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アケビ――宮澤賢治「春と修羅」[2024年04月20日(Sat)]

◆境川の土堤でアケビの花に出会った。

DSCN0769.JPG


DSCN0770.JPG
中央の大きめのが雌花(イソギンチャクの触手のようなめしべが6本放射状に開いている)。
その向こう、右斜めやや下に小さめに開いているのが雄花のようだ。雄しべは逆に丸まって見え、小さい(下の写真参照)。

DSCN0746.JPG

灌木にからみついて蔓を伸ばしている。

DSCN0747.JPG

時あたかも四月、賢治の詩「春と修羅」そのものではないか。

****


春と修羅  宮澤賢治
  (mental sketch modified)


心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲
(てんごく)模様
(正午の管楽
(くわんがく)よりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾つばきし はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路
(めぢ)をかぎり
 れいろうの天の海には
  聖玻璃
(せいはり)の風が行き交ひ
   ZYPRESSEN 春のいちれつ
    くろぐろと光素
(エーテル)を吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
      (かげろふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (玉髄の雲がながれて
   どこで啼くその春の鳥)
  日輪青くかげろへば
    修羅は樹林に交響し
     陥りくらむ天の椀から
      黒い木の群落が延び
       その枝はかなしくしげり
      すべて二重の風景を
     喪神の森の梢から
    ひらめいてとびたつからす
    (気層いよいよすみわたり
     ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ


『校本 宮澤賢治全集』第二巻(筑摩書房、1973年)より


【語注】*原子朗『新 宮澤賢治語彙辞典』(東京書籍、1999年)ほかに拠った。

諂曲(てんごく)…自分の意志を曲げて他者に媚び諂(へつら)う意味の仏教語。
気層…大気の層
眼路をかぎり…見渡す限り
聖玻璃…教会の窓ガラス
ZYPRESSEN…糸杉
光素(エーテル)…初め光の伝播を媒介する媒質として(のちに電磁場の媒質として)仮定された物質。
天山…天山山脈(中央アジア)
玉髄…細長い石英の結晶が集まった鉱物。キャルセドニー。多様な色彩を呈するので、賢治の詩においては雲のたとえによく用いられる。
喪神…一般的には「喪心」と同義で放心状態を指すが、賢治においては神秘的な意味合いを持つ。
けら…簔


◆青くにがい「いかり」は何に向けられているのかハッキリしない(ハッキリ示すことができるなら、詩なんぞ作らない)。

生きてゆく以上、現世にも己自身にも「いかり」を抱かざるを得ない。激しく、実に劇しく。
「いかり」そのものと化すほかない。

全存在のエネルギーは空に向かう。

地上にさらしている体躯を、限りなく透明に近づけよ。叶わないのなら、どこまでも凝集して、そも果てに微塵に砕け散れ、と。


巻上公一「ベトベト」[2024年04月19日(Fri)]

DSC_0400.jpg
ハナズオウ(花蘇芳)という花らしい。
鮮やかな紅紫色の花のあとに葉が出てくるという。
いろどり豊かな春があちこちに姿を現している。

*******


ベトベト    巻上公一


思い上がった親切心で
さしのべた手のひらのベトベト

ふくれあがった財布のせいで
ふりかざす許せないベトベト

洗ってたおかげでめだっちゃってさぁ
たいへん たいへん たいへんはたくさん

見切り発車の愛国心で
なまぐさい日の丸のベトベト

悩みまくった小さな頭
やさしさにトゲのあるベトベト

かがんでたおかげで弱っちゃってさぁ
たいへん たいへん たいへんはたくさん

あれもこれー
どうしてこんなになったのか
どれもあれー
いきいきするのもいいじゃない

戦後教育破綻の跡に
やるせない学歴のベトベト

飼いならされた平和な心
へなちょこが身にしみるベトベト

学んでたおかげでまよっちゃってさ
たいへん たいへん たいへんはたくさん

あれもこれー
どうしてこんなになったのか
どれもあれー
いきいきするのもいいじゃない

ほんの小さな約束さえも
守れない政治家のベトベト

観音様にうかがいたてて
あやしげなしたり顔ベトベト


おどけてたおかげで
むにゃむにゃだみゃー

たいへん たいへん たいへんはたくさん


『巻上公一詩集 濃厚な虹を跨ぐ』(左右社、2023年)より


「ベトベト」するのは一方的な親切心やカネにモノ言わせる傲慢さを始めとして、いやらしくつきまとう「おためごかし」的なものだ。
すなわち、こちらのためを思っている風に装いながら、ほんとは自分の利益だけをはかっているものたち。
湿度の高いこの国で、まとわりついてがんじがらめにしながら少しずつ息をさせなくしてゆくものたち。

まともに付き合っていては個人も世の中も滅びるだけだ。
「むにゃむにゃだみゃー」をおまじないのようにしてやり過ごすか、立ち枯れするのを待つか。
まこと、「たいへんは(もう)たくさん」なのだから。





