• もっと見る
« 2022年07月 | Main | 2022年09月 »
<< 2022年08月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
清水ひさし「花火の町」[2022年08月21日(Sun)]


花火の町  清水ひさし


私の住む盆地では
いいことがあると市民課に電話し
有料の 音だけの花火を
免許を持つ市の職員に打ち上げてもらう

音の花火が上がると 盆地の人たちは
仔牛が高値で売れたのだろうとか
新築の餅まきの合図だとか予想しあう

結婚 誕生 合格 退院 その他にも
誰かのいいことが必ずあり
盆地に 花火の音の響かない日はない

盆地の人たちは 苦労のなかにあっても
まわりまわって
誰にも巡ってくるいい日のために
日頃から こつこつ花火代を貯めている

大往生の家では 例えば
八十七で亡くなった場合 四捨五入し
九発の花火が打ち上げられ
葬式の花火がいちばんにぎやかだ

連続して花火の鳴る今日は
盆地のハレの日だ
祝福の空を見上げ 盆地の人たちは
自分もあのようにと願う



『清水ひさし詩集 空のピアノ』
(四季の森社、2022年)より


◆本当にこんな町があるんだったら暮らしてみたいと素直に思える。
花火の音で「誰かのいいこと」に思いを馳せ、自分にもいい日が巡ってくると信じていられるなんて桃源郷のようではないか。

「いいこと」を受けとめてくれる人がいる限り、希望を見失うことはないし、苦患(くげん)は必ず安心(あんじん)にたどり着くと信じることが出来る。シンドさを分かってくれる人が居ると思えるだけで、辛さは何割か減る。

◆渋谷・神泉駅近くで起きた事件、若い人たちの寄る辺無さを感じさせる事件が起きるたび、住む町・地域が、保水力を失ったハゲ山同然になっているのでは、と思ってしまう。

上の詩の「こつこつ花火代を貯め」るのは、そのハゲ山にこつこつ苗木を植えていくことに等しいと思う。




清水ひさし「森」[2022年08月20日(Sat)]


森   清水ひさし


仄暗い森の
そこだけ明るい一室で
大きなLPレコードが廻っている

伐った一本の大きな木とひきかえに
きこりが残していったのだ

その静かな音楽を卵の頃から聴かせようと
小鳥たちが巣をかけにやってくる
わが子が
美しいさえずりを持つように

森の居間のそこへ月光が差すと
夜の部の
星たちへのコンサートがはじまる



『清水ひさし詩集 空のピアノ』(四季の森社、2022年)より


◆森の中の切り株は音楽を奏でるLPレコード――針を落とせば、光や風、水や土によって刻まれた四季の音楽が流れ出し、想像が羽を生やしてバレエ・ダンサーのように踊り始める。

柔らかで豊かな音楽が聞こえてくるのは、ことばの連なりに無理がないためだろう、手つなぎ鬼に興じるこどものように。


キジバト?急降下するんだ。[2022年08月19日(Fri)]

◆近所の送電線に留まっていた鳥、大型に見えたので猛禽類かと思ってズームで撮って見たら、キジバトのようだった。

DSCN5811.JPG

しきりに羽づくろいして向きを変える。

DSCN5829.JPG


こちらに気づいたか。

DSCN5830.JPG

◆このあと、まっ逆さまに落ちた。30メートルくらいはありそうだった。

(急降下するんだ…)と思ったが、証拠の画像は撮れてない。残念。





コロナ第7の波、高く長い[2022年08月18日(Thu)]

◆25万5,534人。全国のコロナ感染者数が最多を更新した。

週別の推移でも、WHOが17日に公表した8/8〜8/14の週における感染者数、日本は139万5,301人。4週連続で世界最多を記録している。

テレビ朝日ニュース 2022/08/18 12:06】
コロナ新規感染者数 日本が4週連続で世界最多
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000265411.html

◆朝日新聞の国際面に連日載る世界の感染者数(米ホプキンス大学集計)は、8/17夕方時点で前日より112万8,049の増となっていて、死者数では3,513名の増であった(8/18朝刊)。17日の日本の感染数は23万余り、死者数は286名の増であったから、感染者数で20%、死者数で8%を占めることになる。驚きだ。

