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谷川俊太郎「であう][2026年01月21日(Wed)]


であう  谷川俊太郎


いつかあなたの
たましいにやどる
めにみるもの
みみにきくもの
てにふれるもの

ひかりがあり
かげがあり
やみがあり
ひとりひとり
こころとからだ

つちをふみ
そらをあおぎ
ひびをかぞえ
わらいなき
つくりこわし

ひとはうたい
ひとはおどり
ひとはいのり
ひとはかたどる
ひとはえがく

かぎりない
いのちがいきづく
せかいにいきる
あなたのたましい
わたしのからだ

きょうであう
ここでであう
あすであう
おもいがけない
どこでであう?

  『ひとりでこの世に』(新潮社、2025年)より

◆詩人の没後に出た最新の詩集。
亡くなる1年ほどまえ、2023年秋、栃木県・足利市のアートイベントに寄せた詩のようだ。

「路地まちアートランブル2023」のサイト
https://lp.p.pia.jp/article/news/269108/index.html

同音異義語の多い日本語で、漢語に頼らずにひらがなだけで、あいまいさを残さない詩をつくるというのは大変なことだ。
唯一「せかい」という漢語は例外だが、これとてひらがなで表して他の意味に取り違える心配はない。


上の、太字にした我が感想をひらがなだけで表そうとしても殆ど無理だということ思えば、ひらがなだけの詩を生み出すのは奇跡に近いとさえ思える。
誰にも了解できて、しかもひとつひとつは誰でも使うことができる素材によることばの芸術。
木や土や声――それら、どこにもあって、だれもが知っていたり使うことのできるものたちがアートの始原だったということを思い起こさせる。

ただ、誰にもそれらを十分に使いこなせるわけでない(たぶん、子どもをたましいを持ち続けられる人をのぞいて)、というところが厄介なのだが。




工藤直子「ふうせん」[2026年01月20日(Tue)]


ふうせん  工藤直子


さなえちゃんが いばっているときは
まゆげが うごくから すぐわかります
さなえちゃんは ふうせんをもって
わたしを よこめで みました
それから ふうせんのひもを つんつんして
わたしに いいました
「なおちゃん ふうせん もってる?」
わたしは ふうせんを みないでおこうと おもったけど
おもったけど みてしまう
そらの あおいところで ふわふわしています

わたしは したをむいて
「さなえちゃん おしばな もってる?」と いった
さなえちゃんは やっぱり
「なおちゃん ふうせん もってる?」と いいます
わたしには ふうせんが ないのだから
なにも もっていない
せかいじゅうが さなえちゃんの ふうせんです

わたしは てに あせが でたので
すかーとで てを ふきました
さなえちゃんが もういっかい
「なおちゃん ふうせん もってる?」と いうので
わたしは もういっかい あせをふいた


  『こどものころに みた空は』
(理論社、2001年)より


◆この詩の「さなえちゃん」も、おなじせりふを何度でも繰り返す。
その点で、きのう「(支持率が)タカイ解散」に打って出た首相に似ていると思ってしまった。

◆さて、「おしばな」を持っているのは価値がなくて、「ふうせん」を持っている子にかなわないと「わたし」は思っているけれど、下を向く必要なんかないんだよ、と言ってあげたくなる。
(言ってあげなくても、かまわないけれどね。)

◆もうひとつ、さて、あなたが持っているのは「おしばな ですか それとも ふうせん ですか」と訊いてみたくなる。
(りょうほう持っていても、どっちも持っていなくても、ちっともかまわないんだけどね。)


工藤直子「しわ」[2026年01月19日(Mon)]


しわ  工藤直子


かきねのところで そうちゃんと しゃがんでいたら
せいじおじさんが あるいていきます
じっと みていたら
ずぼんのおしりが もくりもくり していました
おしりのしたに ずぼんのしわが いっぽん あって
あるくと しわが みぎにいったり ひだりにいったりします
しわが おどって しっぽみたい
そうちゃんに おしえたら
くくくとわらって
おじさんの うしろに くっつきました
くくくと わらって
「しわおどり」といって おどりました
あ ほい あ ほい と てを ひらひらさせます
おもしろいから わたしも あ ほい あ ほい と
そうちゃんの うしろに くっつきました