巻上公一「なりやまず」[2024年04月18日(Thu)]

DSC_0405ツルニチニチソウ(斑入り).jpg

ツルニチニチソウ。斑(ふ)の入った葉との色の調和が印象的。


*******


なりやまず (ことさらに面妖) 巻上公一
  

ことさらに分け合う希望の後退り
みえているそれでも躓く事ばかり

ぽろんぽろぽろ なりやまず
ぽろんぽろぽろ うるわしく
いいひとぶって なりすます

ぐっとね
ずっとね
ぐっとね
あっとね


正直をうらやむ悪魔のせきばらい
調弦もできずに爪弾くアルペジオ

ころんころころ なりやまず
ころんころころ いつまでも
おなかがすいて たまらない

ぐっとね
ずっとね
ぐっとね
あっとね


前世も来世もよしなにするがよい
渾沌に目鼻をあけたら死にいたる

そろりそろそろ 逃げたくて
そろりそろそろ 面妖に
ひとは真ん中に いないのか

ぐっとね
ずっとね

ぽろんぽろぽろ なりやまず
ぽろんぽろぽろ うるわしく
いいひとぶって なりすます

ぐっとね
ずっとね
ぐっとね
あっとね



『巻上公一詩集 濃厚な虹を跨ぐ』(左右社、2023年)より
 

◆不思議なリズムだ。
音楽が鳴っていて、それに導かれるように体が自然に動き出す。
それも斜め右に、ついで斜め左にとジグザグ歩を運び、時に後退りしながらふわふわと。

「ぐっとね/ずっとね/ぐっとね/あっとね」の「急/緩/急/急の自乗」とでも表したいような抑揚のついたテンポが全体を動かしているが、それは個人の、というより集団群舞のような律動として感じられる。

「ぽろんぽろぽろ」や、そのヴァリエーションである「ころんころころ」「そろりそろそろ」も、読み手に踊る輪に入るよう手招きしてるみたいで面白い。

解放・陶酔と愉楽は、人間不在の現世を揺さぶりあざ笑う気分と一体のものだ。




巻上公一「マグマの隣」[2024年04月17日(Wed)]

DSCN0727.JPG

シロダモ。ろばの耳を垂らしたような若葉が初々しい。


***


マグマの隣  巻上公一


震えて摑まえて
神経の路地で
暴走はいきなり
前提の破綻かかえて
ハンドルを渡した

くるめて従えて
関係のラインで
論争はねじくれ
安全のしおりみつめて
古傷にたずねた

マグマの隣
マグマの隣にいる

千代紙狂おしく
風呂敷を広げた
丹田はにぎわい
嘲笑の視点ゆらして
民族を焦がした
構造は溶け出し
状況の美貌麗し
作戦の行方空しく
バイオリン奏でた

マグマの隣
マグマの隣にいる



『巻上公一詩集 濃厚な虹を跨ぐ』(左右社、2023年)より


◆「マグマ」は、劣化した政治の犠牲者、大手の賃上げ満額回答とは無縁の労働者の中に鬱勃とたまり続けているだろう。








巻上公一「そのつもり」[2024年04月16日(Tue)]

ミツバツチグリDSCN0719.JPG

ミツバツチグリ(三葉土栗)。
日当たりが良い草地に生えていた。

ウグイスがしきりにさえずる。
いつのまにかウグイスの里みたいになっていた。

*******


そのつもり  巻上公一


つもりはつもらない
そのつもり

つれないつみのない
こいがたき

つぼみはつままない
しりつぼみ

つづきはつつがない
はなつづき

つかれはつきのない
おおどおり

つまりはつまらない
はなづまり

ついにはつのがない
かたつむり

『巻上公一詩集 濃厚な虹を跨ぐ』p.108(左右社、2023年)より

◆「つ」という一音から、かくも多彩な言葉の連鎖が生まれることに驚く。
ちょうど、一本の根を強く引っ張ったら、土中から次々とその続きが姿を現してゆくみたいに。




巻上公一「水に流して」[2024年04月15日(Mon)]

◆イランからイスラエル本土への攻撃。報復・憎悪・メンツ……硬直した脳ミソ、一方では「誰も行ったことのないところへ」と脳天気なスピーチ。

*******


水に流して  巻上公一


溢れてる 溢れてる
世界の意味のほころびに
くちびる寄せて 歩きたいな

身を焦がす 身を焦がす
未来の予感の当てのなさ
風に吹かれて 遊びたいな

あざやかに あざやかに
風に吹かれて 遊びたいな

振り返る 振り返る
心に濁るよろめきは
水に流して しまいたいな

あざやかに あざやかに
水に流して しまいたいな

溢れてる 溢れてる
世界の意味のほころびに
くちびる寄せて 歩きたいな

あざやかに あざやかに
風に吹かれて 水に流して


 『巻上公一詩集 濃厚な虹を跨ぐ』(左右社、2023年)より

◆「世界の意味のほころび」――縫い目が綻びたボールのようなこの世界を、それでも捨てたりせうに「歩く・遊ぶ」――まるい世界を悲しみ、いとおしみ、歌を口ずさみながら――バラバラに壊れてしまいそうになっていても、ボールは一つしかないのだから。