集計数字は切り取り方で変動するし、治療法の進展もあって一喜一憂するには及ばなくなったとはいえ、第7波のこの状況はやはり深刻と言わざるを得ない。

◆神奈川の病床利用率は90%を超え、明らかに逼迫。県内の新規感染者数はこの一週間1万人前後だが、これに参入されない自主療養者が連日4〜5千人、日によっては6千人を超える日もある。死亡者も20名を超えることが度々だ。近県も同様。ピークは未だとすれば、亡くなる方の数はなお増えて行くだろう。
(ちなみにNHKは自主療養者数について、日々の県別感染数報告では完全に黙殺。死亡数の扱いもぞんざいだ。)

◆藤沢市内の新規感染も7月下旬から600人を下らない日がほとんどだ。人口44万超ではあるが、一つの市だけの数字だから驚く。
救急車のサイレンを耳にしない日はなく、昨日などは救急車2台が立て続けに通る場面に出くわした。

◆TVに出演する医療現場の方たちのコメントは憤りの隠しようがないこともしばしばであるのに対して、政府・自治体の責任者の認識は一向に更新されていないようだ。専門家からは患者を医療に確実につなげ、医療崩壊を防ぐ具体的な提言がいくつも出ているのに、それを活かすことのないまま、嵐が過ぎ去るのを待っている図に見える。
危機感を煽らないように努めているのでもあろうけれど、事態の深刻さに鈍感なままなのかもしれない。表情やコメントに惰性を感じるからだ。

冷静を装うことと冷静に意志決定し対処することとは別物のはずだ。


リッツォス「熱」[2022年08月17日(Wed)]


熱   リッツォス
        中井久夫・訳


岩。焰の真昼。大波。
海はわれわれを容赦しない。強い。やばい。上の方の路では
騾馬使いが叫んでいる。荷車には西瓜が満載。
それからナイフ。やわらかな切れ目。風。
赤い果肉と黒い種子。



中井久夫・訳『リッツォス詩選集』(作品社、2014年)より



◆田舎の兄からメロンを送ってもらった。
ありがたく頂戴しながら、ふと「西瓜は、今年未だ口にしていないな」と思った。

メロンに限らず、西瓜も最近はずいぶん早くから店に並ぶ。たいがい、しっかり冷房の効いた店の中で、「おや、もう……」という気分を味わうのが習わしになってしまうと、買って帰ろうという気にならないまま季節が過ぎている(「ゼイタクかな、やっぱり」と思っているうちに、という事情もあるけれど、それはワキに置いといて)。
演出された季節感に食欲が減殺されてきたのかもしれない。

◆上の詩は、そうした逡巡も理屈づけも全く許さない。

名詞がテンポ良く繰り出される。訳出に当たって、実際に音読してみる、と訳者は書いていたように思うが、この詩もそうだ。

◆どこにもあいまいさが無い夏の暑さの中に、かくあるべきものとして西瓜が登場する。

ナイフ一閃、西瓜が開く。「風。」の一語が、一瞬の動きによって現れたものを見事に表現している。
世界が闢(ひら)かれた、と言って良い。あざやかだ。



リッツォス「一覧表」[2022年08月17日(Wed)]


一覧表   リッツォス
           中井久夫・訳


夜には、別の壁が壁のまた後ろにあるのを本能が教えるのだろうか。鹿も
泉の水を飲みにやってこようとせず、森に残る。
月が出ると、第一の壁が砕ける。次いで、第二、第三の壁も。
野兎が降りてくる。谷で草をはむ。
あらゆるものが、そのままのかたちとなり、やわらかで、輪郭がぼんやりとして、銀色だ。
月光のもとの雄牛の角も、屋根の上のフクロウも、
河をあてどなく流れ下る、封印をしたままの梱包も――。


中井久夫・訳『リッツォス詩選集』(作品社、2014年)より



◆不思議な世界だ。
舞台の書き割りが転換するようにして、順次違う場面が出現する。
冷たい月の光を浴びて闇の中に浮かび上がるもののボウッとした輪郭。
絵に描かれたモチーフのように登場する雄牛の角やフクロウ。
動きのあるものも、ないものも姿を見せるが、やがて「河」とそこを流れ下る「梱包」に出会う。

「河」は時間をはらんで流れる。人間の内に流れる意識の表象でもあるようだ。とすれば、この詩は、いきなりある人間の内面世界からスタートし、そこにあるものたちと出会ってゆく旅だったことになる。

鹿や野兎、雄牛の角、フクロウはそれぞれ象徴するものがあるのだろうが、読み解くのは後で良い。(タイトルの「一覧表」も、まずは全体を眺めわたしてから、という含意だろう。)

旅を進めるうちに見えてきたのが「封印をしたままの梱包」――封印したのは荷物の持ち主の意識もしくは無意識だ。
流れ下る状態のままで、中に在るものたちに目を凝らそうとする訳者の、精神科医としてのまなざしを感じる。




リッツォス「怒り」[2022年08月15日(Mon)]


怒り   リッツォス
          中井久夫・訳

目を閉じて太陽に向けた。足を海に漬けた。
彼は己の手の表現を初めて意識した。
秘めた疲労は自由と同じ幅だ。
代議士連中が代わるがわる来ては去った。
手土産と懇願と、地位の約束とふんだんな利権とを持って来た。
彼は承知しないで足許の蟹を眺めていた。蟹はよたよたと小石によじのぼろうとしていた。
ゆっくりと、やすやすと信用しないで、しかし正式の登り方で、永遠を登攀しているようだった。
あいつらには分かっていなかった。彼の怒りがただの口実だったのを。


中井久夫・訳『リッツォス詩選集』(作品社、2014年)より


◆2022年7月の日本に起きた凶行とそれにまつわるてんやわんやを諷刺した、と言っても怪しまれないかも知れない。
「代議士連中」「地位の約束」「利権」といった、現今の世情に重なる単語を入れ込んであるからだが、そうした世俗の価値が幅を利かせ、表現する者を手なづけ、その影響力を利用して人心を支配するのが世の常だということだろう。

◆権力者の誘惑に対して「彼」は「怒り」で報いた。それは「口実」に過ぎなかったのだけれど。

「彼」の仕事――彫刻、作曲、演奏家、作家……何でも良い。こつこつ手わざで創り出すこと。
疲れの分だけ手にした自由とそれが開いた世界が確かにあること、その手応えが心地よい。

◆足もとの蟹が小石によじのぼる。大きな岩ではない。蟹もまた自由を求めて手足を動かしているのだった。
得られるのは小さな、しかし自由な天地。波にさらわれ、嵐に小石もろとも吹き飛ばされることさえ一再ならず。

――「自由は命がけのこと」と言った画家・堀文子を思い出した。

◆「あいつら」に向けた「怒り」「ただの口実」だった。
だが〈命がけの口実〉だったのも本当だ。だからフリでなく、しんじつ、怒って見せた。



リッツォス「歩み去る」[2022年08月15日(Mon)]


歩み去る  リッツォス
           中井久夫・訳


彼は道の突き当たりで消えた。
月はすでに高かった。
樹々の間で鳥の声が布を裂いた。
ありふれた、単純なはなし。
誰一人気を留めぬ。
街灯二本の間の路上に
大きな血溜まり。



中井久夫・訳『リッツォス詩選集』(作品社、2014年)より

◆惨劇の瞬間の目撃者は月と鳥のみ。反応したのは鳥だけだ。一つの命が失われたというのに、それは「ありふれた、単純なはなし。」と事も無げに語られる。

戦地と限らない。人が行き交うスクランブル交差点だって、実は同じで、目の前で起きた事件さえ、目に入らない。もしくは目に入らない鈍感さを身につけることで、他人にぶつかることなく道を渡れる。

一つの死を物語る血溜まりは確かにあるのだが、それは街灯と街灯の間の闇の底に広がっていて、目と耳以外の感覚、すなわち鼻で嗅ぎつけるか手指でぬめりに直接触れるかしない限り、気づくことがない。

いや、仮に気づいても、気づいた上で「歩み去る」ことだってできなくはない。
どうします?歩み去りますか?――そう問いを突きつけているように思えてきた。


中井久夫 訳:リッツォス「朝」[2022年08月13日(Sat)]

◆先日亡くなった精神科医・中井久夫には、カヴァフィスなど、現代ギリシア詩の訳業がある。
『リッツォス詩選集』というのもあり、これは詩人の谷内修三(やち・しゅうそ)による「中井久夫の訳詩を読む」という解説が各詩に附いた、ぜいたくな一冊だ。

その中から、嵐の過ぎた早朝のように印象的な一篇――


朝   リッツォス
        中井久夫・訳

彼女は鎧戸を開けた。シーツを窓枠に干した。陽の光を眺めた。
鳥が一羽 彼女の目を覗き込んだ。「私は独り」と彼女はささやいた。
「でもいのちがあるわ!」彼女は部屋に戻った。窓が鏡になった。
鏡の窓から飛び出したら自分をだきしめることになるでしょう。


中井久夫『リッツォス詩選集』(作品社、2014年)より


◆シーツが風に翻った瞬間、そこに現れたのは、さっき窓の外からこちらを覗き込んだ鳥に変身した「私」。
――読者は、手ぎわ鮮やかな手品の目撃者&証人となる。

窓のこちら側にいたはずの「私」が一瞬のうちに解き放たれ、それまでの「私」をガラスの向こうに見ている。室内から外光の中への瞬間移動は、窓が、過去と未来を同時に映す鏡となったおかげ。

***

ヤニス・リッツォスYannis Ritsos(1909-90)…きわめて多産な詩人で、八十冊を超える詩集があるという。若き日に独裁政権による焚書に遭い、ドイツ軍に対する抵抗運動、さらにはギリシア左翼戦線に加わって二度に及ぶ流刑に遭うなど、波乱の時代に抗して生きた人だが、晩年はアテネ郊外に閉居しほとんどの来客を拒んだという(訳者解題による)。



大谷選手をめぐる数字ふたつ[2022年08月12日(Fri)]

104

大谷翔平選手が達成した、ベーブ・ルース以来104年ぶりという「2桁勝利・2桁本塁打」。テレビもネットも大リーグの話題と言えばしばらくこの話ばかりという日が続いていた。

何かとベーブ・ルースと比べるのは、日本でもっともよく知られた大リーグ選手、ということもあろうけれど、連日「104年ぶりの」という定型句で騒がれると、二刀流の大先達ルースに肩を並べることだけが大事であるみたいな、ひいきの引き倒し、という感じもして、さてどんなもんだろう?というのが正直なところだった。

本塁打記録をイチローと比べて「並んだ・抜いた」、松井秀喜の「達成スピード」と比べると……と騒ぐのも、何だかなぁ〜、という感じ。

エンゼルス番記者、ジェフ・フレッチャーの「同じ夜にベーブ・ルースとイチロー・スズキの名前を呼び出したとすれば、それはとても良い夜だ」というツィートの方が気が利いている。

***

◆偉業達成がさまざまに報じられた中で、読売新聞の次の記事に目がとまった。

読売新聞 8月11日記事】
黒人選手がプレーした「ニグロリーグ」にも「2桁勝利・本塁打」達成者…1920年代
https://www.yomiuri.co.jp/sports/mlb/20220811-OYT1T50118/

〈人種差別によって大リーグから締め出された黒人選手がプレーした「ニグロリーグ」にも、大谷、ルースと同様に「2桁勝利、2桁本塁打」を達成した名選手がいた。モナークスでプレーしたブレッド・ローガンは1922年に投手で14勝、打者で15本塁打。エド・ライルはスターズに在籍した27年に11勝、11本塁打を記録している。〉

◆大リーグから締め出された黒人選手たちとそのリーグの存在を教えてくれた点で貴重な記事だ。

※「ニグロリーグ」の記録については、MLBの日本向け公式サイト《ニグロリーグがメジャーリーグ公式記録に認定 様々な問題も》という2020年12月17日の記事があった。ごく最近のことだ。
https://nordot.app/712176238561886208?c=581736863522489441

「メジャーリーグ機構は日本時間(2020年)12月17日、1920年から1948年までのあいだに運営されていたニグロリーグの7つのリーグについて、メジャーリーグの地位を与えることを決定した。」とのこと。
「地位を与える」という権威主義的な表現に、黒人選手たちの受けて来た差別の歴史は未だ克服されていないと感じる。
と同時に、知られざる名選手たちにスポットを当てることができたのは、記録が残されてきたからこそだと思う。記録あればこそ、のちのちの検証が可能になり、歴史は広がりと奥行きを増す。

***

808

◆一つのマイルストーン(里程標)を刻んでホッとしたであろう大谷選手へのベーブ・ルースのお孫さんから祝福メッセージ、そこに新たな数字が顔をのぞかせていた。

日刊スポーツ 2022年8月11日記事】
大谷翔平偉業にベーブ・ルースの孫が祝福メッセージ「808という数字を期待してもいいかも」
https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/202208100000461.html

808とは《ルースの通算714本塁打+94勝》であるとのこと。
これまた、べらぼうな数字だ。



検索
検索語句
最新コメント
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml