• もっと見る
« 2024年09月 | Main | 2024年11月 »
<< 2024年10月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
秋山洋一「ナターシャ」[2024年10月30日(Wed)]


ナターシャ    秋山洋一

丘には轟く砲声
下界にはかすかな寝息のようなもの
その狭間の切り窓の下
暗がりに生まれたカマドウマなら
また暗がりへ跳ぶだけだ
鎌をかざして生まれたなら
長衣のかまきりに扮し
三角頭を傾げていればいい

ここは墓苑というところ
高きに舞って
後知れぬ者なら
最期の蝉とも名なしとも
水に沈んだポスターの笑顔が
ときどきは吠声あげる
それが目ざめということか
十字架に寄りそう菩薩像
その妙法の墓石の上のツクボウシ

たくさん殺せば褒められた
逃げて帰れば殺された
死者のことは死者に訊くほかなく
溢れるほどに澄んだ空
何がいいのか わるいのか
空はただ頷くだけだから
町はずれから来て暗がりにいる
無口な虫売りでいるだけだ

見渡すかぎり
数えきれない人の道は尽きていて
これより先は知らぬ道
霊魂は不滅と
遠い寒空の下の金髪の少女の
大きな声に励まされ
仰臥するとき地べた見る


  『第二章』(七月堂、2023年)より

◆ウクライナ戦争を思わせる一篇。
だがここで兵として戦っているのは、虫たちみたいな感じもある。
人間が大真面目に命を賭けているのだとしても、少し距離を置いて見れば、人の道が途切れた地点にまで追い詰められ、実は虫けら同然の境涯に身を落としている。そうしてそのことが分からない。

どうしようもなく愚かな生き物、それは人間だと。




四國五郎「ペチカ」[2024年10月29日(Tue)]

◆雨が冷たい。ほとんど動かずに雨音が聞こえなくなるのを待つ一日。

TV、MLBの第3戦は飛び飛びに見た。選挙が終わってそればっかり、という批判も多いとか
――そりゃそうだ。野球でないとすれば、闇ばいとやタレント追っかけのニュース、ゲームがどうのこうの、食べ物がああだこうだ……
いま、この時間も暖かなスープどころか、ひとすくいの水も、ひとかけらの食うものも無い人たち、何らあてどなく追い立てられる人々。


ペチカ  四國五郎


ぬくもりに
頰をよせる
やさしさをこめて

戦友よ
さりげない顔で読まなくてもよい
恋人からの便りは
くりかえし
笑みをたたえて読みたまえ

おそらくは
月の数で死が数えられるがゆえに
え言わずして別れた
いとしいひとよ
空想のなかではすべてを語り
不吉なやさしさをこめた眸のまたたきに
よろこびをこめてくれたものを

なみださえ凍てつくこの地に
ただひとつ身をよせ
いてた頰をゆるめ
まぶたの裏をぬらし
凍傷をときほぐし

ここだけが
ぬくもりにみち
ここだけに
やさしさがある


四國 光 『戦争詩』(藤原書店、2024年)より


◆第3連、「月の数で死が数えられる」とは、いったん戦場に送り込まれれば、数ヶ月、よくても1年も経たないうちに戦死者としてカウントされておしまい、という意味だろう。
冬に突き進めば月数はさらに減じる。月どころか日数でカウントダウンされかねない厳寒の地だ。

他の詩では「名誉は/おのれの体温と等しくある認識票の/ぬくもりの うつろう日」という詩句もあった(「軍隊内務令」)。「名誉」の戦死によって、兵士の認識票(アルミ製の身元確認用の札)が帯びていた持ち主の体温も、たちまちその札から離れていってしまう。


四國五郎「兵士」(『戦争詩集』より)[2024年10月28日(Mon)]


兵士   四國五郎


看護婦さん
私の脈搏を かぞえてください

病院の窓ごしに いくさの技をねる兵士らの
叫びがきこえ
私はそこへ帰ってゆくのです

素早く駆けて臥せ 小銃を発射する技術が
私の生命を守るのです

他のみちはないのです
息つくひまもなく五発 発射するために
私は 帰ってゆきたいのです

殺すために生きる人間でない
生きるための人間の やさしい掌で
私の脈搏を 数えてください

正常に脈うつことを
あかしだててください


  ・五発 九九式短小銃は一度の装塡で五発射てた。


四國 光 『戦争詩』(藤原書店、2024年)より


◆脈搏をかぞえて証拠立ててほしいのは、訓練に耐えうる肉体だけではない。
人を殺す訓練を繰り返してもなお正常な精神を失わない「私」であること、「私」が「私」であることだ。
「殺すために生きる人間」=兵士になるとは、「私」が「私」でなくなること。
「私の生命を守る」訓練すなわち「誰かの生命を奪う」訓練であることを避けられない。そして、そのことに耐えられる者だけが生き残る――そういうことなのか?



