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永野厚男「教育の国家統制強める文科省」[2022年07月21日(Thu)]

◆故安倍氏の「国葬」問題、各界から反対の声があがっている。コロナ第7波に見舞われているなか、医療の拡充に向けるべき税金を費消する愚かさに加え、国民への弔意を強制する意図が露わである。とりわけ教育への悪影響が懸念される。

国家による教育統制は教育を掌る教職員への新たな負荷としてまず出現する。
働き方改革により負担軽減が主眼だったはずの教員免許更新制廃止が、実は人事評価に結びつけた研修によって教職員をさらに縛り上げる道に向かいつつある。

『週刊新社会』に掲載の教育ジャーナリスト・永野厚男氏の記事を転載する。


*******


教育の国家統制強める文科省
 〜教員免許更新制廃止するも研修強化徹底〜

      教育ジャーナリスト 永野厚男

自民党などの保守政党と文部科学省による小中高校等への国家統制策は、「学習指導要領よる”君が代・愛国心”強制等、教育内容への介入」、「職員会議の校長補助機関化や主幹教諭制等“中間管理職”設置での上意下達徹底」に加え、「教員研修強化」がある。


歴代政権の教員研修強化策

教員研修は次の3種が、既に法定化している。

@中曽根政権の臨時教育審議会答申を受け1988年5月に教育公務員特例法(以下、教特法)等を改悪し新設した「初任者研修」(新任教員に週10時間、年間約300時間の校内研修、年約25日の教育センター等での校外研修を強制)
A岸田文雄首相が文科副大臣当時、教特法を改定し03年度から導入した「10年経験者研修」(のち第2次安倍政権が教特法を再改定。17年度から「中堅教員等資質向上研修」に)
B第1次安倍政権が07年6月、教特法を再改定し指導力不足等教員を現場から外し実施する指導改善研修

「Aの屋上屋だ」等の反対意見を無視し、第1次安倍政権は07年6月、教育職員免許法を改定し、09年度から教員免許更新制を導入。10年ごとに大学等で30時間以上の免許状更新講習を受講しないと、失職するシステムにした。
第2次安倍政権は16年11月、文科大臣が「公立学校の校長・教員の計画的かつ効果的な資質の向上を図る」ため定める「指針」を、任命権者(注、都道府県教育委員会のこと)は「参酌」し、「校長・教員の研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない」等、教特法を再々改定した。

教員免許更新制施行後、文科省は10年以上、教員の負担増の状態を放置し続けたが、20年10月の中央教育審議会の部会等で、教職員組合やPTA代表に加え教委幹部からも廃止を求める意見が続出。
岸田政権は今年5月、教育職員免許法を再改定し「教員免許更新制を7月1日、発展的に解消する」代わりに、教特法を更に改定し、「教委が管轄する学校の全教員の研修履歴を作成」し、当該履歴を“活用”した「資質向上に関する指導助言等」を強化する、とした。


教員は校長と力関係で対等ではない

文科省はこの具体的な内容や手続き等の運用を定める「ガイドライン案」(以下、「案」)を7月1日、HPに公表した。

「案」は「研修履歴を活用した学校管理職等との対話に基づく受講奨励」をキャッチフレーズにし、「研修を行った結果として各教師が発揮した能力や挙げた業績については、人事評価の対象となる」と明記し、「対話」の場として、「地方公務員法の規定により行われる人事評価での期首面談や期末面談」を明示している。

だがこの面談は、多くの学校が「評価者である管理職(校長・副校長・教頭)2名以上」対「被評価者の教員1人」で行っており、力関係で対等ではない。教員が望まないのに校長が特定の“研修”を強制してくる危険性がある。
現に「案」は、「期待される水準の研修を受けているとは到底認められない場合」「勤務上の支障がないにもかかわらず、必要な研修に参加しない場合」に「職務命令を通じて研修を受講させる必要もある」と述べ、従わない場合の懲戒処分にまで言及している。

次に「案」は、「期末面談」時、「資質能力がどれくらい身につけられているかを確認・共有する」と、校長が教員にテストを課しチェックするかのような記述をした。これに対し、6月27日の中教審特別部会(部会長は渡邉光一郎・日本経団連副会長)で、複数の委員が「教員に過剰な負担をかけず、雁字搦(がんじがら)めにせず、もっと伸び伸びと」等、文部官僚を諫(いさ)める発言をした。
また、「案」は「研修履歴の必須記録」の対象を@〜Bの法定研修はもとより、「教委が職務研修として実施する研修、校内研修・研究」など、挙げている。