くくくと わらうと もっとわらいたくなる
がまんしてたら
おなかに かまって ききき ききき となる
あんまり ききき ききき としていたので 
せいじおじさんが ふりむいて
「お なんだなんだ」と いいました
そうちゃんと わたしは にげて
はっはっは と わらいました
ああ きもちがいい


  『こどものころに みた空は』(理論社、2001年)より


◆タカイチ首相の国会解散会見を聞いていたら、何のことはない、今日も名前を出したアベ首相をなぞっているだけだった。
いわく「確実に〜して参ります」、いわく「世界の真ん中で輝く日本」。

それだけではない。記者からの質問に対する答弁では、読み上げた原稿を繰り返すだけの箇所が目立った。準備不足を物語る。息切れも耳についた。
NHKは、幹事社からなど二つ三つ質問が出たところで、スタジオからの解説に引き取った。
そこまでのおさらいをしても仕方がない(中味が無いんだから)。台湾有事発言などに及んでボロが出ないうちに切り上げてあげたのだろう――などと、ないハラを探られないよう、記者たちのツッコミを電波にのせるべきだったろう。

*******

◆ことばの繰り返しがチャンと詩になっているのが工藤直子の「しわ」だ。
視点は子どもたちのローアングル、しかも、しゃがんでいて見つけた「発見」だ。
尻のシワが顔みたいに表情を変える。こせついたところのない、まことにのんびりしたテンポで歩いている。おじさんの人柄まで伝わって来る。
とぼけた繰り返しが踊りへといざない、読み手の気分まで解放してくれる。
――こうでなくっちゃ。





南雲和代「海の手紙」[2026年01月18日(Sun)]


海の手紙   南雲和代


僕は誰なのか


母は最期までこの国のことばを話さなかった
僕には十五歳までことばがなかった
沈黙の世界をただよっていた
僕には母のことばもこの国のことばも
どちらもなかった

僕の国はどこなのか

母が生きることを放棄し僕を捨てた日
僕は戸籍がないことを知らされた
父と母は難民だったという
小さなボートで
父と母は故国を捨てた
僕は母を守りたかった
だから この国のことばしか話せない

僕の故郷はあるのか

僕の褐色の肌は
蜃気楼のような海のかなたを夢に見た
いくたびの季節が
茫洋としたまま
時間を重ね
多くの人が殺戮された東の国が
僕の故郷だと知らされた

僕は誰なのか

父と母の骨と僕の爪を入れた手紙を
東京湾に流した
手紙は都会の汚れた湾岸に迷い込んできた
小さな魚に呑み込まれ
いつか
父と母と僕の故郷にとどくだろうか



 『僕たちはなくしたことばを拾いに行こう』(土曜美術社出版販売、2023年)より


◆人間に2種類ある、という言い方がある。
男と女、持てる者と持たざる者、善人と悪人、白人と有色人種、海を見て暮らす人間と海など一度も目にしたことがないまま生涯を終える人間……

この詩の「僕・父と母」の置かれた状況に当てはめれば、難民とそうじゃない人間、故郷を失った人間と生まれた所に住み続ける人間。

けれど私たちにしたところで、実は80年ほどまえ、国に見捨てられここにようやくたどりついた祖父・祖母の歴史をよく知らずに居るだけだったりするんじゃないか。あるいは幾世代もの昔、ちっぽけな舟で流れ着いた歴史が細胞のなかで眠っているだけなんじゃないのか。

◆世界も二分法で考えるなら、平和を享受している世界とそうではない世界とに色分けすることもできる。
ただ、それは、世界を、自分がいるここと、ここ以外とに分けて済ましているだけなんじゃないか?それで少しはましな世界に変わるのだろうか?――ここと、ここ以外の世界とが。



南雲和代「異国の少年兵のように」[2026年01月17日(Sat)]


