
志樹逸馬「旅人」[2024年01月31日(Wed)]
旅人 志樹逸馬
きょうかたわらにいた人とあすは十里を離れ
きのうまで山ひとつ間にしていた人と夕べにはあう
わたしはなつかしくてならない
すべての人がいつも遠くて また近いような気がする
わたしは すべての人の中にわたしの分身を感じる
よんでも その分身がこたえてくれない時は
わたし自身がわたしにとって遠いものと思われてくる
わたしの分身
それは ふるさとであり 童心であり
平和であり さびしさである
わたしは未完成だから
また あなたの分身をわたしの中に感じるので
わたしは旅人として歩みを休めることができない
『新編 志樹逸馬詩集』(亜紀書房、2020年)より
◆前回の詩「わたしの存在が」の詩句、〈すべてであってひとつであるもの〉に同じ感じ方がここにもある。
ここでは〈すべての人の中にわたしの分身を感じる〉という表現をとっている。
◆ハンセン病患者として初めは多磨全生園(東京)、その後は長島愛生園(岡山)で生涯を送った詩人にとって、出会いも別れも自分が居るこの場所で経験することのはずなのに、心は何と融通無碍に呼吸し、はるか遠くまで遊んでいることか。
現実に相逢うた人だけではない。本の中で出会った人々も同様にわが分身として、わたしの中に生き続け、かつそのわたし自身が、遠近(おちこち)の空に旅人として在る。
遍満するイメージをかたちにしてゆく、永遠に未完の旅である。