
石垣りん「川のある風景」[2025年06月30日(Mon)]
◆BSで木梨憲武・安田成美夫妻がマチュピチュを訪ねる旅をやっていた。
遺跡を見下ろせる「太陽の門」までの12キロの道にチャレンジしたのは夫君・憲武氏。
一筋の道を懸命に歩く姿には惻々と伝わってくるものがあった。
休憩を取るたびに振り返る眼下、蛇行する川が何度も映っていた。
急峻な山道を汗みずくになりながら登って来た身には、背後を確かめずにいられない。
一方で、はるか眼下を、のたくるように流れる川には、土地の人々の日常があることを想像せずにいられない。そこから高い山々をふり仰ぎ、はるかな天空へと思いをはせる暮らし、その侵しがたい尊さに思いが及ぶ。
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川のある風景 石垣りん
夜の底には
ふとんが流れています。
川の底を川床と言い
人が眠りにつくそこのところを
寝床と言います。
生まれたその日から
細く流れていました。
私たち
今日から明日へ行くには
この川に浮き沈みしながら
運ばれてゆくよりほかありません。
川の中に
夢も希望も住んでいます。
川のほとりに
木も草も茂っています。
いのちの洗濯もします。
川岸に
時にはカッパも幽霊も現われます。
川が流れています。
深くなったり
浅くなったり
みんな
その川のほとりに住んでいます。
ハルキ文庫『石垣りん詩集』(角川春樹事務所、1998年)より