教育研究集会は職免認めず

「校内研修」は20年以上前まら、教員の反対があっても校長が文科省や教委の研究指定校に応募したり、教委が一方的にテーマを押し付けてきたりするケースが少なくない。このため教員自らが希望しないのに「悉皆(しっかい)の校内研修」に参加を強制される危険性がある。

なお「案」は、研修履歴の記録対象に「民間企業等の研修コンテンツ」も明記し、教特法第22条2項の定める「職務時間内でも授業に支障のない限り、校長の承認を受け勤務場所を離れ研修できる職務専念義務免除」の形態(職免研修)で参加できる書きぶりをしている。しかし00年頃まで職免研修で参加できた教職員組合の研究集会等は今、全ての教委管轄下の学校で、「年休又は勤務時間外」でしか参加できず、差別だ。

文科省はHPで7月29日まで「案」に対するパブリックコメントを公募している。読者の方々に応募をお願いしたい。

『週刊 新社会』2022年7月20日号より

◆◇◆◇◆◇◆

文科省の《教師の資質向上に関する指針・ガイドライン》への意見募集告知は下記
 *ともに締め切りは2022年7月29日

文科省サイトの告知ページ
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/mext_01933.html

応募フォームは下記総務省のページへ

教師の資質向上に関する指針・ガイドライン

公立の小学校等の校長及び教員としての資質の向上に関する指標の策定に関する指針改正案
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001243&Mode=0


研修履歴を活用した対話に基づく受講奨励に関するガイドライン案
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001244&Mode=0


パブリックコメント応募フォームは上記の総務省サイトにそれぞれあり、直接入力・送信できます。
意見公募要項、「ガイドライン案」およびその概要をまとめた「ポイント」も上記ページからダウンロード・閲覧できます。






境節「夏」[2022年07月20日(Wed)]


夏   境 節


みんなの出発を見送って
ひとり ここに残ってしまった
「十三さいの夏」という詩を
今日 書くはずだった
いつか きっと書くよ
詩集『十三さいの夏』を 出したい
今は隣国になった都市で
日本の敗戦を
十三さいの夏に経験した
無邪気すぎる少年のような 少女だった
「日本は敗けるよ」 と同年の少女がいった
校庭にしゃがんで 地面をみつめて
その友は やさしい少女だった
「そんなことは無(な)い」と口に 出さなかったが
信じられなかった
それから半月たって
日本は敗戦
からだが ふるえる夏
わたしは 美しい少女にはならずに
少年のように生きて
空を にらんでいる


境節(さかい せつ)詩集『十三さいの夏』(思潮社、2009年)より


◆「みんなの出発」は、今生の別れを指すのだろう。同時に、十三歳、ソウルで迎えた敗戦の結果散り散りにならざるを得なかったうからやから、友らの生存を賭けたそれぞれの旅が重なる。

空をにらむ抗いのまなざしは、無答責をタテに、もういいかげん忘れなよ、と繰り返す政治の声にも向けられている。


境節「流れ」[2022年07月19日(Tue)]


流れ   境節


ヨーロッパの教会で見た
シャガールの絵の ステンドグラス
人も木々も 建物も雲も
風さえ 浮き流れているようだ
シャガールも祖国を遠く離れて
流れ続け
浮かんでいたのか
十三さいの少女は
日本の敗戦で つみのように外地から
祖国に帰った
あなたは いつも浮かんでいる と友人が言う
地上から二センチ離(はな)れて
流れ あるいは
飛ばされていく
きみのまわりの風も
淡い色調で
地味にくらしているが
のびている草と共存していても
反射する空間が
自然であっても
まだ流れようとして



『十三さいの夏』(思潮社、2009年)より

◆境節(さかい せつ)は1932年生まれの人。詩集の題やこの詩にある「十三さい」の夏、敗戦をソウルで迎えた。「つみのように外地から/祖国に帰った」ものの、「その時の、十三さいの少女のままで」ソウルに立っているイメージが強い、と詩集あとがきに誌す。

足もとの大地を失った流亡の感覚は、映像や報道によって現在もまた難民の世紀であるとつぶさに知ることになった我々にとって、皮膚に貼りついた感覚として共有されるようになった。


田村驤黶uぼくの聖灰水曜日」[2022年07月18日(Mon)]


ぼくの聖灰水曜日   田村驤


エピローグがプロローグに
独白が対話に
対話が劇になる瞬間

その瞬間を閃光がつらぬき
空白がひろがり
沈黙が雷鳴のごとく鳴りひびかなかったら

言葉は人間をつくってはくれない
言葉が崩壊すれば人間は灰になるだけだ
その灰を掻きあつめる情報化社会の奴隷たちに

五分前!



