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投票にいかない〜戦争に行かされるのは誰? [2015年05月06日(Wed)]

 選挙権を行使しないということは、

「自分の暮らすまちや国の未来がどうなろうと私には関係ない」

という意思表示です。

 それはそれで、一つの生き方なのかもしれません。

 ただし、それで将来、自分または自分が愛する人に何が起ころうと、

他人のせいにしないという覚悟があるのであれば、ですが。


 さて、今の総理大臣である安倍さんは、

日本を日本の国土を守るため以外でも戦争に参加する国、

自衛隊を日本の国土を守るため以外にも、

戦うことができる様にしようとしているわけです。


 で、戦争に行くのは誰かというと、

今、国会や地方議会の議員をやっている人ではなく、

経済の中心に居る人たちでもなく、

今、子どもを育てている人たちでもなく、

これから青春を謳歌しようとする子どもたちです。

 
 初めて自衛隊を海外に送ったのは24年前の平成3年。

 ペルシャ湾に掃海艇を派遣しました。

 その後、海外に自衛隊を派遣する場合には、

国連決議による場合は、PKO法(平成4年制定)に基づき行い、

国連決議によらない有志連合(要するにアメリカの求め)の一員として派遣する場合には、

その都度法律(テロ特措法(平成13年)、イラク特措法(平成15年)、新テロ特措法(平成20年))を制定して対応して来ました。

 また、アメリカ軍への給水、給油等の後方支援活動は、

日本の周辺で戦闘が起きていない地域に限られて来ました。(周辺事態法(平成11年))


 自衛隊を海外に派遣するルールを整備してから、

11年後には事実上「戦地」である地域に自衛隊を派遣させる法律を作り、

その12年後の今、

自衛隊の活動の根拠、活動地域、任務の枠を外し、

法律を作る手間を省く(国民がチェックする機会を減らす)法律が作られようとしています。

 これらの法律ができても、

「今、戦闘が起きていない地域」という縛りは残るでしょうが、

「自衛隊が戦闘に巻き込まれる可能性が高くても、今、戦闘が起きていなければ、そこに派遣する事はできる」わけで、

起きれば迎撃しなければならず、それはすなわち戦争に巻き込まれるという事です。

 
 さて、この23年間のうちに、投票率(衆議院選挙)は、

平成3年が73.31%、平成15年が59.86%、H26年が52.66%と下降する一方です。

 多くの人が関心を寄せていなかったということが分ります。

 特に、10年も立てば、良くも悪くも社会は大きく変わるわけで、

その社会で20才位になる子どもを抱えていた

30代の投票率は、75.97%→50.72%→42.09%と

30%以上も下がっています。


 もし、安倍総理の狙う法律の改正や新設が実現したら、

自衛隊員は本当に危険なところに派遣されるわけで、

退職する自衛隊員も多くなり、

入隊希望者も減る事になるでしょう。

 自衛隊員の定員に対する充足率は91%(平成26年度防衛白書)ですが、

一番多く必要な、一番階級の低い「士」の充足率は72%と一番低く、

ここが一番影響を受けることになります。


 自衛隊の活動範囲や海外での活動期間が長くなれば、

それだけ人員が必要になるわけで、

そうすると、軍隊で言う「徴兵」が行われる可能性が高くなりますね。

 これまでの流れを考えれば、

5年から10年後にはそういう法律が提案される可能性が高い...

そう思うべきではないでしょうか。

 すると、今、10才〜15才の子どもたちが成人した時に

そういう社会で行きて行くことになるわけです。

 そして、それ以降の世代の子どもたちも。


 徴兵制への賛否は人それぞれでしょう。

 しかし、その制度が決まるとき、

またはその制度がいずれ始まる可能性が容易に見込まれる時期に

自分の親たちが何の意思表示もしていなかった。

 それを知った子どもたちは、親をどう思うでしょうか。


 次回の選挙こそ、選挙権を行使しましょう。

 次の世代に対する、あなたの最低限の責任だと思うのです。

Posted by がばめん太 at 08:28 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
過去最低の投票率を更新 [2015年04月27日(Mon)]

 私が暮らす苫小牧、

昨日の市議会議員選挙の投票率は48.99%、

半分以上の人が選挙に行かないという事態になりました。

 争点が無い?

