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Sexuality 夜話 @仙台

地域の多様なセクシュアリティの人たちの談話会
セクマイ夜話のお知らせと、
世話人:小浜耕治の、
セクシュアリティ・人権関連のお話を発信します。


「仙台プライドジャパン」と小浜の関わりについての経過説明 [2019年09月23日(Mon)]
「仙台プライドジャパン」と小浜の関わりについての経過説明

杉田水脈のパーティーに出た、なぞの一般社団法人代表のゲイバーのママが仙台にいると聞いたのは、TRPのすぐ後でした。東京で起こっている面倒な対立とかとは、遠目に眺めていられたのが仙台の平和なところだったのですが、なんだかそんなお気軽でもいられないだろうなと思いました。そしてそのすぐ後に、「パレードやりたいっていってるゲイバーのママが会いたいって言ってる」と連絡が入り、会うことになったのが5月下旬。まあ、会ってみると人の良い姐さんでした。話題になっているあれこれにしても、はずみで出かけていったら巻き込まれたという類のもので、継続した深い関係があるわけではない。いろいろ憶測で書かれて困っているなどで、今回のイベントが外側から紐付けされているものではない、ということはわかりました。

その頃には、各団体にブース出展の申込書が送付されていました。しかし、イベント自体の趣旨や内容について、主催団体がどのような団体なのか?といった説明はなく、また、これらの情報を得られるサイトなども皆無でした。これは理解が得られないだろうということで、改めて主催者の説明とイベントの趣旨、開催に対する思いなど、明記した手紙を送るべきだと主張しました。
政治色の無い、LGBT活動家で無い一般LGBTのための、など、物議を醸している表現はその当時から謳っていたので、その点に関する疑義はしっかり伝えました。政治的とはどういうことか?政治的でなくなることなどありえず、パレードをすること自体が政治的だということ、LGBT活動家とは誰で、どんなことをしている人たちを示しているのか?私はそこに入ってるの?私も含めて超党派で動いている活動家はいくらでもいるけど、そういう人も「特殊」とされる中に入るの?そんな話もしました。
そして「仙台プライドジャパン」というネーミングについても、「これじゃあ、日本大好きを仙台からって読めるよww」と、センスと大風呂敷加減について指摘をしました。この名前はインバウンドのためだということです。レインボーパレードというのは和製語で、プライドが世界標準。日本の仙台に外国からたくさんの人が来てお金を落としてくれる。それが震災からの復興につながる。そのためには日本の仙台で開かれるプライドイベントというネーミングが必要だと主張されました。それは変でしょうとは反論しましたが、変えるつもりはなかったようです。

主催者と話をした後に、知り合いの団体から「こんなのが送られてきたんだけれど」と、疑義が示されます。全国的な大きな団体からも、地元の団体からもでした。これはちゃんとした情報を出さなければダメだと思い、「手紙」を早く送るようにと促しましたが、その時は私はにじいろ協働事業のせんだいレインボーDay直前でしたので、会いに行って説得するとかの余裕はありませんでした。後でわかったのは出展を申し込んだ団体にだけ送ったようでした。一体何を聞いてたんだと思いつつ、送った手紙を見たら、当初言っていた「政治色の無い」「一般LGBT」ということをそのまま書いてあるじゃないですか。そしてそれは、HPを開設した中にもばっちり書いてあります。顔合わせのときの話は何だったのか?何も聞いてはいなかったのか!と、心底がっくり来ました。
せんだいレインボーDayが終わった後、ボランティアのみんなが「どういうイベントをしようとしているのか?」と、東城氏のお店を訪れました。そして、小野寺真氏と共に、再度東城氏と話しをしました。スピーチを依頼されたのはその時です。司会をどうするか?決められておらず、地元にいて仙台のことを良く知る人が良いとなり、佐々木ジャッキー氏と小野寺氏のダブル司会でいけるのでは?という話になりました。そして私からは、趣旨についての質問をインタビューにして発信すること。「政治的」や「活動家」「一般LGBT」等について、その本意を詳しく聞き取る約束を取り付け、その結果いかんでスピーチを引き受けると言いました。

インタビューは、打合せを行った後、双方が一定の合意に至ったやり取りをツイートしあうという形で公表しました。それを下記ブログにも再掲してあります。
https://blog.canpan.info/rainbowyawa/archive/39
ここで、引き出せたのは、主に次の点です。
1 日本LGBT機構とはどんな団体なのか?
2 杉田水脈議員のパーティーへの出席・スピーチの真意と、現在の交流について
3 ヘイトによりさらに当事者が傷つくことの無いようにしてくれるのか?
4 「政治色の無い一般LGBTが楽しめるパレード」とはどういうものなのか?
5 政党との関わりについて
これらを7月30日と8月2日の2回にわたって聞き、公開しました。さらに震災からの復興との関わりについてのインタビューを予定していましたが、イベント運営の準備で忙しく、それは実現しませんでした。これらについては、私が求めたいことについての文章を公表し、配慮をお願いしました。
https://blog.canpan.info/rainbowyawa/archive/41
このインタビューで
★日本LGBT機構は地元仙台の団体であること。
★杉田水脈との関係は現在なく、来場はありえないこと。
★ヘイトから参加者を守ること。
★政治色のないというのは党派的対立があおられることの無いという意味であり、政策的・政治的なアピールを排除しているものではないこと。
★LGBT活動家と、バーなどを利用するLGBT当事者らとは地続きであり、
それよりも配慮しなければならないのは、未だ孤立している多くの当事者であること。
これらを確認し、同意を取り付けることができたと思っていました。

商業イベント「仙台プライドジャパン」にはプライドなど存在しない〜サイトにて
(現URL http://spjhasnopride.org/ )
「仙台プライドジャパン」への公開質問が8月19日になされました。期限を越えていましたが回答がなされ、9月5日に公開されます。東城氏はイベント準備で多忙となる中でしたが、質問の内容はもっともなことでしたので、きちんと答えるようにと促していて、回答がなされたことには一安心でした。しかし、9月7日にファクトチェックが出され、回答に対して評価がされると、東城氏はツイッターの公式アカウント上でこれをストーカー呼ばわりし非難します。私はこの大事なときに何を反発しているのか?!と指摘し主催者としてふさわしい発信をするように言いましたが、聴く耳を持ちません。

イベント当日朝に毎日新聞で「東北初」という誤報道が出たことを知り、プレスリリースに何を書いたのか示すよう促しましたが回答はありませんでした。当日ですから、無理もないかと思い、私のスピーチの中で、東北初は誤報道であり、青森や岩手のパレードがあったということを伝えました。誤報道に関し、まず謝罪すべきは主催者です。イベント終了後にそのことを強く迫りましたが、結果はまた公式アカウントからの不適切なツイートでした。主催者としての自覚もなく、感情に任せて、また自己保身を図ろうとする姿勢に、謝罪は不可能と判断せざるを得ませんでした。そして私は9月22日に
「仙台プライドジャパン」に対する小浜の責任 
https://blog.canpan.info/rainbowyawa/archive/43
これを公開し、これまで関与を続けてきたものとしてのお詫びを述べさせてもらいました。

さて、今回の顛末ですが、問題の本質はどこにあるのでしょうか?歴史の無視や政治に関する不見識などはありますが、それよりも公共的なイベント開催としてはあまりに不適切
「ひとりよがりな運営」ということであったと私は考えています。
様々生じた問題点は、すべて東条氏に起因するもので、いわば、「仙台プライドジャパン」を私物化して、「自分の好きにやらせろ」とでも言うような横暴が通っていたという点です。そして、組織的に発信する情報について確認・合意を取るという過程を行っていないようです。結果、東城氏の思い込みによる空虚な言葉が並ぶことになります。私は党派性の無いイベントになるとは考えていませんでした。党派性が煽られることなくLGBTに関する地域の課題が政治的に主張され、市民の理解を仰ぐものとなるはずだと、最後まで期待していました。しかし、主催者から何も主張することはなく、何のパレードかもわからないような形で終わってしまいました。何をなすことができて、何がなされなかったかについて、主催者には総括して説明する責任があると考えますが、もうこういうことは期待できるものではないと考えています。

公共的なイベントを行うには、多くの当事者、多くの市民につながるメンバーが主体的に議論に加わっていける運営体制が求められます。また、その経過について、出資者や協力者に示す責任があります。どのような趣旨であるのかを示し、どのように参加できるのかを示し、広く協力を呼びかけていく。そうして初めて市民が作り上げたパレードが実現します。どれだけの人から共感を得られたか?を自己評価し、もっと共感を得て目的に向かっていけるのかを総括する必要があります。

私も共同代表となり、「にじいろCANVAS」というグループが立ち上がりました。来年、このグループで、宮城からの「プライド」を示していけるイベントを開催できたらと考えています。10月にはキックオフミーティングを行い、どのような形のものをどのような方法で実現に向かうかをお示ししたいと考えています。ご協力をいただけましたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
Posted by 小浜耕治 at 17:42 | この記事のURL | コメント(0)
「仙台プライドジャパン」に対する小浜の責任 [2019年09月21日(Sat)]
「仙台プライドジャパン」に対する小浜の責任

仙台プライドジャパンが終わりました。イベントの本番は、それなりに盛り上がり始めてのパレードを経験した人も多かったでしょう。パレードは多くの人の目に触れる場所に、自らの存在を示す活動です。そこで感じるものは、他では感じられない特別な高揚感、緊張感があり、しばしその興奮に気持ちが揺り動かされます。パレードに出たからといって、フルオープンのカミングアウトをしたことにはなりません。パレードには当事者だけでなく、多くのアライも一緒に歩いていますから、「歩いてたね」と言われても「楽しかったよ」くらいで返事をしておいて構わない。そこでカミングアウトするかどうかは、また新たに自己決定できることでしょう。しかし、カミングアウトして関係を再構築できるのではないか?と考えるのもこの頃です。パレードでエンパワメントされ、力が戻った感触がある。勢いがついて、カミングアウトしてしまうということも多くあるのが、イベントが終わった後の時期です。また、報道等を眼にして、どういうものだったかを再認識する時期。自分が歩いてよかったのだろうか?と振り返り、気持ちが揺れます。

今はそんな一人ひとりの静かな振り返りの時期であるべきだと考えるのですが、それをぶち壊しにしているのが、今回の主催者、日本LGBT機構の東城ひろみ氏です。主催者でありながら、その公式のアカウントで口汚く一部の参加者を非難しています。イベントに協力してきたすべての人に対する背信行為です。決して許されるものではないと考えます。
また、東北初だという誤報や、レズ(ママ)というような侮蔑的言葉が報道されてしまったこと。報道からのきちんとした謝罪はありましたが、報道されて参加者や市民、とりわけ当事者を傷つけてしまったことへの主催者としての謝罪がありません。何のための、誰のためのパレードだったのか?ブースが埋まり、売り上げも上がったことで成功ですか?参加者がその一時楽しければ成功ですか?今後も、性的マイノリティがこの街で暮らしてゆけるため、協力をあおぎ、信頼を得ていくための発信を続けていく必要があるはずなのに、その意識がまったくない。

たいへん憤っていると同時に、そんなイベントに協力した私もまた、みなさんに謝罪しなければなりません。たいへん申し訳ないです。事前のインタビューを通じて、パレードを行うにあたって重要な考え方について問い、発信してもらったはずでしたが、それらの言葉はその時きりの空虚なものでした。このインタビューで「様子を見てみよう」と静観していただいた人を裏切ることになりました。ごめんなさい。
また、当日オープニングのゲストトークで、批判的ではあったものの「プライド」について言及し、それが語られる場として欲しい、その始まりにして欲しいと話しました。考えてみようと思ってくださった参加者の方々を裏切ることになりました。「プライド」を矮小化する場で、あのようなスピーチをすべきではありませんでした。ごめんなさい。
東北初などと言われ、青森で、盛岡で作り上げてきた尊い先人のパレードを無いものにしてしまってすみません。存在を否定されない営みの存在を否定してしまって、ごめんなさい。
侮蔑的な言葉を眼にして、やはりこんな風に言われてしまうと思わせてしまった地域のみなさん、ごめんなさい。
仙台でこれまで、プライドを掲げて性的マイノリティ当事者が街を歩いたことは初めてではありません。パレードとは少し違う形ですが、共にその活動を行った仲間を傷つけました。私自身をも傷つけました。ごめんなさい。

この責任をどうとって行くのか?それは今回の主催者とは別に、この宮城・仙台の地で真に「プライド」を語り発信する場を作ること。それ以外にはありません。それも、多くの人に呼びかけ、主体的に企画に参加してもらえる、それぞれのプライドを考えてゆける場で準備し、多くの協力を得て、参加することで起こるであろう様々な変化に寄り添える、責任あるイベントを作り上げることなのだと思っています。今後をぜひ見ておいてください。私が自分の責任を果たせているか、そうでないなら「違う」と言って下さい。何が違うか?一所懸命耳を傾け、どうしていったらよいかを考え、行動で示していきます。

