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カフェまーなび第6回目の様子 その3 [2011年05月31日(Tue)]

 護憲派は、どの条文も変えちゃ行けないという人達ばかりでなく、

条文によっては改正すべきという人も沢山います。

 憲法改正は、主義主張に政治経済などのいろいろな思惑が絡み、

様々な要素が付け加えられ、

そもそもの問題が見えないようにイメージが固められていると感じます。


 そこで、最後にもう一度、

9条を含め、憲法改正に関する考え方をシンプルに整理してみたいと思います。


 一つ目は、「憲法の目的」はなんだったか。

 憲法は、国民のために政府など権力者の行動を拘束するものでした。

 二つ目は、「私たちにとっての憲法の位置づけ」はなんだったか。

 憲法は、国民の理想を示すものでした。

 三つ目は、憲法制定後の時間の経過を考えることです。

 私たちは、国内での殺し合いをやめてから400年くらいしか経っていません。

 さらに言えば、チョンマゲをやめてから140年くらいしか経っていません。

 戦後から66年。

 この年数が、理想を修正すると決めるのに十分な時間が経過したととらえるか、

それとも長い道のりの途中ととらえるのか、

憲法を考える上でのベースになると思います。

 四つ目は、世代のつながりです。

 終戦時に生きていた先輩達の多くが何を考え、

それを受けて、

私たちは次の世代にどんな社会(世界)を贈るべきか、

それをしっかりと考えるべきだと思うのです。

 


 さて、この日は被災地支援イベント「吞んボラ(呑んでボランティア)」も行いました。

 参加者は少なかったですが、

マスターがこんなのも作ってくれ...

 何??


 え?


 うわ!!

 まぐろ頭の塩包み焼き...ここって喫茶店だよね?

 美味しくいただきました!


 お酒は、福島県伊吹町の大木代吉本店の「自然郷」

このたびの震災で被災されましたが、大丈夫とのこと。

 おいしいお酒でしたーーー。

 義援金額はのちほどお知らせします。
Posted by がばめん太 at 05:18 | カフェまーなび | この記事のURL | コメント(0)
カフェまーなび第6回目の様子 その2 [2011年05月30日(Mon)]

 23日から約1週間、宮城県山元町などへ

被災地支援のボランティアに行ってました。

 その報告は、次々回から行うとして...

カフェまーなび第6回目の様子の続きです。


 さて、なぜ憲法を改正しようとする動きと、

それを阻止しようとする動きがあるのか。


 憲法を改正しようとする動き、

それは1950年の朝鮮戦争時に自衛隊(当時は警察予備隊)が発足してから始まった、

と考えていいでしょう。

 そもそもの議論、そして問題の根拠はこうです。

 「戦争を放棄し、武力を持たないと謳う憲法9条に違反している」

 これに対し、政府はこう言います。

 「軍隊とはどういうものかということについて明確な定義はないが、自衛隊は他国から攻められた時に応戦するのみの存在で、そのための戦力しか持たないから、一般で言う軍隊に相当しないので憲法に違反していない」

 さて、これをどうとらえるか。

 9条を素直に読めば「戦争放棄、軍隊は持たない」です。

 国連憲章で国の自衛権が認められていますが、

日本国憲法の制定の方が早く、

「新しい憲法のはなし」の中でも「世界に先駆けてこの理想を掲げた」というようなことを言っていますから、

 憲法では、

おそらく自衛権のための軍隊を含めて「一切持たない」ということを考えているのだと思います。

 ということは、政府の見解はかなり無理があり、

「違反」と考えるのが順当ですね。


 だから、純粋な議論は、

改正しようとする人達(以降「改憲派」)の主張は、

「現実が憲法に違反している。だが、社会情勢から軍事力を一切持たないわけにはいかないから現実に合わせて9条を改正して、日本が軍事力を持つこととそれがどういうものかを明確にしよう」

ということになり、

改正しないという人達(以降「護憲派」)の主張は、

「現実が憲法に違反している。だが、理想は捨てるべきでないから、9条は変えないで現実を理想に近づけよう」

ということになるのですが...。

 そもそもの議論は、

こんなふうに「国のあり方、将来像」の議論なのに、

改憲派の方はこれにいろんな違憲がくっつきます。

 佐々木さんのお話では、

例えば、経済界は改憲志向ですが、

その理由は、

海外で武力を行使できる軍隊を作ることで海外に進出した企業の利権を守り、

武器の国内国外販路を拡大するという目的があるそうです。

 ただ、これは表に出ること無く、

先に述べたそもそも論や海賊対策、

後述する「お仕着せ憲法論」で包まれています。


 その「お仕着せ憲法論」とは、

「アメリカに占領されていた時にアメリカに押し付けられた憲法だから、あらためて日本人が憲法を作ろう」というものです。

 これについて佐々木さんは、

「諸説あるけど、アメリカと日本が議論して作ったというのが順当なところ。でも大事なのは、誰が作ったか、ではなく内容でしょ」

同感です。


 それにしても、そもそもの議論に比べて、

他の2つはあまりにもスケールが小さい。

 「お仕着せ憲法論」はむろんのこと、

海外に進出した企業の権益が、国家の権益に重なることがあっても

それが全てになることはない。

 ましてや企業活動に、国民の命や税金を投げ出すことはない。

 だって、企業の平均寿命は20〜30年、
(小さい企業も入れれば40年くらいになる)

絶好調の期間は10年くらいで、

あとはいずれ他の(または他国の)企業に代わられるのです。

 次回へ続く。
Posted by がばめん太 at 11:35 | カフェまーなび | この記事のURL | コメント(0)
カフェまーなび第6回目の様子 [2011年05月22日(Sun)]

 カフェまーなび第6回目は、

苫小牧九条の会事務局長の佐々木功さんをお招きして、

「刷込みからの脱出〜子ども達の未来のために」と題して行いました。

 ちょっと抽象的すぎるタイトルだったかなあ...。

 内容は...

