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中嶋れん(日本共産党 前宮城県議会議員)のブログ
日本共産党宮城県委員会政策委員長。
シエルの会(自閉症児の親の会)会長。
原発問題住民運動宮城県連絡センター 世話人。
東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター事務局次長。
青森県むつ市大畑町生まれ。青森高校、東北大学理学部物理学科卒。
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チラシを受け取る人が増えてきた、とくに若い世代が。[2021年01月26日(Tue)]
 1月26日の早朝宣伝は地下鉄・八乙女駅前。いつもより10分早く到着(写真)。
 リーフレットとアンケート用紙を通勤・通学のみなさんに配布しました。これまで受け取らなかった人、とくに若い世代に受け取っていただきました。「女川原発の再稼働は絶対反対だから、頑張って」という激励も。菅政権の支持率低下を肌で感じました。

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科学を大事にする政治に転換をー街頭署名が熱い。新型コロナでも、「原発ゼロ」でも。[2021年01月16日(Sat)]
 きょう(1月16日)、泉中央で「3公立病院の統廃合中止」を求める署名を呼びかけたところ、60筆の署名が寄せられました。署名板をもつ人が4人しかいないのに。
 1月13日、仙台市青葉区の平和ビル前で「原発ゼロ」法を求める街頭署名に、105筆の署名が寄せられました。参加者は、横断幕をもつ人、バンドマイクで訴える人も含めて13人で、これだけの署名です。
 政治転換を願う人々の、マグマのような熱い思いを実感する日々です。

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仕事始めの日、市民と野党の共闘の前進、政権交代をめざす決意を宮城県庁前で訴えました。[2021年01月04日(Mon)]
 きょう1月4日は仕事始めで、日本共産党宮城県議団は宮城県庁前で恒例の早朝宣伝を行っています。福島かずえ、大内真理、金田基の各宮城県議とともに私も訴えました。角野たつや前県議が、仕事のため、間に合わなかったのが残念。

 2021年を「危機から希望へ転換する年に」と、訴えました。
 新年おめでとうございます。新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、2021年が幕開けしました。感染への警戒と緊張が強いられる異例の年明けです。ひっ迫する医療の危機打開は差し迫った課題です。収入減や失職で生活困難に陥った人への支援は一刻の猶予もありません。
 深刻なのは、菅義偉政権のコロナ対応への無為無策が、国民の苦難を増幅させていることです。政治の責任を果たさない、国民に「自己責任」を迫る冷たい政権をこれ以上許すわけにはいきません。今年は、必ず総選挙が行われる極めて重要な年です。仙台市長選挙、宮城県知事選挙も行われます。危機をもたらす政治から、未来に希望がもてる政治に、国の政治も地方の政治も、政権交代を実現するために力を合わせましょう。
 戦後最悪の感染症の大流行によるコロナ危機は、日本社会のゆがみをさまざまな分野で浮き彫りにしました。医療崩壊の危機が一気に進んだのは、日常的に余裕のないギリギリの医療体制が続いていたためでした。PCRなど必要な検査が迅速に大規模にできなかったことは保健所体制の弱体化が進められたことによるものです。いずれも自民党政治の下で長年続けられた社会保障の切り捨て政策がもたらした重大な弊害です。
 大事なことは、自民党政治の行き詰まりのもとで、国民が声を上げ政治を前に進める動きが目覚ましく進展したことです。国民1人10万円の定額給付金は、当初の与党のあまりに不十分な案を世論が覆したものです。雇用調整助成金のコロナ特例、持続化給付金、家賃支援給付金なども国民の声で実現したものです。文化関係者や学生の要求も政治を動かし、仕組みを変えました。PCR検査も拡充させています。国民世論と結んで、日本共産党をはじめ野党が積極的な政策提起を行い、国会で果敢な論戦を行ったことが大きな力を発揮しました。
 宮城県では、村井知事の宿泊税を県民世論が阻止し、県立美術館の移転・合築・縮小も県民運動が阻止しました。コロナ禍の中で3つの公的病院を統廃合しようという無謀な計画に、県民運動が高まり、仙台市医師会も反対の声を上げています。女川原発の再稼働にも、県民は同意していません。
 コロナ後の日本は、危機で明らかになった社会の欠陥をただす道に進むことが必要です。自民党政治の枠組みでは対応不能なのは明白です。自民党政権に代わる新しい政治を、国政でも地方政治でも実現することが重要です。市民と力を合わせた野党連合政権が切実に求められます。
 来たるべき総選挙で、なんとしても政権交代を実現しましょう。21年を野党連合政権が樹立した年として、歴史に刻むたたかいをともに進めようではありませんか。

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2021年を政権交代の年、未来に希望がもてる政治を拓く年に![2021年01月01日(Fri)]
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「桜を見る会」を追及する法律家の会が声明―東京地検特捜部の「桜を見る会・前夜祭」捜査報道を受けてー[2020年12月01日(Tue)]
以下のような「声明」が送られてきました。紹介します。

緊急声明
徹底捜査、正式起訴によって「首相の犯罪」の全容に迫るべきである
―東京地検特捜部の「桜を見る会・前夜祭」捜査報道を受けてー
              2020年12月1日
「桜を見る会」を追及する法律家の会 事務局長 小野寺 義象

私たち「桜を見る会」を追及する法律家の会(以下「法律家の会」)は、本年5月21日、662名の弁護士・法学者が告発人となり、「桜を見る会」前夜祭に関する政治資金規正法違反・公職選挙法違反で、安倍首相(当時)らを東京地方検察庁に告発した(なお、その後本年8月6日に第2次告発を行い、告発人は現在941名となっている。)。
この間、捜査の進捗に関する情報はなかったが、最初の告発から半年が経過した本年11月23日、東京地検特捜部が上記告発に関して関係者への捜査を行っていると、一部のマスコミが突然報じ始め、以後続々と報道がなされている。
このような情勢の変化を踏まえ、私たちは、現在報道されている事実をもとに、告発を取りまとめた者の責任として、下記の声明を発表する。



1 国民の力が検察を動かした
今回の情勢は、私たち法律家の会の告発が契機となっているものの、それだけで切り開かれたものではない。「桜を見る会」前夜祭問題の徹底捜査を求める署名が全国各地から寄せられ、各種世論調査でも、「桜を見る会・前夜祭」に対する安倍首相の対応を批判する世論が示された。さらに、検察支配を画策した東京高検検事長定年延長問題・検察庁法改正問題に対しても、SNS等で国民の強い批判が日本中で湧きあがり、安倍政権の横暴を許さなかった。
このような国民の力が検察庁を動かしたのであり、このこと自体が、民主主義の大きな成果であるといえる。

2 告発内容の正しさが裏付けられた
現在なされている報道を総合すれば、安倍前首相らが、「桜を見る会」前夜祭において、参加者から集めた会費合計とそれを上回る宴会費用との差額を補填していたことは紛れもない事実であって、そのことは、安倍前首相らも認めているというのである。つまり、安倍前首相が国会において「補填は一切ない」としてきた答弁はまったくの虚偽であり、私たちが東京地検に提出した告発状の内容こそが事実であったということが、あらためて裏付けられたのである。
報道されていることが事実なら、安倍前首相らにおいて、政治資金規正法違反(不記載)及び公職選挙法違反(寄附行為)の成立を免れることは、到底できないのである。

3 犯罪内容は極めて悪質で深刻なものである
この間の報道内容をみると、私たちが当初想定していた以上に、犯罪内容は悪質かつ深刻であることは明らかである。
まず、前夜祭宴会費用の不足分は、安倍前首相の後援会ではなく、安倍前首相の資金管理団体である晋和会が補填しつつ、晋和会の収支報告にも補填の記載がなかったというのである。このことは、安倍前首相に関連する2つの政治団体が、まさに“一体となって”、政治資金規正法違反を行っていたことを意味している。しかも、その補填金の出処が未解明であるということは、この問題のさらなる根深さを伺わせている。
また、2013年には補填金を晋和会がホテルに支払ったかたちをとっているが、なんと安倍前首相側は、収支報告の記載方法について総務省に問合せをして、「(報告書に)記載すべき」との回答を得ていたと報道されている。そうであれば、安倍前首相側は、この回答を知りつつ、あえて無視して翌2014年から不記載としたことになるのであって、意識的な「計画的犯行」だったと言わざるを得ない。その意味で本件は極めて悪質であり、日本の民主主義にとって深
刻な影響を与えている。

4 安倍前首相のこれまでの対応、態度も悪質である
「桜を見る会」前夜祭における安倍前首相らの行為は、日本の国政を担当する当時の最高責任者らによる犯罪であるだけでなく、収支不記載罪(時効未完成分)だけでも2015年から2019年まで5年の長期にわたって、補填金累計900万円以上にも及ぶ、反復継続された犯罪である。つまり、数百名に及ぶ安倍前首相の後援会員に対する900万円を超える饗応を、首相在任7年間にわって継続して行うという、悪質極まりない特筆すべき金権政治犯罪なのである。
安倍前首相は、このような悪質きわまりない金権政治犯罪について、2019年11月の国会で問題を指摘された後、虚偽答弁を繰り返し、国権の最高機関である国会を愚弄し、民主主義を蹂躙してきた。
さらに、国会での虚偽答弁にとどまらず、安倍前首相は自らの責任を免れるために、料金設定についてはホテル側に、「桜を見る会」の開門時刻で後援会員に便宜を図った問題については旅行会社に、契約主体が誰かとい問題については後援会会員に、それぞれ責任を転嫁してきた。
そして今回、安倍前首相は、検察捜査が進展するにつれて、秘書に責任を転嫁しようとしており、自らが真摯に反省する態度などは、全くみせていない。安倍前首相に対しては、これまで同人が国会内外で行ってきた発言や行動を見極めたうえで、厳しい対応が求められている。

5 安倍前首相に対して
以上のような「桜を見る会」前夜祭におけるこれまでの安倍前首相の発言や行動を前提とすれば、安倍前首相は自らの刑事責任を認めて、国会で真相を語り、国会議員を辞職して、潔く政界から引退すべきである。自らの犯罪に関わる事項について、国会の場で説明責任を果さないばかりか、虚偽答弁を繰り返して国民を愚弄した政治家に、政治を語る資格はない。

6 検察に対して
検察は、これまでの捜査をさらに遂行し、安倍前首相及び菅現政権に忖度することなく、厳正公平・不偏不党の立場を貫き、「桜を見る会・前夜祭」事件に対して、強制捜査も含む徹底した捜査を行い、事件の真相究明と刑事責任の追及を行わなければならない。
上述した本件の悪質性や社会的影響の大きさに鑑みれば、安倍前首相らを不処分で終わらせたり、秘書をはじめ後援会や会計責任者など安倍前首相の部下だけを、略式起訴などの軽い処分で終わらせることは、絶対に許されない。
検察においては、徹底捜査のうえ、安倍前首相をはじめとする被告発人らを正式起訴するよう、強く求める。

7 菅政権・自民党に対して
菅政権・自民党は、前首相・前総裁が犯罪を行うとともに、国会で虚偽答弁を繰り返してきた事態の深刻さを、大いに自覚すべきである。
そして、「捜査中」を口実に、事実の究明・責任追及を曖昧にすることなく、菅政権及び自民党の責任において、「桜を見る会」前夜祭にとどまらず、安倍政権のもとで発生した「森友学園」問題、「加計学園」問題など一連の政治の私物化問題の徹底解明を行うべきである。
とくに菅首相は、安倍政権において官房長官という重要な地位に就いて、安倍前首相の政治の私物化に深く関与し続けてきた。
菅首相は、これまでの対応を根本的に改め、「桜を見る会」をめぐる問題での自らの関与を明らかにしたうえで、首相に相ふさわしい政治的責任をとるよう、強く求める。

8 国民の皆さんに
この間の全国の取組みに敬意を表するとともに、今後とも、政治を政治家任せにすることなく、また、政治の現状にあきらめることなく、法の支配、民主主義を守り、国政の私物化、更には独裁化を許さない運動にともに取り組んでいただくことを心から期待する。
以 上
政権交代で女川原発の再稼働中止を、仙台の労災・日赤病院、県立がんセンターの統廃合中止と医療を充実させる政治への転換をー市民連合@みやぎの街宣で訴えました。[2020年11月22日(Sun)]
 市民連合@みやぎの呼びかけで11月22日、市民運動と野党の代表・地方議員による共同宣伝がありました。
 大崎市長や宮城県議会議員の感染が報道され、新型コロナ「第3波」の拡大を痛感する中での取り組みです。現職県議がPCR検査と自宅待機を要請されて参加不可でしたので、村井知事による仙台の労災・日赤病院、県立がんセンターの統廃合を中止させ、医療を充実させる政治への転換を訴えました。また、政権交代で女川原発の再稼働中止を実現しようと呼びかけました。

