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条件を満たさぬ"解答例"って?[2023年04月30日(Sun)]

DSCN0672.JPG
イモカタバミ。
以前、「ムラサキカタバミ」として載せた気がする。
似ているが、花の中央が濃い紫色の方がイモカタバミというようだ。「イモ」の名は、土中の芋状の塊茎によるらしい。

*******

◆先日の全国学力調査、中学国語について、大問1⃣の記述問題「四」の解答例が条件2を満たしていないと書いた。少し補足して置く。

解答例文は「〜と思いました。」と自分の感想を述べたかのような形をとってはいるものの、中味を吟味してみれば実際にはインタビューで「星野さん」が語った内容だけであり、それに「私」は何ら付け加えてはいない。
よって、条件2の「あなたが考えたこと」は実は「ゼロ」と言わざるを得ないのである。
条件を満たしていないものを「解答例」だと示すことは無茶だろう

それとも、〈オウム返し+「〜と思いました。」〉という形にハマりさえすれば、「考えたこと」と評価してよい、というのが文科省の基本姿勢なのだろうか?

仮にそうだとするなら、それは主体的な学びなどではなく、誰かの意見を復誦し、それを受け入れるだけの自動機械的な反応に過ぎない。
少なくともそこに発見や創造性は期待できないだろう(それで十分、と考えているなら話は別だが)。

*他にも気になることはあるが、それはまた改めて……。





桐の花[2023年04月29日(Sat)]

DSCN0673.JPG

桐の花が満開を迎えていた。

DSCN0677.JPG

今年は花が散るのも早いのか、樹の根方に5〜6センチはありそうな筒状の花びらがずいぶん落ちていた。



入管法改悪に抗議する[2023年04月28日(Fri)]

エビネ1 DSC_0458.jpg
エビネ

***


◆亡き坂本龍一氏が海外の知人とともにクルド人支援プロジェクトを立ち上げて活動していたことを最近知った。

個人的なことを言えば、日本にも迫害を逃れて来日し、難民としての救済を求めるクルドの人たちが存在する事実にことを初めて知ったのは2004年の夏だったが、坂本氏の取り組みははるかに早い。人間らしく生きる権利を踏みにじられた人々への共感を行動として示さずに居られない人間性に心打たれる。

◆ところが、日本政府・与党は、ますます依怙地なほど偏狭に国を閉ざし、国民の間にゼノフォビア(外国人への憎悪)をあおろうとしている。
その最たるものが入管法の改悪だ。
「国際人権基準を満たしていない」と憂慮する国連人権理事会の特別報告者が抜本的な見直しを求めたにも関わらず、斎藤健法務大臣以下、政府・与党は子供じみた反発を示すばかりだ。

◆差別的言動で名をはせる杉田水脈衆院議員もまた、入管法改悪に抗議の声をあげる人々に対して、執拗な攻撃を行って恥じるところがない。ただちに議員バッジを返上すべきだ。

【東京新聞 4/25記事】
国連特別報告者の指摘をまた無視するの? 「入管難民法改正案は国際人権基準を満たさず」に日本政府が反発
https://www.tokyo-np.co.jp/article/246026

【Lite-ra 4月27日記事】
“難民見殺し”の「入管法改正」めぐり岸田政権と自民党がキチク言動! 杉田水脈はクルド人の子どものデモを攻撃
https://lite-ra.com/2023/04/post-6274_3.html



全国学力調査とChatGPT[2023年04月27日(Thu)]

◆昨日の中教審、初等中等の特別部会で話題になったものにChatGPTがある。
問いを投げかけると、それに文章を生成して応答するAIチャットサービスだ。

ChatGPTの登場によって、官民こぞって旗振りしてきた「Society5.0」はもう現実のものになった、という委員の声もあった。TVもあちこちで取り上げ、東大も基本的見解を発表したということでも俗耳を刺激した。

◆折しも先週「全国学力調査」が行われ、その問題と正答例が公表された。
同時に教科別の「解説資料集」も公開されており、問題のねらいや、学習指導要領との関係、また解答パターンから児童生徒の学習状況をどうとらえるべきか、詳細な解説もなされている。
出題の意図に照らして解答はどうだったか、予め用意された網目の精緻かち周到なことに正直驚く。何もそこまで情熱と時間を傾けなくても……と、問題作成に携わった方々に同情したくなるほどだ。


