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Sexuality 夜話 @仙台

地域の多様なセクシュアリティの人たちの談話会
セクマイ夜話のお知らせと、
世話人:小浜耕治の、
セクシュアリティ・人権関連のお話を発信します。


新型コロナでセクマイ夜話は中止です [2020年03月08日(Sun)]
3月9日は、新型コロナ感染拡大防止のために中止とさせていただきます。
直前のお知らせで申し訳ありません。

ーーーーー
〜セクマイ夜話〜

セクシュアリティのあれこれについて、
参加者が話題を持ち寄り、語り合いましょう。

ちょっとしたテーマを設け、脱線OKで、
その日集まった人の興味・疑問に、
みんなで応えて語りましょう。

Posted by 小浜耕治 at 18:05 | この記事のURL | コメント(0)
セクマイ夜話 毎月開催予定です [2020年01月01日(Wed)]
〜セクマイ夜話〜

セクシュアリティのあれこれについて、
参加者が話題を持ち寄り、語り合いましょう。

ちょっとしたテーマを設け、脱線OKで、
その日集まった人の興味・疑問に、
みんなで応えて語りましょう。

ALL SEXUALITY OK !
お問い合わせは、下記まで。
rainbow1000dai-yawaあっとyahoo.co.jp

image.jpeg
ーーーーー
★★★
セクマイ夜話、再開しました!
毎月第2月曜の夜19時で集まっています。
これからもよろしくお願いします。
第2月曜が祝日の時は翌日火曜日に実施しています。
☆☆☆
ーーーーー

今後の予定

2020.1.20 (月) 19:00-21:00  ←第三日曜に変更です。
仙台市市民活動サポートセンター 研修室4

2020.02.10 (月) 19:00-21:00
仙台市市民活動サポートセンター 研修室2

2020.3.9 (月) 19:00-21:00
仙台市市民活動サポートセンター 研修室2



参加費:100円+カンパ、茶菓持ち込みよろしく
はじめての方も、アライさんも、
ご参加下さい


ーーーーーーーーーー
今年度開催

2019.4.8 (月) 19:00-21:00
仙台市市民活動サポートセンター 研修室2

2019.5.13 (月) 19:00-21:00
仙台市市民活動サポートセンター 研修室2

2019.6.10 (月) 19:00-21:00
仙台市市民活動サポートセンター 研修室5

2019.9.9 (月) 19:00-21:00
仙台市市民活動サポートセンター 研修室4

2019.10.15 (火) 19:00-21:00
仙台市市民活動サポートセンター 研修室5

2019.11.11 (月) 19:00-21:00→【中止となりました】
仙台市市民活動サポートセンター 研修室2

2019.12.9 (月) 19:00-21:00
仙台市市民活動サポートセンター 研修室2


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Posted by 小浜耕治 at 17:08 | セクマイ夜話 | この記事のURL | コメント(1)
本日のセクマイ夜話は中止 [2019年11月11日(Mon)]
11月11日は、誠に勝手ながら中止とさせていただきます。
直前のお知らせで申し訳ありません。

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〜セクマイ夜話〜

セクシュアリティのあれこれについて、
参加者が話題を持ち寄り、語り合いましょう。

ちょっとしたテーマを設け、脱線OKで、
その日集まった人の興味・疑問に、
みんなで応えて語りましょう。

Posted by 小浜耕治 at 17:49 | この記事のURL | コメント(0)
「仙台プライドジャパン」と小浜の関わりについての経過説明 [2019年09月23日(Mon)]
「仙台プライドジャパン」と小浜の関わりについての経過説明

杉田水脈のパーティーに出た、なぞの一般社団法人代表のゲイバーのママが仙台にいると聞いたのは、TRPのすぐ後でした。東京で起こっている面倒な対立とかとは、遠目に眺めていられたのが仙台の平和なところだったのですが、なんだかそんなお気軽でもいられないだろうなと思いました。そしてそのすぐ後に、「パレードやりたいっていってるゲイバーのママが会いたいって言ってる」と連絡が入り、会うことになったのが5月下旬。まあ、会ってみると人の良い姐さんでした。話題になっているあれこれにしても、はずみで出かけていったら巻き込まれたという類のもので、継続した深い関係があるわけではない。いろいろ憶測で書かれて困っているなどで、今回のイベントが外側から紐付けされているものではない、ということはわかりました。

その頃には、各団体にブース出展の申込書が送付されていました。しかし、イベント自体の趣旨や内容について、主催団体がどのような団体なのか?といった説明はなく、また、これらの情報を得られるサイトなども皆無でした。これは理解が得られないだろうということで、改めて主催者の説明とイベントの趣旨、開催に対する思いなど、明記した手紙を送るべきだと主張しました。
政治色の無い、LGBT活動家で無い一般LGBTのための、など、物議を醸している表現はその当時から謳っていたので、その点に関する疑義はしっかり伝えました。政治的とはどういうことか?政治的でなくなることなどありえず、パレードをすること自体が政治的だということ、LGBT活動家とは誰で、どんなことをしている人たちを示しているのか?私はそこに入ってるの?私も含めて超党派で動いている活動家はいくらでもいるけど、そういう人も「特殊」とされる中に入るの?そんな話もしました。
そして「仙台プライドジャパン」というネーミングについても、「これじゃあ、日本大好きを仙台からって読めるよww」と、センスと大風呂敷加減について指摘をしました。この名前はインバウンドのためだということです。レインボーパレードというのは和製語で、プライドが世界標準。日本の仙台に外国からたくさんの人が来てお金を落としてくれる。それが震災からの復興につながる。そのためには日本の仙台で開かれるプライドイベントというネーミングが必要だと主張されました。それは変でしょうとは反論しましたが、変えるつもりはなかったようです。