 いいえ、カジノ誘致の可否、駅前衰退と都市計画、

学校教育、福祉関係など問題は沢山あります。

 なんで投票に行かないのか?

 平成9年に投票率向上を目指して公職選挙法が改正され、

投票時間の延長、そして期日前投票の実施と、

投票しやすい様に、しやすい様にと

さまざまな制限が緩和されて行きました。

 しかし、現実は...

反比例する様に投票率は低下しています。

スクリーンショット(2015-04-27 20.25.50).png
 総務省HP
http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/

 もういい加減、みんな気付いたよね。

 投票に行かないのは、

「投票に行きにくいから、不便だから」じゃないんだって。

 だから、自宅でPCやスマホで投票できるようにしたってダメ。

 かえって、「よく考えないで投票」したり

「組織に言われてるから投票」したりというのが占める割合が増えて、

いびつな民意となって結果に反映されてしまう。


 選挙に行かない理由は、

昔から言われている

「投票に行ったって何も変わらないし」

と多くの人がこう思っているから。

 コレに尽きる。

 
 投票率が75%を越えたのは昭和33年(67年前)が最後、

70%を越えたのはH2年(25年前)が最後、

投票結果によって社会が変わるのか変わらないのか、

知ってる人は多くない。

 しかも、昭和30年代からの高度経済成長からバブル期まで、

基本的に景気はよかったから、

選挙に関心がなくても生活は守られていたので、

ダイナミックに社会を変える必要も感じていなかった。


 つまり、「変わらないし」は「変わらなくてもいいから」

という意味だった。

 「変わらなくてもいいから投票に行かない」というのを

「行ったって変わらないから」と自分を正当化していただけ。

 
 じゃあなんで「変わらなくてもいい」と思うんだろう。

 それは「今の状態が、将来どのような社会を創りだすのか」を

考えようとしないから。

 簡単に言うと「想像力の低下」が招いた事態なんだと思う。


 例えば、「来年から徴兵制を実施します」と政府が言えば、

その後に行われる選挙はかなり投票率が上がると思うよ。

 でも、「世界情勢に考え、自衛隊をアフリカに派遣します」なら

大した影響は与えないでしょう。

 実際に自衛隊が戦闘に巻き込まれて、

もし、自衛隊員が次々に辞めて行くような事態になったら、

徴兵制は現実味を帯びてくるよね。

 ただ、それに気付いた時には外堀が埋まっているかも...。

 
 みんな、選挙に行こうよ。

選挙権は昔の人たちが苦労して手に入れた私たちの権利だよ。

 初めての国政選挙から、

20才以上の全ての男女が選挙権権利を手にする迄に55年かかってる。

 そして、それから70年経った。

 このままでは、選挙権の存在意義さえ疑われてしまうよ。


 次はちゃんと行こう。

 損するのは未来の自分、そして子どもたちだよ。

Posted by がばめん太 at 19:52 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
ココラットさんの講演会(札幌)その2 [2013年11月13日(Wed)]

 ココラットさんは、今年の1月に初めて苫小牧に来ていただきました。

 その時にも感じたのですが、

今の日本の状況はさらに悪くなっている様に思います。


 質疑の中で第2次世界大戦当時のビルマと日本の話しが出ました。

 そもそも、イギリスからの独立のために日本軍がビルマ軍を組織したのです。

 もちろん日本軍には大東亜共栄圏という目的があったからですが。

 ビルマの秘密警察は、当時の日本の特高(特別高等警察)のやりかたを参考にしているだろうとのことでした。


 さて、その日本。

 まるで、第2次大戦前の日本に戻ろうというような動きが出て来ています。

 例えば人権。

 自治体や国家は、「個」の集合体であり、

人はそれぞれ「生きていくための権利」を持っているものですが、

それを、まず共同体(国家、地域など)があって、

そこに「個」があるような考え方(全体主義)に変えようという動きです。

 それは、憲法改正や秘密保護法など、

国民の権利を制限する様な法整備の動きから感じられますし、

低所得者を放置、貧富の差を拡大させるような制度の導入からも感じられます。
(例 TPP→大企業ほど有利。生活保護費の削減)

 なぜ、貧富の差の拡大が全体主義につながっていくのか?