『詩集1977~1986』(河出書房新社、1988年)より


◆題名に言う「聖灰の水曜日」とは、西方教会における復活祭前46日に当たる水曜日。断食を行い神に回心する四旬節の第一日で、額に聖灰で十字のしるしをつけることから「灰の水曜日」と呼ばれる。

◆ここでは、核による「死の灰」を連想させる。「五分前!」というのも、終末時計の警告を意味しているだろう。

田村驤(1923-1998)の詩には核爆弾がしばしば登場する。学徒出陣で海軍に入隊したものの、戦地に赴くことはなかっただけに、人間の形すら留めない核兵器の無惨は、戦後も繰り返される大国間の緊張に接するたびに、戦死した友の面影とともに想起されねばならないものだった。

死者たちは幾千言ついやしても生き返ることはない。それでも記憶と告発を言葉に籠めて伝えない限り、悲劇は幾度でも繰り返される。
「エピローグがプロローグに」、つまり終わったはずの物語が、再び新たな惨劇の始まりを告げることになってしまう。

「沈黙が雷鳴のごとく」とは形容矛盾のようだが、「平和のための戦争」のような人を欺くための方便とは違う。
度外れた衝撃は一瞬にして感覚の働きを完全に奪う。
そのように反転してしまった世界を言葉にすることで、素手のまま非道に立ち向かうのだ。


城侑「椅子の形」[2022年07月17日(Sun)]


椅子の形  城侑(じょう すすむ)


おれはさいきん
在るものと無いものの区別のつかないことがある
たしかにここに在るとおもって腰をおろすと
在ったはずの椅子がなくて
転倒することがあるのだ

しかし その程度なら
おれはいま見間違えていたのだなと
つぎのときから気をつければすむことなのだ
同じ椅子でも
おれはもっと混乱させる事実があるのだ
夢中で映画を見ているときに
手探りすると
腰掛けているはずの椅子が
消えてなくなっていたりするのだ

つまりおれの尻の下には
椅子の形の空間しかなく
いまにも転倒しそうなのだ
いそいで支配人を呼びつけ
どうしたのだとかれを責める
ところがかれも
自覚していただく以外にわれわれも責任をとれぬというのだ

ちかごろは
この種の事件がふえてきている
政府は社会秩序の崩壊を怖れて
新聞で発表するのを禁止している
だからおれも
いらいらして
映画館をでるより手がないのだ


『定本 城侑詩集』(青磁社、1988年)より


◆現にあるはずのものをスルーしたり、ことばのスリカエでゴマカしているうちに、存在する事実が疑わしくなり、ついには姿をかき消してしまっている――そんなことが続いている。

「さる宗教団体」しかり、民主主義しかり、基本的人権しかり……


◆今朝のNHK「日曜討論」、江川紹子氏が問題提起した「統一教会と政治家の繋がり」、司会者は言葉につまりながら、けっきょく流してしまった。

上の詩にあるように、「社会秩序の崩壊を怖れ」る政府と共同歩調をメディが取り続けるかぎり、私たちが安心して腰をおろせる椅子=「ふつうの暮らし」というものは消えてなくなっていく。

そうした事態が進行しているから、イライラが亢進していくのだ。

17日、福岡で中学生に切りつけた女性の事件も、そうした文脈で受けとめることが必要ではないか?
自分のための椅子が塀の中には在る、そう信じたがっていたのではないか?





辻征夫「海」[2022年07月16日(Sat)]


海  辻征夫


海が
小さな手で
ぼくの
足にさわりにくる
風は
ぼくと岩との
くべつもつかず
ただいかにも風らしく
海から陸へ
吹いている
そしてぼく
ぼくのこころは
まだ発見されない
小さな無人島なんだ
じっと海を見ている



★1972年3月の「朝日小学生新聞」に載った詩だという。
谷川俊太郎『辻征夫詩集』(岩波文庫、2015年)に拠った。


◆だれにも身の内に小さな無人島を持っているとしたなら、それを発見するのは自分ではない。
風に運ばれて波のはるか彼方からやって来る冒険者――彼が未知の「ぼく」の名誉ある発見者というわけだ。

むろん逆もある。
「ぼく」がたどり着いた島で出会う未知の存在、その内に自分と違う「こころ」が息づいていると知って始めて彼を「発見」したということができる。

自分について知っていることは大してなくて、他者を「発見」して始めて分かってくることの方が実はたくさんある――人が生きて行くとは、そんなことなんじゃないだろうか?





辻征夫「遠い花火」[2022年07月15日(Fri)]

DSCN5784.JPG

向日葵(ひまわり)。最近流行の、丈の低い種類。

*******


遠い花火  辻征夫

  
唇には歌でもいいが
こころには そうだな
爆弾の一個くらいはもっていたいな
ぼくが呟くと
(ばくだんって
あのばくだん?)
おばさんが首を傾げて質問する
そうですよ ほかにどんなばくだんがあるのですか
こころに
爆弾があって
信管が奥歯のあいだにあって
それをしみじみ噛みしめると
BANG!
ぼくがいなくなってしまうんだ
(いいわね そのときはわたしも
吹きとんでしまうんでしょ?
遠い花火のように)
おばさんとぼく
ぼくが少年のときの海と空を
同時に思い出す
荒れ騒ぐ波のうえを
鷗が数羽とんでいる
はやくあのこのところへ行かなくちゃと
息はずませてボートを漕いでいる
若いおばさんもいる
おばさんには
村の道にぼつんと立っている
たよりない子供の影も見えていて
その子がやがて
〈ボートを漕ぐおばさんの肖像〉という
いくつかの詩を書くのである



★1991年の『ボートを漕ぐおばさんの肖像』として書かれた詩群の一つ。
谷川俊太郎編『辻征夫詩集』(岩波文庫、2015年)に拠った。


◆少年の夢――「こころに」「爆弾」をもっていること――そうして「それをしみじみと噛みしめ」爆発させて「いなくなってしまう」こと、だという。
みんなをびっくりさせるだろうキケンでユカイな夢は、真っ黒な世界をほんの一瞬でいいから光の中に浮かび上がらせて変えたい、自分の全存在を賭けてでも、という切実な願望である。

ここで大事なのは「いいわね」と言って全面的に賛成してくれる「おばさん」の存在だ。
「ぼく」の夢は受けとめ手がいてくれることによって、魔法の杖で輝きを増し、想像の翼を得て、過去をすっかり作りかえることさえ可能にする。

無論、その「おばさん」は実在の人でもいいし、「ぼく」のこころの中に棲んでいる仮想の「おばさん」でも構わない。大事なのは「ぼく」のつぶやきに耳を傾けてくれる存在であることだ。



谷川雁「雲よ」[2022年07月15日(Fri)]

DSCN5778.JPG
横浜を流れる大岡川、弁天橋のたもとで。


*******


雲よ  谷川雁

雲がゆく
おれもゆく
アジアのうちにどこか
さびしくてにぎやかで
馬車も食堂も
景色も泥くさいが
ゆったりとしたところはないか
どっしりした男が
五六人
おおきな手をひろげて
話をする
そんなところはないか
雲よ
むろんおれは貧乏だが
いいじゃないか つれてゆけよ


松原新一・編 
谷川雁詩文集『原点が存在する』(講談社文芸文庫、2009年)より


◆一つ所に留まって居てはならない、と思い込んでいるところが人間にはあるんじゃないか。
水さえあればどこにだって行ける船が、こんな風に係留されているのを眺めていると、そんな気がした。

岸につながれて暫しの骨休めのようだけれど、なに、このままだって、一向に構わないわけだ――旅の記憶を爪繰っていようと、そうでなかろうと。


[政治と教育]菅前首相講演会中止問題(その2)[2022年07月14日(Thu)]

DSC_0284-A.jpg
 神奈川県立瀬谷西高校(菅前首相の政治講演問題渦中の6月7日。中止決定はその翌日だった。)

菅義偉前首相の講演会は新聞報道を契機とした広汎な市民の要請を踏まえて中止となったが、様々な問題は残ったままだ。何よりシチズンシップ教育に取り組んで来た同校の教職員と学びの当事者である生徒たちにとって十分な説明とそのために必要な意志決定プロセスの検証が公表されていない。
同校は来週7月19日に探求的学習の成果発表会を予定している。講演会中止問題の経緯に納得のいく説明が示されてこそ、生きた経験として記憶に残るイベントを迎えられるはず。

以下は、そうした願いをこめて生徒たち、教職員に向けて作ったチラシである。

*******


[政治と教育]菅前首相講演会中止問題

教育への政治介入・学校の政治利用をはねのけよう!
――私たちの県立高校で選挙直前に菅義偉前首相の講演会!!

                    2022/7/9
             学校に「思想・良心の自由」を実現する会

(1)選挙直前の菅講演会は
   教育基本法14条違反!!
*

参議院選挙目前の6月13日に、県立瀬谷西高校で3年生280名を対象とした自民党・菅前首相の「政治参加講演会」が主権者教育の一環として計画されました。教育委員会も5月31日に記者発表を行い、当日の取材も促すという力の入れようでした。

神奈川新聞の報道をきっかけに、「講演会」は教育基本法第14条が求める政治的中立性を無視していると批判の声が上がり、神奈川県教委および同校に対して、全国各地から抗議の声と中止要請が寄せられました。直接中止を求める申し入れが続く中、6月8日、講演会は中止となりました。中止決定後も県議会で教育長に対して追及がなされました(6月17日)。県教育委員会・学校の認識が問われているのです。

*教育基本法第14条2項
「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」

      
(2) 国が示したガイドラインに照らしても、
  政治的中立性は充たされていない


文科省・総務省が出した政治教育の指導資料**では、政治家を学校に呼ぶ場合に複数政党を呼ぶなどの配慮を求めています。この点について県教委は、当該校では2月に立憲民主党の国会議員との交流もあったことや、菅講演の内容は「花博」に関する話が中心だから政治的中立性は確保できているとしていますが、2月の交流はウェブ上で生徒数名との意見交換でした。選挙権をすでに有する者多数を含む3年生対象の今回の講演会と同列に論じることはできません。参院選への宣伝効果を狙った、学校の政治利用と言わざるを得ません。

**主権者教育副教材『私たちが拓く日本の未来』
 の指導資料p.92、Q&Aの5に掲げる各項



(3) 神奈川新聞社説(6月3日)は次のように指摘しました――

「今回の企画について、高校、県教委、政治家の誰からも疑義が出なかったのだろうか。そうだったとしたら暗然とせざるを得ない。」――

講演会は中止になったものの、問題点がどの段階でもスルーされてしまった、その原因を直視し、組合とともに対策を講じない限り、学校を標的にした同様の事件はまた起こる、と言わざるを得ません。その最大の被害者は結局、学びの主体である生徒たちではないでしょうか。


◆◇◆◇◆◇◆


★教え子を再び戦場に送らないために〜教育の責任と役割は〜★

1 教育の国家統制・支配に反対しよう!

▼教育・学問の国家統制がすすんでいます

凵u従軍慰安婦」「強制連行」の記述を用いないとする「閣議決定」は検定済みの教科書41冊を書き換えさせました。生徒たちは、国にとって不都合な事実を削除した教科書で学ぶことになりました。

凵w学術会議』会員の任命拒否…歴史学や法律学などの学者6名の任命を拒否した菅内閣の蛮行を、岸田政権は放置したまま。安保法制や特定秘密保護法などに反対した学者を排除し、教育・学問を国家に奉仕させる危険な道を突き進んでいます。

2 改憲を阻止しよう!