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説明しないことこそ権力による国民に対する暴力ー「日本学術会議会員人目尾拒否についてのイタリア学会の生命」はすばらいい[2020年11月19日(Thu)]
「日本学術会議会員任命拒否についてイタリア学会による声明」
 日本学術会議が推薦した第25期会員候補者105名のうち、6名が菅総理によって任命されなかったことについて、明確な理由説明はなく、説明の要求を斥けることは学問の自由の理念に反すると同時に、民主主義に敵対するものであり、これに断固として異議を唱えます。《説明しないこと》こそが民主主義に反する権力の行使(国民に対する暴力)であり、主権者である国民に説明責任を果たすことが民主主義の基本だからです。情報公開の制度は古代ローマの時代イタリアの地で芽生えました。イタリア学会としてこれを看過することはできません。
必ず説明責任が果たされることをイタリア学会の総意として要望致します。
  令和2年10月17日
 イタリア学会会長 藤谷道夫(慶應義塾大学教授)

  理由

 イタリア学会は「日本におけるイタリア学の発展と普及に寄与することを目的としている。」(イタリア学会会則第3条)イタリア学を通じて学び得た知見を社会活動に適用することは、学会の目的に適う実践的行為と判断し、今回の声明を発した理由を簡単に説明したい。
 菅首相は「(学術会議の会員は)広い視野を持ち、バランスの取れた行動を行ない、国の予算を投じる機関として国民に理解されるべき存在であるべき」だと述べた。これをテキスト解釈にかけると「国の税金を使っている以上、国家公務員の一員として、政権を批判してはならない」という意味になる。ここには 2 つの大きな誤謬が隠されている。学問は国家に従属する《しもべ》でなければならないという誤った学問観であり、国家からお金をもらっている以上、政権批判をしてはならないという誤った公民観である。
 学問は、国家や時の権力を超越した真理の探求であり、人類に資するものである。与党に資するものだけを学問研究とみなすことは大きな誤りである。学問研究によって得られる利益は人類全体に寄与するものでなければならず、時の政権のためのものではない。判りやすい例を挙げれば、日本は西洋から数学や物理・化学を始め、あらゆる分野で多大な恩恵を無償で受けた。万有引力定数や相対性理論を発見したのは日本人ではない。その恩恵と利益を受けながら、その使用料は払っていない。なぜなら学問成果は全人類の共通善として無償で開放されているからである。日本国には受けた恩恵を人類に返すべき義務があることは言うまでもない。
 「国からお金をもらっている以上、政権批判をしてはならない」というのは手前勝手な考え方である。公務員は政権の《しもべ》ではないからである。公務員は国民全員の利益のために働く。政権が間違った判断をすれば、それを国民のために批判することは、むしろ公務員の義務である。古代の中国では臣下が君主に行ないを改めるよう諫言することは褒むべき行為とされた。翻ってイタリアの地、古代ローマの時代には、時の政権の勝手な振る舞いから国民を守るための公的機関である護民官が設置されていた。現代の公務員に匹敵する護民官は、時の権力を批判・牽制するために作られた驚くべき官職である。
 次に、菅首相は憲法 23 条が保障している「学問の自由」の意味を理解していない。「学問の自由の保障とは、学者が学問的良心に従って行なった言動の評価は、まずは学者どうしの討論に委ね、最終的には歴史の判断に委ねるべきであり、間違っても《時の権力者》が介入すべきではない、ということである。」(小林節慶應義塾大学法学部名誉教授)権力が学問世界に介入する事例は西洋史に無数に見出される。1632年ガリレオ・ガリレイが『天文対話』を完成させた時、ローマ教会は検閲を行ない、教皇ウルバーヌス 8 世とイエズス会士はこれに激怒し、同書を禁書にした。ガリレオはローマの異端審問所で証言するよう出廷を命じられ、翌年、6ヶ月にわたる裁判を受けさせられた。ガリレオは自分の誤りを認めさせられ、異端審問官の前で研究を放棄するよう宣誓させられた。そしてフィレンツェ近郊で残りの9年の生涯を軟禁状態で過ごすことになる。教会の決定に疑義を挟むことなどあってはならず、時の権力に反する主張は時の権力の判断によって封殺された。
 「今回、菅首相は、特定の学者の言動について《広い視野を持っているか》《バランスの取れた行動であるか》について自分の権限で判断したと告白し、その結果、《国の予算を投じる機関(の構成員)として国民に理解される存在ではない》と認めたのである。問題は、仮に菅氏が高い実績のある学者であったとしても、同時に、《首相》という権力者の地位にある間は、そのような判断を下す《資格》が憲法により禁じられているという自覚がないことなのである。にもかかわらず、高い実績の学者たちが全国から会議に集まるために 1人につき月 2万円余の交通費を用意する程度のことを逆手にとって学術会議に介入しようとするとは、《選挙に勝った者には何でも従え》という、政治権力者の思い上がり以外の何ものでもない。」(小林節名誉教授)