 そのカラクリはこうです。

 個々に不満が高まっていく。
   ↓
 そのはけ口 自分より弱い立場にある人を責める。
   ↓   誰かを悪者に仕立て上げる。
   ↓
 はけ口は、自分より弱い立場の人へ向けられ、それは階層的になり、下位の者ほど不満は大きくなる。

 貧困は親→子というように連鎖していく確率は高い。
   ↓
 「智力」のレベルも同じ傾向がある。

 そして、人間は、普段バラバラな集団でも「共通の敵」を持つと、一つにまとまる習性があります。

 人権や選挙等自治に関して学ぶ機会を減らし、

不満や不安を高めた上で、

何か大きな「敵」を作って煽れば、

全体をコントロールするのは簡単です。

 このことは過去に何度も実践されて来たことですよね。


 ここでココラットさんの言っていたことに戻ります。

 日本人は選挙権の大切さを忘れている。

 教育をきちんと受けられることの重要性を忘れている。

 個人と政府は違う。だからこそ、歴史をきちんと学ぶ必要がある。


 再び、今の日本を考えると、

 きちんと選挙に行かないので、このような政府が生まれました。

 自治をきちんと学んで来なかったので、このような政府が生まれました。

 歴史をきちんと学んで来なかったので、このような政府が生まれました。

 そういうことなんだと私は思います。

 (ここでいう「学んで」は「教えてもらう」だけではなく「自身で確かめる」ことも含んでいます。(まあ、なんでも本当はそうなんだけど))

 
 軍事政権下で、権利の多くを奪われながらも必死で生きるビルマの人たちの話しを聞くとき、

私は、本当に、日本の子どもたちの将来へ不安を感じるのです。


 だから、最低でも、選挙には行かなくちゃ。

 その足で、考えながら、投票場へさ。
Posted by がばめん太 at 05:00 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
ココラットさんの講演会(札幌)その1 [2013年11月12日(Tue)]

 先日、札幌の「ちえりあ」で

ビルマ民主支援会代表のココラットさんを招いて、

映画上映会及び講演会が行われました。

 ビルマのことは、現在はもっぱら「ミャンマー」とよばれますが、

 ココラットさんら、現在の軍事政権に反対する人たちは、

「ミャンマーという呼称は軍事政権が定めたもの」として、

現在も「ビルマ」とよんでいます。


 さて、映画「私たちの明日」については、

ビルマ民主化支援会(SCDB)のHPを参考にしていただくとして、
      ↓
     こちら

 この日の講演を、手元のメモからご紹介します。

 ※一部記憶違いがあるかもしれません。


《ビルマの現状》

 タイのビルマとの国境沿いにある難民キャンプの一つでは、
(おそらくメラウーキャンプのことでは?)

16000人が暮らしているが、

そこには病院が2カ所しか無く、

医者は1人、週に一度しか来なく、

スタッフは看護士でも薬剤師でもない。


 アメリカの難民キャンプへの支援方針が変更され、

例えば100%キャンプへ送られていたものが半分はビルマ国内へ向けられるようになった。

 だが、キャンプの人口が減ったわけではない。


 アメリカはH25.6から難民受入れをストップした。

 おそらくEU、カナダ、ノルウェーなども追随するだろう。


 民主化が随分進んだ様な報道があるが、各民族と国軍の戦いは続いている。


 難民が国に帰れることになっても問題は沢山ある。

 例えば、もともと住んでいた地域には地雷が沢山埋まっている。


 子どもの居る3、40代の親は、

子の教育のために第3国定住を望んでいる人は多い、

しかしそれ以上の世代では望んでいる人は少ない。


 難民キャンプの未来は、

キャンプで暮らす子どもたちへの教育にかかっている。


《日本へ望むこと(大きく)》

 教育関係の支援。特に地方の人は、人権等について理解が足りない。

 ビルマの田舎の姿は20数年前と変わっていない。地方にも仕事が来る様な支援が欲しい。


 次回は、ビルマの状況から見えてくる日本の将来への不安について書いてみます。
Posted by がばめん太 at 05:00 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
二本松市の今 最終回 [2012年05月17日(Thu)]

