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シモツケの花[2026年04月19日(Sun)]

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トサシモツケ(と思うのだが)。
萩市の前原一誠旧宅にて。



萩カトリック教会で[2026年04月18日(Sat)]

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◆スパラキシスという花だそうだ。萩のカトリック教会の前庭で。


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◆教会の右手の建物の前に小さな像があった。
銘板によれば、萩城築造のころの毛利家重臣で1606年に殉教した福者、メルキオル熊谷豊前守元直の像。
2011年にイエズス会のワジラ神父が制作し、この萩教会に寄贈したものという。

折しもローマ教皇レオ14世をトランプ米大統領が激しく非難。
「対立」「応酬」という言い方でやり取りを報じるメディアが少なくないが、世界を荒廃させているのが誰なのかハッキリしている。

無信心者にも、宗教・宗旨の違いは無関係だということくらいは分かる。
できることの一つは心から平和を祈ること、それを言葉にし、行動を起こすことだろう。

明日の午後、国会前ではそのためのアクションが行われる。

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***

『NO WAR!憲法変えるな!4・19国会正門前大行動』
14:00〜 国会正門前

https://sogakari.com/?p=8590

朝の墓参〜明倫学舎へ[2026年04月17日(Fri)]

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松の雄花が目にまぶしい。
前日の雨も晴れた朝の光もともに恵みだ。

***

◆朝、再びO君のお墓に詣で、お線香をあげて去ろうとした時だった。曇り空にわずかな青空が見えて墓石が急に明るくなった。見上げると背景が曇り空のままなのに墓石だけが輝いているように見える。だがすぐに日が陰る。そんな明滅をゆっくり二三度繰り返す。そのたびに「O家合葬墓」と自然石に刻まれた文字もゆっくり瞬きするかのように明滅する。

背後に回ると「平成元年十月/M修復」と父君(であろう)の名とともに、この石が置かれた年が誌されている。
人の背中のような丸みを帯びた墓石に懐かしさを覚えて手を触れてみた。
ベージュ系の御影石と思われる墓ははやくも苔をまとい始めているが、ほのかな温かみを伝えてくる。
見上げると高いところにぽっかりと青空がのぞき、朝のお日様がようやく姿を現した。
小雨降る昨日は分からなかったことだが、O家のこの墓は東方を向いて立っていることが分かった。

***

◆墓苑を後にして明倫館に向かう途中、街の人から「おはようございます」と声をかけられ、荷物を背負っているから「どちらから」と問われる。神奈川から、と答えると、その方も息子さんが神奈川に居るというのでしばらく立ち話になった。
息子が帰って来た、と思えるくらいだと嬉しそうに話してくれる。息子さんはこちらよりよっぽど若いはずだろうと想像するが、わが子の帰郷と思ってもらえること以上の歓待はなかなかないだろうと、こちらまで嬉しくなる。萩の街の気取りのなさを感じて、また来たいと思わせるものがある。声をかけて下さったことに感謝である。



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萩の旧藩校・明倫館(明倫学舎)。最初の写真の赤松が出迎えてくれる。
丁寧に整えられた学び舎だった。

学びの主人公である子どもたちが大事に扱われている。ここに来る途中、見かけたどの子たちもそんな空気を呼吸しながら登校しているように見えた。





萩を訪ねて[2026年04月16日(Thu)]

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◆萩を訪ねたついでに弘法寺に寄ったら、夏みかんがたわわに。
47年前に萩に初めて来たときと同様、今も町のあちこちで大きな実を見かける。
朝ドラの「ばけばけ」などでも描かれていたが、維新の世になって俸禄が途絶えた元武士たちの救済策として奨励されたものだと聞く。

◆弘法寺に寄ってみたのは、前原一誠の墓があるためで、萩の乱の中心人物だった彼が、維新政府の国民皆兵策、すなわち徴兵令によって国民を兵役に動員する軍拡路線に真っ向から反対した人物でもあると知ったからだ。
大村益次郎の進める軍拡を支持する木戸孝允や山縣有朋らと対立を深め、下野して帰郷し、新政府に不満を抱く武士たちの意を糾合して立ち上がったのが萩の乱である。

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弘法寺本堂の左手にある前原一誠の墓。
左は弟の佐世一清。

昨夜来の雨に濡れた弘法寺境内に朝早く墓参に見えた地元の方に場所を教えていただいた。

旧友O君の墓参を目的とした短い旅だったが、彼の父祖の地を訪ねてこの城下町に住む人たちとさまざまな話が出来たことは得難い体験だった。







ナードソン「生きていなさい」[2026年04月15日(Wed)]

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ムラサキツユクサ。

O君に−−


*******


生きていなさい  セミョーン・ナードソン
                池田健太郎・訳

生きていなさい、
  −−星がわたしに言いました、
  お日さまも、森も、小川も言いました、
生きていなさい、
  −−野辺の花が
  わたしを仰いでささやきました……


