平田俊子「まだか」[2024年10月10日(Thu)]
◆平田俊子の「か」連作から、三つ目の「まだか」を――
まだか 平田俊子
まだかについて考えている
まだ蚊について蚊んがえている
ユリイカに「か」を書き
現代詩手帖に「いざ蚊枕」を書き
まだ書き足りず 蚊き足りず
こうしてびーぐるに書こうとしている
最初は詩にするつもりはなかった
「蛾がどこかにいってしまって」という詩の朗読の前に
何か少し話そうと思った
朗読の場所が浅草だったから
蚊について話そうとした
浅草に近い本所という地は
蚊が多いことで知られていた
そういうことを話そうとした
でも蛾の詩を読むのはやめにしたので
話そうと準備したことが
ぼうふらになって残ってしまった
それを育てて蚊にした
詩にした
「か」という詩には蚊の川柳
「いざ蚊枕」にはコガネムシの俳句を引用した
「冬の蠅」は冬の季語
「冬の蜂」も「冬の蝶」も冬の季語だが
「冬の蚊」はどうだろう
今年 一月に見た芝居
季節はずれの『真景累ヶ淵』の中に
蚊はいた ぶんぶん飛んでいた
あばら家に棲む女と赤ん坊
悪党の亭主が蚊帳(かや)を売ったせいで
病気の女も赤ん坊も
蚊にたかられて臥している
女の兄がこの家を訪ね
妹をあわれんで
自分の家から蚊帳を運ばせる
兄が帰ったあと亭主が戻り
蚊帳を持ち出して売ろうとする
旦那様 坊が蚊にくわれてかわいそうでございます
どうかどうか蚊帳だけは
お金がお入り用なら
兄が三両ほど置いて参りましたからこれを
亭主は金を受け取ったあと
女房と赤ん坊に湯をかけて殺した
ガ、ダ、ル、カ、ナ、ル
蛾と蚊が名前に棲みついた島
ホテルの部屋には殺虫剤があった
中古のクーラーは役目を果たさず
窓を開ければたくさんの虫
殺虫剤をひとしきり撒いた
ガ、ダ、ル、カ、ナ、ル
蛾と蚊が飛び交う熱帯の島で
殺虫剤を撒くように
銃で撃たれて人間が死んだ
食べる物がなくなり餓えて死んだ
蚊に刺され
マラリアに罹って死んだ
蚊が死ぬようにあっけなく
大勢の人間が死んでいった
「わが詩をよみて人詩に就けり」
高村光太郎の詩を読んで
死の底に飛び降りた人もいた
『戯れ言の自由』(思潮社、2015年)より
◆駄洒落から跳躍してガダルカナルの戦い(1942ー43年)に到達する。
ジャンプを可能にするのは鎮魂という左の翼と、想像力という右の翼によってだ。
◇光太郎の戦意昂揚詩は太平洋戦争までの射程だが、そこからガザに跳ぶことも可能だ、「ガ」のモスラに乗った双子姉妹の歌の力で。
※第三連、怪談『真景累ヶ淵』のくだりを入力中、淹れたての熱いお茶を足にぶちまけて大火傷しかけた。阿漕(あこぎ)な亭主の新吉が、お累(るい)と赤ん坊に煮え湯をかけて死なす話だ。偶然の一致と済ませられぬ気がする。
肝を冷やしたついでに、今夜は水風呂にして精進潔斎すべきかもしれない。