 二本松の人達と話した中で、

これまでの5回の中では書ききれなかった、

心に残ったことを記します。


 一時避難で行った先で交流会を開くのはとても有意義なことだそうです。

 お母さんたちも、日常では言えない、

心の中にたまっていた感情を言葉にして出すことで

負担が軽くなるのだそうです。

 また、受入れた方も、

被災地の現状を直接知ることができます。

 ただ、気をつけなければならないことは、

受けれた方の参加者の中には、

正義感からでしょうか、

「どうしてそんなところに暮らしているの?子どもがいるのに」

などど言う人がまれにいるそうです。

 別に居たくているわけじゃなく、

いろんな事情があって悩みながらそこで暮らしているわけです。

 そういう風に言われると、

開かれた心がまた閉じてしまうそうです。


 脱(反)原発派も原発推進派も、

自分の主張に都合の悪いことを隠そうとするのは同じ。

 そうですね。そう思います。

 自分にも覚えがあります。


 原発事故後にいろんな団体が生まれましたね。

 TEAM二本松にも、いろんなところから接触されるそうですが、

「実際に会ってみないと分らない」そうです。

 私にはそういう経験はないですが、

なんとなく理解できます。


 二本松は家具のまちでもあります。
kagutakedasaka.png
 お世話になった真行寺も酒蔵の大七も、

何百年の歴史があります。

 脈々と息づく文化が。

 
 もし、泊原発で事故があったら、

周りの市町村からはあっという間に人が居なくなるでしょう。

 残る人がいても福島県ほどは残らないでしょう。

 
 歴史の違いなのだと思います。

 

 大事なことを忘れていました。


「二本松から離れるのも離れないのも、どちらも間違いではないと思う」

otera.png

 そう思います。
Posted by がばめん太 at 06:02 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
二本松市の今 その5 [2012年05月13日(Sun)]

 コインランドリーへの道すがら、

街の様子を眺めて歩きました。

 マスクを着けている子は半分もいたでしょうか。

 一見したところ、何もかも普通のままです。

 安達太良山がとてもきれいです。

 北海道にはない、濃い緑が輝いています。


 私は、どんなところへどんな理由で行っても、

できるだけ観光を.します。

 不謹慎?

 冗談じゃない。

 そこへ行って、見て、食べ、土地の人と話してこそ、

その土地のことが少し分ってくるんじゃないですか。

 だいたい、

人間は楽しみがないと、動き出さないものです。


 今回の私の楽しみは、

二本松にある、「大七」という日本酒の酒蔵を訪問することです。

 日本酒造りの基本中の基本、

手のかかる「生もと造り」をしている酒蔵です。

 お世話になった真行寺の住所を確認していたら、

大七と番地のみ違う。

 よもやと思って地図で確認したら、

なんと真裏じゃありませんか!!

 こんなラッキーなことないです。


 で、最終日行って来ました。

 前日に、住職に同行してもらって挨拶をしておいて。

 当日は他に見学者もなく、

マンツーマンで案内していただけました。
(マンツーマンというのはかえって、こそばゆいものですね)


 まず、驚いたのはとても立派な社屋だと言うこと。
daisiti.png
 木造のもっと古めかしい建物かと思っていました。

 中に入ると、受付が吹き抜けでとても天井が高く、

ちょっとしたコンサートができそう。

 それをねらって設計したわけではないそうですが、

実際、福島へ来ていた有名なオペラ歌手が

「酒蔵でオペラを披露したい」と言ったら

相談を受けた人が大七に連れて行ったところ

「ここならできそう」と実際に上演したり、

バイオリンなどのミニコンサートも開かれたりしているそうです。

 大七を紹介するビデオを見た後、

扁平精米など大七の特徴をうかがったあと、酒蔵内部の案内です。

 扁平精米についてちょっとだけ紹介します。

 精米は、雑味の元になるでんぷん質や油分を除くために行います。

 通常は、米全体を削って行くのですが、

米はまん丸じゃなくてラグビーボールのような形をしていますよね。

 それを縦長に置いたとして、

お腹や背中に当たる部分にでんぷんや油分が多く含まれています。

 だから、丸く削るよりお腹や背中をより削るようにすればよい

というのが扁平精米の考え方です。

 精米したお米の比較がありましたが、

確かに扁平精米の方がクリアです。

 大七のお酒が、骨太なのにクリアなのは、

ここに理由があったのだなと思いました。


 さて、蔵内部の見学ですが、

改修などの最中で、

麹室のある建物の入り口で終わったのは残念でした。
koujisitu.png
  大七は、原発事故後すぐに外部からの空気の侵入を遮断し、

現在は倉庫等の入り口に強力なエアカーテンを設置するなどして、

放射能で汚染された空気の侵入を防いでいます。

 現在も内部の数値は平常時とほとんど変わらないそうです。

 また、水は安達太良山の水からの地下水を使っていますが、

すぐに水脈の流れが変わってしまわないように流れを確保する処置をし、

現在も同じ水脈を使っているそうです。
(地震後に温泉が出て来たとか、水が来なくなったとかいうところもあったそうです)

 何にしてもここのすごいのは、

伝統(経験)と現在の科学の両方が

十二分に生かされているということだと思います。


 さて、いよいよその成果の確認です。(笑)

 まず酒器。
siin1.png
 一般には、底に青いぐりぐりのついたぐい飲みを使いますが、

ここはグラスです。

 その下に青いぐりぐりがモチーフされた磁器の台がセットされています。

 おしゃれ。

 奥のでかいグラスは、

ワイングラスで有名なオーストリアのリーデル社が

「日本酒大吟醸のグラスを作りたい」と

酒蔵12社と相談しながら作ったものだそうです。
 

 さて、ラインナップ。
siin2.png
 左側から順にいただきました。

 左端はおなじみ、その隣も一回だけ呑んだことがあります。

 衝撃だったのは、宝暦大七。(5本のうちの右から2番目)

 冗談でなく今まで飲んだ日本酒の中で一番美味しいです。

 本当に微かに香る木のような香り、

先に呑んだ3つにはありませんでした。

 甑(こしき)など、使う道具は全て同じだそうです。

 絞り方も含め、他より手がかかっているのは確かですから、

道具の匂いが酒に移り、それがそのまま生かされたのか、

酵母の活動から生まれてくるものなのか、

 とにかく「気のせい?」と思うほどの香りで、

案内の方に「勘違いかもしれませんが...」と確認してしまいました。

 勘違いではないとのことで、

自分の感覚もまだ大丈夫と安心しました。

 いやあ、驚いた。

 そのあと、お土産買う時に値段を聞いてまた驚いたけど。(笑)
 (もちろん買えませんでした。苦笑)

 
 最後にいただいた梅酒も美味しかったですよ。


 二本松は人も酒も良いところです。
Posted by がばめん太 at 06:53 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
二本松市の今 その4 [2012年05月12日(Sat)]

 市民測定室見学のあとは、

いよいよ除染作業をやってみます。

 まず、除染の服装。
hukusou.png
 表面がツルツルしたものが良いです。

 洗えば再び使えます。

 1日使ったゴム手袋を水洗いしたら放射能は落ちましたから。

 マスクは良いものを使う方が良いです。

 安いのをつかうと息苦しかったり、

メガネが曇ったり、

作業中に引っかかったりしてやりずらいし、

交換が多くなって結局は割高です。

 私が使ったのは、

塵埃簡易マスク(トーヨー社製)というもの。

 呼吸も楽でフイルター交換性ですごく快適です。

 この他、長靴もつま先が補強されているのがいいと思います。

 スコップを使うのなら、

土を掘る時に足の裏でスコップを押しますよね、

その部分が補強されてるのがとても便利です。
(今回のは裏底補強はされてません)

 とにかく、除染も震災がれき作業も、

マスク、手袋、長靴はなるべくいいものを使うのが肝心です。


 さて、除染というと、高圧水でジャーッってやるのかと思っていたら

むしろ土壌を剥がしたりとかの方が多いようです。

 今日は、お寺の裏山の枯葉や土壌を剥がして行きます。

 こんな感じです。
basyo1.png

basyo2.png
 写真は、作業を始めて間もなく撮ったものですが、

最終的に枯葉も含めて浅いところで3p、

深いところで10pくらい剥がしたと思います。

 作業前に2.4マイクロシーベルトくらいあったところが、

終わったら1.2くらいに下がっていました。


 市内全域を除染と言ったりしますが、

気の遠くなるような作業だと思いました。


 二本松市内も、全体で見ればほとんどできてない

といっていい状況だそうです。

 理由を幾つか挙げれば、

汚染土を置く場所がない。
(土地の所有者がいいと言っても、周りの人がイヤだと言えば置けない)

 坂上の地域が除染しようとすれば、

その下の地域が汚染水が流れてくるので待ったをかける

などということがあるそうです。

 行政の調整能力に疑いを感じますが、

地域の連携力にも疑問を感じてしまいました。


 ただ、私は、所詮「外の人」、

ここで暮らし、我慢をしいられている人たちの心を

たったの3日間の滞在で推し量ることはできません。

 少なくとも苫小牧よりはずっと人のつながりは強い土地だと思いますから。


 さて、集めた土のう袋を測ってみました。
osenti.png

 3.265マイクロシーベルト。

 ちなみに、雨樋の下を測ると10マイクロシーベルト以上。(計測不能)

 そこでカエル君たちが遊んでいます。


 私は思います。

 原発周辺の市町村では、.国(中央政府)、経済界、県の意志により、

放射能被害に対する声が外に響かないようにされていると。

 市民も、あきらめかけている(本当はあきらめられないのに)、

忘れようとしている(忘れられないのに)

ように思います。(それしか選択肢がないようにされている)

 だから、そこで暮らしていない私たちには

手を伸ばして、

そこで暮らす人達が声を出せる、

感情をあらわにできる状況を創りだすことが必要なのだと思います。
Posted by がばめん太 at 05:00 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
二本松市の今 その3 [2012年05月11日(Fri)]

 7日は、市民測定所を見学に行きました。

 二本松市の中でも比較的線量が少ない場所にそれはあります。

 検査機器です。(シンチレーションスペクトロメータ)
nihonmitubati.png
 あ、間違えた、これは日本ミツバチの巣。
 
 でも、関係ないわけでないんだよ。後で話します。


 では、あらためて。
kensaki1.png

 あけるとこんなふう。
kensaki2.png
 中に検体が入ってます。

 ミキサーにかけてすりつぶしたもの。

 できるだけ隙間なく入れ、検体の量は多い方が正確に測れます。


 検体。(カブ)
kentai.png

 検体入れ替え。
kensaki3.png
 検査にかかる時間は、だいたい1000秒とお聞きしたような。

 検体によって検出限界値は変わりますが、

おおむね10ベクトルだったと思います。


 これまで測ったもので最高値は、

原木椎茸で2000を超えていたとのこと。

 ただし、誤解しないでほしいのは「原木」だから高いのではないことです。

 菌床栽培でも出ます。

 キノコは成長過程で沢山空気を取り入れます。

 それで放射線量が多く含まれるようになるので、

栽培されていた空気中に含まれる放射線量がまず問題になるのです。

 もちろん、原木や菌床からも取り入れますが。


 ここでは、市民からいろいろなものが持ち込まれ計測されています。
 
 こんなふうにデータが出ます。
deta.png



 さて、初めに写真で紹介した日本ミツバチの巣、

実は毎年、おいしい百花蜜が採れていたそうなのですが、

去年、測ったところ検出されてしまったそうです。

mitubati.png
 彼らは何も知りません。

 本当に申し訳ないし、悔しいです。


 
Posted by がばめん太 at 05:00 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
二本松市の今 その2 [2012年05月11日(Fri)]

 佐々木さんと幼稚園の園長をしてらっしゃる弟さんにお話を伺いました。

 一時避難は、北海道の他、

別な時期に関西方面でも行ったそうです。

 ちょうど、前日まで九州の真宗大谷派の若い方の協力を得て、

二本松市内でも比較的線量の低い「岳温泉」近くで

キャンプを行っていたそうです。


 気になるのは福島県の取り組みです。

 北海道に限らず、.

あちこちで様々な団体が原発周辺自治体に暮らす子どもたちの

一時的避難を受入れています。

 北海道も昨年は、福島県から道内入り口(例えば苫小牧港)までの交通費を負担するなどの取り組みを行っていました。

 今年も、規模が縮小されるとはいえ実施される見込みです。

 各地がこのような取り組みをしている中で

当の福島県の取り組みはどうだろうかと県のHPを見てみました。

 すると、そういう事業は県内での事業にしかサポートしていません。

 財政事情が苦しいのは分りますが、

子どもたちのことを考えれば短期間でも放射能の無いところへ行くのをサポートすべきではないでしょうか?

 これでは、何か外へ情報が漏れるのを隠しているようです。

 
 一時避難によって故郷への愛着が薄れるわけではなく、

他の地域の人が福島の復興を支えなくなるわけではありません。


 この時代、いくら現状を隠そうとしても、

事実は必ず伝わって行くのです。

 本当のことを発信し、

助け合いながら少しずつ立ち直って行くべきだと思います。

 福島県庁は、もっともっと未来を考えた方がいいと思います。
 
Posted by がばめん太 at 05:00 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
二本松市の今 その1 [2012年05月10日(Thu)]

 5月6〜8日。

 福島県二本松市に行って来ました。

 震災後、岩手、宮城は行きましたが、

まだ福島は行ってないので現地の状況をこの目で確認したかったこと、

除染はどのように行われているのか知りたかったこと、

そして最も大きな理由は...まだ秘密です。

 
 6日の昼前、仙台空港経由で福島駅に着きました。

 時間があるので、駅周辺をぶらぶら歩きましたが、

「復興」「負けるな福島」というポスターやのぼりが目につきますが、

放射能や原発に関するものは見えません。

 人の様子も全く普通です。

 ただ、駅前の交差点で2人の方がチラシを配布していました。

 福島原発事故の責任を明らかにするために東電と政府を告訴する

福島原発告訴団のチラシです。


 3日間お世話になるのは、

二本松市で市民放射能測定室、

子どもたちの一時疎開、

除染活動をおこなっている

NPO法人TEAM二本松の理事長佐々木さんのお宅です。

 佐々木さんは、浄土真宗大谷派真行寺の副住職さんでもあるので

お寺に泊めさせていただきました。


 真行寺では幼稚園を併設しています。

 去年は、真宗大谷派のつながりで在園児を中心に、

夏休みに北海道に放射能を避けて一時避難してきました。

 フェリーでの移動時間を含めて10日間程度だったようですが、

一時的にでも放射能のないところで暮らすと免疫力が回復するのです。

 また、子どもはもちろん親も精神的にリフレッシュされるのです。

 私は、札幌の自由学校「遊」で知り合った

Hさんという方をとおしてそのことを知り、

昨年は金銭的な協力だけでしたが、

今年は、まず、現地の状況を知りたいと思い、

Hさんとともに、二本松を訪れたのです。


 さて、お寺についてまず見たものは、

幼稚園そばに立つ放射性物質観測器でした。
keisokuki.png
 1時間当たり、0.227マイクロシーベルト。

 苫小牧が1時間当たり0.040くらいで推移していますから、その5倍以上。

 幼稚園そばの線量を平均線量として

宮城県HPの年間追加積算線量計算式を使って年間に換算すると


計算式={16h×(0.227 -0.04)×0.4+8h×(0.227-0.04)}×365
      
 上の計算式を言葉で説明すると、
16hとは、1日のうち屋内にいる時間。
0.227とは、外の空間放射線量0.227
0.004とは、もともと自然界にある放射線量。
0.4は、建物の中に居るので放射線を遮断する割合。
8hとは、1日のうち外にいる時間。
365とは365日(一年間)。

 つまり、
「屋外の放射線量から自然にある放射線量を引いたものに、屋内にいる時間16時間をかけて、屋内に居るので遮断される割合をかけたもの」と
「屋外の放射線量から自然にある放射線量を引いたものに、屋外にいる時間8時間をかけたもの」を
併せたものに365日をかけたものが
年間に浴びる放射線量となります。

=982.872マイクロシーベルト

これをミリシーベルトに換算すると、

982.872÷1000=年間0.983ミリシーベルト

 
国が定めた年間1ミリシーベルトをかろうじて下回ります。

 ここまでするのは大変だったと聞きました。

 園舎の屋根を葺き替え、

園庭の芝生を張り替え、

周辺を徹底的に除染し、

長い間園児を見守って来た木々を切ることを決断する

などをしてきたそうです。


 この幼稚園では、張り替えた芝生の上を子どもたちが元気に走り回っていますが、

こんなふうにできる幼稚園は、

二本松では他にないかほとんどないそうです。
Posted by がばめん太 at 07:00 | 自治、協働、参加 | この記事のURL | コメント(0)
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