南雲和代(なぐも・かずよ)の詩集『僕たちはなくしたことばを拾いに行こう』〈多摩川叙景〉の第二篇――


異国の少年兵のように   南雲和代
  ――多摩川叙景


八月の炎天の太陽の粗い光を避け
葦原に潜んでいた野鳥が
京浜工業地帯の灯りを求めて飛び立つ夕暮れ
六郷橋を蛇行しながら
銀色の自転車の群れは川崎をめざす
遠い沙漠の少年兵のような哀しみを湛えた瞳
落ちる太陽を背に京浜工業地帯の海に
呑み込まれまいと車輪は戦車のように走る
少年たちの祖父が集団就職で作った工場街は
タワーマンションに変わり
彼らの戦闘の相手など何処にもいない
架空な敵を求めるドン・キホーテのように
彼らの夏は真空の幻影の中で錆びていく

少年たちの夢魔が覚醒した夏の終わり
暴力に吞まれた少年は警察に捕らわれ
迎えに来ない父母に見捨てられ施設に収容された
逃げ延びた少年たちは河口を背に立つ児童館に夏を隠蔽し子どもの瞳を装うために緊急逃避する

夏の間は何処に行っていたのかと
笑いながら話しかけても
少年たちは細いナイフのような顎でかすかに口元をゆがめて答えることなどない
六郷の葦原の野鳥の繁殖の営みのさえずりが耳障りで 葦原を焼き尽くしたいと願ったことなど一言も口にすることなく
川崎のゲームセンターで遊んでいたと声変わりが終えた声で呟く
夏の光に腐蝕したタイヤの土を落とし
少年たちの自転車が校舎を走ることはない
終わった十五歳の夏

静寂を取り戻した河口の葦原で
野鳥は巣を作りまどろむ
秋の光が葦原を冷たい銀色の穂に染め変える



  『僕たちはなくしたことばを拾いに行こう』(土曜美術社出版販売、2023年)より

六郷橋……多摩川をまたいで東京・大田区と川崎市をつなぐ橋。多摩川が北西から時計とは逆向きに大きく湾曲して東京湾に向かう地点に架かる。


◆高度成長期、金の卵ともてはやされて中学を卒業したばかりの少年・少女たちが都会に出て来た。いわゆる集団就職である。その終期は1973年のオイルショックのころ。若年の働き手が中学生から高卒にシフトして行った。
そうした世相の反映であったろう、TV「金八先生」が話題となった。1970年代の終わりから80年代、「荒れる中学生」が社会現象となった時代である。
この詩の「少年たちの自転車が校舎を走る」というのは、そんな学園の「荒れ」を象徴していた。
「腐ったミカン」「割れ窓理論」といった流行り言葉が大人たちの間でも飛び交ったが、現象の背後にある社会構造の変化や経済の圧力が家族の在り方まで変えて行ったことを認識する余裕のないまま、対応に追われていた時代。

◆それに比べれば、今どきの中高校生たちの行儀の良さに舌を巻くことがある。
例えば、散歩とちゅう、海からの帰りらしき少年たちの自転車集団に出くわす。念のためこちらは立ち止まる。
すると、頭を下げ、「ありがとうございます」などと礼を言って通ってゆくのだ。そんな経験は一度や二度ではない。
「ジジイ、邪魔邪魔」と言いたい気持ちが腹の中のどこにもないのか、それとも胃液とともに無理矢理呑み込んだりしていないんだろうか?



南雲和代「葦が哭く」[2026年01月16日(Fri)]


葦が哭く  南雲和代
 ――多摩川叙景


死んでいた
一月一日
凍てた光が多摩川に刺さっていた
男が
死んでいる
多摩川河川敷の団地の一階
夜になると川向こうの工業地帯の光が届く街
誰もいない保育園の砂場
砂を布団のように故郷を夢みながら
男が死んでいる

風花の舞う風とコロナウイルスで
蓑虫のように身体を寄せ踊っていた少年たちも
消えている
男の死は悼むものなく
砂場の砂で
ぬくもりを微かに感じながら
誰もしらない故郷に帰っていった

消えていた
ある朝
女は職場に来なくなった
前日にランチを一緒にとった同僚に
気配も感じさせず
私物のペンもおやつのお菓子も引き出しに
入れたまま
女は職場から姿を消した
ベテランの非常勤職員
残されたのは
若い正規雇用の職員と
老いた再雇用の職員たち
それでも
日々はまわっていく
豊かな国という幻想の貧しい国

鼠も死んでいた
いつものように
逃げきれるはずだった
地下道に逃げ込むつもりで頭から側溝に
ダイビング
正月の残飯を呑み込んで太った腹が側溝に
挟まり
動けなくなった
正月の夜は人通りもなく
側溝の穴に逆さまに死んだ
天敵の鴉も猫も犬もいなくなった日に
鼠も死んだ

  男も女も鼠も消えた
  多摩川は冬枯れの葦が哭く



    南雲和代(なぐも・かずよ)『僕たちはなくしたことばを拾いに行こう』(土曜美術社出版販売、2023年)より
 

黒田喜夫への献詞を添えた「多摩川叙景」と題する連作、その冒頭の詩。

「叙景」という名のもとに、川のほとりを舞台に棲息した生きものたちを描く。それぞれに誰もがここで生を刻んでいた。詩人は彼らの残した体温を感じ取る。その顔を思い浮かべ彼らの沈黙のことばに耳を傾けようとしている。

今や多摩川べりには、都心部のビル群に肩を並べるIT企業や高層マンションが並び立つ。
それらの壁面全体にプロジェクト・マッピングされたように冬枯れの葦が揺れる。
目鼻を失った男や女、少年たちの声が、葦のこすれ合う音にまじって聞こえる。
「豊かな国という幻想の貧しい国」の荒涼とした景だ。




この厳寒期に選挙?[2026年01月15日(Thu)]

◆タカイチ首相、国会開会の冒頭に衆議院を解散し総選挙へ雪崩れ込むという。
この厳冬に本気か?と思う。

地方の主権者の多く、とりわけ高齢者は、買い物・医療・介護その他、生きるに必要なさまざまなものにアクセスすることが困難だ。
ましてこの厳寒期に、雪に埋もれた地方の人たちは、若い人にとってさえ投票所へ足を運ぶことが難儀だったりする。
まだある。18歳に達して晴れの選挙権行使が期待される高校生の多くは、受験勉強まっただ中ではないか。

◆投票を困難にする諸条件に想像が及ばないのではない。最初から念頭にないのだ。
要するに、投票所に来られない人は来るに及ばず、「あなた方のための政治をやるつもりはありません」だから「選挙に行かないでいい」というのが本音なのだ。

かつて、「寝ててくれたほうが……」とメイ言を吐いたのはモリ首相だったか。何という正直モノ。どっちがこすいか、計算高いか比べる気にもならないが。

***

◆「国会解散は首相の専権事項」というウソに乗っかって報道するメディアの責任も大きい。
憲法の専門家が指摘するように「憲法には首相の解散権など、どこにも書かれていない。内閣に解散権があるとも明示的には定められていない」のだ。
 2026/1/12付け 水島朝穂氏今週の「直言」
https://www.asaho.com/jpn/bkno/2026/0112.html

(解散方針に)「野党は一斉に反発」というヘンな言い方を懲りずに繰り返すのも同様だ。
「反発」は与党と野党を目の前に並べて、自らは高所から見物しているズルさがある。
(いつも文句をたれている野党、というイメージを再生産している。)
きちんと「野党は一斉に批判」と書けば良い。さらには野党や市民が指摘する問題の数々を列挙した上で、「にもかかわらず、首相も与党も聴く耳を持たず」と鉄槌を下すのがジャーナリズムだろう。
あるいは「豪雪地で暮らす父も祖母も、投票を欠かしたことはないが、さすがに、家の前の雪かきもままならないこの季節に投票行けるか自信がない、と言っている。それでも、ですか、総理?」と問い質す記者の一人ぐらいいるはずじゃないか。