主催者と話をした後に、知り合いの団体から「こんなのが送られてきたんだけれど」と、疑義が示されます。全国的な大きな団体からも、地元の団体からもでした。これはちゃんとした情報を出さなければダメだと思い、「手紙」を早く送るようにと促しましたが、その時は私はにじいろ協働事業のせんだいレインボーDay直前でしたので、会いに行って説得するとかの余裕はありませんでした。後でわかったのは出展を申し込んだ団体にだけ送ったようでした。一体何を聞いてたんだと思いつつ、送った手紙を見たら、当初言っていた「政治色の無い」「一般LGBT」ということをそのまま書いてあるじゃないですか。そしてそれは、HPを開設した中にもばっちり書いてあります。顔合わせのときの話は何だったのか?何も聞いてはいなかったのか!と、心底がっくり来ました。
せんだいレインボーDayが終わった後、ボランティアのみんなが「どういうイベントをしようとしているのか?」と、東城氏のお店を訪れました。そして、小野寺真氏と共に、再度東城氏と話しをしました。スピーチを依頼されたのはその時です。司会をどうするか?決められておらず、地元にいて仙台のことを良く知る人が良いとなり、佐々木ジャッキー氏と小野寺氏のダブル司会でいけるのでは?という話になりました。そして私からは、趣旨についての質問をインタビューにして発信すること。「政治的」や「活動家」「一般LGBT」等について、その本意を詳しく聞き取る約束を取り付け、その結果いかんでスピーチを引き受けると言いました。

インタビューは、打合せを行った後、双方が一定の合意に至ったやり取りをツイートしあうという形で公表しました。それを下記ブログにも再掲してあります。
https://blog.canpan.info/rainbowyawa/archive/39
ここで、引き出せたのは、主に次の点です。
1 日本LGBT機構とはどんな団体なのか?
2 杉田水脈議員のパーティーへの出席・スピーチの真意と、現在の交流について
3 ヘイトによりさらに当事者が傷つくことの無いようにしてくれるのか?
4 「政治色の無い一般LGBTが楽しめるパレード」とはどういうものなのか?
5 政党との関わりについて
これらを7月30日と8月2日の2回にわたって聞き、公開しました。さらに震災からの復興との関わりについてのインタビューを予定していましたが、イベント運営の準備で忙しく、それは実現しませんでした。これらについては、私が求めたいことについての文章を公表し、配慮をお願いしました。
https://blog.canpan.info/rainbowyawa/archive/41
このインタビューで
★日本LGBT機構は地元仙台の団体であること。
★杉田水脈との関係は現在なく、来場はありえないこと。
★ヘイトから参加者を守ること。
★政治色のないというのは党派的対立があおられることの無いという意味であり、政策的・政治的なアピールを排除しているものではないこと。
★LGBT活動家と、バーなどを利用するLGBT当事者らとは地続きであり、
それよりも配慮しなければならないのは、未だ孤立している多くの当事者であること。
これらを確認し、同意を取り付けることができたと思っていました。

商業イベント「仙台プライドジャパン」にはプライドなど存在しない〜サイトにて
(現URL http://spjhasnopride.org/ )
「仙台プライドジャパン」への公開質問が8月19日になされました。期限を越えていましたが回答がなされ、9月5日に公開されます。東城氏はイベント準備で多忙となる中でしたが、質問の内容はもっともなことでしたので、きちんと答えるようにと促していて、回答がなされたことには一安心でした。しかし、9月7日にファクトチェックが出され、回答に対して評価がされると、東城氏はツイッターの公式アカウント上でこれをストーカー呼ばわりし非難します。私はこの大事なときに何を反発しているのか?!と指摘し主催者としてふさわしい発信をするように言いましたが、聴く耳を持ちません。

イベント当日朝に毎日新聞で「東北初」という誤報道が出たことを知り、プレスリリースに何を書いたのか示すよう促しましたが回答はありませんでした。当日ですから、無理もないかと思い、私のスピーチの中で、東北初は誤報道であり、青森や岩手のパレードがあったということを伝えました。誤報道に関し、まず謝罪すべきは主催者です。イベント終了後にそのことを強く迫りましたが、結果はまた公式アカウントからの不適切なツイートでした。主催者としての自覚もなく、感情に任せて、また自己保身を図ろうとする姿勢に、謝罪は不可能と判断せざるを得ませんでした。そして私は9月22日に
「仙台プライドジャパン」に対する小浜の責任 
https://blog.canpan.info/rainbowyawa/archive/43
これを公開し、これまで関与を続けてきたものとしてのお詫びを述べさせてもらいました。

さて、今回の顛末ですが、問題の本質はどこにあるのでしょうか?歴史の無視や政治に関する不見識などはありますが、それよりも公共的なイベント開催としてはあまりに不適切
「ひとりよがりな運営」ということであったと私は考えています。
様々生じた問題点は、すべて東条氏に起因するもので、いわば、「仙台プライドジャパン」を私物化して、「自分の好きにやらせろ」とでも言うような横暴が通っていたという点です。そして、組織的に発信する情報について確認・合意を取るという過程を行っていないようです。結果、東城氏の思い込みによる空虚な言葉が並ぶことになります。私は党派性の無いイベントになるとは考えていませんでした。党派性が煽られることなくLGBTに関する地域の課題が政治的に主張され、市民の理解を仰ぐものとなるはずだと、最後まで期待していました。しかし、主催者から何も主張することはなく、何のパレードかもわからないような形で終わってしまいました。何をなすことができて、何がなされなかったかについて、主催者には総括して説明する責任があると考えますが、もうこういうことは期待できるものではないと考えています。

公共的なイベントを行うには、多くの当事者、多くの市民につながるメンバーが主体的に議論に加わっていける運営体制が求められます。また、その経過について、出資者や協力者に示す責任があります。どのような趣旨であるのかを示し、どのように参加できるのかを示し、広く協力を呼びかけていく。そうして初めて市民が作り上げたパレードが実現します。どれだけの人から共感を得られたか?を自己評価し、もっと共感を得て目的に向かっていけるのかを総括する必要があります。

私も共同代表となり、「にじいろCANVAS」というグループが立ち上がりました。来年、このグループで、宮城からの「プライド」を示していけるイベントを開催できたらと考えています。10月にはキックオフミーティングを行い、どのような形のものをどのような方法で実現に向かうかをお示ししたいと考えています。ご協力をいただけましたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
Posted by 小浜耕治 at 17:42 | この記事のURL | コメント(0)
「仙台プライドジャパン」に対する小浜の責任 [2019年09月21日(Sat)]
「仙台プライドジャパン」に対する小浜の責任

