公表されるようになりました。下図は、「東北電力からのお知らせ」第11号(2016年6月6日)です。
 これは「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する発電コスト等の検証に関する報告」(2015年5月10日)で報告された数値を引用したものです。
 事故前と比較すると、ほぼ倍加したことになります。
 電力各社は「原発は事故コストを入れても、まだ安い」と宣伝し、原発を推進する政治勢力は「事故の不安はあるかもしれないが、やむをえない」という類の「必要悪」論を口にしました。しかし、計算方法に対する強い批判が絶えません。

cost_blog.jpg
















 この計算方法は以下のように説明されています。
 これには、事故リスク対応費用、追加的安全対策費、資本費について、「小さすぎる」という批判があります。

原子力発電コスト.jpg

















原発のコスト 算定方法.jpg







原発のコストーそれぞれ.jpg

















 大島堅一・竜谷大学教授が仙台で講演し、女川原発2号機の現時点での発電コストを計算し、1kwhあたり18.6円という数値を示しました。
 計算方法は、政府のコスト検証ワーキンググループと同じです。ただし、2015年当時の想定に変更を加えています。
 追加的安全対策費は、当時の601億円から1基あたり2000億円〜5000億円に増えています。女川原発2号機の場合は3400億円としました。
 事故対策費用は、2015年当時の12.2兆円から21.5兆円に増えています。ほぼ倍増です。これを新しい試算では考慮に入れました。
 原発が長期に停止しているため、運転期間が減少し、その原発の運転期間の総発電量が減っています。女川原発の運転期間は40年として、総発電量の減少を考慮に入れました。
 既設の原発に関する試算なので、建設費については当初のままで、政府の計算と同じです。女川原発2号機については建設費を2672億円として計算しています。

 テロ対策施設を建設すると、女川原発2号機の発電コストはさらに増えることになります。「必要悪」論も、もう成り立たなくなったのではないでしょうか。

 ちなみに、女川原発3号機については1kwhあたり14.3円です。新規制基準への適合性審査を申請していないので、追加的安全対策費も、テロ対策施設の経費もゼロとして、この数値ですから、2号機よりも運転停止期間がはるかに長くなることを考えれば、再稼働させることは採算面から非常に困難であることがわかります。

 この試算が間違っているのであれば、教えていただけないでしょうか。
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