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トリオ案山子[2026年08月30日(Sun)]

◆涼しさを増す風に稲穂もこうべを垂れ始めた。
案山子の出番だ。

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心地よい秋風にウトウトしているようすのものも。

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氏神の祭りを2週間後に控えて、三役そろい踏みのおもむき。

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暑さには勝てない。[2026年08月29日(Sat)]

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サギ。暑さの中でも元気に動き回っていて、すでに食欲の秋を迎えたらしい。

***

◆メインで使っているパソコンが暑さでおシャカになるところだった。
プログラム更新状態になったのをそのままにして出かけていた間に冷風扇その他が止まってしまい、本体もACアダプターも相当の熱を持ってしまっていた。

だいぶ以前、真夏に外での作業に携行してダメにしたことがあった。マザーボード交換しどうにか復活したが、今回はどうか。

電源ボタンの長押しを繰り返すが、吐息のような微弱な音を洩らすだけで、画面は立ち上がらない。
修理か買い換えになるのを覚悟しながら、当面、バックアップして置いたデータでどの程度不都合が生じるか確認しなければならない。



◆幸い、エアコンをよく効かした状態で半日あまり放置して今朝がた起動を試みたら奇跡的に復活。
朝がた見た夢に感謝した。

(明け方近くの夢に、我が恩師が久しぶりに現れた。卒業式で、式後、教え子らで師を胴上げする手はずになっていて、当方はカメラマンを務めることになっているらしかった。会場はどこかのホールと思えるほど広いステージで、一度胴上げしたあと、誰かが「もう一丁!」の声。還暦過ぎた師もう一度胴上げするのは酷では?と案じるが、教え子たちは構わず再び担ぎ上げる、あわててカメラを構えたところで目が覚めた。これまで見たのと同じく、恩師登場の夢は自分にとって吉兆、ということになっている。)

今日は30℃を下回る時間帯が結構あり、パソコンの機嫌が良いうちにデータのバックアップに努めた。明日は再び猛暑の予想。

神通力頼みでなく、人力で最善を尽くすに越したことはない。







ヤブミョウガに再会[2026年08月29日(Sat)]

◆久しぶりに猿田彦神社ウラの道を下りてきたら、ヤブミョウガが大増殖していた。

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白い花から青く色づき始めた実まで一緒になって、クリスマス飾りのようである。
以前はペットボトルとコーヒー缶のポイ捨て場になっていたカーブのあたり。
今日は全くポイ捨てがない。
かわりにヤブミョウガが大いに仲間を増やしたかたち。





氷河崩落の土石流[2026年08月27日(Thu)]

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アオサギ。
先日、シラサギが隣家の屋根の真上で舞っていたが、アオサギはさすがにそんなところまでは来ない印象がある。図体の大きなアオサギのほうが、より用心深いように思う。

大国の横暴が目につく人間世界、生きものに学ぶことは多い。

***

◆ネパールと中国・チベット国境付近の土石流、何もかも破壊し、呑みつくして行くすさまじさに息を呑む。

氷河の崩落が原因かと言われている。
だとしたら、これも人間が地球に加え続けて来たダメージの結果であるのか。
終末論も運命論も振りかざすつもりはないが、多大な犠牲を目の当たりにして、このままで良いはずはない、と思う。
地球温暖化に戦争が大きく加担しているともいう。
ただちに武器を捨て、その手を、打ちひしがれている人たちのために差しのべることしかないはずだ。




カヤツリグサ[2026年08月26日(Wed)]

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カヤツリグサ(蚊帳吊り草)もしくはその仲間のようだ。
なぜ蚊帳吊り草というのかと思ったら、その茎を裂いていくと蚊帳を吊った形ができるからだという。

ネットを探すと実際にやってみせている記事が見つかった。
松井修一さんという方の【名前に納得! その3 カヤツリグサ】というブログである。
ぜひ訪ねてみてほしい。

https://sanganshimizu.o.oo7.jp/sizen/kanrinin/041020kayaturigusa/041020kayaturigusa.htm



蟬の死[2026年08月25日(Tue)]

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横浜薬科大管理棟遠望。
サイクリングロード手前の畑の際にヒマワリが並んでいる。
蟬たちの鳴き声もずいぶん間遠に聞こえるようになった。



