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草間小鳥子「底辺」[2025年06月20日(Fri)]


底辺   草間小鳥子


空気の底のにおいを忘れたか
懸命に爪立った頃
草花を嗅ぐためうずくまった時
なすすべもなくしゃがみ込んだ日
社会に沈殿しけむった空気のにおいを
使い古された言葉や価値観の残り香を
地面に近い生きものはみな知っている
だから巻かれて早く死ぬ
子どもらも知っている
だから逃げるように背を伸ばすのだ
そして地を這う大人
塹壕に這いつくばる父や
とりわけ女たちは


  『ハルシネーション』(七月堂、2024年)より

◆地面に近く生きた頃に味わった「空気の底のにおい」のことを忘じ果てたのは大人たちの方なのだろう。
忘れなければ塹壕に這いつくばる羽目に陥らないでも済んだだろうか?
そうすれば、子どもたちを死から遠ざけてやることができただろうか?
どちらにせよ、遅かれ早かれ「けむった空気のにおい」に、巻かれて死ぬのだからと、塹壕の中に居着くハラを固めてしまっているのだろうか?
「とりわけ女たちは」どうだ、と言っているのだろう。やはり「早く死ぬ」のだろうか、それらの者たちの中で、「とりわけ」「早く死ぬ」のだろうか?

「使い古された言葉や価値観」には、「自衛のため」と繰り返す政治の言葉だけでなく、”戦争反対”のシュプレヒコールも含まれるのだろうか?





草間小鳥子「つまらないもの」[2025年06月19日(Thu)]


つまらないもの   草間小鳥子


はなせ
お前が握っているのは私の手ではなく
わずかに残された尊厳

練習をすれば慣れると教わった
歩くのも 跳ぶのも
蝶々結びも
目に映るものを見つめないこと
胸の奥で固く目を閉じ
相手の口を塞ぐ
すごい ほんとうだ

物の価値は上がり続けるのに
ひとの価値は下がるばかりで
粉々に打ち壊した町の断面から
暮らしがこぼれてゆくのを見てはじめて
ここはすでに墓地だったのだと気づく

だから
はなせ
お前が握っているのは私の手ではなく
すり切れた感受性
お前がつまらないものだと思うよりずっと
危険だ


 『ハルシネーション』(七月社、2024年)より


◆「わずかに残された尊厳」が、「相手の口を塞ぐ」とは、傷ついた尊厳それ自体を最後の武器として、敵に立ち向かうということだ。

それほどまでにギリギリのところに追い詰められてなおも、人は闘う。
老若男女を問わず、素手で闘う。

◆今朝の朝ドラ『あんぱん』の少年はピストルを持っていた。
衝撃だった。闘う理由は、この詩の主人公と同じに思えた。






合歓の花[2025年06月18日(Wed)]

◆梅雨の晴れ間というには破格の猛暑が続く。
メゲているの人間を尻目に、鮮やかな花をみせびらかす合歓の花――


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草間小鳥子「廊下」[2025年06月17日(Tue)]

◆夏というものがあるのを忘れていた。
あつい、あつい、ともかくあつい。
車の表示では昼前に35℃。
陽が山の端に傾いた夕方で30℃。

こんな炎熱を詩に書いた者なんかいないだろう。
……でもいるかも知れないと横積みにした幾冊かを読んでみようとする――わけがない
気力も体力もない一日……
――と懶惰をゴマカして過ごした一日。
明日もそうかな……
そうだったらいいかも(そんなんでいいのか?!)

***



廊下   草間小鳥子


「もう何もいらないから
これ以上何もうばわないで」
かすれた鉛筆でなぞる
とめどない祈りの
落とし主は誰ですか
誰も挙手しない放課後 雨
そんな日もあった
たくさんのことが過ぎていって
でも何ひとつ終わらない廊下だ


 『ハルシネーション』(七月堂、2024年)より


◆戦争があるのは戦場だけではない。
渡辺白泉の句のように「廊下の奥に立って」いることもあれば、もの言わなくなった子どもたちの背中に貼り付いていることもある。
若者の「とめどない祈り」にもかかわらず、痩せこけた少女の大きく見開いた目にそれが焼き付けられて消えないことだってある。







オルレア[2025年06月16日(Mon)]

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オルレア。別名ホワイトレースとも呼ぶそうだ。なるほど、いかにも。
炎暑のもとでも冷涼の感がある。







梅雨の晴れ間の紫陽花[2025年06月15日(Sun)]

◆紫陽花は本当にたくさんの種類がある。
梅雨の晴れ間に出会った次の白系〜それにピンクが入ったものなど、何とも形容しがたい。

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下のように、数献(こん)聞こし召してのち、塀に身をもたせかけて通りを眺める風情の花もあり。

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イラン・イスラエル戦のさなかでも田植えは進めなければならない。[2025年06月14日(Sat)]

◆イスラエルとイランの軍事的衝突と応酬が続く。
NHKワシントン支局特派員の、緊張で紅潮した表情の報告が事態の深刻さを雄弁に物語っていた。

◆日本はイランとは融和的な外交を進めて来たはずで、テヘランに大使館も置いている。
当然ながら彼の国とは人の往き来もある。
イラン在住日本人も数百名にのぼるという。
かねてイスラエルの動きがあると言われながら、邦人の安全確保に日本政府はどう備えていたか、今後はどう動く見通しか、そうした報道が全くないことは、訝しむに足る。

◆原油高や株価への影響などは素人に判断がつかないが、経済への影響さておいて、これ以上戦火が拡大しないために、人道に立脚した平和的解決を提唱するのが日本の果たすべき役割だろう。
だのに、イラン・イスラエル情勢の次のニュースが関税をめぐる日米交渉の話で、イシバ首相のコメントもそれに終始するばかり。
カネ・取引の話はさておいて、まず平和を。日本は、アメリカに遠慮することなくむしろ、トランプの対イラン二枚舌外交にキッチリ注文をつけていい立場だ。

あちこちに戦の黒雲が立ちのぼっている現実をなぜスルーするのか、スルーさせるのか、政府、報道とも、不可解にもホドがある。


*******

◆地元の田植え、順調に進んでいる様子。

その昔、親族老若男女総出でやっていた田植えが記憶にある。
今は一人で一日何枚も植えてゆく。


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◆このあたりも土地の記録によれば戦前は何度も境川の氾濫に悩まされたのだという。

この地にこして来た当初に何度かあった土堤の決壊も、かさ上げ工事のおかげで近年はゼロ。
秋の実りが台風になぎ倒されることもここ数年はない。無論それは運が良かっただけのこと。
天気に左右される農業の不安定さが全く解消したわけではない。
それでも営々と田畑を耕して来た人々の根気には頭が下がる。

実りを「家畜のエサ」呼ばわりする人に国政を担う資格のないこと、論を俟(ま)たない。



ズッキーニその2[2025年06月13日(Fri)]

◆昨日とは別の畑で、ズッキーニという作物の全体像がわかる株に出会ったので、写真をアップして置く。

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斑(ふ)が入った葉の大きさは5〜60cmほどもある。
黄色い花と実の部分を拡大しておく。

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実が黄色いように見えるが、そういう種類なのか、あえて完熟させたのかは不明。
それにしてもトマトなどと比べて空間当たりのズッキーニの収量ははるかに少ないのではないか。
お店に一本百円ほどで出ているのは、まことに申し訳ない気がする。








ズッキーニ(つるなしカボチャ)[2025年06月12日(Thu)]

◆梅雨の晴れ間の散歩、黄色い花が大ぶりの葉の根元に咲いているのを見つけた。
近づいて見ると、何と、ズッキーニの花だ。

南瓜の花に色も大きさもそっくり、但し実の部分はほっそりと、それでもキュウリよりは大きくずんぐりしたズッキーニ。
雨傘のように上に被さっている大きな葉の方は、形といい大きさといい、ヤツデそっくり。

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右下の一番しおれた花にズッキーニの実がちゃんと成長している。

DSC_0556ズッキーニの花.jpg

大きく開いた花の下の方に、これはもう花が茶色く縮んで実だけになった姿のズッキーニが見える。
花は全く南瓜のごとし。和名を「つるなしカボチャ」というのもむべなるかな。
(脱線するなら、小学校の道徳教材として話題になった「かぼちゃのつる」を連想してしまう名前だ。さしづめ、まわりに迷惑をかけないようツルを伸ばさず隠忍自重、陰徳を積んだ謹厳居士のおもむき。)

さて野菜高騰のみぎり、いったい何本くらい収穫できるものなのか。野次馬としてはそっちの方が気になった。





上林猷夫「戦争記」[2025年06月11日(Wed)]

◆日本学術会議法案、今日6月11日、参院本会議で可決させたという。
また一つ国家衰亡の一里塚が加わった。
学者の衷心の訴えに耳を傾けない政府・与党もヒドイが、危険の中味を伝えないメディアの腐敗もヒドイものだ。

参院内閣委通過を伝えた昨日のNHKニュースの見出しがその最たるもの。

日本学術会議 国から独立した法人とする法案 参院内閣委で可決

とあった。
「国から独立した」という表現は偽りの看板に過ぎず、中味は、総理大臣が任命する監事が業務を監査する規程を入れたことによって政府の関与がいくらでも可能な仕組みになっている。だからこそ学者たちから反対の声が湧き起こった。

先の戦争の悲惨を記憶から消してはならない。その念に発する科学者の良心を大切に思うならば、坂田学担当大臣の憲法抵触発言を批判的に伝え、法案の危うさを徹底的に報じるのが公共放送責務。
伝えるべきを伝えない御用放送は受信料を視聴者に返還すべきだ。


*******


        かんばやし みちお
戦争記  上林猷夫

    ――伊藤桂一氏に


俺は今でもはっきり思い出すことが出来る。
あの夜の憎悪に満ちた空の色を――
そして
川の両岸から炎は押し寄せ
無数の死が橋の上ではち合わせをしたことを――
俺はその傍をそっとすり抜けてきたが
あの屍臭は
今でもべっとり衣服に染み込んだままだ。
「オ帰リナサイ
 生キテイル亡霊」――
大陸の戦場で兵士たちは銃を投げ捨てたが
 この山は
 死ぬるに寂し
 水湧かず鳥鳴かず
 樹に雲も逝かざれば
と歌った詩人の顔が透き通って見える。
また生ぬるい風が吹いてきて
暗く長い長いトンネルが見える。



  『上林猷夫全詩集』(潮流社、1976年)より

 *「この山は〜樹に雲も逝かざれば」は伊藤桂一(1917~ 2016)の歌。
  中国で亡き戦友を荼毘に付した折の歌と思われる。

◆「暗く長い長いトンネル」に向かっている我々――そう書くだけなら未だ抽象的だ。だが、頰をなでる「生ぬるい風」を覚えたとき、汗が一斉に引き、体の芯からこわばるのを感じないわけに行かない。






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