巻上公一「大らかな予感」[2024年04月14日(Sun)]


大らかな予感    巻上公一


わたぼうしの先っぽに大らかな予感が焦れったく


『巻上公一詩集 濃厚な虹を跨ぐ』(左右社、2023年)より


*******

DSCN0725.JPG

オニタビラコ。
身をかしげながら、足元の悪い、だけど日当たりは良い草地に、たくさん群れることもなく咲いているのが良い。

上の詩のイメージを反芻しながら歩いていたら、午後の日差しの中に立っていた。








ロルカ「時計の空地」[2024年04月14日(Sun)]

DSCN7885.JPG

ダイコンの花。

***


時計の空地  ロルカ
            長谷川四郎 訳


ぼくは坐った
時間の空地に
静寂の
白い一つの静寂の
水たまり
でっかい車座
浮ぶ十二の
黒い数字と
ぶつかっていた
スバル スバル


長谷川四郎 『ロルカ詩集』(土曜社、2020年)より


◆空間に数字という抽象化したものが浮かんで見える、というのは、ある民族の文化としてあるものなのか、それともこの詩人に固有の感覚なのか、わからない。

結句「スバル スバル」と繰り返されているのは、六連星とも呼ばれる「スバル」を二重に出現させて、「十二」という時計の文字盤の数字と衝突させる思考実験のように思える。
(あるいは空に輝く六連星が水に映って倍になる、という意味か)

そのように観念が描き出す現象を「白い一つの静寂の/水たまり」に映し出して見ている「ぼく」は、いわば宇宙を俯瞰する位置に坐っているわけだ。





『月下の一群』からポオル・フォル「幸福」[2024年04月12日(Fri)]

DSCN7844.JPG

ツクシの初々しさは、土から萌え出、間もなくスギナと交代して地を緑で覆う変化の予感から来るようだ。

*******

幸福  ポオル・フォル

       堀口大學・訳



幸福は牧場にゐる。
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
幸福は牧場にゐる。
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
幸福は逃げてしまふぞ。

捕へようとするなら、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
捕へようとするなら、
早く駆け出せ、早くかけ出せ。
幸福は逃げてしまふぞ。

杉菜
(すぎな)とたんぽぽの間を、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
杉菜とたんぽぽの間を、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
幸福は逃げてしまふぞ。

羊の角の上を、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
羊の角の上を、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
幸福は逃げてしまふぞ。

小川のせせらぎの上を、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
小川のせせらぎの上を、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
幸福は逃げてしまふぞ。

林檎の木から桜の木へ、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
林檎の木から桜の木へ、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
幸福は逃げてしまふぞ。

垣根をとびこえて、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
垣根をとびこえて、
早く駆け出せ、早く駆け出せ。
幸福は逃げてしまつた。


堀口大學『月下の一群』(講談社文芸文庫、1996年)より


◆幸福を捕まえよ、と急かされれば急かされるほど、からだは金縛りにあったように自由を失う。
疾駆を煽られ、焦燥・足のもつれから終局の虚脱まで、まるでギャンブル依存を歌ったかと思われるほどだ。





那珂太郎「四月 ひらひら」[2024年04月11日(Thu)]

トキワマンサクが淡い黄色に咲きそろっていた。

マンサクX DSC_0390.jpg

すぐ隣接してベニバナトキワマンサクも。つい数日前には、葉っぱばかりだったのが、面目一新、鮮やかに花開いていた。

ベニバナトキワマンサクY DSC_0385.jpg

*******


那珂太郎「音の歳時記」より


四月 ひらひら  

かろやかにひらひら 白いノオトとフレアアがめくれる ひらひらひらひら 野こえ丘こえ蝶のまぼろしが飛ぶ ひらひら空(くう)の花びら桃いろのなみだが舞ひちる ひらひらひらひら 緩慢な風 はるの羽(は)


高橋順子 編著『日本の現代詩101』(新書館、2007年)より

◆十二の月それぞれにふさわしい音をめぐるイメージを綴った連作詩篇から「四月 ひらひら」。

詩人は目を閉じて花びらたちが風にゆれるのと同様、揺曳する時間に身を任せている――「蝶のまぼろし」と表現しているのはそのためだろう――「はる」そのものが蝶のように羽をふるわせ、そのかすかな「羽音」を全身で感じる。あふれ、舞うように散るいのちあるもののなみだ。



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