◆小学(第6学年)と中学(第3学年)の国語をザッと見た。

中学の問題では、大きな問い4つのうち、第一問は、インタビューに関する問い。
他は、読書について、「判じ絵」について、そして古典教材「竹取物語」について。
目に付くのはどの大問にも記述式の問題が用意されていることだ。
メンドウくさいな、という気持ちが先に立つ。
それとも、今どきの中学生は、臆することなく鉛筆を走らせるのだろうか。

それにしても、本当に文章を書けないとイケナイのだろうか?
内容をまとめたり、文章で伝えたりするのは社会人となった時に必要だろうし、出来た方が良いだろうけれど、それこそAIに任せたらいいんじゃないかなぁ、と思ってしまう。

乱暴な言い方をするならば、「学力調査」の各問題を解くのはAIに任せてしまえばいいんじゃないの?と素朴に思ってしまう。

例えば大問四角数字1の記述問題「四」の解答例は下の通りだ。

星野さんのお話を伺い、自分とは異なる考えや見方を生かすことの大切さが分かりました。私も社会で働くときには、仲間と話し合うことを大切にしようと思いました。

ソツのない模範的解答になっているように見える。まさにチャットAIが自動的に示してくれたみたいではないか。
(ただし、これって「国語」の問題への解答なのだろうか?「道徳」の問題なんじゃないの?と思えてならない。)

ところで、この「解答例」、実は設問が定めた下記の2つの条件のうち、厳密にいえば〈条件2〉については満たしていないと思う。

条件1 【インタビューの様子】から、星野さんの話の内容を具体的に取り上げて書くこと。
条件2 条件1で取り上げた内容を踏まえ、「社会で働く上で大切なこと」についてあなたが考えたことを書くこと。



【国立教育政策研究所】のサイトに問題・解答例・解説資料がアップされているのでご参照下さい。

https://www.nier.go.jp/23chousa/23chousa.htm




高見順「みんな山へ」←→「COCOLOプラン」なるもの[2023年04月26日(Wed)]


みんな山へ  高見順


みんな
山へ
高いところへ
昇りたがつて
谷底へ降りようとはせぬ
自分自身の心さえ
のぞきに降りようとはせぬ


『日本の詩21 中野重治・伊藤整・高見順・井上靖 集』(集英社、1979年)より


*******

◆中教審のさる特別部会をYouTubeで傍聴した。
不登校の子どもたちが小中高合わせて30万人もいる事態に対して、「COCOLO(ココロ)プラン」というのを立ち上げたそうだ。
「COCOA(新型コロナウイルス接触確認アプリ)」みたいなものかと思ったら、会議資料の最初のページに「Comfortable Customized and Optimized Locations of learning」と横文字が並んでいる。それを縮めて「COCOLO」と呼ぶことにしたようだ。むろん「こころ」に引っ掛けてあるわけだ。

横文字をワープロソフト「Word」の翻訳機能で変換してもらうと、こちらは「快適なカスタマイズおよび最適化された学習場所」と出た。
文科省の方では「個別化」という用語をよく使う。それを「カスタマイズ」に置き換えると「快適な個別最適な学びの場」ということになろうか(それにしても長〜いなあ)。

同じページに日本語で「誰一人取り残されない/学びの保障に向けた/不登校対策」というタイトルも掲げてあるが、こちらも長い。
そもそも不登校対策が喫緊の課題だとしながら「取り残さない」という受身表現で責任回避を目論んでいる上に、「学びの保障に向けた」というアイマイ表現を並べて恥じないところなど、本気度を疑わせるに十分だ。

横文字に戻る。

略称「COCOLO」でクールな雰囲気を醸し出したいのだろうけれど、失敗に終わった「COCOA」そっくりの命名について、文科省や中教審の方々は、忸怩たるものはないのだろうか?
厚労省みたいなヘマをやらかさないだけの絶対的な自信があるんだろうか?
それとも、COCOAをはじめとして、コロナで荒稼ぎした輩のことさえ国民は忘れているはず。
だから、何やっても平気平気! と思ってるんだろうか?