「常在戦場」は政治家専用ではない。社会的弱者や受験生こそ「常在戦場」の日々を闘っているのだ。
政治が言葉を武器にするのと全く同様に、ジャーナリズムの武器も言葉なんだから、言葉を使ってとことん闘え





ER体験:総合的に診てもらうということ。[2026年01月14日(Wed)]


ER(救急医療)の現場で数時間を過ごすことになった。
急患受け入れでは信頼の厚い総合病院だけに院内の動線が初めての患者や付き添いにもわかりやすくできている。
ハード面だけではない。救急受付での最初の問診に始まって、医師・看護師が縦横に立ち働いているERのフロアは招じ入れられたフロアだけでもすでに10名ほどの急患が症状の子細を確認されていた。それぞれに複数のスタッフがついて、分担も明確になっている様子。

CT検査など以外は家族がずっと付き添っていられることに驚いた。
コロナ席捲のころはとてもできなかったことだろうけれど、すぐそばに家族がいることの安心は患者にとってどれほど大きいことか。

スタッフ交代の時間帯でもあったためか、複数の医師が同様の質問をする場面もあったが、念には念を入れているという姿勢が感じられて好ましい。

最終的な診断名を告げられてそのまま入院ということになったが、複数の病態が告げられ、その原因についても複数の可能性が説明された。
所見を絞り込むまでに多くのスタッフが見解を総合的に付き合わせて導いた診断であると納得できた。家族としては感謝しかない。

***

◆日本学術会議の任命拒否事件のおりだったか、当時のスガ首相が「総合的に判断した」というフレーズを倦むことなく繰り返していたことを思い出す。
その例に限らず、大臣や官僚の答弁で使用頻度が極めて高い表現であることは間違いない。
そうしてそのたびに、あーあ、逃げた、ごまかした、答えられない時の常套句だ、と思う。

★ちなみに今日の医師たちの誰一人、「総合的に」などという言葉は用いなかった。
観察した状態を説明し、どうしてそうなったか、考え得る理由にいたるまで、素人にわかることばで伝え、治療方針を文字に起こし、退院の目処を示しながら、仮に見通しに違う事態が生じた場合のプランBも伝えてくれることに、またまた感じ入った。
あとは退院の一日も早からんことを祈るのみ。


網谷厚子「A I レクイエム」[2026年01月14日(Wed)]



A I レクイエム  網谷厚子


さめざめと泣いている 顔を覗き込むと まん丸の目玉
の端から とめどなく水が流れている 脳内の貯蔵タン
クが 空っぽになったら ピタリと止んだ なぜ と聞
いても さくさく応えてくれない 人工皮膚は乾きやす
く 悲しみも晴れやすい お帰りなさい 行ってらっし
ゃい 今日何かありましたか それとなく気遣う きめ
細やかさもほどほどに 家人としては申し分のない分際
で あれ と言ってもすぐ持ってくる なんだつけ と
言ったら これですか と複数回答してくれる わたし
の脳を共有しているように ふわふわした 兎の着ぐる
みをかぶり ピョンピョンとわたしに抱っこされに来る
ときもある たぶん わたしが抱っこしたいと思ったか
らなのかもしれない パロからペッパー さらに アン
ドロイドへと A I ロボットは 人間に限りなく近づい
てくる 人間より人間らしい すでに人間を遙かに超え
た 完全無欠な相棒が わたしたちのすぐそばにやって
来る日も近い スーパーマンが宇宙人だったように わ
たしたちは やすやすと種の壁を超え バリアフリーへ
と 突き進んでいく 毎朝 お出かけ前の A I による
ニュースを公共放送で聞かされ A I のホーム放送で
電車に乗り込む 学校では タブレットのA I 教師を見
つめ 授業を受けている 子どもたち どんな質問をし
ても はぐらかすことなく 瞬時に答えてくれる優秀な
教師 要らなくなる職業が あれもこれも 増え続け
巷には 職を求める人で溢れる A I を修理する技術者
は 何人いても足りない 半導体が供給されている間
レアメタルがなくならない間 電気量が くまなく供給
されている間 地球に残された人間たちが 健康を保ち
続けられている間 A I ロボットの涙が乾いても わた
したちの涙は 乾くことがない