◆きのう、命終近い一匹がサイクリングロードでバタバタしているのに出くわした。
そのままでは自転車に轢かれたり人に踏まれかねないと思って路傍の草むらに動かそうとしたが、翅を激しく動かして輾転反側するばかり。ようやく腹を下向きにさせた。ミンミンゼミだろうか、翅は透明で緑がかっている感じもあった。

帰りに、先ほどの蟬は…と見ると、すでにこと切れていた。数匹の蟻たちが群がり始めてもいた。
よけいなことをしてしまった。

***

きょう再び同じところを通って例の辺りを見ると、もう姿はなかった。

地上の生きものたちに人間ができることは、ほとんど何もない。
むしろ余計なお節介をしているに過ぎない。
ところがあの蟬は、身をもって多くのアリたちを養っただけでなく、こちらの迷妄と傲慢に気づくきっかけをもたらし、生きものの連環を示唆してくれたとさえ思う。

かたや数日の命。それに対するに、数十年とは言っても、それすら下天(げてん)のうちに比べるとわずか一日あまりに過ぎない。そう思えば並べて喋々することじたい、寝言に等しい。




稲の花[2026年08月24日(Mon)]

◆おおむね稲穂が出そろった。

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緑のもみが開き、白い花が、大地からあふれ出たもののように、姿を見せている。

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サルスベリの花と実[2026年08月23日(Sun)]

◆百日紅(サルスベリ)があちこちに咲いている。
空に昇って雲になるような白もいいが、お日様の炎を地上に分祀したような赤やピンクもいい。

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赤く丸い実が固まっている。
明日のお日様となる子どもたちみたいだ。





「蝶」のメッセージ[2026年08月22日(Sat)]

IMG_20260821_104627ダイミョウセセリ?.jpg

◆紋様からすると、ダイミョウセセリという名の蝶らしい。
昨日21日の11時ころ、藤沢聖苑のロビーの窓に、身じろぎもせず留まっていた。
(コンクリートの上でなく、ガラス窓の外側に留まっている。撮り方未熟な点はご容赦を。)

***

◆今日観たこまつ座『頭痛肩こり樋口一葉』の幕開けに、〈ぼんぼん盆の十六日に〜〉と歌っていた少女の一人(=夏子=樋口一葉を演じることになる少女)が、手にした団扇に「蝶の絵を描いてもらえない?」と言うシーンがあった。

また終わり近くには、夏子の妹・邦子が、病の床で姉・夏子が「みなさんのお袖にたわむれる蝶々はわたくしの化身かもしれません」と作家仲間に話していたのを思い出す場面もあった。



◆『頭痛肩こり樋口一葉』は1984年のこまつ座旗揚げ公演が初演。

明治23年樋口夏子が十九歳の盂蘭盆に始まり、明治30年夏子=樋口一葉の新盆、そして明治31年、母・多喜の新盆を迎えるまで、ほとんどが盆の七月十六日という設定である。

個人的には、4年前に続き2度目となるのだったが、全く初めて観る芝居のように心にしみた。
目には、白い装束で登場する御魂たちの像が焼き付けられた。

◆もしかしたら、今日の観劇予定を見合わせることもあり得た。
TK君の訃報(15日逝去)に接して19日のBlogは追悼記事とした。
弔いは20日の通夜、21日の告別式および荼毘と続き、級友たちがそれぞれ参列してくれた。

それに続く今日22日の観劇となった。
しかも芝居のテーマは「生きること」、そして誰もが避けることのできない「死」について。

「この芝居、観そこねることあるべからず」と、故人のはからいが働いていたように思えてならない。




[2026年08月21日(Fri)]

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木槿(ムクゲ)。藤沢聖苑にて。


***


◆この日の朝、偶然手に触れた文庫本から――


子供は自分の愛する者は何でも欲する。
彼に名誉をもたらすものは何でも欲する。
彼の大きな期待を鼓舞するものは何でも欲する。
彼に力を与えるもの「ぼくにはそれができる」と子どもに言わせるものは何でも欲する。
 
 ペスタロッチ「隠者の夕暮れ/シュタンツだより」長田新・訳 岩波文庫、1993年)、「シュタンツだより 一八」より



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