仙台プライドジャパンが終わりました。イベントの本番は、それなりに盛り上がり始めてのパレードを経験した人も多かったでしょう。パレードは多くの人の目に触れる場所に、自らの存在を示す活動です。そこで感じるものは、他では感じられない特別な高揚感、緊張感があり、しばしその興奮に気持ちが揺り動かされます。パレードに出たからといって、フルオープンのカミングアウトをしたことにはなりません。パレードには当事者だけでなく、多くのアライも一緒に歩いていますから、「歩いてたね」と言われても「楽しかったよ」くらいで返事をしておいて構わない。そこでカミングアウトするかどうかは、また新たに自己決定できることでしょう。しかし、カミングアウトして関係を再構築できるのではないか?と考えるのもこの頃です。パレードでエンパワメントされ、力が戻った感触がある。勢いがついて、カミングアウトしてしまうということも多くあるのが、イベントが終わった後の時期です。また、報道等を眼にして、どういうものだったかを再認識する時期。自分が歩いてよかったのだろうか?と振り返り、気持ちが揺れます。

今はそんな一人ひとりの静かな振り返りの時期であるべきだと考えるのですが、それをぶち壊しにしているのが、今回の主催者、日本LGBT機構の東城ひろみ氏です。主催者でありながら、その公式のアカウントで口汚く一部の参加者を非難しています。イベントに協力してきたすべての人に対する背信行為です。決して許されるものではないと考えます。
また、東北初だという誤報や、レズ(ママ)というような侮蔑的言葉が報道されてしまったこと。報道からのきちんとした謝罪はありましたが、報道されて参加者や市民、とりわけ当事者を傷つけてしまったことへの主催者としての謝罪がありません。何のための、誰のためのパレードだったのか?ブースが埋まり、売り上げも上がったことで成功ですか?参加者がその一時楽しければ成功ですか?今後も、性的マイノリティがこの街で暮らしてゆけるため、協力をあおぎ、信頼を得ていくための発信を続けていく必要があるはずなのに、その意識がまったくない。

たいへん憤っていると同時に、そんなイベントに協力した私もまた、みなさんに謝罪しなければなりません。たいへん申し訳ないです。事前のインタビューを通じて、パレードを行うにあたって重要な考え方について問い、発信してもらったはずでしたが、それらの言葉はその時きりの空虚なものでした。このインタビューで「様子を見てみよう」と静観していただいた人を裏切ることになりました。ごめんなさい。
また、当日オープニングのゲストトークで、批判的ではあったものの「プライド」について言及し、それが語られる場として欲しい、その始まりにして欲しいと話しました。考えてみようと思ってくださった参加者の方々を裏切ることになりました。「プライド」を矮小化する場で、あのようなスピーチをすべきではありませんでした。ごめんなさい。
東北初などと言われ、青森で、盛岡で作り上げてきた尊い先人のパレードを無いものにしてしまってすみません。存在を否定されない営みの存在を否定してしまって、ごめんなさい。
侮蔑的な言葉を眼にして、やはりこんな風に言われてしまうと思わせてしまった地域のみなさん、ごめんなさい。
仙台でこれまで、プライドを掲げて性的マイノリティ当事者が街を歩いたことは初めてではありません。パレードとは少し違う形ですが、共にその活動を行った仲間を傷つけました。私自身をも傷つけました。ごめんなさい。

この責任をどうとって行くのか?それは今回の主催者とは別に、この宮城・仙台の地で真に「プライド」を語り発信する場を作ること。それ以外にはありません。それも、多くの人に呼びかけ、主体的に企画に参加してもらえる、それぞれのプライドを考えてゆける場で準備し、多くの協力を得て、参加することで起こるであろう様々な変化に寄り添える、責任あるイベントを作り上げることなのだと思っています。今後をぜひ見ておいてください。私が自分の責任を果たせているか、そうでないなら「違う」と言って下さい。何が違うか?一所懸命耳を傾け、どうしていったらよいかを考え、行動で示していきます。

長くお付き合いいただくことになってしまいますが、よろしくお願いします。

まだ伝えなければならないことは続きます。
どのような経緯で今回のイベントが開催されてしまったのか?その経緯について、私の知る限りのことをお示ししたいと思います。もうしばらくお待ちいただければと思います。

小浜耕治
Posted by 小浜耕治 at 22:37 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
震災を経験して考える『コミュニティ』〜そしてパレードへ [2019年09月15日(Sun)]
震災を経験して考える『コミュニティ』〜そしてパレードへ

震災前、私は長い鬱をようやく抜け出し、「社会復帰」へ向けてそろそろと動き始めていました。手に職もつけなければと、意を決して職業訓練に通い始めて一週間後の発災でした。知人のNPO活動家たちが被災者支援に奔走する中、私は自分の回復で精一杯でした。そんな中でも、コミュニティセンターZELや性と人権ネットワークESTOか提供してくれた交流の場は、私にとって性的マイノリティの仲間に会い、被災をくぐり抜けたことを労いあう貴重な機会でした。そうして半年の職業訓練も終わり、自身の生活復旧を優先しながら活動へも少しずつ復帰していきました。

その中で、震災で性的マイノリティはどんな経験をしたか?話し合ってみたり、シンポジウムが開かれたりしたのですが、個々の状況は知れても全体像が見えてこない。ぼんやりと「想定された状況」があったことが見えてくるものの、個別の経験から何かを発信していこうとしても、どのように総括してよいかが見えてこない状況でした。それが見えてくるだけの拠ってたつコミュニティがなかった、ということを突きつけられたのだと思いました。震災の経験の中で最も重要と思えるのは、コミュニティが未熟なことで仲間を支えようと思ってもできなかったことなのだと感じたことでした。

普段からつながっていないと仲間を助けられない。自らの性的マイノリティとしての部分を封印して生活再建に当たらなければならず、追い詰められた気持ちから助けて欲しいと求められない。平時から感じている社会の現実が、さらに厳しい形で迫ってくるのです。

こうした思いを持ったのは、私だけではありませんでした。レインボーアーカイブ東北として手記の収集を始めたり、自分のまわりにささやかでも支えあえる交流会を始めたり、震災を経験した仲間があちこちで動き出しました。

それは、コミュニティのお祭り「東北レインボーSUMMER」という形でまとまります。性的マイノリティ当事者が互いをエンパワーすることを主眼としながら、社会に向かっても開いて存在を可視化できる場を持つに至りました。東北レインボーSUMMERは、運営の負担が大きく、継続できなくなりましたが、OUT IN JAPAN東北プロジェクトやにじいろ協働事業など、形を変えて「つながり」が継承されています。

私が何か活動する際には、このような経緯で培った「つながり」を尊重していかなければという思いがあります。私の接してきた人たちは限られていますから、決してコミュニティ全体をカバーするものではなく、むしろ接してこなかった人たちへどのように発信してつながりを広げていけるかということを意識して活動してきています。

これまでつながれなかった性的マイノリティ当事者と出会っていくと同時に、地域とつながっていくことも必須だと考えています。防災はマイノリティで備えられるものではなく、地域全体で取り組んでいくものです。その中に私たちの存在を示して、配慮を求めつつ主体的に地域防災に関わっていく。そうしたことができるように、コミュニティが成長していけたらと感じています。


『仙台プライドジャパン』が「復興」「インバウンド」ということを謳うのには、国の復興補助金で「LGBTツーリズム」に関する研修が行われたこととの関連もあるようです。この研修には参加しましたが、私の感じてきた復興とはだいぶ違ったイメージです。それが実現可能なものなのか?ということもイメージできないでいます。

しかし、コミュニティを育てて社会につないでゆくという、私のやり方を粛々と進めて行きたい。その結果としてまた交わるところがあるならば、その時にまた向き合ってみようとだけ考えているところです。

私の考えるプライドは、コミュニティと共にそのありさまを共有し、マジョリティもマイノリティも含む多様な性の当事者と、少しでも多くの人とつながっていくこと、多くの人が尊重しあえる状況をどのように作っていけるか?ということです。この考え方も違っているようです。いつか合流できることがあるでしょうか?今はその可能性を信じて、イベントを見届けようと思っています。
Posted by 小浜耕治 at 13:13 | この記事のURL | コメント(0)
震災を経験して考える『コミュニティ』〜そしてパレードへ [2019年09月15日(Sun)]
震災を経験して考える『コミュニティ』〜そしてパレードへ

震災前、私は長い鬱をようやく抜け出し、「社会復帰」へ向けてそろそろと動き始めていました。手に職もつけなければと、意を決して職業訓練に通い始めて一週間後の発災でした。知人のNPO活動家たちが被災者支援に奔走する中、私は自分の回復で精一杯でした。そんな中でも、コミュニティセンターZELや性と人権ネットワークESTOか提供してくれた交流の場は、私にとって性的マイノリティの仲間に会い、被災をくぐり抜けたことを労いあう貴重な機会でした。そうして半年の職業訓練も終わり、自身の生活復旧を優先しながら活動へも少しずつ復帰していきました。

その中で、震災で性的マイノリティはどんな経験をしたか?話し合ってみたり、シンポジウムが開かれたりしたのですが、個々の状況は知れても全体像が見えてこない。ぼんやりと「想定された状況」があったことが見えてくるものの、個別の経験から何かを発信していこうとしても、どのように総括してよいかが見えてこない状況でした。それが見えてくるだけの拠ってたつコミュニティがなかった、ということを突きつけられたのだと思いました。震災の経験の中で最も重要と思えるのは、コミュニティが未熟なことで仲間を支えようと思ってもできなかったことなのだと感じたことでした。

普段からつながっていないと仲間を助けられない。自らの性的マイノリティとしての部分を封印して生活再建に当たらなければならず、追い詰められた気持ちから助けて欲しいと求められない。平時から感じている社会の現実が、さらに厳しい形で迫ってくるのです。

こうした思いを持ったのは、私だけではありませんでした。レインボーアーカイブ東北として手記の収集を始めたり、自分のまわりにささやかでも支えあえる交流会を始めたり、震災を経験した仲間があちこちで動き出しました。

それは、コミュニティのお祭り「東北レインボーSUMMER」という形でまとまります。性的マイノリティ当事者が互いをエンパワーすることを主眼としながら、社会に向かっても開いて存在を可視化できる場を持つに至りました。東北レインボーSUMMERは、運営の負担が大きく、継続できなくなりましたが、OUT IN JAPAN東北プロジェクトやにじいろ協働事業など、形を変えて「つながり」が継承されています。

私が何か活動する際には、このような経緯で培った「つながり」を尊重していかなければという思いがあります。私の接してきた人たちは限られていますから、決してコミュニティ全体をカバーするものではなく、むしろ接してこなかった人たちへどのように発信してつながりを広げていけるかということを意識して活動してきています。

これまでつながれなかった性的マイノリティ当事者と出会っていくと同時に、地域とつながっていくことも必須だと考えています。防災はマイノリティで備えられるものではなく、地域全体で取り組んでいくものです。その中に私たちの存在を示して、配慮を求めつつ主体的に地域防災に関わっていく。そうしたことができるように、コミュニティが成長していけたらと感じています。


『仙台プライドジャパン』が「復興」「インバウンド」ということを謳うのには、国の復興補助金で「LGBTツーリズム」に関する研修が行われたこととの関連もあるようです。この研修には参加しましたが、私の感じてきた復興とはだいぶ違ったイメージです。それが実現可能なものなのか?ということもイメージできないでいます。

しかし、コミュニティを育てて社会につないでゆくという、私のやり方を粛々と進めて行きたい。その結果としてまた交わるところがあるならば、その時にまた向き合ってみようとだけ考えているところです。

私の考えるプライドは、コミュニティと共にそのありさまを共有し、マジョリティもマイノリティも含む多様な性の当事者と、少しでも多くの人とつながっていくこと、多くの人が尊重しあえる状況をどのように作っていけるか?ということです。この考え方も違っているようです。いつか合流できることがあるでしょうか?今はその可能性を信じて、イベントを見届けようと思っています。
Posted by 小浜耕治 at 13:08 | この記事のURL | コメント(0)
地方のコミュニティで育っていくこと [2019年08月10日(Sat)]
来月に迫った「仙台プライドジャパン」について、主催者とのインタビューを公開しましたが、私自身の考えについて表明していませんでした。とても長文になりましたが、ごらんいただけると幸いです。
なお、この文章はあくまで小浜の考えであって、パレード主催者の見解ではありません。

ーーーーーーーーー

地方のコミュニティで育っていくこと

私がゲイバーデビューをしたのは、1992年の初め。大阪で映画館デビューの後、上野のゲイ冊子専門店で「さぶ」を買い、乗客の少ない新幹線でむさぼり読んで、広告を確認した後のことでした。もう、29歳にもなっていましたが、デビューしたての初々しさが受けたのか、それなりにモテてお持ち帰りもされ、おずおずと馴染みになっていきました。疫学で言う「商業施設ユーザー」というやつですねww。

お酒おごられたりしたら固辞せずいただき、お話弾ませ楽しく過ごし、かといってそれがすべて「今晩のお相手」になるのではなく、単に「お近づきになる」程度の意味だとわかったり、口はばからない悪口があふれているけれど、知った人のことが聞こえてきても、にっこり笑って受け流しその人にはフィードバックしないことや、中には地位のある方もいらっしゃってるので、昼間会っても知らん振りしなきゃいけないとか、バーの「作法」もだんだん身につけながら、知り合いも増えていきました。

その後、札幌・名古屋のグループの尽力があってサークルが立ち上がりましたが、月一回のミーティング以外は、私のゲイライフといったらゲイバーで過ごす時間が主な行動でした。恋愛に発展する可能性をはらんだ人間関係という、これまで経験のなかった世界です。20代の大半までをクローゼットで過ごしていた私は、早く遅れた分を取り戻さなきゃと、いろんな人から卑近なことから高尚なことまで、様々学ばせてもらったと思います。ゲイバーコミュニティは、よちよち歩きのゲイの私を育ててくれた所です。

サークルが立ち上がった後、私はHIVの活動につながりました。93年には始めて自分で企画したイベントを行ったのですが、そのチラシをゲイバーに持っていった時には、マスターはとても扱いに困っていました。目の前で破って捨てられるようなことはありませんでしたが、おそらく私が帰った後は捨てられたのではと思います。当時ゲイバーでは、HIVというようなネガティブな話はご法度でした。日常の生き辛さから逃れ、ひと時自分らしくなれて楽しめる場がゲイバーです。そこでは病気の話で楽しい雰囲気に水をさすということはできなかったわけです。

しかし、2000年前後になると状況が変わってきます。開店すぐで客は私一人というときに、「HIVの話なんだけど」と、相談されることが出てきました。お客さんから相談されることがあるとのことでした。男性同性間感染対策研究班ができたのもこの頃で、私は仙台でもゲイコミュニティでの活動を始めなければと思いました。ゲイバーという現場の声を聴けたからです。活動をはじめ、お店に協力をお願いすると、ほとんどのところで快く受け止めてもらえました。みなさんリアルな問題として無視できないと、肌で感じておられたのでしょう。ゲイに向けての活動は、ゲイバーと言う現場がなければ成立しません。自分たちの問題を自分たちで克服していこうという、活動とバーの協働が始まりました。

これは、コミュニティーセンターの活動として現在も進行中です。私はその後、こちらの活動からは離れることになりましたが、活動してくれている仲間がいてこそ、安心して任せておけると感じています。

震災後、性的マイノリティの社会での可視化はいのちにつながることだと切実に感じ、HIV/セクシュアリティ/性的自立に関する学習会を、コミュニティセンターを会場に始めました。そこには、ゲイバーというような居場所のないトランスジェンダーが多く参加してくれました。また、小さなグループがたくさんできて、学習会がその相互交流の場にもなりました。そして、それらのグループが協働して、主として当事者のための夏まつりとして「東北レインボーSUMMER」が開催されます。OUT IN JAPAN仙台撮影会の話をもらったときも、この東北レインボーSUMMERのネットワークが活かされました。東北レインボーSUMMERは、資金や人材の面で継続が難しくなりましたが、この状況が仙台市との協働事業「にじいろ協働事業」を提案する、大きな要因となりました。

にじいろ協働事業のボランティアには、それほど多くゲイバーユーザーが参加してくれていたわけではありません。ゲイバーでクローゼットとして守られた中と、自治体と協働した啓発活動はなかなか両立するものではないので、それは仕方ないなぁと思っていました。にじいろ協働事業は最大二年年限の事業なので、その後について考えておかねばいけなかったのですが、ボランティアの中からは「来年はパレードをしたい」との声も上がっていました。

そうした中、「仙台プライドジャパン」の開催について、主催者から協力の呼びかけがありました。なんと悩ましいことになったんだろうというのが当初考えたことでした。杉田水脈の一件以来、それを問題視しない人が仙台にもいることを知っていましたが、まさかその人からパレードをしたい旨を言ってこられるとは思っていませんでした。「LGBT活動家」を敵視する人と一緒に、何かできるはずもないと、当初は考え、会いにいくのもたいへん気が重かったです。

しかし会ってみると、思想信条の杞憂はあるにしても、仙台という地域でのLGBTの可視化、地域状況の改善という点では、思いを持った人であることがわかりました。ゲイバーという現場で、地域の状況を見てきたからこそ、パレード開催という行動を起こしたということが伝わってきました。政治色のないパレード、一部の活動家ではなく一般LGBTというような、お話にならない「主張」も、LGBTの社会的活動がどのようになされてきたかという認識自体があまりない中、SNS上でなされている言説をそのまま借りてきたに過ぎないという状況が見えてきました。

地元のゲイバー経営をベースに始まったこと、という点について、足りない言葉を補うことで、私も不安をぬぐいながら外側からできる協力はしてみようという気持ちになりました。その結果なされたのが、7月30日と8月6日に公開したインタビューです。

ここで、私は「まだまだカミングアウトが難しく、パレードを歩ける人も少ない中で、このような人たちの小さな声を聴いてゆける、様々な社会的課題に直面するまだ出会えていない人たちのためのパレード」にしていくという約束ができたと感じています。党派対立は望んでおらず、その火種となるような行動はしない旨も聴き出せたと考えています。私ができるのはここまでで、この後はそれに沿った発信が、主催者からなされれば良いと考えています。しかしまだそれは果たされていません。対立の火種を抱えたままですが、少しでもこれを解消してもらい、何とか「地元のためのパレード」と思えるものが開催されればと望んでいます。

状況は厳しく、私の他地域にいる友人は懐疑的であることも承知しています。しかし、この局面をのりこえていくこと、それはコミュニティとともに成長できることではないかと思います。そして主体的に考え、ともに成長してくれる人が、この仙台で一人でも増えてもらえれば嬉しいと感じています。
Posted by 小浜耕治 at 02:34 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
仙台プライドジャパン主催者に対するインタビュー [2019年08月05日(Mon)]
2019年9月16日(月・祝)に「仙台プライドジャパン」が開催されます。
https://sendaipridejapan.wixsite.com/spj2019
開催趣旨などについて、疑問があったので、
主催の(一社)日本LGBT機構理事長・東城ひろみ氏にインタビューを行い
ツイッターにて公開しました。
以下はその連続ツイートをまとめたものです。
https://twitter.com/aoikousi/status/1156192808518029313
https://twitter.com/aoikousi/status/1158056400355909633



20190730公開 第一弾https://twitter.com/aoikousi/status/1156192808518029313

浜)突如杜の都仙台に現れた「仙台プライドジャパン」。9月16日(月祝)、札幌パレードの翌日に開催されるパレードとは?古くから仙台で活動する小浜耕治が、件の東城ひろみ理事長にインタビューします。

浜)東城さん、こんばんは。「仙台プライドジャパン」は、「日本LGBT機構」の主催ということですが、いつどこでできた団体ですか?

東)小浜さん、よろしくお願いします。「日本LGBT機構」は2017年に東京で設立しました。

浜)仙台じゃないんですか?それが何で仙台でパレードを?

東)仙台でゲイバーを経営しながら、東京と行ったり来たりしていて、東京の知人が協力してくれたので、向こうで法人登記しました。
元々出身は宮城ですし、現在の生活は仙台中心です。経営しているゲイバーでいろんな人と話してる中で、地元仙台でも大きなイベントを行って、地域の状況を良くしていけたらと思いました。

浜)もともと仙台なんですね。「日本LGBT機構」の活動の本拠地は仙台ということで良いですか?

東)はい。近く法人登記も仙台に移す予定です。

浜)なるほど。とても気になっていたのですが、「日本LGBT機構」を検索すると杉田水脈議員のパーティーに出ていたというのが出てきます。本当に参加していたんですか?どんなスピーチをしたのですか?

東)参加していました。
あの一連の騒動で傷ついたという人、そうでもなかった人が両方いたのだと話しました。私は個人の思いだけでこう言ってるのではありません。
傷付けられることはあってはならないですし、逆に文面の捉え方も人それぞれであった訳ですから、賛否双方が感情的にならずに、膝を付き合わせて冷静に話す事が大事で、私の店ではそのように心がけていました。
意見を同じくするコミュニティーではない、ゲイバーという思想心情の違う方々が様々くる場所での意見を聞いた上で、思い込みではなく、彼女と話してみようとおもったのです。
本人には、「全文を読めばわかる」と言って終わらせず、きちんと丁寧に説明しないと、混乱はなかなか収まらないと言うことを話しました。

浜)杉田議員とのその後の交流はありますか?

東)あまりありませんね。私個人としては、思想信条に関わらず様々な人と交流して、LGBTをどう考えているかを伺い、コミュニティの現状について説明していくというスタンスで活動しています。その一環で自民党のパーティーに呼ばれたときに会いましたが、その後、議員本人からのアプローチはありません。

浜)その後は深くやり取りしていないわけですね。
思想信条・政治信条と、昨年の多くの当事者を傷つけた寄稿文のことは別ではないかと思います。それ以前の動画で深く傷ついた人も多くいます。傷ついた人がいることについて、きちんと謝罪した上でないと、コミュニケーションは取れないのではないかと思います。

東)弱者に寄り添うのが政治の基本ですから、それから外れるようであれば、きちんと意見を表明することは必要だと思います。傷つけられることはあってはならないことです。

浜)お店で話を聞いていて、傷つけられた人の声は聞こえていましたか?

東)正直、そうでない、さほど傷ついていないと話す人が多かったです。傷ついたと話してくれる人はそれほどいなかった。よく聴けていたかと振り返ると、そうではなかったのではと思います。

浜)パレードには、お店以上に様々な人に参加して欲しいと思います。そのためには、日ごろ世間からの様々なことで傷ついている人も多く参加して欲しい。そういう人が安心できる環境を作る必要があると思います。そうして初めて、弱くされている人の声が聞こえてくる。

東)考えておかなければいけない、大事なことだと思います。

浜)そう考えると、杉田水脈は来てもらっては、安心して参加できない人が出てしまいますね。

東)今回のイベントの趣旨にはそぐわないですし、直接の連絡先も知りません。お声も掛けることはございません。来るかどうかはわかりませんが、参加者がまた分断されないようにすることを優先すべきだと思います。
彼女と話し合うのは、パレードとは別の場ですべきだと考えます。

浜)ありがとうございます。少し安心しました。
さて他にも、「政治色のない」とか、「一般LGBT」とそうじゃない人の分断とか、気になるところがまだあります。今日のところはここまでにして、また後日、このことを聞かせてもらえますか?

東)わかりました。よろしくお願いします。



20190805公開 第二弾https://twitter.com/aoikousi/status/1158056400355909633

浜)こんばんは。先週始めに第一弾をお送りしました、仙台プライドジャパン主催者インタビュー。今日は「一般LGBT」や「政治色」について伺いたいと思います。東城さん、よろしくお願いします。

東)小浜さん、よろしくお願いします。

浜)今回のパレードについて、楽しいイベントにして観光客を含めお客さんがたくさん来て、復興に一役買える、地元仙台に貢献したいと、壮大な夢があるようなのですが、これは何かモデルがありますか?

東)以前のデモ重視だったところから主張のアプローチを変えた、オーストラリア・シドニーのマルディグラのようなお祭りができたら良いなと思っていました。


浜)なるほど。マルディグラは世界中から観光客が訪れる大きなお祭りですよね。でも、第一回のパレードから、そういう大きな規模にはできませんよね。一足飛びには行かない。あくまで長期目標というニュアンスで捉えて良いですか?

東)将来、そういう形に成長していけたらよいと考えています。

浜)目標が大きいので、焦りも感じてしまうのではないかと重います。壮大な夢をぶち上げ、なるべく多くの人が参加しやすいようにしたい。なにか、他と差別化できる形はないのか?という中で、「政治色の無い、一般LGBTも楽しめるパレード」というフレーズが出てきたように思います。
浜)大きくしていくために、今の仙台で何が一番大事かというところがずれていないか?というところについて、聞いていきたいと思います。

浜)ツイッターでの反響を見てみると、このアカウント説明文にある「一般LGBT」「政治色の無いLGBTプライドパレード」という部分に引っかかる、という人が多く見られます。私の周囲でも、どういうことだろうと、疑問の声が上がっています。
浜)LGBTは、多様な性的マイノリティが互いのちがいを尊重しながら、社会に向き合って自分たちの存在を示していくための言葉として用いられるようになりました。一般LGBTってどういう人たちのことを考えてのことでしょう?「日本初!」となっているので、これまでのパレードでは楽しめなかった人たちということになりますか?