長くお付き合いいただくことになってしまいますが、よろしくお願いします。

まだ伝えなければならないことは続きます。
どのような経緯で今回のイベントが開催されてしまったのか?その経緯について、私の知る限りのことをお示ししたいと思います。もうしばらくお待ちいただければと思います。

小浜耕治
Posted by 小浜耕治 at 22:37 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
震災を経験して考える『コミュニティ』〜そしてパレードへ [2019年09月15日(Sun)]
震災を経験して考える『コミュニティ』〜そしてパレードへ

震災前、私は長い鬱をようやく抜け出し、「社会復帰」へ向けてそろそろと動き始めていました。手に職もつけなければと、意を決して職業訓練に通い始めて一週間後の発災でした。知人のNPO活動家たちが被災者支援に奔走する中、私は自分の回復で精一杯でした。そんな中でも、コミュニティセンターZELや性と人権ネットワークESTOか提供してくれた交流の場は、私にとって性的マイノリティの仲間に会い、被災をくぐり抜けたことを労いあう貴重な機会でした。そうして半年の職業訓練も終わり、自身の生活復旧を優先しながら活動へも少しずつ復帰していきました。

その中で、震災で性的マイノリティはどんな経験をしたか?話し合ってみたり、シンポジウムが開かれたりしたのですが、個々の状況は知れても全体像が見えてこない。ぼんやりと「想定された状況」があったことが見えてくるものの、個別の経験から何かを発信していこうとしても、どのように総括してよいかが見えてこない状況でした。それが見えてくるだけの拠ってたつコミュニティがなかった、ということを突きつけられたのだと思いました。震災の経験の中で最も重要と思えるのは、コミュニティが未熟なことで仲間を支えようと思ってもできなかったことなのだと感じたことでした。

普段からつながっていないと仲間を助けられない。自らの性的マイノリティとしての部分を封印して生活再建に当たらなければならず、追い詰められた気持ちから助けて欲しいと求められない。平時から感じている社会の現実が、さらに厳しい形で迫ってくるのです。

こうした思いを持ったのは、私だけではありませんでした。レインボーアーカイブ東北として手記の収集を始めたり、自分のまわりにささやかでも支えあえる交流会を始めたり、震災を経験した仲間があちこちで動き出しました。

それは、コミュニティのお祭り「東北レインボーSUMMER」という形でまとまります。性的マイノリティ当事者が互いをエンパワーすることを主眼としながら、社会に向かっても開いて存在を可視化できる場を持つに至りました。東北レインボーSUMMERは、運営の負担が大きく、継続できなくなりましたが、OUT IN JAPAN東北プロジェクトやにじいろ協働事業など、形を変えて「つながり」が継承されています。

私が何か活動する際には、このような経緯で培った「つながり」を尊重していかなければという思いがあります。私の接してきた人たちは限られていますから、決してコミュニティ全体をカバーするものではなく、むしろ接してこなかった人たちへどのように発信してつながりを広げていけるかということを意識して活動してきています。

これまでつながれなかった性的マイノリティ当事者と出会っていくと同時に、地域とつながっていくことも必須だと考えています。防災はマイノリティで備えられるものではなく、地域全体で取り組んでいくものです。その中に私たちの存在を示して、配慮を求めつつ主体的に地域防災に関わっていく。そうしたことができるように、コミュニティが成長していけたらと感じています。


『仙台プライドジャパン』が「復興」「インバウンド」ということを謳うのには、国の復興補助金で「LGBTツーリズム」に関する研修が行われたこととの関連もあるようです。この研修には参加しましたが、私の感じてきた復興とはだいぶ違ったイメージです。それが実現可能なものなのか?ということもイメージできないでいます。

しかし、コミュニティを育てて社会につないでゆくという、私のやり方を粛々と進めて行きたい。その結果としてまた交わるところがあるならば、その時にまた向き合ってみようとだけ考えているところです。

