活動報告は終わりましたが、
もっとボランティアに行く人が出てくるように、
ボランティアの意義、
そして次の世代のためにすべlきことをまとめました。
南三陸町は来年の3月まで災害ボランティアセンターを継続する予定です。
これから冬を迎え、屋外での仕事を継続するのは限界があると思います。
だからできるだけ早く目途を付けさせてあげたい、
そのためにできるだけ多くの人がボランティアに行って欲しいと思うのです。
特に、これからは寒さに慣れている道産子の出番だと。
(実は、今の北海道人は寒さに弱いという話もありますが

)
私は、ボランティアは気軽に行っていいものだと思っています。
もちろん、活動のための準備はきちんとしておかなければなりません。
そして、指示待ちではなく、
自分で判断して行動すること、
被災者の心を傷つけることがないように考えて行動すること、
そういうことができなくてはなりませんが。
(ボランティアは揃いのビブスを着て行動するのでとても目立ちます。不用意な行動は、ボランティア全体への評価になり、それは被災地で長く活動しているボランティアに精神的な負担をかけることになってしまいます。)
そういうことに気をつければ、
怖い顔をして被災地へ向かう必要はないのです。
(笑顔はとても大事です)
被災地の周囲には観光地も沢山あります。
1日ボランティアで2日観光でもいいのです。
やるべきときに、心底一生懸命やれば。
だから、1人でも多くの人に現地へ行って欲しいと思います。
(実際、到着した日はボランティアの受付時間に間に合いませんから、近隣の観光地にでも行って来た方がいいです。私も全行程のうち、到着日と最終日は近隣の観光地へ行きました)
被災地でのボランティア活動にはどんな意義があるのでしょう。
偶然、同じ時期に、同じく苫小牧から行っていた内潟さんが、
被災した漁師さんから聞いた言葉を紹介します。
「俺たちは、全てなくしてしまい、ゼロどころかマイナスになった。
何も手につかなかった。
でも、ボランティアの人達が来てゼロまで戻してくれた。
だから、俺たちにも希望が生まれ、立ち上がれた」
これが被災地で活動するボランティアの意義の全て、
と言っていいと思います。
では、ボランティア自身はいったい何を得るのでしょうか。
第一に言えるのは、
現場を体験したことにより、個々の思考の中に一本の柱ができ、
情報が少なくなった時に想像(推察)して考えることができるようになる、
自分をその場に置いて考えてみるということができるようになること。
そうすると、噂や断片的な報道に惑わされることもありません。
もう一点は、人のつながりができるということです。
その後も連絡を取り合うという関係にならなかったとしても、
「違う土地に自分と同じ思いを持つ人がいる」ということを知っただけでも、
自分を支える「勇気」につながるものです。
ところで、私は、公務員ですが、
特に公務員にはボランティアに行って欲しいと思っています。
理由の第一は、
公務員はボランティア休暇など条件が整えられているということ、
第二は、人のつながりを広げ視野を広げるという効果です。
業務命令で被災地へ派遣され、
そこで職員として一生懸命働くことも大切ですし、
そこで得られる経験も貴重なものですが、
一市民として現地へ行くのとは、また違います。
昔から言われる「役所」という組織の欠点を解消していくには、
一市民としてボランティアに行ってくることの方が効果的です。
公務員組織には、
経費まで持つ必要はありませんが、
職員がよりボランティアに行きやすいような環境を作って欲しいと思います。
私が「被災地へ行かなきゃ」と思ったのは、
「自分にも子どもがいるから」、ただそれだけのことでした。
だから、子ども達のために私たちがすべきことを考えないわけにはいきません。
通常、どんな大きなできごとも
当事者以外の記憶からはやがて消えて行くものであり、
それはそれで仕方のないことです。
でも、この震災はそれではいけないと思います。
震災時に原発事故が起きました。
その放射能による影響は、
今後何十年も監視して行かなければなりません。
そして、今も排出されている原子力発電所からのゴミ。
これは、もう人類がいないかもしれないという時代へ押し付けられるゴミです。
だから、決してこの震災は忘れられることはないし、
忘れようとしてはいけないのです。
一つは、もう二度と津波でこんなにも沢山の人が亡くなることのないように。
もう一つは、原発、核、こんなものが無くてすむ社会を創るために。
(最終日に見つけた子どもの貯金箱。「おかあさん5円」って書いてあった。
2人の夢がいつか叶いますように)