東)活動家の方、及びそのコミュニティーの方々と比して、その様な活動をしていない、興味のない、属してない圧倒的大多数のLGBTを一般と表現させて頂きました。思想信条を同じくする方々が中心で催せば、もう一方の人達に限らず中間の人達も楽しめないでしょう。そういう多くの方々がおります。

浜)具体的には、東城さんがこれまでお店で出会ってきた人たちの中では、従来のパレードを心から楽しめていない人が多かったということでしょうか?

東)同じ価値観や意識を持ったコミュニティーに属してる方々にとっては意外かもしれませんが、そういう方々が圧倒的に多いです。

浜)いわゆる社会的活動を行っている人たちとは、感覚が違う人が多くいると言うことですね。東城さんはそうした人たちの声を聴いてきた。活動している人だけではない、それ以外の感覚の人がお店には多く来ていて、その人たちの声も含めた意見の幅を感じておられたというリアリティがあるわけですね。
浜)わかりました。ただ私には、一般・社会的活動と二分してしまうのにはたいへん抵抗があります。

東)分断してしまうと感じられる表現になってしまったのは、至らなかったと思います。本意ではありません。

浜)さて、バーを訪れるお客さんや社会的活動をしている人以外にも、たくさんの当事者がいるだろうと思います。大多数は、未だ声をあげない、声を聴くことが難しい人たちなのではと思います。相談活動をしていると、こういう思いでいる人がいるのか!と、自分の世界の狭さに愕然とします。
浜)「LGBT」は、基本はじめは孤立していたりするので、一人ひとりがとても違った経験をしています。置かれている環境も、その考え方も様々です。そこで言う「一般LGBT」とは何でしょうか?一般の対義語は特殊だったりしますが、活動家もツイッタラーもバーのお客さんも、みんな「特殊」。
浜)声が聞こえるという点で特殊なのではないかとも思えます。東城さんが感じられるより、さらに多様性があるのが本来の姿なのではと思います。

東)その通りだと思います。

浜)そうした中で行われるパレードは、社会全体に「私たちはここにいます!」と、声をあげることと、未だ出会えていない「声をあげていないLGBT」の人たちに「つながろうよ!」と呼びかける、二つの意義のあるものではないかと思います。東城さんはどう思われますか?

東)もうひとつ、すでにつながっている人がお互いに祝福しあうことも大切だと思います。LGBTコミュニティの中では、これがとても重要です。

浜)楽しんで、エンパワーしあうことって大事ですね。自分たちどうしで開放されて楽しんで、その様を社会に見せて「私たちはすぐ隣にいます!」と示して、孤立している人に「つながろうよ!」と呼びかけることがパレードにはできますね。
浜)ただ、パレードには程度の多少はあるにせよ、カミングアウトすることが求められます。地方では、仙台でもこれは容易いことではありません。社会に示すことが、パレードのパレードたるゆえんですが、仙台のカミングアウトできる当事者って、そんなたくさんいるわけでもない。

東)それがいちばん難しいと感じるところですね。

浜)そこに配慮していけるやり方を考えていきたいですね。
東)そう思います。

浜)さて、政治色という点です。「シスジェンダー・へテロセクシュアル中心の社会で、長年声をあげられてこなかった人たちが、LGBTという傘の下に集い声をあげ始めた。」ということを言いましたが、これってすごく政治的な、社会を変えていく取組みだと思います。
浜)そういうものに対して、レインボーフラッグやプライドという旗印がたっている。プライドパレードは、その始まりも、そして現在も、このような政治的な存在なんだというのが私の基本的な認識です。

東)LGBTにも当然多種多様な意見があります。真にLGBTの未来の為に戦うのであれば、一方の意見だけを押し通し、もう一方の意見に反するのであれば、それこそ多様性の否定であり、LGBT全体の幸福ではありません。私がいう政治色のないということは、一方の意見にくみしないということです。

浜)政治的というものとは別に「党派性」という言葉もありますね。私たちが尊重され、すべての人が尊重されるよう世の中を変革していく方法には、様々な方法があるわけです。それをどんな優先順位でどんなタイミングで行っていくか?それが「政策」で、党派によってこれが違ってきますね。
浜)違う政策は時としてぶつかり合うわけです。東城さんの言う、政治色を無くすというのは、このような党派の対立を避けると言う意味ではないですか?

東)党派の対立を感じさせないことで、たくさんの人が抵抗なく参加してもらえたらと思っていました。ネガティブな主張が応酬されると、怖い印象が強くなります。

浜)より多くの人に参加してもらいたいという気持ちからの「政治色のない」ということだったのかなと思うのですが、いたずらに党派性とその対立をあおることがないよう、配慮したいという趣旨だったのですね。

東)そうです。

浜)パレードが行われるのは、仙台市議会議員選挙が終わって半月、宮城県議会議員選挙まで一ヶ月と言うタイミングです。党派性が強調されやすい期間にあたっていると思います。ですので、政党活動については、遠慮してもらう。そういう配慮が必要と思いますが、いかがでしょう?

東)政党アピールをやめていただくのは必要と思います。どこかに与することなく公正にが大事なので、各党にお声掛けして等しく挨拶をいただくのがよいと思います。

浜)政党からの挨拶は必要ですか?声をかけても、いただけるところ、そうでないところが出てきて、不偏不党にならない事態は容易に想像できます。いっそ、挨拶も求めなくて良くありませんか?


東)挨拶を出す出さないはそれぞれで自由なので、お声がけだけはしてみます。

浜)政党の挨拶より大事なのは、地元仙台のリアルな現場の声ですよね。東城さんはバーでのいろんなお客さんの意見に接していて、どれかひとつに偏ることはできない。バランスを取らなければいけないと感じられているのだろうなぁと思います。
浜)小浜も、個人的に主張したいことと、今地域で何が重要ということを説明するにはバランスを考えます。地元当事者の多様な状況を伝えることが、一番大事なことではないかと思います。

東)はい。バランスを考えるのに苦労するくらいの多様な経験、意見が聞くことができます。

浜)地域での取り組みは一過性のことではなく、いろんなリアルな声を粘り強く聴き続けることが求められていると思います。パレードの時も、終わってからも、聴けていない声はないか?と丁寧に取り組んでいくことが求められると思います。

浜)議員のみなさんや、他の地域から来てくれた人、関心を持ってくれたアライの人たちにも、やっと言えた地元の声に耳を傾けて欲しいと思いますが、いかがでしょうか?

東)主役は地元の小さな声ということですね。その通りだと思います。

浜)地域には様々な社会的課題があります。自死やHIVの問題、教育やいじめ、トランスジェンダーの就職問題、パートナーシップ制度、婚姻の平等、性別変更の法改正など、地元での地に足を着いた生活の中で、切実に求めていきたいという声も聴きたいところだと思います。

東)社会的な課題に対する政策では、賛否あって議論が必要なことも多いです。その対立が強調されるのは、せっかく政党の人に遠慮してもらったのに、やはり対立してしまった、ということになると困ります。

浜)そうですね。政策に賛成反対ということよりも、もっと具体的に感じていることそのものの方がきちんと聴けるようにしたい。そう思います。

東)いろんな希望の声を聴いていきたいです。仙台の街の人にも聴いてもらいたいです。

浜)それも立派な政治的なことですね。

東)そう言うことなんですね。政治色をなくすといって、声も聞こえなくなっては困ります。

浜)政治色をなくして、一般LGBTが楽しくたくさん参加してくれるパレード、というのは、実のところは地元でカミングアウトできない、あるいは孤立している当事者に向けて、一緒にいるよとよびかけていく、声を聴かせて!と呼びかけていくということで大丈夫でしょうか?

東)そんなパレードにできたらと思います。

浜)ネット上で出てきている誤解が、こういう方向性だという理解に変わって行って欲しいです。

浜)さて、パレードの意義で、震災のことに触れていますが、ここにも疑問の声が上がっています。次回はこの部分について伺いたいのですがどうでしょう?

東)わかりました。震災は私にとってとても大きな出来事でした。たくさん伝えたいと思っていることはあります。

浜)それは楽しみです。よろしくお願いします。

Posted by 小浜耕治 at 03:22 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
ドラマの外にいたあの頃〜新鮮なゲイもうっかり女子に告る [2019年06月01日(Sat)]
NHKのドラマ「腐女子、うっかりゲイに告る」が放映中ですが、
先日、これをネタに女子大で講義をしてきました。

ゲイが「女子とも付き合ってみた」というのはあるあるな話です。
しかし、付き合った女子にとっては迷惑な話で、
体裁の悪い「不都合な真実」だったりするわけです。
ゲイコミュニティの中ではよく話されたりすることですが、
講演でおおっぴらに話すことはどうも体裁が悪い。
「女子とも付き合ってみたんですが……」とか、
さらっと触れるくらいでした。

今回は、意を決してこの事をじっくり話してみました。
少人数に向けて、ドラマの構図と並べて、ということで、
ちょっぴり冒険してみたくなりました。
結果、その頃の自分の気持ちを呼び起こすことができたように思います。

ドラマの相関図はこんな感じ。
IMG_20190601_131103.jpg
腐女子うっかりゲイに告るの場合
https://www.nhk.or.jp/drama/yoru/fujoshi/html_fujoshi_cast.html

私の高校時代はこう。
DSC_0755~2.JPG

女子の友だちがたくさんいた高校時代。
女性的で、周囲にはソッチ系とバレバレだったものの、
頑なに自分のセクシュアリティは否認していました。
でも、否認はしても、恋には落ちるのです。
同学年の彼をどうにも好きになってしまって、
肩を組まれたりするとドキドキし、
近くにいると、体温が感じられるくらいににじり寄って
ぽーっと胸が熱くなったり。
でも、こういう感情を受け入れるということは、
自分がゲイだと認めることになる。感情を募らせることで、
本当にゲイになってしまう。本格的なヘンタイになる。
心にしまわなければ、でも近付きたい。
千々に乱れる、オトメ心だったわけです。

女友だちのなかでも特に仲の良かった彼女とは、
放課後をよく一緒に過ごしていて、一部からは
「小浜も男になって来たのか」というように
言われたりもしていました。
そういわれて、悪い気はしません。「普通に戻れる」希望ですし、
こういうドキドキしない楽にいれるのも「恋愛」のひとつだと、
本気で納得していたりしましたから。

大学に入って「遠距離」になってから、
手紙を書いて「付き合う」ようになります。
仙台に来てもらってのデートもありました。
でもね、やっぱり何か違ったんです。
彼女にはわかったんじゃないかなと思います。
さらに関係が進展することはなく疎遠になり、
彼女から改めて別れを告げられて終わりました。

その後も、彼に対する思いはそのままに、
別の女子と付き合ってみるあがきは続きます。
情が移れば家族を作れる。子どもができれば結婚できる。
そんな無謀な試みに付き合わせてしまった。
本当に申し訳なかったと思います。ごめんなさい。
セクシュアリティを受容できない苦しさに、
こんなことに巻き込んでしまったという罪悪感が加わり
20代を混乱のままに過ごして来てしまいました。

29才でゲイバーデビューし、
翌年には現在のパートナーと出会い、
しばらくは自分の本当の人生が始まったと、
その事でいっぱいいっぱいでした。
デビューの前後で人間関係もガラッと代わり、
こうした葛藤と自分勝手な時代には
あまり向き合わない日が続きました。
ゲイライフにも慣れてくると、
さらにゲイとしての自分に自信が出てくると、
この人間関係のギャップを回復したい思いが強まります。
カミングアウト前の自分も後の自分も自分として、
等しく肯定してこそのプライドなのではないかと思うのです。
「不都合な事実」だからといって、
自分の一部をなかったことにするなんて、
やっちゃいけないことです。
あけすけに率直に自分を語ることで、
私を、私に巻き込まれた人を尊重することになるのではと感じています。

ロールモデルという言葉はあまり好きではないのですが、
同性のパートナーシップという選択肢がハッキリと存在することが見えて、
自分もそうできるかもしれないと思えること。
人格形成途上の時に、そんな機会があったら、若い世代の人たちは
ホモフォビアを乗り越え、もっと力強く人生を進めることができるんだと思います。
ちゃんとドラマの真ん中にいて、ステージに昇って、
人間関係の中で確信の持てる生き方を模索することができる。
試行錯誤の中で歩んで行くことができるのだと思います。

ドラマの中のバーのオーナー・ケイトさんは「ショーが始まる」と言いました。
自分からshowを始めて、力をつけ、人間関係を深めることができる。
良くも悪くも、観念でなくてリアルで進んでいける。
そんな時代を作っていきたいと思うのです。
Posted by 小浜耕治 at 11:58 | セクシュアリティ | この記事のURL | コメント(0)
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