 私たちが最も問題とするのは、《説明がない》ことである。憲法 63 条は「答弁または説明のため出席を求められた時は、国会に出席しなければならない」と義務付けている。この趣旨について政府は「首相らには答弁し、説明する義務がある」(1975 年の内閣法制局長官)と見解を示している。しかし、菅首相は官房長官時代から記者会見で「指摘はまったくあたらない」と木で鼻を括った答弁を繰り返して憲法を無視してきた。
 世界で初めて情報公開制度を始めたのはイタリアである。「執政官に就任して(前59年)、まずカエサルが決めたことは、元老院議事録と国民日報を編集し、公開する制度であった。」(スエートーニウス『ローマ皇帝伝』第1 巻「カエサル」20)これが民主主義への第 1 歩である。それまで国民は元老院でどんな議論を、誰がしているか知る術もなかった。議員が私利私欲で談合を行なっても、知る由もなかったが、議事録が速記され、清書されて、国民に公開されるようになったおかげで、貴族の権力は大いに削がれた。隠れての不正ができなくなったからである。一方、その時代から2000年以上経った今の日本では、安倍政権下で情報は秘匿され、文書は改竄・捏造、削除され続けてきた。確かに、日本では民草に説明をするなどという伝統も習慣もなかった。江戸城で開かれる老中会義の内容が知らされることもなければ、人事異動のプロセスも民草には窺い知ることもできなかった。おそらく安倍・菅首相が目指す世界はこうした江戸時代のものなのであろう。
 人事で恫喝して従わせる手法は、一種の《暴力》とみなされる。紀元前 5 世紀のアイスキュロスの作品『縛られたプロメーテウス』には権力の何たるかが活写されている。この劇は二人の登場人物がプロメーテウスを連行する場面から始まる。プロメーテウスは絶対君主であるゼウスの意向に逆らって、天上の火を盗み、人類に与えたために、暴君ゼウスから罰を受けて、スキュティアーの岩壁に磔にされる。この時、彼を連行する 2 人の登場人物の名前に作者の意図が巧みに織り込まれている。二人はKra/toj(クラトス)とBi/a(ビアー)という名だが、ビアーの方は劇中で一言も言葉を発しない。ギリシャ語でクラトスは「権力」を、ビアーは「暴力」を意味する。無言の暴力を用いて他者を従わせるのが権力であるという寓意である。ギリシャ語のビアーやイタリア語のviolenzaは単に武力による物理的な暴力だけではなく、圧力や強制を意味する。ビアーのように《説明しない》ことが権力(クラトス)なのである。同じく、カフカの『審判』では主人公ヨーゼフ・K は、ある日見知らぬ 2 人の男の訪問を受け、何の理由も告げられず、逮捕される(この 2 人の男はまさに「クラトス」と「ビアー」を暗示している)。その後、何の説明もなしに、有罪とされ、「犬のように」処刑される。この小説でも《説明しない》ことが権力であるとして描かれているが、これが現実になったのが、ソヴィエトである。ソルジェニーツィンの『収容所群島』にはまさに何の《説明もなしに》逮捕され、強制収容所に連行される日常が記録されている。逮捕するのは決まって深夜である。深夜に訪れることで逮捕者を恐怖させる効果を狙ってのことだが、また同時に、近隣住民が翌朝、隣人が忽然といなくなったことを知って恐懼するよう仕向けるためでもある。これが不安をかき立て、恐怖を蔓延させる。いつ自分が逮捕されるか人々は戦々恐々とし怯えるようになる。これによって国民は心理的に権力によって完全に支配される。つまり、《説明しない》ことこそが権力の行使であり、国民を無力化させる手法なのである。こうして国民は恐怖と不安から権力に従うようになる。なかには権力に忖度し、取り入る者が出て来る。こうした事例からも民主主義がいかに「説明すること」にかかっているかが判る。説明と情報公開が民主主義を支える命であり、それを破壊する手段は《説明しないこと》、《情報を秘匿する》ことなのである。
 たかが 6 人が任命されなかっただけで、ガリレオを持ち出すのは大げさであり、学者はそうした政治的な喧噪から離れて研究をしていれば、好いではないかと思う人がいるかもしれない。ましてや一部の学者の話であり、自分たちには何の関係もないと思っているかも知れない。しかし、問題の本質は、時の権力が「何が正しく、何が間違っているかを決めている」点において、ガリレオ裁判と変わりない。科学分野の基礎研究の予算は削られ続ける一方で、軍事研究には潤沢な傾斜配分がなされる今の日本にあって、また軍事研究に手を染めない学術会議の方針を苦々しく思う自民党政権においては、杞憂で終わらないことを心得ておく必要がある。実際、すでに文科省は今月17日に行われる中曽根元首相の内閣・自民党合同葬義において弔旗を掲揚し、葬儀中に黙禱するよう、国立大学や都道府県教育委員会、日本私立学校振興・共済事業団、公立学校共済組合などに通知を送っている。公金は自民党のためのものではなく、国民のためのものである。国民全体の奉仕者である公務員を、自民党のための奉仕者に変えようとする暴挙は許されない。かつて次のように臍をかんだマルティン・ニーメラーの轍を踏まないためである。
(文責:藤谷道夫)