四國五郎「練兵」[2024年10月27日(Sun)]


練兵   四國五郎


日本の百姓が耕した土なら
こんな色ではない
日本の百姓が踏みかためた泥なら
こんな土肌ではない
穂草を蹴散らし
枯れよもぎが かおる

喋ることを やめ
吐く息 吸う息だけ
頬をぬらし
頸をぬらし
横顔は怒り
ただ 駆けるだけの
戦友よ
私よ

このとてつもない大地のうえで
ためすのか
こころでも いのちでもない
筋肉の収縮の反復をためすのか
駆けて 駆けて
そのことでこの躰が
大陸のきりかけてくる空気に
切りかえせるか

乾いて乾いて
金属音をたてる この軍靴の下に
(むぎ)が芽吹く日が
ふたたびあるか

ふと鍬の手を休め
吸いつける煙草のけむりたゆとう日本の秋の
その空気ではない
その空気ではない


・練兵 戦闘の用に耐えるように兵士を訓練すること。


四國 光『戦争詩』(藤原書店、2024年)より


◆四國五郎が満州で配属された部隊は〈関東軍満州第一三一二五部隊〉。
内地とは全く異なる大地の上。
訓練に駆り立てられる一個の肉体の自問をうたう――乾いた金属音をたてる軍靴の下のこの大地が、実りを生むそのためにのみ耕される――その日はいつだろう。



四國五郎『戦争詩集』より「墓」[2024年10月27日(Sun)]


墓   四國五郎


あれは墓だ
きのこが土地をもちあげるように
小さくふくれあがる

おびただしい死が
おびただしいふくらみが
兵士の眼前を飛び去る
われわれの死は
地表でのたうちはてるが

ここの死は
躰をまるめている
ふくらみのなかは
あたたかいか
あたたかいに違いない

日本海のしはぶきは
北鮮の岸辺を
噛み
はがみして送迎する
こちらは走りゆき
あちらは去る
墓だ


  ・しはぶき 咳。
  ・はがみして 歯を噛みしめて。



四國 光『戦争詩』(藤原書店、2024年)より


◆四國五郎(1924−2014)が遺した『戦争詩』と題するノートの詩が、長男の光(ひかる)氏が選んだ四國五郎の絵とともに一冊の詩集として上梓された。

四國五郎は1944年広島第五師団輜重兵隊に入営し、満州で従軍、敗戦後三年強のシベリア抑留ののち帰国。しかし彼を待ち受けていたのは愛する弟の被爆死という事実だった。
以後、四國は「反戦・平和」の表現者として生きる決意をする。

戦後のGHQによる言論統制下、峠三吉『原爆詩集』の表紙・挿画を描いたほか、数々の詩画集を世に出した。戦争と抑留体験を絵と文で記録した大著『わが青春の記録』を公刊。また山口勇子作の絵本『おこりじぞう』の絵も手がけた。(以上、本詩集の四國光氏によるまえがきおよび著者紹介に拠った。)

◆ロシアが北朝鮮の兵士1万2千人を動員してウクライナに投入し始めたという。配置される途中で脱走した兵も出たと報じられている。

若き四國五郎がかつて半島の北で見た光景が、八十年後の今また、目の前に再現されるのでは、と思うだに、戦慄を禁じ得ない。



英勝寺の酔芙蓉[2024年10月25日(Fri)]

DSCN9879.JPG

酔芙蓉。鎌倉・英勝寺の山門前。
一日花で、朝開いた白い花が昼過ぎには淡い桃色を帯び、夕べには赤く凋んで花としての終焉を迎える由。
お客さんを案内して来た人力車のお兄さんの解説で教わった。

DSCN9881.JPG






今井好子「貝塚」[2024年10月24日(Thu)]

