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コスモス残照[2025年11月10日(Mon)]

◆取り紛れてコスモス見ぬまま秋も過ぎようとしていた。

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境川の土堤にまだ待ってくれてたみたいだ。

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日が傾いて翳りが広がる中、かえってピンクの鮮やかさが増した姿もなかなか。



晩秋の散歩[2025年11月09日(Sun)]

◆散歩に出たおとといの夕方、県道の真ん中にハシボソガラスが亡くなっていた。境川をまたぐ手前、当市の側だったので市の環境事業局に電話し、対応してもらった。通行する車に轢かれたりした形跡がなかったのは幸いだった。

最初に見たときに、上方から常よりも烈しいカラスの啼き声がしきりに聞こえて来た。仲間か連れ合いの不慮の死を嘆いていたのでは、と思った。

◆カラスは嘴(くちばし)の形からハシボソガラスとハシブトガラスの2種があるが、それぞれの鳴き声を聴き分けられる人がいるという。
そのような耳を持つ注意深い人にとっては、この世界が人間だけのものではない、というのが当たり前のことなのだろうと想像する。

***

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◆歩道沿いの生け垣にさりげなく小菊が咲いていたりする。
特定の誰かのために、というのではない、心づくしがそこに咲いているのである。
兼好なら「つきづきし」と賞でつつ、住む人のゆかしさにしばし心を遊ばせることだろう。




柳 致環(ユ・チファン)「猫」[2025年11月08日(Sat)]

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クロガネモチ

*******


猫  柳 致環(ユ・チファン)
        金 素雲(キム・ソウン)


猫は憎し。
その声の佞
(おもね)りたる、
その動作の敏捷にして小なる、
そのあまりにも山脈の匂ひを忘れたる、
しかして人を憤怒
(ふんぬ)せざる、
虎に似て虎ならざる――。


 西原大輔・編『日本名詩選2(昭和戦前篇)』(笠間書院、2015年)より


◆高市外交に褒貶かまびすしい。
「へつらい外交」だとの批判の声も多い。
米海軍基地での表情・ふるまいのあれこれを見てまさしく、と思うしかなかった。
続けてトランプ米大統領をノーベル平和賞に推薦する、と述べたと知って、あぶくのように肚(はら)の底から繰り返し浮かんできたのが「おもねる」という言葉だった。
そこまでして歓心を買わねばならないのか、一体何のために?

柳致環(ユ・チハン 1908〜1967)は韓国を代表する詩人にして教育者。若き日々日本への留学経験もある。
植民地時代、不公正な現実に苦悶しながらそれを押さえ込んで生きている身を「猫」になぞらえ、「虎」のような不羈独立の生き方への憧れをうたう。



シシユズ(獅子柚子)[2025年11月07日(Fri)]

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シシユズ(獅子柚子)。鬼柚子ともいうらしい。
その名のごとく魁偉な面ざし。
どうやって食べるのだろう。

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まど・みちお「さかなの からだ」[2025年11月06日(Thu)]

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***

◆◆前回の「さかな」に続けて、もう一篇さかなの詩を――


さかなの からだ   まど・みちお


さかなの からだは
なんで みんな
目のかたち してるのだろう

ほんとの目だけでは たりないので
からだの目と
りょうほうで
みはっているのかしら

うみが よごれないように
すみから すみまで……


  伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より


◆言われてみれば、幼年期、図画で魚を描く時に、二つの弧を上下対称に描いて形をこしらえていたように思う。何匹も登場させる時には一筆書きの要領でいくつも描いていた。
鮟鱇とか太刀魚をあえて描こうとする子どもはまずいないし、誰もが「目」の形を魚として描いていたのだろう。秋刀魚だって、切れ長の目、ということになる。

その目が見つめているのは、海のよごれだけではあるまい。
そう思えば、昨今の秋刀魚の高騰を恨むなどもってのほか、三拝九拝おろがみおろがみ崇めたてまつらねばならない。




まど・みちお「さかな」[2025年11月05日(Wed)]

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***

さかな   まど・みちお


さかなやさんが
さかなを うっているのを
さかなは しらない

にんげんが みんな
さかなを たべてるのを
さかなは しらない

うみの さかなも
かわの さかなも
みんな しらない



 伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より


◆そうなんだろうな、と思って夕食のカレイの煮付けに手を合わせる。
一方で、さて人間の方は何を「知っていて」、何を知らないのだろう、と考えてしまう。

さかなが ○○しているのを
にんげんは しらない


と主客を入れ替え、「○○」にどんな言葉が入るのか想像してみるのは楽しく、恐ろしいことのように思えてくる。



 
まど・みちお「いくら なんでも」[2025年11月04日(Tue)]

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シコンノボタン(紫紺野牡丹)。
定点観測ではないが、横浜の港の見える丘公園から下る谷戸坂で今年も再会した。
ただ、今年は葉も少なく、元気がなさそうに見える。夏ヤセでもしたのだろうか。


*******


いくら なんでも   まど・みちお


にんげんには
なく
わらう
うたう
はなす
いのる
ささやく
さけぶ
いう

などと つかいわけるのに

ただ
なく
だけでは
いくらなんでも わるいではないか

スズメや
セミや
ブタや
ウシや
カエルなんかに…

いくらなんでも…


 伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より

◆確かに言われてみれば、人間以外の生き物たちの「なき声」を表す言葉の少なさよ、と思う。
彼らの間にも実は「会話」というべきやりとりが行われている、という研究もあるというのに。

自分以外の生き物に殆ど関心を向けなかった結果、人間の「言葉」自体、ずいぶんいびつで貧しいものになってしまっているのかもしれない。

国会質疑の言葉など、「スズメやブタやカエルたちにわるい」典型例じゃないかと思えてくる。


まど・みちお「光」[2025年11月03日(Mon)]

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光  まど・みちお


手で さえぎると
じめんが暗くなるので わかる
こんなに ここに
太陽の光が 流れてきているのだ

ここに存在する
すべての物に ねだられて
一おく五千万キロの むこうから
川の水のように やすみなく
あとから あとから あとから…

だが川の水は さえぎると溢れて
激しくそれを おし流そうとするのに
光は おとなしい
さえぎる ぼくのてのひらの上に
ひよこのように ちょこなんと…

ああ 何なのだろう
光というのは
地球の夜を 消し去って
自分は無いかのようにして
ここに 昼があるというのは
このかぎりない やさしさは!


 伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より


◆昨日の「どうしてだろうと」と同様、「光」が登場する詩。ただし彼を主役にしてスポットライトを当てている。

光は「ひよこのように」「ぼくのてのひらの上に/ちょこなんと」のっているのだという。(みごとなたとえが、かくもさり気ない!)
そのように「おとなしい」存在に「このかぎりない やさしさ」と賛嘆を惜しまない。

こんなにも無私で、いきものをへだてなく祝福してくれるものを他に知らない。





まど・みちお「どうしてだろうと」[2025年11月02日(Sun)]

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ホトトギス。
花の名は、斑点が鳥のホトトギスの胸の模様に似ることから。
日本固有の植物だとのこと。

*******


どうしてだろうと  まど・みちお


どうしてだろうと 
おもうことがある

なんまん なんおくねん 
こんなに すきとおる
ひのひかりの なかに いきてきて
こんなに すきとおる
くうきを すいつづけてきて
こんなに すきとおる
みずを のみつづけてきて

わたしたちは
そして わたしたちの することは
どうして 
すきとおっては こないのだろうと…


  伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より

◆思わず自分の手のひらをお日様にすかしてみる。
かろうじて透いて見えるところがある。

ついでシャツをまくりあげ、おなかを眺めてみる。
つまんだり引っぱったりしても、まるで「すきとおって」きそうにない。
きっと悪いものばかり腹にためこんで生きてきたに違いない。

「世界の真ん中で咲き誇る」ためにLWB(ライフワークバランス)捨てて邁進する人たちは、どうなんだろう?



まど・みちお「風景」[2025年11月01日(Sat)]

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ペンタス。和名は草山丹花とか。鮮やかな色だ。小さい花が結束して咲くさまは健気でさえある。

***


風景  まど・みちお


眼をとじていたい
一億年に一どずつ まばたきしたい

永劫のなかを
チラチラと光ってよぎるフィルムを見たい

風景と よべるものを
眺めてみたい



  伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より


◆「目を閉じ永遠というものに思いを凝らすレッスン」にいざなう詩だ。


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