中野重治「はたきを贈る」[2023年04月25日(Tue)]


はたきを贈る  中野重治


大学まえの一軒の荒物屋の店さきに吊してあつたのだ
金五銭だつたのだ
襟にさすわけにもいかなんだ
腰にさすのもはばかられた
おれはその白いふさふさを
通りにいる子供の顔にさしつけてやつた
そしてくるくるとまわしてやつた
すると白いふさふさのあいだで
まるめた眼や細めた眼やのたくさんの笑いが花咲いた
ある笑いのごときはよろこびに揺られて逃げて行つた

君は知つていよう
東京というところは兇悪な都会だ
その兇悪さは 影のように忍びこんでくる煤(すす)やほこりに映じている
それに君は毎日 君の生活を あれらの判任官どものあいだですりへらしている
そしてそのために君の言葉は粗(あら)くなつてくるのだ
見たまえ
これは繊維の濃(こま)かな悲しい日本紙の手ざわりだ
そしてこれには無邪(むじゃ)な少年の笑いの祝福が匂つている
美しい日曜の朝に君の部屋の掃除をして
この清浄な白いふさふさでもつて
君は君の書物や机のあたりを払いたまえ
君の心にふりかかつてくる煤とほこりとを払いたまえ
そしてしとやかな言葉づかいで静かな半日をやすみたまえ


『日本の詩21 中野重治・伊藤整・高見順・井上靖 集』(集英社、1979年)より

*「判任官」…明治憲法下における官吏区分で行政官庁が任じ、高等官の下に位置する。さらにその下に雇員や傭人、嘱託がいて使役される。


◆啄木の詩「飛行機」に登場する少年同様に、給仕づとめしながら勉学に励む少年。
五銭で買ってきた「はたき」は、生活に倦み言葉遣いもすさみがちな少年へのエールだ。
日用の品に神主がお祓いする幣(ぬさ)同様の効験を発揮させようとするのが可笑しい。
「おれ」自身も可笑しさを意識しているから、子どもたちを相手にふざけて見せる。必死の照れ隠しである。
笑いの祝福を帯びた「はたき」に清浄の気が宿ると言うのも、こじつけに等しい。

懸命に生きようとする者、それを励まそうとする者の不器用な生き方は、傍から見れば滑稽だ。
世間知にたけた大人や地位ある者は一瞥し、冷笑を浮かべるだけかも知れない。

だが、気にするな。煤とほこりを「はらいたまえ」。神威はおのずと現れるのだから。

中野重治「浪」[2023年04月24日(Mon)]


浪  中野重治


人も犬もいなくて浪だけがある
浪は白浪でたえまなくくずれている
浪は走つてきてだまつてくずれている
浪は再び走つてきてだまつてくずれている
人も犬もいない
浪のくずれるところに不断に風がおこる
風は磯の香をふくんでしぶきに濡れている
浪は朝からくずれている
夕がたになつてもまだくずれている
浪はこの磯にくずれている
この磯はむこうの磯につづいている
それからずつと北のほうにつづいている
ずつと南の方にもつづいている
北の方にも国がある
南の方にも国がある
そして海岸がある
浪はそこでもくずれている
ここからつづいていてくずれている
そこでも浪は走つてきてだまつてくずれている
浪は朝からくずれている
浪は頭の方からくずれている
夕がたになつてもまだくずれている
風が吹いている
人も犬もいない



『日本の詩 21 中野重治・伊藤整・高見順・井上靖 集』(集英社、1979年)より


◆繰り返す浪が、それを見つめている「私」の〈孤独〉をなんどもなんども洗う。

「私」という言葉は一度も使われていないが、浪を見つめ続けている「私」がここに居るのは確かで、歩むことも立ち上がることも忘れ果て、まるで人魚の像と化したように動かぬまま、海をみつめている。
「私」が動かぬ代わりに、視線は海浪、それが生む風、遠くの海岸へと動いてゆく。
それがひたすら繰り返される――ただし単調に陥らぬよう、高潮をもたらしながらだ。

最も回数の多いリフレイン「くずれている」に注目すれば、次のような配置になっている。

〈2〜4行目〉
・・・・・・・・・・くずれている
・・・・・・・・・・・くずれている
・・・・・・・・・・・・くずれている


〈8〜10行目〉
・・・・・くずれている
・・・・・・・・・くずれている
・・・・・・くずれている


(11〜16行目に「つづいている」「がある」を長短まじえた繰り返しをはさんだ上で)
〈17~22行目の高潮と怒濤へ〉
・・・・・・くずれている
・・・・・・・・・・くずれている
・・・・・・・・・・・・・・・くずれている
・・・・・くずれている
・・・・・・・くずれている
・・・・・・・・・・くずれている


その後にアンダンテのように終止へ――

風が吹いている
人も犬もいない



「人も犬も」は第1行と響き合うように、最終行に再び置かれている。
なおかつ、ここにいないものたちを、イメージだけ浮かび上がらせた上で否定するやりかただ。
(「小諸なる古城のほとり〜」で始まる島崎藤村「千曲川旅情の歌」〈緑なす蘩蔞(はこべ)は萌え/若草も藉(し)くによしなしと同じ手法である。

