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《煮えたぎる泥の鍋の底で》[2022年05月22日(Sun)]

◆〈マスクの使用について政府見解〉などというのがニュースになる……
何だろう、この冗談みたいな、底の抜けた感じは?


*******


さらなる地獄について  クァジーモド
                    河島英昭・訳


ある夜、スピーカーから叫ぶのではないか
オレンジの花の誕生について
ほころびかけた愛について語りながら、
ある夜、あなたたちは、いきなり
正義の名のもとに水素が
大地を焼きはらうと。森と動物たちは
崩壊の方舟(はこぶね)のなかに熔けこみ、炎は
鳥黐(とりもち)となって馬の頭蓋骨を覆い、
人びとの目を塞ぐ。それからわたしたち死者に向かって
あなたたち死者は言うだろう、新しい掟の
いくつかを。古めかしい言葉づかいのなかには、
別の徴(しるし)が、細身の刃(やいば)、忍び込ませてある。
すると誰かが呟くだろう、煮えたぎる鉄屑の上で
すべてをまた発明するだろう、
あるいはついに、同じ宿命のなかにすべてを失うであろうか、
(こぼ)れ落ちる呟きと、弾(はじ)ける光の
炎と共に。あなたたち死者はわたしたち死者に向かって
希望を語ることはないだろう、
煮えたぎる泥の鍋の底で、
この地獄の底にあってまで。



河島英昭・訳『クァジーモド全詩集』(岩波文庫、2017年)より
第五詩集『比類なき土地』(1958年)収載の一篇。


◆「あなたたち死者はわたしたち死者に向かって/希望を語ることはないだろう」とまで言うのは「正義の名のもとに/水素が大地を焼きはらう」時代に生きていると認識するからだ。
「煮えたぎる泥の鍋の底」に在って、もはや「希望を語ることはない」のだとしても、それでも言葉を紡ぐことをやめないのは、なぜか?



1940年冬、ソビエト・フィンランド戦争 ある若者の死[2022年05月20日(Fri)]


二行  トワルドフスキー
          稲田定雄・訳


すり切れた一冊の手控帳から
若い兵士についての二行がある
フィンランドの氷雪の上で*1
彼は 一九四〇年に死んだのだと

まだ子供らしく 小さなからだが
何だかぎこちなく 臥していた
厳寒が 外套を氷にくっつけ
帽子は 遠くへ飛んでいた
若者は 臥したのではないらしく
なおまだ 駆け出そうとしたのに
氷が 服のすそをおさえつけたらしいのだ……

大きな はげしい戦争のさなかに*2
何ともわけがわからないのだが
ぼくは その遠い運命が悲しいのだ
それはまるで 死んで ひとりぼっちで
ぼく自身が そこに臥しているようだった
その 名も知れていない戦いで
凍りつき 小さく 戦死体となって
忘れられ 小さく臥しているようだった

*[1]1939年11月、ソ連赤軍はフィンランドに侵攻、「冬戦争」と呼ばれる苛酷な戦争は双方に多くの犠牲を強いた。カレリア地峡をソ連に譲り渡すことを含む講和条約が結ばれたのは翌1940年の3月のことだった。

*[2]この詩をトワルドフスキーが書いたのは、1941年6月に始まったドイツのソ連への全面的な侵攻=ソ連にとっての「大祖国戦争」のさなかである。

*****

◆トワルドフスキー自身も従軍したフィンランド戦で戦死した若い兵士の死を、手帳に書き留めたわずか2行の記述から記録として起こし、人々の記憶にとどめようとする試み。

撃たれてなおも前に進もうとした姿のまま斃(たお)れている兵士、それは「ぼく」であったかも知れないのだ。

「氷が 服のすそをおさえつけた」姿は、ヒロシマで、ピカの熱線によって石に焼き付けられた人間の影を思い起こさせる。



アレクサンドル・トリフォノヴィチ・トワルドフスキー(1910-1971)

小海永二[編]『世界の名詩』(新装版 大和書房、1988年)より







服部誕「空洞を掘りあてる」[2022年05月19日(Thu)]


空洞を掘りあてる  服部誕


ひとびとが暮らしているこの地上の下には巨大な空洞がある
というホラ話を子どもの頃には信じていた

空洞はお屋敷のような形をしていて
なかには誰も知らない土中一族が住んでいる
屋根のてっぺんには高く聳える尖塔があって
その先端は地表と接している

だから誰かが自分の立っている真下の地面を少し掘っただけで
その塔のてっぺんを掘り当てる可能性があるのだという
そうなれば何が起こるんだろう?

塔のてっぺんに開いたちいさな穴から光が射し込んで
地下屋敷いっぱいに広がるのかもしれない
そこから空気が一気に入り込んで空洞全体に充満するかもしれない

あるいはもともと空洞に充ちていた(空気ではない)特別な気体が
地上に噴き出していって屋敷の中は空っぽになるのかもしれない
(あれっ、空洞なんだから、もともと空っぽなのかな?)

そのときそこに住んでいた者たちはどうなるのだろう?
はじめての陽の光に当たってこなごなに砕け散るのか
押しよせた空気を吸い込んであっという間に死に絶えるのか
それとも(空気ではない)気体とともに勢いよく地上に飛び出してゆくのか

きっと彼らには何が起こったのか解らないだろう
教えてくれる人なんか誰もいないだろう

そんなことを考えながら空を見ていたら
青空の真ん中に黒く小さい穴がひとつ
開いた

        星新一



服部誕『息の重さあるいはコトバ五態』(書肆山田、2021年)より


星新一のショートショート「おーい、でてこーい」(『ボッコちゃん』所収)をふまえた詩だ。

時が時だけに、地下要塞と言われてきた、アゾフスターリ製鉄所(ウクライナ・マリウポリ)を連想してしまう。

地上部分は完全な廃墟と変貌した製鉄所、その上にさらに降りかかる、白リン弾と見られる無数の火球――熱もにおいも伴わないドローン映像――それを見ることに疚しさを覚えないとすれば、感覚を鈍麻させることで我々は辛うじて自分を守ろうとしているのだろう。

だが、むろん我々はいつまでも観客であり続けることは出来ず、見上げれば我々には青い空と見えていた辺りに、コルク栓を抜いたような小さな穴が開いて、それを見下ろす一つ目小僧が居ると気づくかもしれない。その時にはもう遅いのだけれど。



服部誕「場所から場所へ」[2022年05月18日(Wed)]


場所から場所へ  服部誕


世界はいつも地図の上にある
縮尺や地形記号が町角にあふれ
経緯線と等高線に囲まれた日々を
人々は暮らしている

地点から地点へ
位置から位置へ
方位から方位へと
少年は歩いてゆく

地表は固有名詞で埋めつくされている
山はただ山ではなく 川はただ川ではない
あらゆるものがすでに命名され
普通名詞は注意深く
斥けられている

少年は歩きつづける
歩きつかれ物陰に腰を下ろしても
そこはとうの昔に測量しつくされた世界
青と緑と茶色で印刷された紙の上
人目に付かない片隅に
印されている国土地理院のマーク

生まれたときから少年は名前をもたない
西へ東へ いくたびも国境線をまたぎ
南へ北へ いくたびも赤道を越え
ただ場所から場所へと歩いてゆく
人々は見えないものを見るように少年を見る

名付けられてしまったすべての場所に
風が吹き霧が立ち
少年を世界から遠ざける
通りすぎてゆく少年
永遠に歩きつづけるもの

さようなら世界よ
すべてのものの名が
忘れられてしまう日が来るまで
今日も少年は歩いてゆく



服部誕『息の重さあるいはコトバ五態』(書肆山田、2021年)より


◆名付けることは、未知を既知にすることだが、そのことの害毒というものもある。
名前が付いているものは、性質や仕組みが既に分かっているものだから、今さら取りあげる必要はないもの、として放って置かれる結果になる。

名付けた上で、かけがえのない存在としてとことん付き合ってくれれば良いのに、もう了解したのだから気にかける必要はない、と無視することさえある。
(子どもたちへの虐待はその一例だろう。)

◆地図に記された「場所」についても同様だろうか。
測量されて名を与えられ、了解されたものとして片付けられてゆく。
ただの山でなく「〇△山」として地図上に定着されたもの=世界に存在を承認されたもの=誰からも了解されているもの。

◆だが、果たして本当にそうなのか?
了解されて終わり⇒人間の利便のために開発しようが、回復不能なほどに破壊しようが構わないものとして扱うこと。

であるなら、名付けることは、大事なもの、本質的なものから人間を遠ざけてしまうことになる。
黒々とした未知の闇も、注意深く凝らした目を射抜く閃光も消滅し、ハナから存在しないものになってしまう。