@選挙後の「改憲」を政治日程に上らせる与党勢力

改憲勢力が、自民・公明にとどまらず、維新・国民と拡大しています。定例化させた憲法審査会では、5月26日、自民党・新藤義孝議員が「教育理念について憲法に規定すべきだ」と「教育条項」について発言。自民党改憲案に謳う「教育が国の未来を切り拓く上で欠くことができないものである」とする規定は、「個人の尊重」を基本とした戦後教育の理念を「国家のための教育」に転換させるものです。

A9条改憲

ウクライナ問題に便乗して、「9条改憲」を一気に進めようとしています。自衛隊を法的に認めることに止まらず、集団的自衛権の全面行使を可能にし、安保体制を拡大してNATO同様のものに変え、「台湾有事」で日本列島も戦場となることを意味します。敵基地攻撃能力を持つために防衛費を倍増すれば、真っ先に削られるのは福祉・教育の予算であり、同時に消費税の大増税があらゆる人に襲いかかります。

B「緊急事態条項」
…「大規模自然災害対策」は口実に過ぎませんでした。「戦争」も含む4類型での緊急事態へと拡大。「緊急政令」を発令し人権を制限することも可能になります。


3 自由にものが言える学校から、
 批判精神豊かな主権者を育てよう!


教職員が自由に意見を言わない学校で、自由で創造的な教育が出来るでしょうか?
文科省は、「政治的中立性」なるもので、教員が自分の意見をいうことを禁じ、自由闊達な政治教育を封じています。教師の委縮に生徒たちは敏感です。異論があるものはそれも含めて材料にすることこそ議論を深め、自ら考える力を育てるはずです。職員会議もまた、「校長の補助機関」で、報告事項を承認するだけの場ならば、教職員の創意ある協働は可能でしょうか?活発な意見を経て最終的な合意を導く創造的な場の再構築を!

戦後教育の理念が変質させられたこの20年

刹ウ育基本法の改悪  剋長従属をもたらす教育委員会制度改悪  刹ウ科書検定強化
剴ケ徳教科化、「日の丸・君が代」強制  凵u教員免許更新制」の廃止後も研修を人事考課の材料として「国定教師」づくりを進めようとしています。
 
◎戦後経験したことのない歴史の岐路に立たされている今、教育が担う役割は何にもまして重要です。

働く仲間とともに

教育の国家支配・改憲による「戦争国家」への道に反対の声を上げよう!!




[政治と教育]菅前首相講演会中止問題[2022年07月12日(Tue)]

◆安倍元首相の事件をめぐり、安倍政治の教育への影響について振り返らざるを得ない。

首相在任中にその威光をかさにメディアを賑わした政治評論家やコメンテーターたちが再び紙面・画面に再登場し、口々に故人を讃える。BSのワールドニュースも、諸外国のリーダーたちの弔意を並べ立てられると、安倍氏が稀代の政治家であったような印象になる。
それらは参院選になにがしかの影響を与えたであろう。無党派層の投票行動に直前の事件が影響を与えたとする分析も出ている。

一方で、負の部分をきちんと指摘したコメントも存在する。
宗教であれ教育であれ、票につながるものはとことん利用し尽くす「安倍政治」=政治の私物化(後続宰相たちにそれは継承されている)――事件の再発を防ぐにはその根っこを地道に検証する作業が欠かせない。強靱な批判精神を持つジャーナリズムが機能して若い世代の政治への関心を根気よく耕すことが重要だ。

◆つい先月に18歳主権者をめぐって起きた次の「事件」、高校生自身はどうとらえたであろうか?
6月8日に中止となった、幻の「菅前首相政治講演会」問題である。

『紙の爆弾』8月号(鹿砦社、2022年7月)に載った教育ジャーナリスト・永野厚男氏の記事を転載する。

*******



元教職員ら市民が「中止」に追い込む
神奈川県立高校「菅義偉政治講演会」騒動の顚末

 
      取材・文◉永野厚男

神奈川県教育委員会(以下、県教委)が5月31日、ホームページ(以下、HP)に「6月13日に県立瀬谷西高校(小林幸宏校長。以下、瀬谷西高)の体育館で菅義偉(よしひで)前首相による3年生全員向け政治参加講演会を実施する」という旨の記者発表を掲載した。

これに対し、元教職員や大学教授、保護者ら市民が反発。「参院選公示直前、(選挙権の18歳への引き下げで)有権者になっている人も多い3年生を対象に、特定政党の議員だけ講演させるのは、学校教育での政治的中立性違反だ」などと多くの反対意見を寄せた。
そして11人の元教職員ら市民は6月7日、県教委と瀬谷西高に、中止を求める要請行動を行ない、賛同団体が70団体、個人賛同が413人に上る署名を提出した。また、地元紙の神奈川新聞は6月3日、「県立高で菅氏講演企画/中立逸脱中止を求める」と題する社説を掲載。瀬谷西高には130件超、県教委にも200近い中止を求める電話・メール・ファックス・葉書が届くなか、県教委は6月8日、「本日、講演者側からスケジュールの都合上、急遽出席できなくなった旨の連絡がありました。ついては、本講演会を中止としました」とHPに掲載した。

小林校長と県教委が菅氏による政治講演会(以下、菅氏政治講演会)を企画し、了承した経緯、問題点は? 筆者の取材と、反対意見を寄せた市民への聞き取り等をもとに、リポートする。



菅氏政治講演会を働きかけた県議

県教委の5月31日時点の記者発表は、「(瀬谷西高は)令和4年度をもって再編統合により完校(注・廃校のこと)となります。このたび、完校記念事業で、同校が取り組んできたシチズンシップ教育の一環として、高校3年生を対象に、菅義偉前首相による政治参加に関する講演会を実施します」というものだった。

菅氏政治講演会を瀬谷西高が企画したのは、菅氏の“子分”である田村雄介県議(42歳。瀬谷区選出)が今年3月から学校に働きかけてきたのがきっかけだ。当初はインタビューする形で実施予定だったが、「せっかくだから講演を」ということになった。時間配分は「生徒の活動しているDVD」を菅氏と一緒に見るのが約10分、菅氏講演が約20分、意見交換が約10分の計50分以内と設定していた。

田村氏は2019年の神奈川県議選の際、知人などを介し、インターネット掲示板等に、対立する立憲民主党・五十嵐節馬候補を誹謗中傷する内容を書き込み、名誉毀損容疑で神奈川県警に書類送検された人物だ。自民党県議団の会派を離団し、現在は一人会派「横浜瀬谷区の会」に所属している。
複数の市民が「書類送検された県議が菅氏政治講演会開催を仲介した事実への見解」を問うたが、県教委の職員は「中止になったこともありコメントできない」としか答えなかったという。

ところで6月17日の県議会本会議代表質問で、「今回の講演会に係る一連の出来事をどのように受けとめているか」と問うた立憲民主党の中村武人(たけと)県議に対し、県教委トップ・花田忠雄教育長は、@「2月28日に立憲民主党の山崎誠衆院議員と瀬谷西高の生徒代表がオンラインで博覧会(後述)について意見交換を行なった」ことと、A「菅氏政治講演会」とが、“同列”であるかのように答弁した。
中村氏は再質問で、@の意見交換と「学校教育法で規定されている組織としての行為、すなわち学校カリキュラムとしてリアルで行うAの講演会」とは「全く別問題だ。(Aが)結果として学校や関係者に混乱を招いたのは否定できない」と反論した。@は放課後に代表生徒4人だけで実施したもので、教育課程内の総合学習の授業(出席カウントあり)で全3年生289人対象のAと、同列でないのは明白だ。

田村雄介神奈川県議[公式HP]img0001.jpg
田村雄介神奈川県議がHPに掲げるプロフィール写真



政治的中立性は?

教育基本法第14条は第1項で「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」と規定。文部科学省は15年10月29日付の各都道府県教育委員会等宛通知で、この第1項を踏まえた「政治的教養を育む教育」を推奨している。他方で、第2項の「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」に関し、同通知は「政治的中立性を確保することが求められるとともに、教員については、(略)公正中立な立場が求められており、教員の言動が生徒に与える影響が極めて大きいことなどから法令に基づく制限などがあることに留意することが必要です」とも記載している(これが学校現場を萎縮させる向きもあるが、紙幅の関係で本稿では論じない)

県教委の5月31日の記者発表は、「講演のテーマは横浜国際園芸博覧会、2050年カーボンニュートラル宣言等」と記載している。菅氏政治講演会は政治的中立性に違反しないか、関係する事実を二つ挙げたうえで考える。

1 講演テーマのうち博覧会は、林文子前市長の下で企画。瀬谷西高のある瀬谷区と旭区にまたがる在日米軍・上瀬谷通信施設跡地(広さ約242ヘクタール、東京ドーム52個分)で、27年3月から6カ月間開催する計画だ。
自民党は今年4月13日、「2027横浜国際園芸博覧会(2027花博)推進特命委員会」を設置し、菅氏はその特別顧問だ。また、一般社団法人2027年国際園芸博覧会協会の会長は、日本経団連会長で住友化学会長の十倉雅和氏。“花博”とはソフトな名だが、政財界主導の大イベントなのだ(「自然との調和」を謳いつつ、会場敷地整備等で多額の公費を支出、大規模な開発を行なうので、反対意見が多くある)

2 講演テーマの最後にある「等」に、保守政党の特異な政策の、憲法九条改悪や敵基地攻撃論、集団的自衛権行使、“愛国心・君が代”強制等、ミリタリズムや国家主義を紛れ込ませてこないか、という不安が市民にはかなりある。

1・2の事実を踏まえ、筆者は6月21日、県教委高校教育課の増田年克課長に電話取材した。
まず、「1や2は人々の間で、意見が大きく分かれる。もし2の『等』で、菅氏が改憲等の自説を主張したり、生徒から『九条を守って』という意見が出て菅氏が反論してきたりしたら、政治的中立性は保てるのか」と問うた。

増田氏は「中止になったので、あくまで仮定の話だが」「もし実施の場合は私と指導主事が学校に行く予定だった」と前置きしたうえで、「菅氏の事務所には『政治的中立性は守ってほしい』と言って二つのテーマを伝えていたから、これ以外お話しなさることはないと考えるが、もしも(菅氏が改憲等の政治的自説を主張する等)不測の事態が生じた場合は、その場か菅氏退出後、私たちから生徒に『別の見解もある』等フォローすることになる」と答えた。

次に、筆者は「東京都教育委員会は14年11月、“宿泊防災訓練”と称し、都立大島高校の2年生全35人中、保護者が承諾した16人を“学校行事”として陸上自衛隊武山駐屯地に連れて行き、隊員の号令一下、行進訓練させたり、自動小銃を持つ戦闘服の隊員の突撃シーンのスライドを見せたりしている。こういうことをもし、神奈川の学校がやろうとしたらどうするか」と問うた。

増田氏は「政治的中立性の担保のうえから、今お話しなさった『高校生を授業の一環で自衛隊駐屯地に連れて行って…』というのは、われわれのフィルターには通らない。つまり、やらせないということ」と明言した。

筆者は続けて、文科省・総務省が発行する主権者教育副教材『私たちが拓く日本の未来』の教員用Q&Aが「議員等を招く場合には、学校の政治的中立性を確保するために、議会事務局等と連携し、複数の会派を招くことも含め、生徒が様々な意見に触れることができるようにするといった工夫を行うことが期待されます」と記述している事実を指摘した(下線[原文:傍点]は筆者)

増田氏は「誤解されないように」と前置したうえで、「そのQ&Aの前後の項目の文末表現は『…必要です』が多いのに比べ、該当箇所は『…期待されます』と、少し弱い表現になっている。また今回、県議会事務局に相談しなかったのは、国会議員だから。県議だったら当然、議会局に相談していた」と述べた。
そして「今回のように一つの政党の議員だけを招こうというのは、どこの学校でもOKではなく、瀬谷西高はシチズンシップ教育や花博に関連するフラワーロードの植栽の活動に取り組んできた素地があったから。他の学校なら(菅氏だけ招くという)同じ判断にはならなかっただろう」と付言した。

最後に、筆者は「6月8日の記者発表は、中止理由を『スケジュールの都合』としか言っていない。政治的中立性に違反したという反省はないのか?」と質した。

増田氏は「講演は中止になったが、シチズンシップ教育の一環であり、今も政治的中立性に違反しなかったと思っている。だが、様々な反対意見は受けとめて今後に活かしていかなければいけない」と回答した。


ところで市民の一部からは「学校現場で反対する人はいないのか」という声が出ている。瀬谷西高に電話すると、教頭が「5月19日の職員会議で『本校が取り組んできたことがテーマ。政治的なものではない』等、講演の趣旨を説明した。教職員から反対意見は出なかった」と回答。

都教委が学校管理運営規則を改悪し、職員会議を校長の補助機関にした“職員会議の伝達機関化”は、全国の教委・学校に“伝染”してしまった。お上の言いなりの学校を変えるには、今回のような粘り強い市民運動、そして参院選とその後の衆院選でのリベラル派の議員増、この車の両輪しかない。


★永野厚男(ながのあつお)
文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。

『紙の爆弾』(鹿砦社、2022年8月号)を転載。漢数字を算用数字に改めたほか、適宜段落を加えました、すべての責は引用した当方にあります。





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