   桜井信夫・編著『ロシアの名詩』(あすなろ書房、1994年)より

S.Y.ナードソン(1862-87)は幼くして詩を書き始めた。上の詩は18歳の折の作という。
人生を駆け足で走り去ったような人。

空や大地が励ましのことばをささやく。誰よりも喪失の悲しみを知る者のために。






八重桜[2026年04月14日(Tue)]

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八重の桜も見どころ多し。


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覚和歌子「知らない町」[2026年04月14日(Tue)]

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ドウダンツツジ

*******


知らない町   覚和歌子


あの角を曲がると
知らない町に着く
知らない子どもが住んでいて
知らない言葉を話してる
知らない花が香って
知らない歌が聞こえてる
知らないことがあるのはうれしい
明日が待ち遠しくて
たまらなくなるから
知らない町が あるのはうれしい
わたしが知らない誰かになれる


  ハルキ文庫『覚和歌子詩集』(2023年)より


***

◆かつて一度だけ行ったことのある西方の町に行く予定を組んでみている。
今時だから時刻表も地図も要るまい。乗り継ぐ駅も路線も未だ記憶にある……と思い、どのルートが最適か、と思ってスマホで経路を探索してみて驚いた。かつて乗換駅だった駅の名が見つからない。
地図を見当付けて拡大してみたら「新〇〇駅」という名前があった。ひょっとして……と思って調べてみたら、なんと、それがかつて乗り換えた駅だった。新しい路線が出来たためだ。

一つの駅名が消えるとは、一つの記憶が消えることに等しい。かつてその駅に降り立った人たちの記憶がきれいに消し去られる。

ひょっとして、そこから乗り換えて向かった先の町までが消えていやしないか、急に心細さがつのる。あるいは町は依然としてそこに存在するように見えたとしても、記憶がことごとく裏切られて行くのではないかーーそんな気さえする。

上の詩のように「知らない町が あるのはうれしい」とは言い切れない気分−−それは精神的に退行していることを意味するのだろうか?





新川和江「存在」[2026年04月12日(Sun)]

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オランダガラシ。別名クレソンとも。この名の野草は水のきれいなところに生えているとばかり思っていたが、そうとは言いにくい流れが比較的よどんだあたりに蝟集していた。

*******


存在   新川和江


陽がさすと
どの子のうしろにも小さな影ができる
わたしのうしろにも
すこし大きい影が

そんな些細なことにも
おどろかされる朝がある
わたしたちは
光と影のけじめに立つべく
この世におくられてきたのだ と

すっくと 立たなければ…
胸を張って 歩かなければ…
ねえ
無心にはしゃぎ回っている子どもたち

コップに コップの影がある
木の腰かけに 木の腰かけの影がある
これは些細なことなんかじゃなく
重大なことなのだと
きわめて神妙に考えこむ朝が ある


  郷原宏=選著『ふと口ずさみたくなる日本の名詩』(PHP研究所、2002年より)


◆第二連〈わたしたちは/光と影のけじめに立つべく/この世におくられてきたのだ〉
−−こうした詩句に出会うと、背筋を伸ばさずにいられない。
光の当たる場所だけにいると、影の存在に気づくことはまれだろう。
影の中に埋もれてしまっていると、自分であれ他人であれ、その等身大の大きさを見定めることなど思いつきもしないで生きることになってしまうだろう。
むろん間には無限のグラデーションがある。

光と影を二つながら見つめ、思量する−−そんな朝をずいぶん長いあいだ忘れていたかもしれない。





ベツレヘムの星[2026年04月11日(Sat)]
 
◆午後に26℃に達した。たまらずハーフパンツを引っ張り出してゴロゴロの一日。

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◆散歩で見つけた初お目見えの花。
ハナニラかと思ったが、さにあらず。
オオアマナ(大甘菜)というものナリ、とAIのご託宣。

花がしっかり開いた状態のものを見ると、6枚の花弁が二重になっている。

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学名オーニソガラムといい、別名「ベツレヘムの星」というそうだ。
戦乱から人類を救うために遣わされた御子にやあらむ。






伊藤桂一「微風」[2026年04月10日(Fri)]

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キュウリグサ。まことに小さな薄青の花がはかなげだ。
少しの風にも揺れるので姿をとらえるのがむずかしい。


***



微風   伊藤桂一


掌(て)にうける
早春の
陽ざしほどの生甲斐でも
ひとは生きられる

素朴な
微風のように
私は生きたいと願う
あなたを失う日がきたとしても
誰をうらみもすまい

微風となって渡ってゆける樹木の岸を
さよなら
さよなら
と こっそり泣いて行くだけだ



  三木卓・編『詩の玉手箱』(いそっぷ社、2008年)より


◆ほんのひとすくいの水、葉の間からさしこむ日の光、草木の香をもたらすかすかな風−−そうした何でもないひとつひとつが実は何にも替えがたい幸せなのだと気づくのは、たいがいそれを失ってからだ。
とりわけ、それらを共にながめ、一緒の時間を生きた目の前の存在と己と−−どちらが先にさよならするのか、分かるはずもないのだが。







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