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今年もあとひと月[2025年11月30日(Sun)]

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◆道に面したちょっとしたところに小菊など植えてあるのは、住まう人の生きるたたずまいのようなものが伝わって来る感じだ。

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◆手近に花があると、盆暮れの墓参りなど気軽に出かけて来ようという気になる。
今どき、スーパーのみならずドラッグストアでもお花を置いてあるが、立ち寄るのはどこか億劫だ。
いかにも外出する、と装いを改めるのでなしに、寒ければカーディガンでも羽織っておくか、というのと同じくらいの気安さが、小菊その他、庭先の花にはある。
――そう心づいても、もうはや極月だ。ふだん心がけていないことが自ずから整っていることは絶対にない、とつくづく思い知って、暮らし方を改めずばなるまい。

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椿の花[2025年11月29日(Sat)]

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ツバキ(椿)。
かくも円満に咲いていると見る者は幸せになる。

山茶花[2025年11月29日(Sat)]

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サザンカ(山茶花)。
つややかな葉にピンクが映える。

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沈思黙考、といった風情。



木の実たちの妙[2025年11月27日(Thu)]

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シャリンバイ(車輪梅)の実。花は林檎の花に似た白だが、実はまるでブルーベリーのような色と大きさだ。ただし食用には向かないという。



一方こんな実も近くにあった。

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ソヨゴ(冬青)という木の実らしい。
ポツンポツンと、枝にはわずか残るのみ。鳥もあまり食べないそうだのに。
名前の由来は、葉が擦れる音からという。







田島三男「みんな」[2025年11月27日(Thu)]


みんな   田島三男(たしまみつお)


スマホをみんな持ってるよ
と言ったとき
みんなとはクラスの何人かと
母が問うた

ラーメン屋で
バイトしたいと言ったら
慣れないとみんな火傷すると
母が反対した

みんなとは何人かと
母に問うたら
みんなよと応えた

みんなとは数ではなく
思いの強さだから
安心させる強さを持ちたい


  「詩と思想」編集委員会・編「詩と思想 詩人集2024」(土曜美術社出版販売、2024年)より


◆子どものおねだりに便利な「みんな」。
ひとのせいにするときも便利な「みんな」。
そうはさせじと母は「みんなとは/何人か」とツッコミを入れる。

一方、母が使う「みんな」は、ちっちゃな危険を無限大にふくらます。
親の膨れ上がる心配が「みんな」になる。「何人か」と数で突っ込む「理屈」はそこにない。
愛情に「理屈」などないからだ。

***

◆以前に紹介した詩人だと思って探したら、2回ほど取り上げていた。

「ヒューマン」https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/3313
「ことば」⇒https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/3314



高市政権の危うさ[2025年11月26日(Wed)]

◆危険水域だと思う。
台湾有事への高市発言を撤回せよと官邸前の行動があった。

所属する会の会報に載せる記事を推敲しているさなかで、行動に参加は出来なかったが、隘路を打開するためには発言を撤回すれば足りるはずだ。
中国の事情についてあれこれの解説を参照しても、一貫して、台湾問題に嘴を挟んだ高市氏を批判していることは明らかなようで、「日本が問題だ」という発言は公式には出ていない。
それに対して、「撤回するな」「中国に屈するな」と息巻く人たちは、「高市」=「日本」=「自分」という等式を疑問なく受け入れて発言しているように思えてならない。

そのため、自分と「高市氏」や「日本」を一体視しない人間がいることを想像する習慣がなく、そうした人々が「撤回」を求めて参集することも堪えがたいのではなかろうか。「イヤなら中国へ行けば?」とか、「日本人やめたら?」という非難・中傷が飛んできそうである。

◆「撤回」を受け入れると敗北だとか思うのなら、高市さん、「議事録から削除します」とおっしゃったらどんなものでしょう?

――それは「撤回」するということですね? と突っ込まれたら、

――そういう言葉のアヤは承知しておりません。
ただ、その「テッカイ」という言葉が耳に届くときだけ私のノウが停波する、ということのようです。そのようにご理解いただければ幸いに存じます。
ともかく「議事録から削除する」ことは申し上げましたので、大陸の大人にも分かっていただけると信じております。


いかがだろうか?




アツバキミガヨラン(厚葉君が代蘭)[2025年11月24日(Mon)]


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アツバキミガヨラン(厚葉君が代蘭)とのこと。
かしこき 辺(あた)りにこそ咲くべきを、秋寂び(あきさび)の陋巷にたたずんでいた。





カラスウリたち[2025年11月23日(Sun)]

◆畑のへりをめぐる植え込みにカラスウリがたくさんぶら下がっていた。

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よく見ると、彼らも一つひとつ違った表情というか顔というか、それぞれの姿を持っているのだった。

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秋色深まるナンキンハゼの紅葉[2025年11月23日(Sun)]

◆川に向かう道に、ナンキンハゼの鮮やかな紅葉がひときわ目立っていた。

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赤い葉を背景に白い実が小さく点ぜられていて目につく。


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造化の妙と言うべし。

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横浜西口イルミネーション[2025年11月22日(Sat)]

◆所用で横浜駅に降り、夜の西口に出たらイルミネーションのトンネルが。

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見上げると紙のような素材を薔薇のようにしつらえて、そこに照明が当たっているようだ。
最初ほぼ白いだけに見えたが、通り過ごしてふり返ってみると、ほのかな紫に見える。
2027の横浜花博(国際園芸博覧会)PRの一環だろうか。そういえば先日横浜のバス通りを歩いていたら、花博のラッピングを施した市営バスが目についた。
確か「GREEN×EXPO 2027」と書いてあった。

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◆2027年3月19日開幕、あと一年半もない。2027とは当方が1977年に神奈川県民となってからちょうど半世紀。
ということは、1977年9月27日に、米海兵隊のジェット機が、横浜市緑区(現在は青葉区)荏田町の住宅地に墜落した事故からも50年という年である。
胸がザワついて花博の閉幕日を確認したら、何と9月26日である。へたな勘ぐりはよろしくないが、ザワつきは止まらない。

なぜか。
あの事故では幼い兄弟が大やけどを負って翌日には亡くなった。その母・和枝さんも何十回もの皮膚の移植手術を受けたが、裕一郎・康弘と名づけた最愛の我が子を二人ながら失った悲しみと苦悶の末に4年余りのちに亡くなったのである。
和枝さんの父・土志田勇さんは母子を偲ぶ「愛の母子像」(港の見える丘公園フランス山)を建立し、生け花店を営んでいた勇さんは新種のバラに娘の名を付けたいと念じ、淡いピンクの気品をたたえた新種のバラ「カズエ」として実現させ大切に育てた。
一株は港の見える丘公園のバラ園にも植えられている。
花が「忘れないで」と語りかけているのだ。

◆あの事故から50年という節目に開かれる。花博の会場自体、米軍の通信施設であったところの跡地だ。50年前のあの事故では、その施設の上を米機が飛んでいたかもしれない。
願わくは、そのバラ「カズエ」も花博会場の一画に咲かせて来場者を迎えるという演出があって良い。
その上でもう一つ願うことは、花博が50年前の墜落事故の前日に最終日を迎えることをふまえて、閉幕のあいさつのどこかで、花の由来と「和枝さん親子」についてひと言触れるというはからいが何とか実現せぬものか。
花博のテーマ「幸せを創る明日の風景」は、平和があってこそ目の前に開けてくるのだから。


★【過去の関連記事 2015年09月26日】
〈愛の母子像ー1977年9月27日〉
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/188





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