私の考えるプライドは、コミュニティと共にそのありさまを共有し、マジョリティもマイノリティも含む多様な性の当事者と、少しでも多くの人とつながっていくこと、多くの人が尊重しあえる状況をどのように作っていけるか?ということです。この考え方も違っているようです。いつか合流できることがあるでしょうか?今はその可能性を信じて、イベントを見届けようと思っています。
Posted by 小浜耕治 at 13:13 | この記事のURL | コメント(0)
震災を経験して考える『コミュニティ』〜そしてパレードへ [2019年09月15日(Sun)]
震災を経験して考える『コミュニティ』〜そしてパレードへ

震災前、私は長い鬱をようやく抜け出し、「社会復帰」へ向けてそろそろと動き始めていました。手に職もつけなければと、意を決して職業訓練に通い始めて一週間後の発災でした。知人のNPO活動家たちが被災者支援に奔走する中、私は自分の回復で精一杯でした。そんな中でも、コミュニティセンターZELや性と人権ネットワークESTOか提供してくれた交流の場は、私にとって性的マイノリティの仲間に会い、被災をくぐり抜けたことを労いあう貴重な機会でした。そうして半年の職業訓練も終わり、自身の生活復旧を優先しながら活動へも少しずつ復帰していきました。

その中で、震災で性的マイノリティはどんな経験をしたか?話し合ってみたり、シンポジウムが開かれたりしたのですが、個々の状況は知れても全体像が見えてこない。ぼんやりと「想定された状況」があったことが見えてくるものの、個別の経験から何かを発信していこうとしても、どのように総括してよいかが見えてこない状況でした。それが見えてくるだけの拠ってたつコミュニティがなかった、ということを突きつけられたのだと思いました。震災の経験の中で最も重要と思えるのは、コミュニティが未熟なことで仲間を支えようと思ってもできなかったことなのだと感じたことでした。

普段からつながっていないと仲間を助けられない。自らの性的マイノリティとしての部分を封印して生活再建に当たらなければならず、追い詰められた気持ちから助けて欲しいと求められない。平時から感じている社会の現実が、さらに厳しい形で迫ってくるのです。

こうした思いを持ったのは、私だけではありませんでした。レインボーアーカイブ東北として手記の収集を始めたり、自分のまわりにささやかでも支えあえる交流会を始めたり、震災を経験した仲間があちこちで動き出しました。

それは、コミュニティのお祭り「東北レインボーSUMMER」という形でまとまります。性的マイノリティ当事者が互いをエンパワーすることを主眼としながら、社会に向かっても開いて存在を可視化できる場を持つに至りました。東北レインボーSUMMERは、運営の負担が大きく、継続できなくなりましたが、OUT IN JAPAN東北プロジェクトやにじいろ協働事業など、形を変えて「つながり」が継承されています。

私が何か活動する際には、このような経緯で培った「つながり」を尊重していかなければという思いがあります。私の接してきた人たちは限られていますから、決してコミュニティ全体をカバーするものではなく、むしろ接してこなかった人たちへどのように発信してつながりを広げていけるかということを意識して活動してきています。

これまでつながれなかった性的マイノリティ当事者と出会っていくと同時に、地域とつながっていくことも必須だと考えています。防災はマイノリティで備えられるものではなく、地域全体で取り組んでいくものです。その中に私たちの存在を示して、配慮を求めつつ主体的に地域防災に関わっていく。そうしたことができるように、コミュニティが成長していけたらと感じています。


『仙台プライドジャパン』が「復興」「インバウンド」ということを謳うのには、国の復興補助金で「LGBTツーリズム」に関する研修が行われたこととの関連もあるようです。この研修には参加しましたが、私の感じてきた復興とはだいぶ違ったイメージです。それが実現可能なものなのか?ということもイメージできないでいます。

しかし、コミュニティを育てて社会につないでゆくという、私のやり方を粛々と進めて行きたい。その結果としてまた交わるところがあるならば、その時にまた向き合ってみようとだけ考えているところです。

私の考えるプライドは、コミュニティと共にそのありさまを共有し、マジョリティもマイノリティも含む多様な性の当事者と、少しでも多くの人とつながっていくこと、多くの人が尊重しあえる状況をどのように作っていけるか?ということです。この考え方も違っているようです。いつか合流できることがあるでしょうか?今はその可能性を信じて、イベントを見届けようと思っています。
Posted by 小浜耕治 at 13:08 | この記事のURL | コメント(0)
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