戦後から今まで、いろいろな社会の問題があり、

解決されたのもあればいまだに議論が続いているものもあります。

 いまだに続いているものは、

半ば日常化して重要性が見失われたり(例えば交通事故)、

固定化されたイメージが刷り込まれ、

そもそもが見失われてしまったものもあります。


 今回は「憲法」を題材に、

刷り込みを取り除き、そもそもを確認して、

問題を議論することにチャレンジしてみました。


 そもそも、憲法の目的は何でしょう?

 この問いに、中学1年生の参加者は、

「国をまとめるもの」と答えてくれました。

 それに佐々木さんが付け足します。

「国の権力を持つ人が身勝手な振る舞いをしないように、そのルールを示したもの。国民を縛り付けるものではない」


 私(左)が持っているフリップは、日本国憲法発布時に中学校に配られた「新しい憲法」という副読本の1ページを拡大したもの。佐々木さん(右)が持っているのがその副読本(復刻版)。

 そのことは第99条を読むとよく分かります。

第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 では、国民については?

 それは、「義務」という表現ではなく、

憲法の前文で「憲法で示した理想を実現する」という誓いとして表現されています。

 ※憲法原文を読んでくださいね。


 地域の主人公(主権者)が市民であるように、

地域の集合体である国の主人公は国民です。

 例えば、学校の1クラス程度であれば、

その中で起きた問題を直接皆で話し合って解決することができ、

それぞれが役割を同時又は交代で担うことができますが、

大きな組織になるとそれは不可能です。

 だから、みんなの代表(議員)を選んで議論をしてもらったり、

代わりに専門で仕事をしてもらったり(公務員)するわけです。

 だから、彼らにはそれなりの権限(権力)を持つことになりますが、

それはそもそも市民(国民)が預けたもの、

だから彼らが権力を振り回したりしないように、

その目標やルールを示す必要がある、

それが憲法なのです。

 決して、今はやりの言葉で言えば「上から目線」で、

「国民のモラルや行いを統制すること」を盛り込むものではないのです。

 違う言い方をすれば、

国民には議員や公務員に権限を預けた者としての責任が
(求めた者としての責任が)

初めからあるということになります。


 さて、では、なぜ憲法を改正しようとする動きと、

それを阻止しようとする動きがあるのか?

 ...それは次回。
Posted by がばめん太 at 07:20 | カフェまーなび | この記事のURL | コメント(0)
小檜山博さん講演会 [2011年05月09日(Mon)]

 5月3日憲法記念日、

苫小牧九条の会が主催する「小檜山博 講演会」に行って来ました。

 私は、小檜山さんの文章が好きで、

JRに乗った時は、必ず車内誌に掲載されているエッセイを読んでます。

 この日のお話は、

九条に関することが1時間、

原発に関することが30分、

TPPに関することが20分、

その他都市と人間についてが10分くらいといった配分でした。


 一見バラバラの様ですが、

いずれにも根底にあるのは、

最近の人達の思考力、批判力、判断力の低下です。

 
 九条について言えば、

憲法がどういう過程でできたか、

改憲しようとする人達の理屈の矛盾、

改憲しようとする人達とその言葉に取り込まれる人達の経済的な違い、
(改憲を主導する人達は、自分の子が戦争の最前線に行くような立場にならないようにしていると公言している、言わばエリート。その人達がそうでない人達をどう利用しようとしているか)

諸外国が九条をとおして日本をどう思っているかなどをよく考えていくことです。


 原発で言えば、

原発で最前線で働く人達はどういう人達か、
(経済的に弱い立場の人達が、国内からも外国からも集められている。これは憲法の問題と共通しますね)

政府が出す「基準」とは何か、

「半減期」という言い方のギミック、

「平和利用」という言い方のギミックなどです。


 TPPに関することは、

3月のカフェまーなびでも取り上げていますから省略しますが、

日本のお米は本当に「高い」のか?

日本は本当に諸外国より農業に手厚いのか?

労働力の自由化とは? などです。

 ついでに私からも一言付け加えれば、

TPPによって、いつも国内産を食べれるのは「金持ち」だけになるのは間違いないです。

 そして、今は地方公務員も国家公務員も「給料が高い」なんて言われてますが、

 少なくとも地方公務員は「国内産を食べることができない人達」になるでしょう。
 
 で、今、給料が少ない人はもっと給料が少なくなるでしょう。

 結局は、給料の高い人と安い人の差がもっと大きくなるだけですね。

 だって、主導してるのはそういう国であるアメリカだもん。


 都市と人間というのは、

 例えば「言葉の意味」や「社会の一員」といったことへの理解力の欠如です。

 「行って来ます」「行ってらっしゃい」「只今」「お帰りなさい」「今日は」の意味、
 (言葉を分解するとよくわかる)

 他者への攻撃がなぜ起こるかなど。
 (例えば、子どもが道路で石につまづいた。それで役所に怒鳴り込む。普通は自分の子どもを「何処見て歩いてんだ!」と叱るもの)

 様々な形で、思考力、批判力、判断力の低下が現れていることと共に、

それはマスコミにも言え、まっとうな情報を流してないと指摘します。

 そして、「議員の悪口を言うが、そういう議員を選んだのは私たちだ」とも強く指摘しました。


 そう、政府も原発も、結局は私たちが生み出したんですね。

 やはり、私たちはちゃんと調べて考えるべきですね。

 新聞を読んで学んだ気になるのではなく、

きちんと自分達で調べることが必要なのです。(ウラを取るのです)

 あらためて、その思いを強くしました。
Posted by がばめん太 at 05:44 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)