◆肩肘張らない、昭和のひとコマを――


貝塚  今井好子


通り抜けの出来ない
四軒並びの家だった
家の前の 細い道を
舗装するとなったとき

貝殻が出てきたんですよ
昔の貝塚かもしれません
大発見だったりして
工事のお兄さんは
嬉しそうに話していった

私はすぐに気がついた
母も 黙ってはいたが
気づいただろうか

子どもの頃
具の味噌汁を飲むと 母は
家の前の 道のくぼみに
貝殻を捨てていた
舗装していない道は
あちらにも こちらにも
くぼみがあった

祖父母も父も
母も私も弟も
みな口を突き出し
貝の殻から身をこそげとって
しゃくしゃくと
貝を食べた
貝汁の貝は
食べる人 それぞれを
魅了した

掘り起こされた貝を 調べれば
ハエとり紙を 天井から
何本も垂らしたように
ぶらあ ぶらあ
同じようなDNAの
らせんが 並ぶだろう

お兄さんには悪いが
大昔ではない
少し前の 昭和のわが家が
作り上げた貝塚だ



詩集『朝の裏側へ』(土曜美術社出版販売、2023年)より

◆貝汁、ここではアサリかシジミか知らないが、自分にとってはシジミ汁だ。その貝殻を地面のくぼみに埋めていたのは一緒。鶏を飼っていた時には、貝殻を石で砕いて、エサに混ぜたりもした。

◆ここでは貝汁を囲む家族の頭上に、天井から下がったハエ取りリボンが取り合わされている。

わが記憶の底から貝汁として鮮やかに浮かんで来るのは、逆に真冬だ。
――小学校のバス遠足だったのだろう、ついさっき雪の降る十三湖畔で見た白鳥たちが、昼食に出された湯気の立ち上るシジミ汁のお椀の中で泳いでいる、不思議な情景だ。



マティ・ステパネク「地球のおわり」[2024年10月23日(Wed)]

DSCN9798.JPG

***


地球のおわり  マティ・ステパネク
                廣瀬裕子 [訳]

地球のおわりが
どこか知ってる?
ここが地球の果てって、わかる?
海にいけばたどり着けるかも。
だけど、ふつうはちがう。
なぜ、わかるかって?
ロケットをつかわないで
地球をとびだすんだ。
ロケットをそうじゅうしないで
宇宙にでたとき
そこが、地球の果て。
遠い道のり。
でも、きっとうまくいくよ。
たのしい旅を。
じゃあ。いってらっしゃい。

『ハートソング すべての人のこころに歌を』(PHP研究所、2002年)より

◆「ロケットをつかわないで」ここが「地球の果て」だとわかる、というのはどういうことを言っているんだろう?

「海にいけばたどり着けるかも。」と一度持ち出しながら、すぐに「だけど、ふつうはちがう」と打ち消している。海で知るのは陸地の終わりに過ぎないからで、そこにある海もまた地球の一部なのだから、まだ「地球の果て」とは言えない。海の向こうにも陸地や別の海があることを私たちは(少なくとも知識や情報として)知っているけれど、それらをすべて数え上げたって地球の果てが分かったとは、とうてい言えない。

やはり「地球をとびだす」しかないのだが、ロケットを使わないのなら、一体どうやって?
凡愚は、ここで「想像力」と「霊力」とかを持ち出したくなるのだが、そんな発想ではうまくいくまい。

「きっとうまくいくよ。」は、何度も「地球のおわり=果て」を見てきた者の自信がこめられているではないか。
だから、最後、クルリと身を翻し、「じゃあ。いってらっしゃい。」と、こちらを送り出す側に回るのだ。

それとも、彼は、もう一人の自分に声をかけたのだろうか?



マティ・ステパネク「まいにちのおくりもの」[2024年10月22日(Tue)]

DSCN9800.JPG


マティ・ステパネク『ハートソング』の第一集が図書館にあった。
先日も触れたが、詩人・マティ・ステパネク(1990年7月17日ー2004年6月22日)は、生まれながらにして筋ジストロフィーを発症。3歳にして兄も同じ病気で亡くなる。
そのことをきっかけに詩を作り始めた。

詩は常に希望を掲げて向日的だ。
この世界への感謝と祈り――読む者の心に小さな灯りが灯される。



まいにちのおくりもの  マティ・ステパネク
                      廣瀬裕子[訳]

聞いて。
明日はあたらしい日。
今日もあたらしい日。
ほんとうは
まいにちがあたらしい日。
神さま
ありがとう。
こんな、とくべつな
あたらしい日を。


『ハートソング すべての人のこころに歌を』(PHP研究所、2002年)より





夕暮れのハナシュクシャ[2024年10月21日(Mon)]

◆夕暮れ時の東慶寺に咲いていた白い花。

DSCN0005.JPG

さすがに日の陰るのも早くなって、早足になったのを引き留めるような風情。

DSCN0004ハナシュクシャ花縮紗at東慶寺.JPG

調べてみたら、ハナシュクシャ(花縮沙)とのこと。ジンジャー(生姜)の仲間だという。

玉の緒をしっかり身につなぎ止めておかないと、どこかへ持って行かれてしまいそうな怪しさを覚えた。





| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml