案山子たち[2022年08月31日(Wed)]
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案山子たち[2022年08月31日(Wed)]
左川ちか「出発」[2022年08月30日(Tue)]
出発 左川ちか 夜の口が開く。森や時計が吐き出される。 太陽は立上がつて青い硝子の路を走る。 街は音楽の一片に自動車やスカァツ(skirt)に切り鋏まれて飾窓の中へ飛び込む。 果物屋は朝を匂はす。 太陽はそこでも青色に数をます。 人々は空に輪を投げる。 太陽等を捕えるために。 ◆島田龍・編『左川ちか全集』(書肆侃侃房、2022年)より ◆上の全集も出てこのところ話題の、早世した詩人左川ちか(1911-1936)。 上の詩は1931年の作。色彩、光、音楽に匂いまで繰り出してスピードがあり、シュールだ。 絵画における古賀晴江(1895-1933)の、ビルの屋上で女性が踊っている『窓外の化粧』(1930年)などの文学における試み、という趣きだ。 同じ時代の空気を呼吸していたということだろう。 ◆この詩の軽快さは「開く」「走る」など、動詞の現在形が多用されていることから来る。 そうした言葉が選ばれるのは、ほかの詩でも同じで、詩人自身の「生」が現在進行形であるからだ。 「LOVE & PEACE !!!」at 渋谷・宮下公園[2022年08月29日(Mon)]
◆渋谷の再開発高層ビル「ヒカリエ」に、先日初めて昇ってみた。 東急シアターオーブのある11階から外を眺めると、宮下公園が見えた。 アーチが並んで、すっかり面変わりしている。 ◆路上生活の人たちの生活空間でもあった十数年前に、何度か立ち寄る機会があった。 細長いスペースをうまく利用して、イベント会場としても良く使われていた。 大きな駐車場も隣接していたので、車でこの辺りに出かけるのは余り苦にならなかった。 ◆若い人たちが運営した平和集会に、卒業したばかりのS君と参加したことがある。 折り鶴の大きなパネル(クラスで卒業記念として制作し、体育館に飾ったもの)を車で宮下公園に運び、会場の立木や杭に針金で留めて立てかけた。 ◆参加したグループの歌やスピーチが続くうち、司会者がS君にマイクを向けた。 こちらも予期していなかったが、S君にとっては青天の霹靂だっただろう。 思案の表情のあと、意を決してマイクを握り空を仰いで絶叫した―― 「LOVE & PEACE !!!」 ズバリ、それしかない、本当に。 痛烈に胸に刻んでくれた。 *** ◆その後も宮下公園の前を通ることは幾度もあったものの、すっかり別の雰囲気の、熱がすっかり引いた場所になってしまった気がして、中に足を踏み入れる気になれずにいる。 大切な広場だったはずだが。 クサギの花[2022年08月28日(Sun)]
日吉平「言の葉」[2022年08月27日(Sat)]
言の葉 日吉平 葡萄は終わった 梨も柿も もう終わる わずかな葉っぱだけが 色づいて残っている 枯葉は畑に積もり 腐葉土となり 木を育て 花を咲かせ 豊かな実を成らせる 落葉は 唇にも つもり 言の葉となって 子供をはぐくむ 『わらべ詩(うた)』(創風社出版、2017年)より ◆詩集には、この詩を皮切りに、〈葉〉をモチーフにした詩が五編続く。 題名を順に並べると、「言の葉の湖」「落葉のさんすう」「葉っぱ遊び」「茶葉」という具合だ。 描かれているのは若い緑葉よりも、たいてい枝を離れて散り重なり、水に(「茶葉」では〈お湯〉に)浮かんだりしている〈葉っぱ〉たちだ。 視線が下に向かいがちなのは詩人の年齢もあずかっている。 ただ、そのまなざしは〈葉っぱ〉に受け継がれ循環してゆく命に向けられている。 それゆえに、良い楽器の響きが遠くまで届くのと同じように、どの詩の言葉も、ずいぶんと遙かな所まで読む者の心を運んでゆく。 *偶然だが、この詩集も、先だって取りあげた清水ひさし詩集『空のピアノ』と同じく、装画にピアノが描かれている。『わらべ詩』の装画の作者名は残念ながら記載がないけれど。 なお、これも偶然だが、日吉平(ひよし・たいら)氏も、清水ひさし氏と同年、1948年生まれの詩人だ。 ★【8月22日記事 〈肘高く弾け〉清水ひさし「空のピアノ」】 ⇒https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/2415 日吉平「風のおにぎり」[2022年08月26日(Fri)]
風のおにぎり 日吉平(ひよし・たいら) 風を両手で掬ってみる そして おにぎりのように丸めてみる 過去も未来も おにぎりにして ポケットに入れて歩いていく 詩集『わらべ詩(うた)』(創風社出版、2017年)より ◆「風」が「おにぎり」に姿を変えることに、驚かされる。 「おにぎり」は旅の糧(かて)、いつもポケットに入れてあるから旅が続けられる。 ここまで見聞きしたことも、これから出会うはずのものたちを思ってふくらむ期待、さらには不安だって「おにぎり」に変わる――自分の手がそんな魔法の杖だということに気づきさえすれば……ね! 日吉平「だれが困る」[2022年08月25日(Thu)]