そうでないほんとうの「世界」を「少年」は探して歩きつづけているのだ。




地球儀[2022年05月17日(Tue)]

DSC_0277.jpg
シャリンバイ

◆*◇*◆*◇*◆


破れ目のある地球儀  服部誕


熱気球よりずっとおおきな
見上げるばかりの巨大な地球儀
よく見れば そのあちこちに
破れ目がある

新しく国が出来たり滅んだり
国境線が変わったり
埋め立てられて
海岸線の形そのものが変化したり
海底火山が噴火して
突如 島が生まれたりしているのに
この地球儀は元のまま

もうずいぶん古くなってしまった
何度も何度も手荒にぐるぐる回されて
そのたび乾いた骨のような音をたてる
軸も少々歪んでいて
回されるたびにグラグラと首を振る
北の方に三ヵ所 南に四ヵ所
継ぎが当たっている
前はどんな地名が書かれてあったのか
今ではもう判らない

地球儀の内部がどうなっているかは
誰ひとり知らない
でもいつか(きっと近いうちに)
またどこかがあたらしく破れて
中身が漏れ出すにちがいない
そのときには大爆発でも
起こすのだろう


服部誕『息の重さあるいはコトバ五態』(書肆山田、2021年)より

◆「戦術核」という単語がふつうにTVで繰り返される。「あって欲しくはないことだが」と枕言葉付きでだが。
いくさの行き着く先を「シナリオ」と言いなすやりとりも疑念無く電波に乗る。
電子紙芝居を見物しているわけでもあるまいし。

誰もが、上の詩の”地球儀”をもてあそんでいるかのような日が続く。
破れ目にチョビ髭で継ぎ当てして当座をしのぎながら。


服部誕「はじまりが…」/「はじまりは…」[2022年05月16日(Mon)]

DSC_0271.jpg
ナワシロイチゴの花

咲いた花、これから咲きそうなもの……
実を付けるのは、田植えも済んだ六月ころか。

◆◇◆◇◆◇◆


服部誕『息の重さあるいはコトバ五態』より


(はじまりが…)    

はじまりがすでにはじまりはじめている
おわりはまだおわりつづけている



◆◇◆


(はじまりは…) 

はじまりはとっくにおわっていた
おわりがいよいよはじまりはじめた




◆服部誕(はっとりはじめ)という人の詩集『息の重さあるいはコトバ五態』(書肆山田、2021年)から、連続する2編の詩。

◆このところ、「終わりの始まり」という言い方を良く聞くように思う。

もとの動詞の「終わる」「始まる」は、ともに自動詞だ。
戦争が”終わる”、侵攻が”始まる”などという。これらの語を用いる人自身の主体的な関与はないまま、あるいは関与できない事態が「始まったり/終わったり」する場合に使う。

自分が関わらないために他人事としか思えない場合もあれば、どうにかしてやりたいが、思うに任せないゆえの焦れったなさや無力感に苛まれたりする場合もある。
伴う感情は、自分のせいではないと思えることから来る「安堵感」から、何も出来ないと思い知る「絶望感」まで、幅があるけれど、自分の関与がない分、距離を置いて、観察したり見届けたりしたことについて表現する。
すなわち事態の「始まり」や「終わり」について「認識・判断」するよう要請するコトバだ。

上の短章二篇も、「認識」していることの表現になっている。


◆一方、他動詞である「始める」「終える」は、主語・述語をセットで想定することが必要な言葉で、《誰が》《何を》「始める」あるいは「終える」のかが問題となる。

《プーチン・ロシア》が《侵略》を「始める」/《ウクライナ》が《防衛》・《反攻》を「始める」

といった具合にである。

◆永遠に続くものは無い以上、「始まり」には「終わり」が必ずある。――そう思えることが希望の源泉となる。

一方、その「終わり」は、「始めた者」が「終える」ことによってしか、達成されない。

「プーチンの戦争」また然り。そもそも、「終える」ことの出来ない者が「始める」ことなど、許されるはずがなかったのだけれど。






NHKスペシャル「沖縄返還・日米の暗闘」[2022年05月15日(Sun)]

◆沖縄返還50年をめぐるドラマやドキュメンタリー番組が続いている。

◆15日夜のNHKスペシャル「沖縄返還・日米の暗闘」を見た。
今、この時期で、この程度の内容かと思い暗澹たる気分になった。

新聞の番組表に「発見! 交渉の音声記録」とある通り、600時間に及ぶという録音資料「発見」が目玉なのだろうが、それを、これまでの研究やドキュメンタリーが明らかにし、積み上げて来た事実とどの程度突き合わせたのか、番組だけではどうもはっきりしない。

◆返還交渉に携わった人々は故人も多く、インタビュー映像には収録年が付されている。しかしその証言を、2022年現在の問題意識から見てどう位置づけようとしているのか、番組を作った人間の問題意識がはっきりしない。

◆外交を担っていた日本側スタッフの証言を聞く限り、日本側はアメリカの戦略や思惑をつかめぬまま、基地の撤去や縮小など「とうてい無理」という先入観に立って交渉していた印象だ。

というより、そもそも「交渉」と呼べるものであったのか、という疑問すら湧く。
「外交」不在のまま、アメリカからの経済・貿易上の諸要求を悉く受け入れて、対米従属からいよいよ抜け出せないのに、日米関係を対等なものであるかのように装って見せることに腐心して来たというのが実態だ。

◆基地も核兵器も、結局は容認し、反対する声はすべからく抑え込む、もしくは諦めへと誘導する。
日本政府の代弁者であるかのように番組が繰り返すのが「厳しさを増す安全保障」というフレーズだ。番組冒頭と結びのナレーションで繰り返される。

番組最後のナレーションをそのまま引こう。

「日本を取り巻く安全保障は厳しさを増しています。沖縄には 今も在日アメリカ軍施設の7割が集中しています。返還交渉によって決定づけられた 沖縄が大きな役割を担い続ける日本の安全保障の形。そして今日まで続く日米の関係。今日沖縄が日本に復帰して50年になります。」

◆「安全保障は厳しさを増している」⇒《だから基地は必要なものとして呑み込むしかない》
これでは国民は突き放されたに等しい。
「決定づけられた」のは「大きな沖縄の役割」であり、「日本の安全保障の形」であり「今日(こんにち)まで続く」「日米の関係」である、と言っているのだ。

《沖縄の負担は今後も変わらず大きいままで》《米軍による日本の基地の自由な利用》《米国にとって有用な自衛隊および日本国民力による軍事上の全面的な協力》のもと《日本の対米従属を維持する》こと、それは決定済みの路線なのだ、と言っているに等しい。

番組の中に以上の《 》内の実態について批評的な文言が一句だに述べられていないのだから、暗澹とするほかないではないか。

◆このナレーションの前の部分で、沖縄返還の翌年、ホワイトハウスで再会した佐藤栄作首相とニクソン大統領との会話録音が流れる。沖縄返還以降の日米関係について、意味深長なやりとりと言えるものなのだが、ナレーションはコメントを付けない。それどころか聴き取りにくい音声にかぶせるように、情緒的な音楽を流している始末だ。

視聴者に想像力や批判力を働かせてほしくないかのように、そのあとに続けて先述のナレーションが流れる。

◆番組の結び、番組制作者のメッセージがくみ取れないことはないシーンがあった。

――公園で遊ぶ子どもたちの中に、両耳を手でふさぎ顔を歪めている一人の幼児、続いてカメラは上方にパンし、頭上を飛ぶオスプレイの姿――

説明不要の映像ではある。
だが、思う。
――幼き者に訴えさせるなかれ、情緒に寄り掛かるなかれ、言葉でキチンと訴えよ!



親松英治さん「原城の聖マリア観音」完成へ[2022年05月14日(Sat)]

◆彫刻家・親松(おやまつ)英治さんが40年をかけて制作してきた聖母子像が完成に近づき、藤沢市みその台のアトリエで公開されていると知って、拝見してきた。(公開は5月14日&15日の二日間、9時〜17時まで)。

島原の乱の殉教者を慰霊するために作られた、10メートルほどもある巨大な木彫りの像で、数年前に新聞で紹介され、一度見たいと思っていた。
その折りの記事では、原城跡のある長崎県南島原市にいったん寄贈が決まったものの、市民の一部から「政教分離に反する」との反対の声があり、実現が危ぶまれていた。

その後、同市の有志が「南島原世界遺産市民の会」を立ち上げ、マリア像を納める建屋用地を提供する地主さんも現れて、この6月に完成予定の建屋に移送・設置の運びとなったという。


DSCN5457.JPG


この部分だけで7m近くあるだろうか。
3mの台座に載せて全体は10m近くになるとのことだ。
材はクスノキで、輪切りにしたクスノキを組み合わせる校倉造りを考案し制作したという。

DSCN5472_A.JPG

◆上の説明文によると、最初に制作を決意したのは、1981年、ローマ教皇、ヨハネ・パウロ2世が長崎を訪れた時とのこと。

結びの文章を下に起こして置く。

制作中絶えず念頭にあるのは、島原の乱に倒れたキリシタンの3万人とも3万7千人ともいわれる罪なき人々のことです。
鉛の弾を鋳て作った十字架を握り、餓、寒さ、血と恐怖の中、聖母マリアの名を呼びながら息絶えた人々へ、この像は私の捧げるレクイエムです。



DSCN5459.JPG

木肌は目に優しいだけでなく、見る者の全身に働きかけてくる香気のようなものがあるように感じた。巨像を間近に見られたことによるのかも知れないが。

◆朝日新聞(5月8日)の記事によれば、聖母子像は親松さんによって「原城の聖マリア観音」と命名された由。

タウンニュース(藤沢版。5月13日)のリンクを下に張っておく。

【みその台 親松英治さん 木彫のマリア像 長崎へ 「一生の仕事」40年かけ完成】
https://www.townnews.co.jp/0601/2022/05/13/625144.html



クァジーモド「柳の枝に」[2022年05月13日(Fri)]


柳の枝に  クァジーモド
           河島英昭・訳


わたしたちにどうして歌えたであろうか、
心は異国の足に踏みつけられ
広場には打ち棄てられた死体があふれ
冷たく凝(こご)った草、子供たちは
仔羊のごとく泣き叫び、電柱に
(はりつけ)にされた息子に会いに
出かけては泣く黒ぐろとした母の嗚咽(おえつ)
柳の枝には、供物(くもつ)にと、
わたしたちの七絃琴も懸けられていた、
そして悲しい風に揺れていた。



◆昨日の「一九四四年一月十九日」と同じく大戦期の作品を収めた第二詩集『来る日も来る日も』の中の一篇。
こうした情景も、現在ウクライナで進行中の戦禍と重なる。

映像が伝える子どもたちの、固く凍りついたような表情、あらぬ方向に向けられた視線、いずれもが、彼らを襲った恐怖の深刻さを物語る。



クァジーモド《わたしたちは、ここに、/閉じこめられ……》[2022年05月12日(Thu)]


一九四四年一月十九日  クァジーモド
                     河島英昭・訳


古代の妙(たえ)なる詩篇をあなたに口ずさむ、
東の土地の流れのほとりで、天幕と
葡萄畑のなかに生まれた言葉、
戦いの夜のこの深い静寂のなかを荒涼と
またもの悲しくそれらはいま落ちてくる、
この暗闇に死の天使たちの空を
走るものは誰もいない、そして
風に乗って聞こえてくる崩壊の轟きは
この頭上の回廊を仕切る鉄板をゆるがし、
そして人気(ひとけ)の無い街路を駈け抜ける警邏(けいら)
小銃の音にあわせて、裏庭から
吠えたてる犬たちの声とともに、
憂愁が立ち昇ってくる。誰かが生きている。
おそらくは誰かが。だがわたしたちは、ここに、
閉じこめられ、古代の声に耳を傾けて、
命を越えるひとつの証(あかし)を、
暗い大地の魔力を探し求める、
崩れゆく墓石のあいだに
またもや毒草が花をもたげてはいるが。



河島英昭・訳『クァジーモド全詩集』(岩波文庫、2017年)より


◆第二次大戦中、反ファシズムの立場を持したイタリアの詩人、サルヴァトーレ・クァジーモド(1901ー1968)の詩。
日付けはイタリア戦線における戦いをあらわしているのだろう。
(ソ連軍がドイツ軍によるレニングラード包囲網を突破した1944年1月下旬、イタリア、モンテ・カッシーノでは、連合国軍が独軍戦線の突破とローマ解放をめざす戦闘が始まった。

◆瓦礫の下に埋もれた人々、あるいはすでに息絶えた人々――この詩の「わたしたち」には、すでに墓に葬られた者も含まれているのだろう。

では、いま、ウクライナで――ロシア兵であれ、ウクライナ兵であれ、あるいは非戦闘員の市民であれ――人間として正当に葬られることのないまま捨て置かれた人々は…………


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