ナチスが最初、共産主義者を攻撃した時、
私は声を上げなかった。
なぜなら私は共産主義者ではなかったから。
社会民主主義者が牢獄に入れられた時、
私は声を上げなかった。
なぜなら私は社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員を攻撃した時、
私は声を上げなかった。
なぜなら私は労働組合員ではなかったから。
ユダヤ人が連れ去られた時、
私は声を上げなかった。
なぜなら私はユダヤ人ではなかったから。
そして彼らが私を攻撃した時、
私のために声を上げてくれる者は誰一人残っていなかった。

 通常の娯楽に加えて、(古代)ローマ人の労苦に満ちた厳しい生活を陽気なものにしてくれるものに、凱旋式があった。(中略)民衆は大喜びで拍手喝采していた。だが、部下の兵士たちから将軍に向けて罵詈雑言を浴びせる習わしがあった。将軍の弱みや欠点、愚行の数々を公衆の面前であげつらうのである。将軍が高慢にものぼせ上って、自分を無誤謬の神(絶対に正しい偉い人間)だと思い込んだりしないようにするためである。例えば、カエサルには、部下たちがこう叫び立てていた。「禿げ頭の大将よ、他人の奥さんたちを物色してんじゃねぇぞ!あんたは商売女(淫売女たちで)で我慢してりゃいいんだ!」
 現代の独裁者たちに対しても同じように言うことができたならば、きっと民主主義にとって怖いものは何もなくなるだろう。
 (Indro Montanelli, Storia di Roma, Rizzoli, Milano, 1969, pp. 141-142)

 「犬儒派(キュニコス派)のディオゲネース(前400/4頃-325/3頃)は、世の中で最も素晴らしいものは何かと訊かれたとき、《何でも言えることだ(言論の自由parrhsi/a パッレーシア)》と答えた。」
 〜ディオゲネース・ラーエルティオス『ギリシャ哲学者列伝』69〜
学術会議問題で各地の弁護士会が会長声明―違法で違憲でもあるという論証が鋭い[2020年10月14日(Wed)]
 菅義偉内閣が、日本学術会議が推薦した人のうち6人を委員に任命しなかったことは、違法であり違憲でもあることを時の内閣が強行した事件としては安保法制以来の重大な事件でしょう。各地の弁護士会が会長声明を発表し始めました。なぜ違法で違憲なのか、分かりやすく整理しているので貴重です。京都弁護士会の会長声明を紹介します。ぜひ、ご一読ください。