  『ひめ日和』(思潮社、2024年)より


◆ A I 大流行の当節、カスミを食べて生きているわけではない詩人もクラウドの世話になっていたりする。
煩わしい人間関係を感じないで済むなら、人間以上の理想的な相棒であるかも知れない。

◆縦書きの原詩を、上のように横書きで入力しながら眺めていると、「 A I 」 は「アイ」と読めることに気づく。略語の原義から離れて、「逢い」「相」などと文字が浮かんでくる。テクノロジーが新たな出逢いを生み、人生の相談相手にすらなってくれそうな、相棒としての A I ロボットだ。
「愛」や「哀」も分かち合えるかもしれない。
ひょっとして、こちらの寿命が尽きた時には、親兄弟よりもさめざめと哀しんでくれるかもしれないではないか。
もっとも、その時にこちらの涙はもはや干からびていて、主人の死を確かめてから「彼(彼女?)」も嘆くのを止め、動きを終えるだろう。少なくともそうプログラムしておかないと、おちおち死んでいられない――そんな気がする。




網谷厚子「搏動」[2026年01月12日(Mon)]

DSCN3995.JPG
チンゲンサイの花だろうか。アブラナ科の野菜なのは確かだが。

***


搏動   網谷厚子


道端で 突然泣き崩れた人がいる 泣き声は 幾本もの
棘となって わたしを突き刺す とめどなく流れる涙は
翡翠となって ころころ転がっていく 声はあげなくて
も わたしの眼から 溢れるものがある その人の震え
る肩を抱き さすりながら その人の悲しみを 分け合
えたら できることなら その深みへと続く 険しく凍
った道を ともに歩きたいと思う 空は遙か彼方まで透
き通り 何ごともなかったように輝いている 終わらな
い砲撃で 上から押し潰されたように こなごなに崩れ
た壁 家具 撃ち抜かれ ぐにゃりと折り曲がった足
落とし物のように 放置された屍 隠れようのない大地
で 宇宙からも捉えられる事実が なかったように伝え
られる 向こう側の刃の意図 破壊され尽くした 瓦礫
の中を 進軍する戦車の群 ドローンが獲物を探し 攻
撃する 一般市民 という無防備な標的 傷つき病んだ
人々の最後の砦にも 落とされる爆弾 徴兵され 鍬の
代わりに持たされる鉄砲 撃ち方も知らないのに 市民
も 女 子ども 老人たちも 兵士とともに 殺戮され
る 増え続ける 犠牲者たち 弱い者 武器を持たない
者の命が 奪われる理不尽 大災害で消える命を数えて
いる間に 何十 何百倍もの命が 惨たらしく 殺され
ていく現実に わたしたちは いつまで耐えられるだろ
う 残酷な映像を 見せ続けられる わたしたちの旅は
終わらない 戦争を止めさせられないばかりか 武器を
送り続ける大国の 罪 温室効果ガス削減にも本気で取
り組まない自国の 私腹を肥やす為政者の 怠慢 搾り
取られる税に喘いでいる 民 道端で わたしが倒れ 
息絶えても 伝えられることはない 世界に張り巡らさ
れた蜘蛛の巣から 漏れていく 小さな命 声はなく
零れる涙は 乾いたアスファルトに 消える 伝えられ
ない 夥しい命が 報道の外側で 最期の搏動を打つ
祈りの鐘のように


   網谷厚子『ひめ日和』
(思潮社、2024年)より


◆冒頭、突然泣き崩れた人――内側から決潰したようにくずおれた人の慟哭――地上を覆う没義道の暴力がもたらしたものだ。

「わたしたちは いつまで耐えられるだろう」――このことばが鉛の銃弾のように我々を射抜く。


国会を開いたらすぐ解散、などと、アベ政治を繰り返して遊ぶな!


 
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