どちらの詩も孤独と憂愁をかき立てる効果を担う。
姿を現したと思わせてたちまち消え去った幻は、「私」の魂の渇きを強く刺激し続けるばかりだ。




永澤康太「いつも、こんなに」[2023年04月23日(Sun)]


いつも、こんなに  永澤康太


いつも、
こんなに、
澄んでるわけじゃない。

いつも、
こんなに、
いい音を立ててるわけじゃない。

いつも、
こんなに、
きらきら光ってるわけじゃない。

いつも、
こんなに、
穏やかに流れてるわけじゃない。



永澤康太『誰もいない』(七月堂、2016年)より


◆同型の否定文が繰り返される。
それは、いま、この瞬間の川のかがやき、水の音、その澄んであくまで穏やかなさまを、忘れたくないため。
それが、生きているわたしのつとめであるから。

そう言えば、以前読んだ本の中に、幼くして天に召された我が子の顔を見つめながら「こんなに……」と繰り返すばかりの若い父親がいた。彼にできたのは、その愛し子の姿をパステルで描きとめることだけだった。



ワン・コイン=110円也…?[2023年04月22日(Sat)]

トキワマンサク[白花]DSC_0453.jpg
トキワマンサクの白花版。

*******


トルコ・シリア大地震から2ヶ月あまり、日本のTVは取り上げることが少なくなったが、むろん復興が緒に就いたとはとても言えない。
BBCだったか、シリアの被災地の今をレポートしていた。内戦による避難民が逃れた反政府勢力が多数を占める地域ゆえにシリア政府による救援もなく、見捨てられたに等しい地域だ。

コロナ鎖国を脱して海外からの観光客が戻ってきたとか、ネット上のトレンドがどうとかいう話はどうでもよい。メディアも政府も、目を外の現実に向ける努力を続けるべきだ。

◆知人からの大事なライン着信を見落としていた。
現在は難民として現在は南半球で暮らしているクルド人家族からの支援お願いを伝えて来ていたのだった。
一家の故郷はトルコの震源地近くで、親戚、知人の多くが被災したという。気になってはいたのだが、やはりそうだった。

遅ればせながら、指定のゆうちょ口座に気持ちばかりを送ることにした。


***

【失敗談】ワン・コイン=110円也…?

ゆうちょ口座同士だと手数料が100円だったはずと考え、ATMで送金額+手数料100円を入金した上で送金。
記帳を確認すると、何と、【硬貨料金110円】ナリが引かれていたのだった……。

送金手数料のつもりで投入した100円が消えた上に10円の罰金まで付いたように感じた(計算上はそうでないのだが……)。

前に書いたけれど、初めてプリペイドカードで給油した時に、いったん全額が引き去られて残額「ゼロ」になった、あの気分に似ている――足下の地面が一瞬にして消え失せたような。

100円玉1枚のせいで、110円が課せられる――何か変。
機械や人の手を幾つも経ているうちに、義捐金そのものがすっかり減ってコイン1枚になっている……ゆめ、そんなことはないだろうけど、何かナァ…。

マ、己が善根のちっぽけなことに気づかずに済ますためにも、義捐金送られる場合は、どなた様もぜひ紙幣のみを投ぜられますよう……。



「ご自由に」とうそぶく世耕弘成[2023年04月21日(Fri)]

◆政府は学術会議法改正案の今国会での提出を断念したという。

同時に21日の記者会見で、自民党の世耕弘成参院幹事長は学術会議に譲歩を迫り、改正案に同意しない場合は「民間的組織として、ご自由にやっていく選択肢もある」と述べた。

木で鼻をくくったような言い方の典型だ。
反吐を吐きたくなるような冷笑と嘲弄。
学者・研究者への敬意など微塵もない。

政府・自民党の体質を最も良く体現した人物のこの姿勢は、そのまま国民への基本姿勢だと考えて間違いあるまい。
世耕氏もまた、スガ前首相と同じくアベ政治の残滓なのだった。
要するに権力をかさに、主権者をも見下し、ナメ切っているのである。

◆統一地方選の後半戦、投票日が近づいている。国会議員の補選もある。バカにされたままで良いはずがない。一票を政権与党へのレッドカードとして使う絶好の機会だ。

すでに期日前投票を終えた人は?
抗議の声を党本部・県連にぶつければ良い。

怒りを持続させるのはそんなに難しくない。注意深く政界を見つめていれば、熱源にする材料には困らない。同時に、真に私たちのことを考えている政治家が誰なのか、見抜く力もついてくるはずだ。




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