●ダウンロードはこちら
 右矢印1京都弁護士会の声明
 右矢印1滋賀県弁護士会の声明
 右矢印1長野県弁護士会の声明
 右矢印1愛知県弁護士会の声明

「日本学術会議の会員任命拒否を撤回し、同会議の推薦どおりに任命するよう求める会長声明」
      2020年(令和2年)10月12日
        京都弁護士会 会長 日下部和弘
 2020年(令和2年)10月1日、菅義偉内閣総理大臣は、日本学術会議が推薦した会員候補者105名のうち、6名を任命しないで、残りの99名のみを任命した。このような行為は、以下に述べるとおり、違法・違憲である。
 日本学術会議は、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする」(日本学術会議法(以下「法」という。)2条)。そのために、「独立して」、(1) 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること、(2) 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること、をその職務とし(法3条)、科学に関する様々な事項について政府の諮問を受け(法4条)、政府に勧告をすることができる(法5条)。このように、同会議は、科学的知識の「連絡」や「能率向上」、科学の「審議」及び「実現」を図ることや政府の諮問を受けて勧告するために存在しているものであり、まさに憲法上の学問の自由(憲法23条)を多面的に実践する会議体であることは、上記法文上明らかである。
 そもそも、学問の生命は、真理の解明をめざす批判的な精神にある。そして、学問研究の成果は、しばしば社会生活を支える既成の価値観への批判とその破壊・革新を招き、そのため政府や社会の側からの敵対的対応を招きがちである。だからこそ、科学者の内外に対する代表機関として科学の向上発達を図り、国民生活に科学を反映浸透させることを担う同会議は、とりわけ政府からの高い独立性が保障される必要がある。
 そのような趣旨から、日本学術会議の高い独立性は、法においても明確に規定されている。内閣総理大臣は、同会議を管理及び監督するものではなく、ただ「所轄」するに過ぎない(法1条2項)。また、同会議の会員は、同会議の推薦に「基づいて」内閣総理大臣が任命する(法7条2項)と規定されている。その推薦の基準とされるのは、「優れた研究又は業績」(法17条)であるが、その基準を満たしているかどうかを適切に判断しうるのは同会議であるから、内閣総理大臣の自由な任命拒否は予定されていないと言わざるを得ない。さらに、内閣総理大臣は、日本学術会議の会員自身から病気その他やむを得ない事由により自発的な辞職の申出を受けたときでさえも、辞職を承認するには日本学術会議の承認を要するとされており(法25条)、また、会員として「不適当な行為」がある場合ですら、同会議の「申し出に基づ」かなければ退職をさせることはできないとされているのであって(法26条)、任命権と表裏一体である辞職の承認権及び解職・解任権についてさえも法律上著しく大きな制限が課されているのである。そして、法にはこれ以外に内閣総理大臣の会員に対する具体的な監督権限は何ら定められていない。
 以上のように、日本学術会議には法律上高度の独立性が要請されているという法文上自明の理解を前提として、政府は、会員の選考及び推薦に関する法17条について、従前の公選制を廃止し推薦制度を導入した1983年(昭和58年)の第98回国会において、内閣総理大臣による任命は形式的任命に過ぎず、会員を選別するものではない旨を何度も繰り返し答弁している。あわせて、政府は、形式的であれ任命を必要とする理由については、選挙を経ずに公務員に就任するために形式上やむを得ないものにすぎない旨答弁した。
 このような日本学術会議の趣旨、目的や、憲法上及び法律上要求される高度の独立性、それに基づき法7条2項の「任命」をあくまで形式的任命と明言していた政府の国会答弁に照らせば、同会議の人事に関する自律性は強く保障されるべきである。上記の諸点からすれば、内閣総理大臣による個別の会員候補者の任命拒否は、当該候補者に「病気その他やむを得ない事由(法25条)」や犯罪行為又は不正行為等の「不適当な行為」(法26条)があるときなど明白かつ外形的な理由が存するときに限られる(それらの事由があるときですら、同法により、最終的には日本学術会議の承認や申し出を必要とされているのであるから、それら以外の理由により、しかも日本学術会議の推薦に反して任命を拒否するなど、同法は全く予定していない)。したがって、当該候補者の思想信条や学術研究などの内容を理由として拒否することが許されないことは当然であることに加え、現内閣の言うような「総合的、俯瞰的活動を確保する観点」からの任命拒否なども、同会議の独立性・自律性を著しく侵害するものであって、法律上絶対に認められていない(「総合的、俯瞰的活動を確保する観点」は、同会議が「推薦」する際の観点であって、内閣総理大臣が「任命」をする際にそのような観点によることは法律上断じて認められていないのは上記のとおりである)。
 しかるに、菅義偉内閣総理大臣は、本件の任命拒否について、「総合的、俯瞰的活動を確保する観点」からであるなどと説明しており、その点においてすでに法の解釈運用を誤り、法違反を犯したものである。そして、それに加え、菅義偉内閣総理大臣は、本件の任命拒否の具体的な理由については全く説明していないが、具体的な理由の説明がないまま人文社会科学系の会員候補者のみの任命を拒否したという事実関係からは、菅義偉内閣総理大臣が、今回の任命に際して、不正行為があったかどうかというような外形的な事情ではなく、その会員候補者の研究内容や思想内容にまで立ち入って検討し、その内容ゆえに、任命を拒否したものと強く疑われるものである。
 そして、実際に、菅義偉内閣総理大臣が、「総合的、俯瞰的活動を確保する観点」から会員候補者の研究内容や思想内容を理由として任命を拒否したとすれば、それはまさに、当該候補者に対する学問や表現の「内容に中立な規制」ではなく「内容規制」そのものである。こうしたことがまかり通れば、個々の科学者が有形無形の外部圧力に屈し、ひいては時の政府の意向に反する研究や言動に躊躇を覚えるなど、個々の科学者の研究や表現活動に対する萎縮的効果をもたらす。菅義偉内閣総理大臣の任命拒否行為は、個々の科学者の学問の自由(憲法23条)及び表現の自由(憲法21条)をも侵害するものとして違憲であると言わざるを得ない。また、菅義偉内閣総理大臣は、具体的な理由を明らかにしないで会員候補者の任命を拒否したものであることは上記のとおりであるが、これにより、研究内容や思想内容を理由として任命を拒否されるかもしれないとの認識を個々の研究者に与えてしまう状況を作出しており、そのような懸念を生じさせること自体が、個々の研究者の研究及び表現に萎縮効果を与えるばかりか、高い独立性が保障されるべき日本学術会議における学問の自由の実践やその基礎となる会員の選考・推薦行為にも萎縮効果を及ぼすものというほかない。したがって、そのような具体的な理由を示さない任命の拒否自体が、日本学術会議における会員の学問の自由を含む個々の研究者の学問の自由及び表現の自由を侵害するものとして違憲と言わざるを得ない。
 以上のとおり、菅義偉内閣総理大臣の行為は違法であるとともに違憲であり、速やかに日本学術会議の会員任命拒否を撤回し、同会議の推薦どおりに任命するよう強く求める。

学術会議人への政治介入は許されないー市民連合みやぎの呼びかけに応えて街頭宣伝に参加しました。[2020年10月11日(Sun)]
 「市民連合みやぎ」の呼びかけで、仙台市青葉区・中央通り角で、菅政権の日本学術会議の人事への介入を糾弾する街頭宣伝が行われ、市民運動団体と国政野党の代表が50人参加しました。
 日本共産党の旗をもって参加し、リレートークで訴えました。

 みなさん、菅政権が、気に入らない学者を学術会議の委員に任命しなかったのは、「学問の自由」に対する政治介入です。非難ごうごうで、あわてた菅総理が「名簿を見ていなかったと」、これまたとんでもない言い訳を始めました。ほんとうに総理が見ていなかったのなら、まず間違いを正すべきです。排除された6人を任命してください。総理大臣の知らないうちに6人を排除した人を見つけて、処罰してください。みなさん、まず誤りをあらためるよう求めて、力を合わせましょう。
 加藤官房長官は、学術会議に年間10億円の予算を出している、監督するのが当然だと言いましたが、これがまた問題で、恥の上塗りです。ドイツの学術会議、ドイツ研究協会の予算は年1150億円、日本とは桁違いです。が、ドイツの政府は、独立性を大事にしています。金を出しているからといって、介入を正当化するのはとんでもない話です。
 今年のノーベル賞は、残念ですが日本人は一人もいませんでした。ノーベル賞を受賞した人が、必ず「基礎研究の予算の予算を増やしてください」と、発言します。介入をやめて、まず予算を増やすべきではないでしょうか。
 私たち国民の幸せは、科学を大事にした政治でつくられるものです。学術会議の「独立性」を守ること、「言論の自由」「思想・信条の自由」、学問の自由を守ることは、私たちみんなの利益です。それを踏みにじったから、学術会議に口出しするなと言う声が広がっているんじゃありませんか。
 みなさん。総理大臣が憲法違反、法律違反をやって、バレたら官僚に責任を押し付ける。これって、安倍前総理の得意技でしたよね。反則技だらけの安倍政治を継承するというのであれば、菅政権にはもう何の期待もできません。安倍さんに続いて、直ちに菅総理にやめてもらおうじゃありませんか。居直るのであれば、政権交代を実現して、私たちの手で、やめさせようではありませんか。
 日本共産党は、市民と野党の共闘の前進、政権交代に全力を挙げます。力を合わせましょう!

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異常だ! 姿のない総理インタビューなんて![2020年10月05日(Mon)]
 菅義偉首相グループインタビュー(2020年10月5日録音)
 会見室に首相の姿はなく、音声だけが流されるという異常さに唖然とする。デジタル庁創設を謳いながら、参加者を限定しているのは、情報公開の時代に流れに逆行している。
 一問に一答だけ。再質問もない。アメリカやイギリスのインタビューでは考えられない。これは、事前に質問項目を提出させられ、誰かが書いた回答文を菅義偉氏が読み上げているだけ、「談合インタビュー」ではないか。
 フリーランスの畠山理仁さんが、内閣記者会が行なうグループインタビューを別室で聞く機会を得たそうだ。「傍聴する権利」をあみだくじで当てたという。その録音がユーチューブで公開されている。

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