だれが困る 日吉平(ひよし・たいら) ここを押すと どこかが出っ張る ここを引くと どこかがへこむ 見えない空気も詰みあっていて 押し合い圧し合い 地球の上で 譲り合っている だから低気圧が腹を立てても 高気圧が受け止める おまえが駄々をこねると だれかがへこむ 困らせるために泣くのだろうが そうして気を引くつもりなんだろうが おまえが泣くと だれが困る? 詩集『わらべ詩(うた)』(創風社出版、2017年)より ◆昨日、「ものごとを対(つい)としてとらえることが常であれば」という言い方をした。この日吉平という詩人は、世界をそんな風に見ているように感じたからだ。この詩もそう。 もう一つ付け加えれば、その対の一方に自分が居て、もう片方に花や生きものや人間たちが居て、互いの関係や影響の及ぼし合いを感じているところが詩の生まれる場であるみたいだ。 別な言い方をすると、同じ世界に自分も他者もいて、どちらも「まさしく、いま同じ空気を吸っている」と感覚しているということだ。 こちらが息を吸えば、他方はその分少しだけこちらに吸い寄せられ、向こうが息を吸うと今度はこちらが少しだけ向こうに近づく。 この世界では、空気もまた、一つ器の中に詰めた水のように、どこかに力が加わると、全体にその力がビンビンと伝わる。 ◆ここで対を成す相手は、未だ小さなわが子か(むろん、年ごろの恋人であっても、長い時間を共に重ねた連れ合いでも良い)。 「おまえが泣くと/だれが困る?」という言い方で結んでいるものの、ほんとは冷たく突き放したのじゃない。からかう口調に愛おしみがこもっている。 日吉 平「野球」[2022年08月24日(Wed)]
ひよし・たいら 野球 日吉平 小枝が 風を 受け止めて 打ったり 投げたり できるなら 戦争も 貧乏も 悲しいことは 宇宙の果てに 打ったり 投げたり うた 詩集『わらべ詩』(創風社出版、2017年)より ◆松山市在住、1948年生まれの詩人。 枝が風に吹かれっ放しではいず、また反対側に戻るしなやかさを見せるように、あるいは野球が攻守ところを変えて展開するように、詩人の心も一所に固着しない。 足もとを見つめたあとには空を仰ぐ。 凶事(まがごと)の先には幸いが訪れるよう、吉言(よごと)を告(の)る。 ものごとを対(つい)としてとらえることが常であれば、傲慢・卑屈のどちらに偏することもなく、自由だ。 清水ひさし「雪合戦」[2022年08月23日(Tue)]
◆プーチン・ロシアのウクライナ侵略から6ヶ月。出口が見えぬばかりか、車に仕掛けた爆弾による暗殺という映画もどきの事件まで。 紛争に震災が追い打ちをかけたアフガニスタンでは、食糧支援も追いつかず、このままではこの冬が越せぬと訴える古老の嘆き(8/23のTBS・NEWS23)。 妙案などないけれど、詩人の祈りに耳傾けよと、同じ星の片隅から願う。 ******* 雪合戦 清水ひさし 昔 戦さで 武器の尽きた二人の武将が 最後は雪玉を投げ合った という 雪合戦の始まりと言われる話と 名知らぬ二人の武将を わたしは好きだ 世界のリーダーたちよ その内戦 その戦争を 次の冬まで待ってくれまいか 昔の 武将のように 雪合戦で決着つけられまいか 清水ひさし詩集『空のピアノ』(四季の森社、2022年)より 〈肘高く弾け〉清水ひさし「空のピアノ」[2022年08月22日(Mon)]
清水ひさし詩集『空のピアノ』の標題作を―― 空のピアノ 清水ひさし 若い作曲家の発表会の 一曲めをうたう 初舞台の新人歌手は リハーサルのとき声が出なくなった 緊張をほぐそうと 作曲家は 彼女の肩をピアノに見たて これからうたう曲をたわむれに弾いた すると 伸びやかな声が流れだした こんないい夢を見ることのできる自分は まだ書けるかもしれない 失意に沈んでいた老詩人は ベッドから降り 夜明け前の窓に立った そして 夢の作曲家のように 余命半年の自分へ 空をピアノに見たて 肘高く弾いてみた ◆詩集あとがきによれば、1948年生まれの詩人は55歳の時に脳梗塞で倒れ、「詩がこなくな」った。 詩を書いていた証としてそれまでの作品をまとめた詩集『かなぶん』(四季の森社、2013年)が三越左千夫賞を受けたことを励ましに、リハビリと並行して俳句、水彩画などさまざまなことに挑戦した。詩の言葉がまたあふれ出すきっかけを探し求めたのだ。 地元の劇団に加わって即興劇の稽古をしていたときだった。予想できない相手の動きや言葉にとっさに反応しているうち、「体の奥で眠っていた何かが眼を覚ました」。詩が再びやってきた。 ◆ピアノが歌を解き放つ。 詩も解き放たれるのを待っている。 肘高く 空を仰げ。 『空のピアノ』(四季の森社、2022年) 絵:大井さちこ
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