地道に農林水産業や観光などの振興に取り組むことが大事ー「ILC誘致を考える会」代表が、「地域振興」のあり方からILC誘致推進運動を批判[2020年09月29日(Tue)]
素粒子研究施設の国際リニアコライダー(ILC)を北上山地に誘致しようという運動が、その研究の主体である高エネルギー加速器研究機構が計画の申請を取り上げたことで破綻を迎えました。青森県下北郡に生まれ、「むつ小川原湖開発」に振り回された故郷の歴史を見てきたので、ILC誘致の進め方には地域振興の考え方の誤りがあると考えていました。「ILC誘致を考える会」の代表の寄稿が9月27日付の胆江日日新聞に掲載されました。科学者の誠実さを問いかけていることにも、共感を覚えます。
寄稿「県民軽視のILC研究者」〜いつまで県はKEKのミスリードに付き合うのか
千坂 げんぽう(一関市、僧侶)
世界中を恐怖に陥らせているコロナ禍は、GDP(国内総生産)を重視する経済成長優先の社会に反省を投げ掛けている。しかし、政府、岩手県などは世界的な課題に真剣に向き合いながら国民、県民の生命を重視した施策を行っているだろうか。
日本においては、東日本大震災以降、台風などによる風水害や地震被害が続いている中でのコロナ禍、政府はコロナ禍から国民の生命と産業を守るとして2次にわたる補正予算を繰り出した。国民の生命を守るという「錦の御旗」は、誰もが異議を唱えにくいので補正予算は通過したが、東日本大震災と同様「錦の御旗」に便乗した各省庁の無駄遣いは著しい。今や国民一人当たりの借金は900万円を超えんとする勢いなのにである。
国に比べスケールは小さいが、岩手県のILC(国際リニアコライダー)誘致運動も似たような構図が見られる。ILC誘致が実現すれば、「国際科学都市ができる」とか「多くの雇用が生み出される」などの「錦の御旗」で、岩手県を中心とする推進側は県議会や各市議会でのいち早い同意を取り付け、反対を許さない戦前の「大政翼賛会」的な体制をつくり上げた。
私は7年前からILC誘致反対の意見を県内他紙のオピニオン欄で述べていた。当初は「雇用が増えるのになぜ反対するの?」と非国民的な目で見られていた。欧米、日本の財政難や日本政府の科学予算の在り方を勘案すれば、国際事業であるILCのような巨大プロジェクト誘致を本気で考えること自体、高度経済成長期やバブル経済の再来を夢見る「愚かな考え」と思っていた。投げ掛ける冷ややかな視線も「どうせ実現しないのだから」と気に掛けることもなかったし、あえて反対運動を呼び掛けるつもりもなかった。
しかし、岩手県や一関市が出前授業と称して、小学生から高校生、高専の学生まで「1万人の国際科学都市ができる」という確約されてもいない夢を語っていた。将来世代に悪影響を与えつつあると感じた。そんな中、請われて市民団体「ILCを考える会」の共同代表になった。
日本学術会議が2018(平成30)年12月19日に公表した「ILC計画の見直し案に関する所見」には、『純学術的意義以外の技術的・経済的波及効果については、ILCによるそれらの誘発効果は現状では不透明な部分があり、限定的と考えられる』と、否定的な見解が記されている。
学術会議は人文科学、社会科学、情報科学、医学、農学、工学、理学など科学者約87万人の中から選ばれた会員、連携会員で構成され活動している。その会員が長時間検討して「日本誘致を支持するに至らない」とした。いくら「岩手県民が一致してILC誘致を希望している」と繕ってアピールしても、学術会議の結論は重い。
この学術会議の所見について、東北ILC準備室長(当時)の鈴木厚人・岩手県立大学長(素粒子物理学)は講演で「事実誤認に知識不足ばかり。時間をロスしてばっかりだ」と発言。学術会議の組織・運営にも疑問を呈したという。
このような発言が研究者からなされることは信じがたいし、許されるべきではない。八つ当たりの発言は、自分が科学者であることを忘れた恥ずべき行為なのである。誘致関連費用を出している岩手県は何を考えているのだろう。
所見は「所要経費が格段に大きく、長期にわたる超大型計画」だとし、「国民に提案するには学術界における広い理解と支持が必要」と指摘する。さらに「地域振興の文脈で語られている事項、土木工事、放射化物生成の環境への影響に関する事項等について、国民、特に建設候補地と目されている地域の住民に対して、科学者コミュニティーからの正確な情報提供に基づく一層充実した対話がなされることが肝要」とある。
ところが誘致推進側は、ILC計画に携わる高エネルギー加速器研究機構(KEK)の研究者らを岩手県に招いたPRしか行っていない。漫画や芸能人を利用したPRもしているが、他分野の科学者コミュニティーの理解を得る実践は皆無と言ってもよいほどだ。一関市、奥州市でのリスク説明会も、私たちが反対の決議文を学術会議や文科省に提出してから、形だけ行ったに過ぎない。
KEKでは「BelleU(ベル・ツー)」実験のように、素粒子の謎に迫る良い結果を出していると聞く。素粒子物理研究の進展は喜ばしいが、可能性のない計画を展望があるかの如く引き延ばし、県民の税金を無駄に使わせることは、県民を軽視していることに他ならない。彼らの「岩手県民は私たちの言うことを聞いていればよい」とでも考えているようなパターナリズム(父権主義)的な姿勢は、民主主義と相容れるものではない。
ロードマップ2020に申請していたILC計画だったが、今年3月27日に取り下げていた。KEKは国際協力体制が確立されたためなどと理由を述べてはいる。だが私は、審査の結果、ロードマップに掲載されなかった時のことを恐れたのではないかと感じた。不掲載は、予算化への道が明確に否定されたことになるからだ。
なにより、9月8日からパブリックコメントが開始されるまで発表せず隠していたことには、「県民をばかにした行為」という印象を受けた。一部報道では、まだILC計画に見込みがあるというKEKの一方的な発表をそのまま記事にした。どうしてこうも客観性を欠くようになったのか、KEKと地元自治体、一部マスコミとの関係の究明も必要ではないか。
財政難の日本の現状、経済力が弱い岩手県……。これらの状況を冷静に見つめ、地域づくりには王道はないことを知るべきである。巨大プロジェクト誘致などではなく、地道に岩手の農林水産業や観光などの振興に取り組むことが大事ではないだろうか。
※投稿者の名前の漢字表記は、「げん」が山へんに「諺」のつくり、「ぽう」は峰
寄稿「県民軽視のILC研究者」〜いつまで県はKEKのミスリードに付き合うのか
千坂 げんぽう(一関市、僧侶)
世界中を恐怖に陥らせているコロナ禍は、GDP(国内総生産)を重視する経済成長優先の社会に反省を投げ掛けている。しかし、政府、岩手県などは世界的な課題に真剣に向き合いながら国民、県民の生命を重視した施策を行っているだろうか。
日本においては、東日本大震災以降、台風などによる風水害や地震被害が続いている中でのコロナ禍、政府はコロナ禍から国民の生命と産業を守るとして2次にわたる補正予算を繰り出した。国民の生命を守るという「錦の御旗」は、誰もが異議を唱えにくいので補正予算は通過したが、東日本大震災と同様「錦の御旗」に便乗した各省庁の無駄遣いは著しい。今や国民一人当たりの借金は900万円を超えんとする勢いなのにである。
国に比べスケールは小さいが、岩手県のILC(国際リニアコライダー)誘致運動も似たような構図が見られる。ILC誘致が実現すれば、「国際科学都市ができる」とか「多くの雇用が生み出される」などの「錦の御旗」で、岩手県を中心とする推進側は県議会や各市議会でのいち早い同意を取り付け、反対を許さない戦前の「大政翼賛会」的な体制をつくり上げた。
私は7年前からILC誘致反対の意見を県内他紙のオピニオン欄で述べていた。当初は「雇用が増えるのになぜ反対するの?」と非国民的な目で見られていた。欧米、日本の財政難や日本政府の科学予算の在り方を勘案すれば、国際事業であるILCのような巨大プロジェクト誘致を本気で考えること自体、高度経済成長期やバブル経済の再来を夢見る「愚かな考え」と思っていた。投げ掛ける冷ややかな視線も「どうせ実現しないのだから」と気に掛けることもなかったし、あえて反対運動を呼び掛けるつもりもなかった。
しかし、岩手県や一関市が出前授業と称して、小学生から高校生、高専の学生まで「1万人の国際科学都市ができる」という確約されてもいない夢を語っていた。将来世代に悪影響を与えつつあると感じた。そんな中、請われて市民団体「ILCを考える会」の共同代表になった。
日本学術会議が2018(平成30)年12月19日に公表した「ILC計画の見直し案に関する所見」には、『純学術的意義以外の技術的・経済的波及効果については、ILCによるそれらの誘発効果は現状では不透明な部分があり、限定的と考えられる』と、否定的な見解が記されている。
学術会議は人文科学、社会科学、情報科学、医学、農学、工学、理学など科学者約87万人の中から選ばれた会員、連携会員で構成され活動している。その会員が長時間検討して「日本誘致を支持するに至らない」とした。いくら「岩手県民が一致してILC誘致を希望している」と繕ってアピールしても、学術会議の結論は重い。
この学術会議の所見について、東北ILC準備室長(当時)の鈴木厚人・岩手県立大学長(素粒子物理学)は講演で「事実誤認に知識不足ばかり。時間をロスしてばっかりだ」と発言。学術会議の組織・運営にも疑問を呈したという。
このような発言が研究者からなされることは信じがたいし、許されるべきではない。八つ当たりの発言は、自分が科学者であることを忘れた恥ずべき行為なのである。誘致関連費用を出している岩手県は何を考えているのだろう。
所見は「所要経費が格段に大きく、長期にわたる超大型計画」だとし、「国民に提案するには学術界における広い理解と支持が必要」と指摘する。さらに「地域振興の文脈で語られている事項、土木工事、放射化物生成の環境への影響に関する事項等について、国民、特に建設候補地と目されている地域の住民に対して、科学者コミュニティーからの正確な情報提供に基づく一層充実した対話がなされることが肝要」とある。
ところが誘致推進側は、ILC計画に携わる高エネルギー加速器研究機構(KEK)の研究者らを岩手県に招いたPRしか行っていない。漫画や芸能人を利用したPRもしているが、他分野の科学者コミュニティーの理解を得る実践は皆無と言ってもよいほどだ。一関市、奥州市でのリスク説明会も、私たちが反対の決議文を学術会議や文科省に提出してから、形だけ行ったに過ぎない。
KEKでは「BelleU(ベル・ツー)」実験のように、素粒子の謎に迫る良い結果を出していると聞く。素粒子物理研究の進展は喜ばしいが、可能性のない計画を展望があるかの如く引き延ばし、県民の税金を無駄に使わせることは、県民を軽視していることに他ならない。彼らの「岩手県民は私たちの言うことを聞いていればよい」とでも考えているようなパターナリズム(父権主義)的な姿勢は、民主主義と相容れるものではない。
ロードマップ2020に申請していたILC計画だったが、今年3月27日に取り下げていた。KEKは国際協力体制が確立されたためなどと理由を述べてはいる。だが私は、審査の結果、ロードマップに掲載されなかった時のことを恐れたのではないかと感じた。不掲載は、予算化への道が明確に否定されたことになるからだ。
なにより、9月8日からパブリックコメントが開始されるまで発表せず隠していたことには、「県民をばかにした行為」という印象を受けた。一部報道では、まだILC計画に見込みがあるというKEKの一方的な発表をそのまま記事にした。どうしてこうも客観性を欠くようになったのか、KEKと地元自治体、一部マスコミとの関係の究明も必要ではないか。
財政難の日本の現状、経済力が弱い岩手県……。これらの状況を冷静に見つめ、地域づくりには王道はないことを知るべきである。巨大プロジェクト誘致などではなく、地道に岩手の農林水産業や観光などの振興に取り組むことが大事ではないだろうか。
※投稿者の名前の漢字表記は、「げん」が山へんに「諺」のつくり、「ぽう」は峰
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